物語の始まり3
タイトルを変更しました
「ただいま」
「お帰りなさいませ奥様」
ずらりと並んだ使用人。
私帰る時間も何も知らせていないのに、こんなにもタイミングよく揃えられるなんてすごいわよね。
新しい我が家となったこのお屋敷。
挨拶の時にいった侯爵邸とすぐ近い位置にあるこの屋敷は私とセドリック様のために用意されたものらしい。
本邸には侯爵夫妻とセドリックのお兄様夫妻が住んでいる。
本邸には少しだけ劣る、と言ってもそもそも比べる次元が違うから素晴らしすぎるお家。
どこを見ても整っていて、常にチリひとつ落ちていない。絨毯に額縁に花瓶に、そこに刺さる花でさえも寸分の狂いがなく完璧な美しさ。
全てが造られたみたいに完璧なの。
一応婚約期間のはずなのだけど、もうここでの認識は夫婦で、私は奥様らしい。すでに女主人の扱いをしてもらっていて、なんだか不思議な気分。
まだ数日しか経っていないけど、使用人ともいい関係が築けていると思ってる。
旦那様はたしかに無愛想というか朴念仁というか冷たくも感じるけれど、決して邪険にされているわけじゃない。
ただ、仕事より妻の優先順位がものすごーく低いだけ。
ということはよくわかった。
私は自由にさせてもらっているし文句はない。
次女たちにはお菓子のお土産を渡して、私は自室にお茶の用意をしてもらった。
スッキリするハーブティを置いて、窓際のソファに腰をおちつける。
片手にティーカップ。片手に団長からもらった台本。
お行儀が悪い?役のためだもの。少しくらいいいじゃない。
これが一番頭に入りやすいの。
舞台は宮廷舞踊会。
若き皇帝とそこで出会った可憐で無垢な少女。
見る度に違う女性を連れているような皇帝はけれどどこか寂しさを感じられて。
少女な可憐で純粋無垢で花のような愛らしさだけど、最近流行りの勘違いしたお花畑系ではない。貴族としての常識や礼節をしっかり理解した上で、帰属特有の狡猾とした空気についていけないでいる。
振り回されていく少女が少しずつ成長していき、気づけば皇帝のほうが溺れている。
うん、王道なラブストーリーね。
貴族にも平民にも受けがよさそうだし。
何より演じるのがうちの団員。それだけで王道な内容でも他とは差が付けられる。
皇帝が団長で、少女がアドルフ。
アドルフは劇団のメンバーで名前の通り性別は男。
でも華奢で細身で背も低め。蒼い瞳はぱっちりと大きく基本的に潤んでいるし髪は短いけれどさらさらで透明感のある金色。
可愛さしかないのよね、彼。女装がとんでもなく似合う。性格もどこか頼りないところがあってだからみんなアディって呼んでいるし女役が多い。
私の役はまあ脇役のこのあたりの役かしらね。
自分のやりそうなあたりを軽く頭に入れていき、台本をしっかりと読み進めていく。
一通り読み終えたところでチェルが部屋に入ってきた。
「クレア様、旦那様がお見えです」
「あら、お帰りになったの?全然気づかなかったわ」
こんな早い時間に珍しいわね。
帰ってきたら教えてくれればお出迎えしたのに、もしかして呼ばれたのに気づかなかったとか?
「それをするときはいつも集中していますからね
……」
チェルが呆れた声を出すけれど、仕方ないじゃない?覚えるためには集中しないといけないのよ。
髪と服と軽く整えてからセドリック様をお迎えする。
セドリック様と私の部屋は一応繋がっている。
別室で過ごしているけれどお互いの部屋の間には扉があるから出入りは自由。
まだ空いてるところは見たことないし、今だって普通に廊下と繋がる扉から入ってきている。
「お帰りなさいませ、セドリック様。お迎えができず申し訳ありませんでした」
お出迎えながら頭を下げるとセドリック様は私の腕をとってソファに座らせてくれた。
相変わらずエスコートは完璧なのよね。
「いえ、急に帰ってきてしまいましたし気にしないでください」
セドリック様はテーブルを挟んで向かいのソファに。
「何かあったのですか?」
仕事一筋のこの人が昼間から家に帰ってくるなんて、事件かしら?
「いえ、少し報告と、新婚なのだからたまには早く帰れと仕事を取られてしまいまして」
はぁ、とため息をつくセドリック様。たまには休むのも必要だと思うけど、休みがあるとどうしたらいいのか分からないタイプなんでしょうね。
チェルに視線だけで指示をして先程買ってきたお菓子を少し分けてもらってお茶と一緒に差し出す。
お茶は私が飲んでいたのと同じハーブティにした。
セドリック様は飲んでほっと一息。
お菓子も手をつけているから甘い物も嫌いはないみたいね。
一挙一動が絵になる。
演技している訳でもないのにこんなに綺麗に動けるなんてほんと凄いわ。