偉大な音楽家
「…じゃ俺に言いに来たのは相瀬じゃないぞって言えばお前ら納得するのか?」
「彼らが納得をしてくれるのならどんな方法でも良いので、何かしらの対応をお願いします。
今後も"あの時先生の前だったから言い逃れをされたけど、絶対チクッたのアイツらだろう"などと身に覚えのない事で疑われ続けるのは真っ平なので、何か良い方法があればお願いします」
「はぁ〜…。
お前らは本当に…」
深〜く溜め息を吐きながら先生は手で顔を擦った。
「はぁ〜…。
じゃあもう分かった。
この話を教えてくれたのは本当に相瀬じゃないです。
因みに草津でもないからな?
他のクラスの先生がお前らが自転車に乗っている所を見ていたと言う話で、他のクラスの先生が俺に
"南先生のクラスの生徒ともう1人男子生徒が自転車に乗ってたよ"
って報告を入れて来ました。
俺はその報告を聞いただけです。
当日の朝のHRの時に
"不正しても誰かかれか、先生達が見てるから直ぐに分かるんだぞ"
って俺言ったよな?
その言葉の通りになっただけなんだ。
何も不思議じゃない。
そう言う事だから言ってきたのは少なくとも生徒ではない。
だからと言ってどの先生が言ってきたかって言うのは教えられないからな?
でももうここまで話してやったんだからこれで納得してくれ、蒼馬。
少なくとも言いに来たのは相瀬たちではないです。
そう言う事だからお前もこれ以上犯人探しすんなよ?
無駄だから」
なるほど、撒き方が上手いね。
この話のどこまでが本当かは分かり兼ねるが、生徒が密告したのか、先生が密告したのか、真相がどちらだったにせよ、先生のせいにしてしまえば、蒼馬たちは恨みこそはしても報復しようとは考えないだろう。
これなら全クラスの生徒を守る事が出来るし、一石二鳥ですね。
"何も知らない"
とか
"守秘義務があるから言えない"
の一点張りをするよりは肝心な所だけ隠すこう言う嘘の方が真実味がある為、相手を納得させやすい。
こう言う上手い嘘をつける所がやっぱり大人だよね。
「…分かりました」
流石にここまで言われたら納得がいったのか、蒼馬たちの表情が先程とは変わった。
まぁ先生に見られてたって言われたら何も言えないわな…。
どうやら私への疑いは晴れたようだ。
流石先生♡
大好きです♡
「じゃこう言ってる事だし、相瀬の方ももういいか?
納得した?」
はい!!!
大満足ですとも!!
「はい。
ありがとうございました!」
「うん、そしたら俺の方からは以上です。
お前ら今授業何よ?」
「音楽です」
「音楽室か?」
「はい」
「じゃ俺の方から後で音楽の先生に遅れた事情を説明しておきます。
で片桐は?」
「僕社会科です」
「ん!
じゃあ片桐は社会科の先生の方に言っておきます。
じゃあそれぞれ皆んな戻っていいぞ!
お疲れさん!」
そう言って先生は進路指導室のドアを開けた。
私達は進路指導室を後にし、音楽室へ向かった。
音楽室のドアを開けると大きなボリュームで何やら音楽が流れていた。
"オトーサン オトーサン…"
と言う曲をバックに音楽の先生に
「遅くなりすみませんでした」
と頭を下げる。
「うん。
特に席決めてないから適当に座って音楽聴いといて」
「はい」
指示に従い、私たちは皆んなの後ろに椅子を持って来て座った。
"オトーサン オトーサン 魔王が僕を掴んでくるよ!"
"魔王が僕を苦しめる!"
なるほど。
シューベルトか。
一度聴いたら忘れられない程のインパクトが"オトーサン オトーサン"には込められているよね。
"キーン コーン カーン コーン"
チャイムが鳴った。
ほとんど音楽聴けなかったな…。
まぁそれよりも授業に遅れた事が評価に含まれていなければ良いが。
「はい、じゃあ授業終わります。
皆んな教室に戻って良いよ」
音楽の先生の指示にて皆んな席を立つ。
教室に戻る前にもう一度一言挨拶をしてから戻る事にしよう。
南先生が後でフォローを入れてくれるとは言っていたものの、遅れて来た本人が何も言わずに立ち去るのはあんまり感じの良いものではない気がする。
そう思ったので私たちはもう一度音楽の先生に頭を下げてから戻る事にした。
「先生、今日は授業に遅れてしまってすみませんでした」
私がそう言うと
「うん、チラッとはクラスの子たちから話聞いてたし良いよ。
何かあった?」
「少々トラブルに巻き込まれてしまいまして…」
「うん。
分かったよ、もう良いよ。
お疲れ様〜」
「はい、では失礼致します」
音楽の先生はあんまり興味ないと言った様子の反応だった。
まぁそうだろうな。
他人のトラブルなんて、ましてや自分のクラスの生徒という訳でもない人たちのネガティブな話なんて聞きたくないよね。
分かるよ、私も同じ立場だったらそう思うと思うから。
「ねぇ、さっきの音楽何の曲だったんだろうね?
私"オトーサン オトーサン"の所しかほとんど聞こえなかったんだよね」
とのどちん。
「ブッ…!!!
あはははははは!!!
確かに!
あの曲やたら"オトーサン オトーサン"の所ばかり音が大きい気がする」
のどちんのコメントに失笑する私。
こうして私たちは教室に戻る道すがらいつものように世間話をしながら戻った。
次の授業は国語だ。
私は今日はもう使わない音楽の教科書等を鞄にしまって、国語の教材一式を机の上に乗せて次の時間までの時間をのどちんと会話をしながら待機した。
チャイムの音を合図に席に着く。
国語担当の恒河が来て授業が始まる。
「今日は皆んなに川柳を考えてもらいます。
川柳とは五・七・五からなる定型詩の事を言います。
もう一つ川柳と似ていて同じく五・七・五からなる定型詩に俳句と言うものもあります。
じゃあ俳句と川柳は何が違うのかと言うと、俳句の方には季語や文語、切れ字などが入ってるのが主な特徴です。
俳句と比べて川柳とはそのどれの決まりもない自由に作れる定型詩の事を言います。
簡単に言うと単に五・七・五であれば良いのが川柳だから俳句を作るよりは簡単だから、アンタたちには川柳の方を作ってもらいます。
どうせアンタたちに季語入れなさいとか文語入れなさいって言っても無理でしょ?
だからアンタたちは川柳を作りなさい。
俳句作れなんて難しい事言わないから」
何!?
馬鹿にしてんの!?この人。
滅茶苦茶感じ悪っ!!!
何かこう馬鹿にされると意地でも俳句作ってやりたくなるよね。
「先生、五・七・五なら何でも良いんですか?」
とクラスの男子が質問している。
「うん、五・七・五なら何でも良い。
その為に川柳って言ってんだから。
川柳だったら簡単でしょ?」
ことごとく言葉の端々に嫌味を感じる。
この人に関しては離婚した理由が分かる気がするわ。
離婚したと言うよりも、離婚されたんだろうな、きっと。
こんな嫌味な性格の人が四六時中家族として周囲に存在していたら、そりゃあ息が詰まるわな。
寧ろよくぞこんな性格の人と結婚しようなどと、一度でも考えた人がいたもんだ、とさえ思えてしまう。
その事自体が私にとっては驚愕の事実に他ならない程である。
こんな人と一度は結婚をしてしまった男性がどんな人かは分かり兼ねるが、この人と離婚したかったお相手の心中を察するよ。
きっとこういう人ってさ、職場でも人に気を遣えないって事は、家でさえも人に気を遣えないだろうから家でもこんな傲慢の限りを尽くしているんだろうな。
元旦那さんもずっとこの人に下に見られていたりしたんだろうな。
お気の毒に…。
「先生、五・七・五の文って例えばどんなのですか?」
とクラスの男子。
そうだなぁ、例えば…
"感じ悪 唯我独尊 恒河沙知"
…とか…。
それとあとは蒼馬に向けては…
"恨んでる ずっとネチネチ 永遠に"
などなどの今の自分の心情を語ったものを、五・七・五の形にさえすれば何でも良いのが川柳なのよね。
因みに恒河沙知とは目の前にいるさっきから嫌味な事しか言わないオバはんのフルネームである。
まぁ確かに俳句を作るよりは簡単だよね。
「例えばアンタたちのレベルに合わせて作ると"昼休み 皆んなで遊ぶ 楽しいな"とかでも良いんだよ」
とりあえずさっきから凄く馬鹿にされ続けていると言う事は充分に伝わって来ました。
"皆んなで遊ぶ 楽しいな"って小学生かよ。
"レベルに合わせて"って何!?
感じ悪っ!!!
ヤバい。
今日は厄日だ。
今日はやたらと気分を悪くさせられる事が多い日だな。
こんな日は家に帰ったら入浴剤でも入れてゆっくりと風呂に浸かるのが1番だ。
うんうん、そうしよう。
「この時間いっぱい使って良いから、皆んな必ず一句は作るように。
今から短冊を配るから、これに作った川柳を家で筆ペンで書いてきて下さい。
次の時間に集めるからね!
次の時間までに書いてきて下さいね。
この短冊は学校祭の展示物に出すからね。
真面目にやるように!
あと未提出は認めないから絶対提出して下さい。
言っとくけど、これ評価に含むからね。
じゃあ以上。
各自皆んな川柳を作る作業に取り掛かって」
評価に含むのか。
ならまぁ、真面目にやるか…。
仕方あるまい。
さて川柳とは一言に言っても何を題材にしようか?
やはりここは手堅く季節を題材にするのが無難だろうか。
う〜ん…例えばそうするとして、昨日のマラソン大会を題材にするとしたら…。
炎天下 マラソンするも…う〜ん…マラソン走り…。
炎天下 マラソン走り 汗したる…とかか…?
う〜ん…何かしっくり来ないんだよな…。
などと色々と沈思黙考していると
「さっきは川柳って言ったけど俳句書ける人は俳句でも良いからね。
作るの難しいと思って川柳って言っただけだから」
とBBA。
なら最初からそうやって言え。
本当、ことごとく言い方が腹立つ。
これで素直に川柳を作るのはなんか癪に触るよね。
俳句でも良いらしいから季語入れて俳句作ってみようかな。
季語か…。
要するに季節を思わせるワードなら何でも良いんだよな。
例えばさっきの"炎天下"だって炎天下になる季節なんて少なくとも日本では夏しかないわけだから、あれだって季語のうちに入る。
あとは夏と言えば…花火、かき氷、お祭り、風鈴…などなど。
考えてみたら意外と色々あるよね。
風鈴とかいいな。
割れたり壊れたりしたら嫌だから自分の部屋に付けようとは思わないけど、音色も綺麗だしあれ一つで一発で夏を連想させる事が出来る。
まさに夏の風物詩の代表と言っても過言ではない。
"風鈴の 音は涼しく 響くかな"とか…。
ゔ〜ん…ちょっと単調過ぎるかなぁ…。
何かもっとないだろうか。
ゔ〜ん…"風鈴や 風に踊れり 涼しげに"とかどうだろうか。
うん、我ながら悪くない出来かもしれない。
色々と考えているうちにチャイムが鳴った。
「はい、じゃあ今日はここまで。
次回の授業の時までに提出するように。
じゃあ日直の人号令ね」
「起立、礼、着席」
号令を終えて休み時間に入る。
教材を鞄にしまってのどちんの所へ行くと、のどちんが先程の川柳を一生懸命考え中の様子だった。
「あ、ミッピ。
ミッピはもう川柳考えた?」
「ううん、まだ。
次の国語の授業までまだ少し時間があるから、家でゆっくり考えて来ようかと思って」
「そっかぁ。
私もそうするかな。
私さぁさっきから"オトーサン オトーサン"って言う奴が頭から離れないんだよねぇ」
そう言いながら、のどちんは深い溜め息を漏らした。
「ブッ…それさっきの歌では…。
ハッハッハ!!
ハッハッハ!!」
失笑後も笑いが止まらなかった。
机の上に広げられたノートには"お父さん 魔王が僕を お父さん"とだけ書かれていた。
シューベルトは天才である。
あの10分も無かった短い時間で、完全にのどちんを洗脳したのだから。
シューベルトはやはり偉大な音楽家である。
それにしても今日は私にとっては厄日だったというのに、のどちんの笑いのお陰で癒されたわ。
のどちんが友人になってくれて本当に良かったよ。
君こそが私のヒーラー。
こうして朝から厄続きだった今日と言う日も、のどちんのお陰で心救われながら過ごす事が出来たのであった。
2週間後、期末テストが行われ、私は学力テストの時のように順調な成績を無事収め、その数日後に早くも終業式の日を迎える。
―終業式当日―
「おはよう、ミッピ」
「おはよう、のどちん」
「明日から休みだー。
もう嬉しくってさぁ!」
そっか。
私はあんまりうれしくない気がするよ。
だって1ヵ月近くも先生に会えないだなんて…。
南先生が担当している部活は野球部だから女子の私が部活で先生と関わるのは本当にお手上げ状態だし。
もちろんうちの中学校に夏期講習は無い。
打つ手なしだ。
大人しく休みが明けるまで待たなくてはならない。




