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94. 山形新幹線に乗って

 山形駅で起きた睡眠騒動は新しく開発された放送機器によるものが原因とされ――嘘、体調不良で普通に処理された。外向きには、だけど。

 内向きの話では、あたしが郁弥さんを伴いながら駅員さんと話して解決した。一応ちょろっと放送機器借りてお目覚め用の放送を入れさせてもらった。"大変お待たせいたしました。山形新幹線、間もなく出発いたします"とかなんとか。アクシデント対応表みたいなのを見せてもらったけど、結構緊張してたからもう忘れちゃった。似たようなことを言ったとは思う。

 救護室っぽい場所も行ったけど、そんな大事でもなさそうでよかった。いたのも数人だけだったし、見た目みんな寝てるだけだったし。……まあ寝てるのが症状ではあるんだけどね。

 お客さんから眠気が出たとかの話はなくて、いても新幹線の中で座って寝ているだろうとの話で、だからこその放送で済ませて終わりだった。

 駅員さんに聞いたけど、何度かこういった事例はあるんだとか。無意識で声をばらまいて人を眠らせたとか、子供が大きな声で泣いてとか。さすがにそう頻繫じゃないし、なんなら山形駅では初だって。申し訳なさでいっぱいだった。

 結局、遅延は十分で新幹線は十五時十三分に出発した。これが長いのか短いのかはわからないけれど、起きた駅員の人が晴れ晴れとした顔をしていてお礼を言われたのだけはよかったと思う。


「いくやさぁぁーんっ」

「うん。よしよし。頑張ったねー」


 恋人の胸に顔を埋めて、頭を撫でてもらう。きゅって抱きしめてくれる腕に安心できる。


「はぁぁぁぁ……」


 疲れた。ほんの十分程度の時間だったけどすっごく疲れた。

 そりゃあたしが悪いのはわかってるけど。けど、でもこう、ほら。意図したものじゃないし。そもそも普通に考えたら声者の"力"が漏れるなんてあるはずないのよ。気合入れてさららんって流すみたいにしないといけないのに。制御もできない初心者ならまだしも、あたしよあたし。咲澄日結花よ。もう何年も声者やってるあたしが、そんな初歩的ミスするわけないじゃない。駅員の人も、郁弥さんのことエイシィかと思ったーとかなんとか言ってたし、そっちの"力"とあたしの声者力が混じってスーパーパワー的なやつになったんでしょ。たぶん。聞いたことないけど。


「……ねー郁弥さん」

「んー」


 撫でられるまま、恋人の体温を感じるままに名前を呼んだ。ゆるっとした返事が耳に心地いい。


「郁弥さんって、素養試験受けたことある?」


 すごく今さらなことだけれど、この人には聞いたことがなかった。

 なんとなく、そうだったら色々と変わっちゃうような気がしてたから。この人がちょっとだけ、今よりちょっとだけ遠い場所に行っちゃうような気がしていたから。でも、さすがにもう誤魔化せない。というよりも、こんな問題起きちゃったらどうしようもない。強い力があるならその制御だけでもしてもらわないと、また同じことが起きちゃうかもしれない。それはあたしも、彼も、他の人だってみんな困っちゃうもの。


「ないよ」

「ん、そうよね」

「どうして?」

「だって、郁弥さんもヒーリング使えそうなんだもん」

「ヒーリング、ねぇ……」


 ぼんやりとした呟きが返ってくる。ふと出来た間に、ぐりぐりと彼の胸へ頬を押し付ける。ふわりふわりと、頭を撫でてくれる手が優しい。ほっぺたがあったかい。服に阻まれて、心臓の音は聞こえない。それでも温かな気持ちは十分伝わってきた。


「そんな力持ってないと思ってたんだけど……もしあったらどうしようか」

「んぅ……もし、持ってたらどうするの?」


 どうする、のかなぁ。

 あたしの感覚だと、この人が持ってる力ってたぶんあたしと同レベル。結構強い部類に入ると思うの。郁弥さんと一緒にデートしてきて、一度も争いごとに出会ったことないんだもの。口論していた人もすぐに謝り合って仲直りとか、そんな光景を見たことがある。

 エイシィの力って、基本的に全身からオーラみたいに放ってるって聞いたから。声者は声に流して波長として。制御は声者の方がしやすいけど、ただ広げるだけならエイシィの方が全然楽らしい。

 郁弥さんが無自覚癒しオーラ振りまき人間だったとしたら、色々と納得はいく。

 ストレス軽減!睡眠不足解消!精神安定!気力回復!みたいな。健康食品じゃないけど、効果は超即効性ありの本物。だから声者もエイシィも国公認で人の睡眠不足解消とかストレス低減に貢献できているわけなんだけど……。でもなぁー……。


「……郁弥さーん」

「なに?」

「……あたしから、離れないでね」


 もう一度、彼の胸にぎゅっと顔を埋める。ふわふわなシャツが顔を包んでくれて暖かい。寂しさが紛れる。


「ふふ、大丈夫だよ。離さないから」


 優しい笑い声が頭の上から降ってくる。

 さわさわと撫でてくれていた手が止まって、背中に回された。両腕で抱きしめて、あたしの頭に自分の頬を寄せているのが感触でわかる。包み込まれるような温かさが胸の奥に染み込んでいく。

 あたし、もう一生この人に包まれて生きていきたい。



 恋人の包容力がすごすぎて、真剣に今後の人生の過ごし方をとろけた頭で考えることしばし。

 気づけば結構な時間が経過していた。十五時十三分に山形駅を出発した新幹線は、かみのやま温泉、赤湯、高畠と過ぎて次は米沢。時刻は十五時四十分と、早々三十分が経っていた。

 三十分近く恋人さんの胸に抱かれてぽやぽやふわふわになっていたなんて、もうあたしはだめかもしれない。

 とりあえず開き直って、普通に椅子には座らせてもらった。急に離れたから寂しくて手は繋がせてもらったけど。


「……ふぃー」


 気の抜けた声が漏れる。お隣からくすくす笑われた。抗議として握った手に力を込めてあげた。ぐぐぐって。そうしたら指で指をくすぐられた。むずがゆい。

 椅子に座り直して、やっととばかりに落ち着く。背もたれはそれなりに倒して、間の手置きは上げちゃった。濃いベージュと黒の椅子は落ち着いた色合いで、新幹線らしいと言えばらしい。ビジネスカラー。

 そこまで見慣れてはいないけれど、似たような雰囲気はよく知っている。新幹線ならお仕事で結構乗ってるし。ただ……。


「……?ふふ、なに?」

「う、ううん。なんでもっ」


 つい見つめちゃってた。微笑みが眩しい。ドキドキする。

 やっぱり、郁弥さんと一緒にいると新鮮。 ……はぁ。でもほんと、ドタバタしてたなぁ。新幹線乗るだけで、変に疲れちゃった。いきなり二人でドラマティックなやり取りして……あ。


「ねえ郁弥さん」

「うん?」

「さっきの演技のお話!」

「さっきの?」

「新幹線乗る前のやつ!」

「あー、あれね。そういえばそのせいで遅延になったんだったね。駅員の人とのやり取りですっかり忘れてたよ」

「あたしも」


 そう、その後の話が大変だったせいで全然演技の話とかできてなかった。


「あのお話、結局なんだったの?」

「それは僕が聞きたい。日結花ちゃんどんな設定で考えてた?」


 二人で前の椅子の背を見ながら話をする。手だけ遊ばせて、思い起こすように考えながらのお喋り。


「どんなって……なんにも?全然考えてなかった。最初にネガティブな話持ってきたから、ベースは今のあたしたちなのかなーって思っただけ」

「そっか。うん、そんな感じ。もしも僕と君に違った縁があったらって思って話してた」

「ふふ、そうよねー。同好会、だったっけ。映画撮ったとか言ってたわよね」

「うん。言ったかも。演劇やってたの嘘じゃないし、そこ繋がりで縁でもあれば、あんな感じになるかなって」

「そ。じゃああたしたち、同級生?」

「うーん、どうかな。高校か大学か。その辺あんまり考えてなかったから。でもたぶん同級生」


 同級生かぁ。郁弥さんと同級生だったら、どうだったんだろう。

 どっちにしろお仕事は忙しかったし……少しお話する機会がある程度かも。でも、そんなのでも好きになってたのかな。だって郁弥さんだし。山形駅での演技だと、あたしに悩みなんてなさそうな雰囲気だったでしょ?なら、学校にももう少しちゃんとかかわろうって思ってたと思う。そうしたら接点も生まれて、気づけば……みたいな。


「ふふ、同級生だったらもっといろんなデートができたわね」

「あはは。どうだろう?お金ないし、遠出はあんまりできなかったと思うよ?」

「あたし、もうお仕事してるのよ?」

「……もしかして、全部日結花ちゃんが出すとか?」

「んふ、どうかしら?」

「ヒモはさすがになぁ……」

「別に養ってあげてもいいわよ。ていうか収入の話なら今だって――」

「――……ん、はいストップ」

「い、いきなりキスはないんじゃないかしらっ!」

「嫌だった?」

「べ、べつに嫌とかじゃ……」

「ふ、これが惚れられた故の弱みってやつか……」

「……それ、使い方間違ってない?」


 頬が熱いのを無視して抗議の眼差しを送るも、華麗に受け流された。髪の毛わしゃわしゃされちゃったし。そんなのでも手付きの優しさから郁弥さんの慈しみが感じられて困る。


「……もう」


 呟いて、姿勢を戻す。いつまでも見つめていたらまたキスされそうだったし。いやまあそれはそれであたしは嬉しいからいいんだけど……よくないよくない。よくないけど。お話の途中だったもの。


「それ、で。続きは?」

「うん。そうだなー……。ある程度流れできたらアドリブでなんとかなったし、あとはあれだね。ほら、最後の方のところ」

「……あたしが泣いたところ?」

「ふふ、まあそれもあるんだけど、僕が言いたいのは場面そのものかな。結局、日結花ちゃんが僕を追いかけて飛び乗るっていうより、僕が君を呼び止めてそれで来てもらった、みたいな感じになったでしょ?」

「……そう、だったわね」


 そういえば、最初はもうちょっと展開予想が違った。

 遠くに行っちゃう男の人(彼氏)を追いかけて、捨てきれない想いを抱えて飛び出す、そんなのを考えてた。どちらかと言えば女の人側が恋に焦がれて、って感じで。男の人はその気持ちを受け止めて"I Love You"みたいな感じで。うん。そんなのになる予定だった。


「たしかにそうね。本来ならあたしが"もう一生離れない。離さないんだからね。好きだから一緒にいる。それ以外の細かい理屈は全部後で考えるわ!"的な女の子になるはずだったの」

「そうだったんだ。実際は、"君のことが好きだ。僕に着いてきてくれ。""うん、行く!ありがとう大好き!"みたいな流れだったね」

「……ねえそれ、あたしの真似?」

「うん?うん。似てた?」

「全然似てないけど、ちょこっとだけ声の使い方似てたの腹立つ」

「じゃあ僕の真似もしていいよ」

「えー、やだ」

「どうして?」

「あたしが言っても楽しくないもん。郁弥さんのセリフは郁弥さん本人に言われるから良いのよ」


 好きな人の声だから楽しいのに、あたしが真似しても全然楽しくない。嬉しさ半減、物足りなさ二倍。ていうか、それならセリフリクエストして言ってもらいたいくらいよ。


「そっか。それはそれとしてさ、日結花ちゃん泣いてたよね」

「あ、その話しちゃうのね」

「しちゃうよ」

「そ。いいわ。泣いてたのがどうかした?」

「あれ、結構本気泣きだったでしょ」

「……よくわかったわね」

「恋人だからね」

「そうねー」

「完全に役に入り切ってた?」

「……うん。郁弥さんは?」

「僕も入り切ってたと思う」

「ちょっぴりやり過ぎちゃったわね」

「そうだね」

「……今度はもうちょっと考えてやりましょうね」

「あぁ、今度あるんだ」

「やりたくないの?」

「やりたい」

「ふふ、じゃあまたやりましょう?」

「うん。またいつかね」


 でもとりあえず"力"のことがわかってからにしよう、と続けた恋人の言葉に頷いた。

 さすがにもう、同じ過ちは犯したくない。ほんとに、こりごりよ。

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