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11. じゃれあい

 山形新幹線の中に、一組のカップルがいた。二人で静かに楽しくイチャイチャイチャイチャイチャイチャと。人目を気にして声のトーンを小さくしている点は良い。しかし、それでも、とはいえ。若い身空みそらな美少女を連れた男のなんと優し気な相貌そうぼうか。まるで聖母のような慈愛に満ちた笑みを浮かべている。彼が隣の美少女を愛おしく思っているだろうことは一目瞭然だ。

 なに?美少女が"少女"じゃないって?いいのよ別に。まだ二十歳(はたちだもん。


「そのナレーションは僕を持ち上げているからだめ。あと、日結花ちゃんが美少女な点には賛同します」

「まあ、そんなことはどうでもよくて」

「うん?うん」


 ぽけっとした郁弥いくやさんの表情がとっても可愛い。

 恋人に意識を奪われてしまったので、そのまま彼の瞳を見つめて話を続ける。


「もうすぐ着くでしょ?」

「うん。あと……十五分くらい?」

「予定ではそうなっているわね」

「遅れもなさそうだし、時間通りに着くかな」


 彼の言った通り、大石田駅まであと十五分ほど。時間で言えば十二時を少し過ぎたくらい。


「着いたらどうするの?」

「どうしようか?」


 見つめ合ったままふわふわと二人して何も決まらない会話をして、ついでにニコニコと笑顔も浮かべる。


「えへへー」

「ふふ」


 笑顔で誤魔化し合うのにも限りがあるので、適当なところで切り上げて話を進める。郁弥さんはあたしの顔を見ているだけで飽きそうにない、というより。


「あたしのこと見ていて飽きないの?」

「飽きないよー」


 実際に聞いたら飽きないそうなので、あたし側から口火を切らせてもらった。

 ちなみに、あたしの方も彼の笑顔を見ていて飽きないことは内緒にしておく。


「まず、時間通りに着くでしょ?」

「うん」

「迎えのバスまで約一時間あるじゃない?」

「あるね」

「ご飯食べる?」

「お腹減ってる?」

「あたしは空いてるかも」

「僕もそこそこかな。でも、例のものがあるよね」

「カレーパンね」


 そう、カレーパン。

 あたしたちが降りる駅は大石田おおいしだ駅と言って、ここから銀山温泉という名の温泉街に向かうバスが出ている。今回は旅館から送迎バスが出ているので市営バスには乗らないけれど、その市営バスも結構有名なのでいつか乗ってみたくはある。

 それより何より、大事なのはカレーパンの話。銀山温泉ではカレーパンのお店が有名らしく、着いたら食べようと話し合って事前に決めていた。


「うん、そう。カレーパンもあるから、大石田駅近くだとお茶するくらいに留めておきたいよね」


 彼の言う通り、ちょっとした空腹くらい我慢しないといけない。

 朝が早くて結構お腹空いてるとかは関係ない。大事なのは旅行を目一杯楽しめること。それに、空腹は最高のスパイスと言うでしょう?


「同意するわ。お茶するならカフェよね。大石田駅近くにカフェってあるの?」

「さ、それはどうかな?」


 まるで探偵か何かのように意味ありげな笑みを浮かべて言う。


「郁弥さん、知らないから適当言ってるでしょ」

「うん」

「あと、その笑い方似合ってないから」

「ぐわー」


 ひどく雑なやり取りはさっさと流して、携帯で大石田駅周辺を調べる。あたしと郁弥さんで前にちょこっと調べたのは銀山温泉の旅館やお土産屋さんくらいなので、大石田駅についてはほとんど知らない。検索してみれば、画面にはちらほらとお店のアイコンが表示された。


「郁弥さん郁弥さん」

「なに?」

「見て見て?」

「どれどれ」


 あたしが調べているのをぼんやり待っていた恋人さんは、にゅぅっと携帯を覗き込んでくる。ここでのポイントは、あたし自身が携帯を彼の方に寄せなかったこと。

 理由?そんなの二人の距離を詰めるために決まってるじゃない。さすがあたし。天才ね。


「郁弥さんってばだいたーんっ!」

「ええ……」

「……なんか思ってた反応と違う」

「どんな反応を期待してたの?」

「どんなって、頬を赤らめてきゃっ!みたいな」

「いくらなんでも初心すぎやしないかい。君の中の僕はどうなっているんだ」

「ん?可愛い郁弥さん、って感じ?」

「……うん、なんでもいいや。それじゃあちょっと失礼」

「なに――」

「ちゅっ」

「――にゃぅ!?」


 突然の頬キス!!?なんで!?どうして!意味わかんない!嬉しいからいいけど!!


「な、なんのつもり?」

「いや、何かした方がいいのかと思って」


 若干照れ気味に笑いながら、さも"してよかったでしょ?"みたいな顔で言う。

 そりゃしてもらって嬉しいけど。顔熱くなった以上に嬉しいけど。でも突然すぎる。やっぱり嬉しいけど。


「ま、まあ?あなたがしたかったならいいわよ?お、お返しをした方がいいかしら?」


 目を合わせるのが照れくさくて、ちらちら見たり見なかったりして聞いてみる。


「ください」

「わ、わかったわ。目閉じてもらえる?」

「おーけー」


 ぎゅっと目をつむる恋人の頬に唇を寄せる。


「――ん」


 ゆっくりと触れるような短いキスをして、急いで距離を取った。

 顔が火照って仕方ない。


「日結花ちゃん。抱きしめてもいい?」

「……もうしてから言うのはずるいわ」

「だめだった?」

「……だめじゃない」


 変に照れてしまっているとき、ばーんと抱きしめられたら何も言えなくなるというのは本当だった。いや、そんなの知らないけど。照れてるときとか関係なしに、予告なしで恋人に抱きしめられたら何も言えなくなるし何もできなくなるわよね。現に今のあたしがそうだもの。

 そもそも、抱きしめるって行為からしてずるいわよ。すっごく安心しちゃう。もう、ずるいしか言えないわ。


「ありがとう」

「……ん」


 恋人の腕に包まれて、人の温もりに包まれて。そっと身体を預け、彼の背中に腕を回して目を閉じる。

 彼が、郁弥さんが何を考えているかはわからない。たぶんちょっとした感傷みたいなものに浸っているんだとは思うけれど、それも正しいかはわからない。

 "ありがとう"って声に含まれる想いはたくさんあるから、あたしにはわからないの。でも、この人があたしにだけ伝えてくれることがあることも知っているから。だから、こうして抱きしめ合っているだけでいい。

 まだ時間はあるから、もうちょっとだけ。もうちょっとだけ、このままでいましょうね。

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