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蛹は蝶に

夜会当日は朝から大忙しだった。


ここのところ毎日磨きあげられていたというのにさらに手入れを施され、化粧され、髪を結い上げられ、シンプルながら同色の刺繍と控えめなレースで飾り付けられた生地に細かい宝石の欠片が縫い付けられたドレス。


私はそれなりに仕上げられた。


ここの使用人たちの凄いところは私という元々の素材を綺麗に活かしてくれていること。


自分で言うのもあれだけど、私化粧映えしやすいのよね。

普段は地味だけど化粧でどこまでも顔を変えられる。

でもそれは別人になるのと同じで、だから私という存在のままここまで飾れるのはすごいと思う。


深い青で全身纏められた私と、それよりさらに濃い青みがかった黒色を纏ったセドリック様。


こちらの衣装も細かいところに装飾があってとても素敵。思わずその造りにほぅとため息が出てしまう。


チェルはやれやれと言う顔だったけれど、他の使用人たちにはセドリック様に見とれてしまったかのように見えてしまったみたいね。


あらあらまあまあ、という心の声が聞こえてきそう。


もちろん一流の使用人である彼らは表情には出さないけれど。

セドリック様も私の反応を見て少しだけ面倒くさそう。


キャピキャピとしたお嬢様たちにまとわりつかれるのは嫌いそうだものね。

理由が仕事の邪魔になりそう、というのが残念なところ。


それでもちゃんとエスコートしてくれてわたしは馬車に乗り込んだ。

揺れの少ない、乗り心地のいい馬車はすぐに王宮にたどり着いて、私たち2人は会場の隅に待機していた。


王宮にも見劣りしないセドリック様。

ああ、舞台のワンシーンを見ているかのようで眼福だわ。


壇上には王太子夫妻。

今夜の夜会は王太子様主催となっているから今は始まりの挨拶中。


そしてこの後私たち2人はそこへ呼ばれるらしい。

王太子様直々に紹介してくれるそう。

光栄を通り越して恐ろしいわ。


セドリック様はもちろん当然にしても私はねぇ。


普段の私は冴えない家柄の冴えない令嬢よ?

恐れ多いったらないわ。


そんな私の感情を感じ取ったのか、セドリック様が私に視線を向けて小声で囁いてきた。


「大丈夫です。あなたはいてくれればどうにかなりますから。私も殿下も何か期待している訳では無い。楽にしていてください」


この人はほんとに……。


大真面目に言ってくれてるその言葉はバカにしているとか貶しているとかそれに近い言葉だった。


本人はきっとそんなこと思っていない。

純粋に重荷を背負わず自分のできる範囲で確実に仕事をこなしなさいと、そう言っているつもり。


これは、確かに箱入り娘のお嬢様が泣いても仕方ないわ。


別に本気で緊張していたわけでも恐怖していた訳でもない。

だって舞台に上がる方が視線も集まるし、重責も感じる。

私はそれを何度だって乗り越えてきた。


むしろ、緊張感も、失敗したら、なんて恐怖だって楽しさのうちよ。


だからね、旦那様。

私を舐めてもらっちゃ困るのよ。


「……セドリック様の理想のパートナーとはどのような方なのです?完璧の理想像がおありですか?」


「……いえ、特には……」


セドリック様は否定した。


けど、私はたしかに気づいてしまった。


セドリック様がちらりと、ほんののわずかな視線の動きで見た先。


王太子妃が凛として挨拶をしているその姿。


なるほど……と思う。


その感情が愛情なのか親愛なのか尊敬なのかよくわからないけれど、たしかにセドリック様は王太子妃を見た。


きっと本人の中にも明確な答えはない。

無意識に理想像ときいて浮かんでしまったのがその姿なだけ。


凛として、可憐で、お淑やかでもあり、力強さもある。

守ってあげたくなるようで、でも守られるだけの存在ではない。


社交界でも注目を集め、流行の最先端を行き、政治にも外交にも強い。

まさにこの国の女性の憧れ。


「そうですか」


だから私は微笑んでみせた。


それなら理想を演じてあげる。

王太子妃を真似る訳では無い、王太子妃の役を演じる訳でもない。


王太妃の素晴らしさにと引けを取らない、けれど彼女ではない女性。


その理想像の女性に、今日、今この瞬間の私がなってみせようじゃない。


一瞬のうちに理想像を脳内に作り上げる。

そして、目をつぶって深呼吸。



「セドリック。来てくれ」


その時丁度王太子がセドリック様の名前を呼んだ。

セドリック様が頷いて私に目を向けるのと、私が再び目を開いたのは同時だった。


セドリック様が息を飲んだのがわかる。


せいぜい感じなさい、私を。


もうここは私の舞台。

私が主役。


「セドリック様」


優雅に微笑んで手を彼の腕に添える。


はっとして動き出す足に歩調を合わせて。


背筋を伸ばしてつま先から手の指先、髪の先、纏う空気全てに集中して動き出す。


ふとした瞬間の目線の動きだって気を抜かない。


冴えない伯爵令嬢は今ここに存在しないの。

存在感のあるセドリック様の婚約者。


周囲からほぅ、と声が漏れ出た。


セドリック様が挨拶をするのと同時に完璧なカーテシーを披露して、僅かに微笑んでみせる。


「クレア嬢?」


「はい、何でしょうセドリック様」


「いえ、なんでも……」


力強い視線で、けれど花が咲くような微笑みを向ければセドリック様は視線を逸らしてしまった。


あら、その行動はナンセンスですわ。

まあでも、婚約者に照れてしまった、と見えなくもないから許してあげます。


挨拶を終えた私たちは壇上を去り、夜会の客たちに混ざった。


もちろん空気を纏ったまま。


ファーストダンスも仕事のうち。

セドリック様に合わせてステップを踏めば、不思議そうな瞳と視線がぶつかった。


「あなたは、ダンスが上手いのですね」


「あら、そうですか?」


「非常に踊りやすい。あなたは私と練習もしたことがないのに」


なぜ、と視線が語っている。


悪戯が成功したようで思わず笑ってしまった。


「私、ダンスは得意なのです。思っていたよりも優秀でしょう?」


にやり、と品が悪くない程度に笑って見せればセドリック様は大真面目に頷いた。


「ええ、想像以上です。」


「あなたの理想に少しは近づけまして?」


「……もしかして、先程のを気にしていますか?」


くるりとターンを決めて私からセドリック様に1歩近づいた。


「怒っているわけではありませんわ。ただ、私に出来ないことはあまりありませんのよ」


ふふ、と笑ってみせる。

なれないものなんてないの。

理想像があるのなら演じてあげましょう。完璧に、ね。


強気で華麗で美しく素敵な淑女でしょう?

か弱いヒロインにだって一瞬で変われるわ。


ダンスが終わったあとは挨拶の嵐だった。

普段はこんなに夜会で囲まれることなんてないのに。セドリック様効果すごいわ。


セドリック様が王太子殿下の近くに行くために少し離れたのを見計らって私は壁際に移動した。


張り詰めていた空気を消して壁に同化する。


今度は目立たない壁の花でしてよ。

さすがに疲れるもの。

こうして壁際で観察しているのもなかなか楽しいのよ。

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