物語のはじまり4
セドリック様が肩の力を抜いたのを見計らって私は口を開いた。
「それで、報告とは? 私にも何か関係がある事なのですか?」
「ああ、そうでした。急で申し訳ないのですが、2週間後に王宮で開かれる夜会に私と出席してもらう事になりました。殿下が私たちの婚約をそこで発表して祝ってもらおうと」
セドリック様が少しだけ面倒くさそうに言った。
あら、婚約発表。
殿下にかなり信頼されているらしいセドリック様だもの。きっと善意で祝ってくれようとしているのでしょうね。
でも仕事人間のセドリック様にとっては複雑と。
お披露目の夜会も立派な公務のうちなのでしょうけど、その分書類仕事は進まないし気が乗らない。
そんな所かしらね。
「わかりました。ドレスはセドリック様と合わせたほうがよろしいですわよね?」
「あなたのサイズはご実家に聞いています。今着ているドレスのサイズで問題ないようでしたらこちらで用意した物を、と思っているのですが……」
そう言われて私は自分のドレスに視線を向ける。
出されるがまま、着せられるがままになっていたけれど、私のために作ってくれたものだったのね。
サイズは完璧。
デザインも流行を抑えていて、けれど派手すぎず私の容姿も考慮して似合うもの。
セドリック様がデザインに口を出したようには見えないから、優秀な人間がいるみたいね。
「全く問題ありませんわ。それではお願い致しますね」
にこりと微笑みを向けるとセドリック様は安心したように頷いた。
お茶とお菓子は無くなっていて、セドリック様が立ち上がる。
「それでは私は夜会までまたしばらく忙しくなりそうなので。何かあれば使用人に伝えてください。私は仕事に戻ります」
要件だけ伝えてすたすたと扉に向かって歩いていく。
でもこれで嫌われているわけじゃないのよ。
好かれている訳でもないけど。
前の婚約者様は随分な箱入りだったらしく、いくら政略といえどもこの扱いには耐えられなかったみたい、と噂で聞いた。
まあ、たしかに普通に考えたら酷い対応よね。
本人に自覚は無いようだけれど。
いえ、少しくらいなら自覚はあるわね。仕事が辞められないだけ。
夜会が決まってからは使用人たちの気合いが凄かった。
「奥様、当日は着飾って旦那様をギャフンと言わせてやりましょうね」
「隅から隅まで磨き上げて惚れ直させてやりますわ!」
「奥様、こちら夜会の招待客リストでございます」
「奥様、商人が参りました。アクセサリーは是非こちらから」
毎日入れ替わり立ち代り。
前々から舞台に立つ人間として美容には気をつけていたけれど、本当に隅から隅まで毎日磨かれて手入れをされて、マナーレッスン、ダンスレッスン、貴族の勉強、いろんなことを詰め込まれた。
もちろん全部簡単にOKサインを勝ち取ってやったわ。
暗記は得意だし実践も得意。
時間はできるだけ短めに済ませて残りは部屋で台本の読み込み。
私の役はまだ決まっていないからいろいろやってみるの。
セドリック様?
食事の時にたまにご一緒するけれど相変わらずほとんどすれ違いで会っていないわ。
家にいてもほとんどお仕事しているしね。
開いていた台本を閉じて伸びをする。
そのタイミングで丁度チェルが部屋に入ってきた。
「あ、チェル。ちょうど良かったわ。みんなも呼んで一緒にお茶にしましょ」
「かしこまりました。すぐによんできますね」
私の侍女たちとはたまにお茶をする。
最初に誘った時は主人とお茶なんて、と断られたから、セドリック様ともお時間が取れないし1人は寂しいのよ……って泣きそうな顔を作ったらすぐに許可が降りた。
ごめんね、セドリック様。
悪役にしてしまったわ。
まあこれくらいは許して欲しいわ。