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開演には気づかない4

夜会当日までクレア嬢と顔を合わせることはほとんど無かった。

使用人たちはバタバタと忙しそうに動いていたが、私は王宮での仕事が忙しく夜会当日分までの仕事を終わらせるのに必死だった。


夜会まではさすがにエスコートしなければ行けないと、クレア嬢を待っていたが、姿を見せたクレア嬢には少しだけ驚いた。


元々は目立たない少女だと思っていたが、深い青のドレスを身にまとった彼女には目を引くものがあった。

女性は化粧と髪型と衣装でここまで変わるものなのだな、と感心する。

用意させたドレスも似合っているようでよかった。


クレア嬢は私の姿をじっと見て微かに息を漏らしたようだった。


自分目言うのもなんだが、私の容姿はかなり目を引く優れたものだ。

彼女もまた見惚れたのだろうか、と思うとうんざりする。女性に付きまとわれるのは好きではない。

贅沢な悩みだと言われることもあるが迷惑なものは迷惑だ。


容姿が武器になることもあるが女性にまとわりつかれて褒め讃えられても仕事の役には立たない。


クレア嬢と二人馬車に乗り込めば王宮まではすぐだった。

彼女を見てみると落ち着いていて窓の外を静かに眺めている。


そういえば、前の婚約者には似たような状況で怒られたことがあったな。

褒め言葉のひとつも出てこないのか、と。


クレア嬢にも言葉をかけていないことを思い出したが気にした様子もない。


なかなかに美しい仕上がりなのだ。

私が褒めずとも誰かが褒めることだろう。




夜会が始まっても私たち2人は隅の方に待機させられていた。


壇上には王太子夫妻が挨拶をしている。


このあと呼ぶから出てこい、と殿下には言われている。

目立たせてやるからじっとしていろ、と。

目立ちたくはないのですがね……。


少しだけ視線を下げてみればクレア嬢は難しそうな顔をしていた。


それもそうだろう。

王太子殿下主催の夜会で殿下本人に紹介されるというのだから。

緊張してもおかしくはない。


あまり気にしすぎるのもよくないと、好意のつもりで声をかけた。


「大丈夫です。あなたはいてくれればどうにかなりますから。私も殿下も何か期待している訳では無い。楽にしていてください」


少しは肩の荷が降りただろうか。

自然体で居てくれればいいのだ。

仕事をするのは私でいい。

できることをできるだけ、無理しない程度にやってくれるのが1番なのだから。


彼女には好きなことをしてゆっくりと過ごしてもらいたい。

それがこんな私に嫁いでくれる彼女への願いだ。


俯き気味だったクレア嬢はゆっくりと顔を上げた。

しっかりと目線が合う。

なぜかその瞳からは力強さを感じて目が離せなかった。


「……セドリック様の理想のパートナーとはどのような方なのです?完璧の理想像がおありですか?」


そう問われて少しだけ考えたが、答えは出なかった。


「……いえ、特には……」


強いて言うならばカリスマ性があり、華やかさのなかにも落ち着きがあり、見識が深く所作も綺麗、そんな女性だろうか。


仕事としても夜会にしてもサポートをして貰えそうだ。

そんな完璧な女性はいただろうか。


仕事が出来すぎる女性というのはどこか男性的でもある。夜会でも完璧な所作と華やかさを全て兼ね備えているというのは理想像でしか無いかもしれない。


きっと本人の中にも明確な答えはない。

無意識に理想像ときいて浮かんでしまったのがその姿なだけ。



「そうですか」


クレア嬢は微笑んだ。

緊張していたように思えたのにそんな様子は微塵も感じさせない。



「セドリック。来てくれ」



殿下に呼ばれて頷き返した私はクレア嬢に手を差し出す。

彼女はそう、歩いてくれさえばいい、そう思いながら。


クレア嬢を目にした私は思わず息を飲んでしまった。

いや、これはクレア嬢なのか。

確かに本人に間違いはない、のだが。

空気が、雰囲気ががらりと変わった。


なんなんだ、この圧倒されるような感覚は。


彼女に視線が引き寄せられる。

先程までとは別人の彼女が微笑みながら口を開いた。


「セドリック様」


優雅な微笑みは社交界の貴婦人たちに負けていない。


一挙一動が完成されていて隙も粗も見当たらない。


周囲からほぅ、と声が漏れ出たのが耳に届く。


壇上で単調な決まり文句の挨拶を述べた私はいまだ、隣にいるどこかのご令嬢に戸惑いを隠しきれないでいる。


これは、誰なんだ。


どうなっている、なぜ……、なにが。


「クレア嬢?」


「はい、何でしょうセドリック様」


「いや、なんでも……」


力強い視線で、けれど花が咲くような微笑みを向けられて二の句が告げない。思わず視線を逸らしてしまうしかなかった。



挨拶後のファーストダンスも一連の流れだ。

主役のような立ち位置にいる私たちは踊らない選択肢など用意されていない。


クレア嬢とはダンスを踊るのも初めてだったが非常に踊りやすかった。

重さを感じさせないようにしっかりと私の動きに着いてくる。


そこらの講師よりよほど上手いのではないか。


噂になっていないのが不思議だ。


「あなたは、ダンスが上手いのですね」


「あら、そうですか?」


「非常に踊りやすい。あなたは私と練習もしたことがないのに」


そう、まるで長年のパートナーのように。


こんなにも私の動きに、他人の動きに合わせられるものなのか、と。

疑問が浮かぶ。


「私、ダンスは得意なのです。思っていたよりも優秀でしょう?」


にやり、と口角をあげたクレア嬢に思わず罰が悪くなる。

やはり、私の言葉はいけなかっただろうか。


そういえば、期待していないなどと言うのは傷つける言葉でもある。


「ええ、想像以上です」


「あなたの理想に少しは近づけまして?」


「……もしかして、先程のを気にしていますか?」


女心がわかっていないと、また怒られるだろうか、と尋ねた私にクレア嬢はターンをしたあと身体を近づけてきた。


「怒っているわけではありませんわ。ただ、私に出来ないことはあまりありませんのよ」


そういえば、と。

母上がクレア嬢を妙に絶賛していたことを思い出す。

社交界の噂や人の話の中で出てくることは少ないがきっと彼女の言葉は本当なのだろうと。そう思った。


彼女の不思議な雰囲気は会う度に、関わる度に変わっていて、気づけば気になる存在気なりかけていた。


旦那様視点ひと段落

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