物語のはじまり
1週間はあっという間だった。
バタバタしていたのはお母様たちだけで私はずっと暇していたけれど。
していたことといえば部屋にこもって1人芝居。
だって必要なものは向こうでほとんど用意してくれるようだし、私の準備なんてなかったのよ。
侯爵家に嫁ぐからってマナーレッスンやらダンスレッスンやら家庭教師が来たり勉強させられたりはしたけど。
そんなに難しいこともなかったしすぐに合格がもらえたの。
嫁入り前って案外暇なのね。
そして今日は侯爵家に引っ越す日。
そして旦那様とご対面。
まあ、全く知らないわけでは無いのよ。
彼は社交界で有名だし遠目に見かけたことは何度もある。
王太子付き文官で見目麗しい、そして数年前に婚約解消。何かと話題の人だったわ。
仕事一筋の堅物。
そしてここでパッとしない私との婚姻。
ほんと、まるでどこかの物語みたいよね。
脚本家は誰かしら。
公爵夫妻は本当に美男美女だった。
まるで彫刻のよう。
今までも何度か挨拶くらいはしたことがあるけれど、こんなに近くでまじまじと見つめるのは初めてだわ。
「まあまあ、よくいらっしゃいましたわ。クレアさん、貴女にならセドリックを安心して任せられると思ったのよ」
パーシヴァル侯爵夫人は人の良さそうな顔で私の手を握った。
本当に歓迎されてるみたい。
なんでかしら?
「うちの息子は面白みが少ないと思うが何かあれば私たちも力になろう。本当の両親と思ってくれ」
侯爵様も親しみの籠った視線を私に向けるし何なのかしらこの家。
もちろん顔には出さないけどそう思ってしまうのも仕方ないじゃない?
選り取りみどりな嫁を選べるはずなのに可もなく不可もない家の私。
肝心の、私の旦那様予定のセドリック様は最低限の挨拶を口にしたまま。
夫妻に似てこれまた整いすぎた顔立ちの彼は表情があまり変わらない分さらに作り物みたい。
黒い髪はさらさらで枝毛なんて1本もなさそうだし、切れ長の瞳に眼鏡はとても理知的。
襟足が長めの髪をオールバックにしていて、服の乱れも全くない。
綺麗すぎて見ていて飽きないから、失礼にならない程度に見つめさせていただいた。
しばらくお茶を飲んでいたけれど、家同士の話し合いがあるからと私とセドリック様は美しく整えられた侯爵家の庭園に放り出された。
よくいうあとはお若いふたりで……というやつね。
侍女が2人着いているし少し離れた位置に侍従と護衛もいるから2人きりとは言えないけれど。
「どうぞ、クレア嬢」
腕を差し出されたので大人しく手を添える。
さすがエスコート姿が様になるわ。
義務的な雰囲気が捨てきれていないけれど所作は完璧。
セドリック様に連れられて歩く侯爵家のお庭は素晴らしいものだった。
色とりどりの花たち。生垣は繊細にカットされ様々な形が作られている。
花の配色、木々の位置、全てが計算され完璧な美をそこに映し出していた。
「素晴らしいお庭ですね」
本当に感動していたのだけど、いつも見ているからかセドリック様の反応は薄かった。
「……クレア嬢」
「はい、セドリック様」
少し歩いたところにあるガセボに案内され向かい合う形で座ったセドリック様が真剣な瞳を向けてくる。
ても握られているから傍から見たらラブシーンの始まりみたい。
熱い告白か、自然に零れてしまったような賛美か、胸の内の想いを吐き出すような、そんなシーン。心がときめいてしまいそうだわ。
私がヒロインだったのなら。
「あなたには悪いことをしてしまった。急に結婚だなんて困ったでしょうに。私は仕事で帰れないことも少なくないですし、構ってやることもなかなか出来ない。だからその分貴方は好きにすごしてくれて構わない。何不自由ない生活は約束しましょう」
「まあ……」
それは、ということは、そういうことでいいのかしら?
「好きなことをして過ごしてください。必要なものがあればいつでも用意させます。いずれ跡取りくらいは協力してもらわなければいけませんがそれまでは自由に行動してくれて構わない」
「あの、外に出かけるのも好きにしてよろしいのでしょうか?」
「はい。羽目を外しすぎない様にしてくれれば特に制限はありません。子供を作るのもしばらくは難しいでしょうそのときまでは外で恋愛をするのもご自由に」
やっぱりそうよね!そういうことよね!!
これは言質を取ったわね!!
私の中のテンションはかなりあがっていた。
よくわからない、というような少し困った顔を表面上は作って少し離れたところにいる侍女たちの1人、チェルに視線を向ける。
チェルも侍女として表情は変わらないけれどその目は据わっていて出来ることなら全力で首を横に振っていることでしょうね。
これはさっそく団長に連絡を入れなければいけないわ!
「わかりましたわ、セドリック様。これからよろしくお願い致しますね」
セドリック様とはいい関係が築けそう。
ちょっと長かったかもしれない……。
旦那様が結構空気……。