スポットライトの下2
馬車は王都の大通りを抜けて貴族街へと進んで行く。
夜の街の賑わいがだんだんと落ち着いてきて馬車は静かに停車した。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
すでに屋敷の前で待っていた執事がドアを開けて手を差し出してくれる。
街中では目立たないように一人で乗り込むけれど降りる時はエスコートされるまま素直に従う。
所作はそれなりに綺麗だと自負しているわ。
真っ当な貴族令嬢ですもの。
「お帰りになって早々申し訳ございませんが、旦那様と奥様がお待ちになっております」
いつもならこのまま部屋に帰って休んでしまうのだけれど、このまますぐに部屋に来いということらしい。
何かしら。
こんな時間にお話なんて珍しいわね。
両親との仲は別段悪くない。
貴族の令嬢として演劇なんて、というお小言は死ぬほど聞いてきたけれど、それで辞めるようなら初めからやっていないし。
せめて男役は……なんて泣かれたことも会ったけれど女役だけじゃつまらないじゃない。
私の男役をしているときの人気を見たらそんなこと言えないわよ。
「お父様、お母様、クレアが参りましたわ」
部屋の中に入れば2人の向かいのソファに座るように言われた。
大人しく腰を下ろして2人の顔を見てみるけれど、これはどういう表情かしら?
怒ってはいなさそうだし真面目な雰囲気だけど、なんだか嬉しそうでもある。
一体なんの話なのかしらね。
「クレア、よく聞きなさい」
お父様がそこで言葉を止める。
随分勿体ぶるわね。
「実はな、お前の結婚が決まった」
「…………はい?」
結婚?て結婚??
「とてもいいお話なのよ! こんな素晴らしい相手でいいのかしらって不安になるくらい!」
お母様がとてもはしゃいでらっしゃる。
目が輝いているわ。
まるで自分のことのよう。
それにしても。
「縁談や婚約ではなく?」
「もちろん形式的な婚約期間は設けるが、すぐに嫁ぐような形になる。一応1年後の式までは婚約者と言う扱いだがすぐにあちらの屋敷に住み始めてもらうし事実上すぐに結婚するのと変わらないな」
私ももう17歳といい年齢だが婚約者はいない。
タイミングや私のやる気の問題でなかなか先に進めていなかったから。
恋に恋するお年頃だったけれど、私は舞台の上で数えきれないほどの恋も愛も経験してしまったし現実に求めるものは少なかった。
それが色々吹っ飛ばして結婚。
随分な物好きがいるものね……。
「1週間後にはあちらに住み始めるという話になっている」
「もちろん、演劇は無しよ。お相手は侯爵家。しゃんとしなさいね」
はあ、と抜けた返事をした私が内容をしっかりお頭に入れたのはベッドの中だった。
ついに演劇が出来なくなる時が来たのね、ってそれだけをぼーっと考えていたから。
もちろん貴族の義務として結婚はいつか来ると思っていたしその時には演劇を辞めることも仕方ないと覚悟は決めていたけど、なかなか辛いものがあるわね。
そんなふうに感傷に浸り終わると今度はお母様の説明を脳内で繰り返す時間になる。
お相手はセドリック パーシヴァル。
パーシヴァル侯爵家次男で現在は王太子付き文官。
真面目で仕事一筋、という噂は何度も聞いたことがある。
優秀で見目も美しいため憧れる令嬢は多いけれどみな玉砕。
かつていた婚約者とは婚約を撤回しているしその後はそういった話はきいていなかった。
なんでまたそんな相手と結婚することになったのかしら。
お相手は腐るほどいるはずよね?
あちらからの申し出だってお母様がすごく喜んでいたけれど。
私はぱっとしないし、この歳まで婚約者もいない、家も可もなく不可もなく正直美味しいところは何一つないのよ。疑問しかない。
しかも婚約通り越して結婚が確定しているし、1週間後には私は向こうの家に住み始める。
というか、1週間後?
実質夫婦生活の開始?
全く……何言ってるのかしら……?
ため息は尽きないけれど、まあ、でも決まったことには従うだけ。さすがに婚姻に関しては貴族令嬢として従うしかないものね。
演劇なんて常識外れなことをやっていた自覚はあるけれど常識が無いわけじゃない。
ああ、でも今回のあの役が最後になってしまったのね。
スポツトライトの下であびる喝采を思い浮かべながら私は意識を手放した。