マラソン大会
ブッ…!!
世の中の数多くあるTシャツの中から、わざわざこれをチョイスしたところが笑えてしまう。
失笑が漏れそうになるのを私は堪えた。
先生ってこういうB級映画みたいなのが好きなのだろうか?
センスは微妙だが、面白いと言う点では私もこういうのは割と好きである。
「おはようございます!
今日はこの後マラソン大会です!」
先生がそこまで言い終えたやいなや、クラスの数ヶ所から
「はぁ〜…」
と言う何ともわざとらしく大きい溜め息が聞こえる。
相槌代わりに溜め息が返って来たのを聞いた先生が
「…お前らは…本っ当に…」
そう言って溜め息も混じりえながらもフッと笑った。
「何よ?
お前ら座学の方がいいのか?」
と前の席の男子に先生が聞くと
「はい!」
一寸の迷いも無いかのようにその男子は即答した。
なるほど!
君も文科系の人か。
分かるよ、分かる!!!
その気持ち。
「そっか…。
若いのにお前ら本っ当…覇気が無いって言うか何て言うか…。
俺が学生時代だった時なんてマラソン自体は皆んな嫌いでも、こういう行事ごとの時は授業が無いから皆んなそっちの方を喜んでたものだったけどなぁ〜。
今はもう時代が違うのかなぁ。
なんか寂しくなって来たな…」
先生が昔話を始めて浸り始めた。
クラスの皆々は"お前が学生だった時代の話なんぞどうでもいいやーい!"とでも言いたげに白けた表情で何も言わずシラーっと先生の方を見つめているようだった。
そして暫しの沈黙の後に先生がようやく我に返り、HRの続きを始める。
「…ちょっと話が逸れたな。
話を元に戻します。
…で今日はこれからマラソン大会で、コースは体育の先生の方から皆んなにプリントをもう配ってあるとの事なので、プリントに書かれているようにして下さい。
この後移動をしたらゴールするまで教室に戻って来れないから皆んな荷物の忘れ物が無いように注意してくれ!
ちゃんと持って行く物は持って行って、置いて行く物は置いて行けよ?」
「先生、水筒とかはどうするんですか?」
男子が質問している。
「走ってる間の飲食は禁止なので、水筒は置いて行って下さい。
途中で体調が悪くなったりした人は折り返し地点にいる先生に声を掛けて下さい。
あとジャージの上着とかも着たまま最後まで走る人は良いけど、Tシャツになりたい人は上着を教室に置いて行った方が途中で脱ぐより楽だぞ!
手に持たなくて良いからな。
だから上着とかズボン置いて行きたい人は置いてって良いからな!
それとゴールしたらゴール地点にも誰かかれか先生が居るので、その先生に"何組の〇〇です"って自分の名前を言って下さい。
ちゃんと皆んなが戻って来てるかどうかを先生方がチェックしてます。
ちゃんと忘れずに最後自分の名前を言ってってくれよ?
言わなかったら"戻って来てない!!"って大騒ぎになるからな!
名前を言い終わったら各自教室に戻って飲み物飲んでて良いです。
先生が来るまで待たなくていいからな。
しっかり水分補給してくれ!
あと言って置くけど教室に戻って来た時はワイワイガヤガヤ騒ぐなよ?
…とこんなもんかな?
最後に一つ言って置くけど、不正するなよ?
あちこちで誰かかれか先生が見てるから、不正したら直ぐ分かるんだからな?
よし!
ここまでで何か質問がある人はいるか?」
「……」
シーンと静まり返ったままなので、特に問題無いという事だろう。
暫し後にチャイムが鳴って皆んな席を立った。
走ったら嫌でも暑くなるからジャージの上着とズボンを置いて行こう。
中に学校指定のハーフパンツを履いて来ているのでここで脱いでも問題ない。
「ミッピ下も脱いで行くんだ?」
「うん、だって走ったら暑くなるよ?
のどちんも脱いで行ったら?」
「う〜ん、そうだねぇ。
じゃあ私も脱いで行こうかな?」
そう言ってのどちんもズボンを脱いだ。
机の上に軽く畳んで置いて
「じゃ、スタート地点グラウンドだったっけ?
行くか」
「うん」
私達はグラウンドへ移動した。
「先に男子の方から出発するんだって。
距離が長いから」
「そっか、男子の方は5.5kmだもんね。
うち女子で良かった〜」
「でもうちらだって5kmは走るんだよ?
あんまり変わんないような気が…」
「いいの、いいの。
500mでもうちは走りたくないから」
「…そう。
じゃあいいや…」
などなどと近くで待機している女子勢の会話が聞こえる。
そういえば今日は5kmも走るんだよね…はぁ〜…嫌だなぁ…。
心の中で深〜い溜め息を吐いた。
暫くしてパンッというスタートを切った音がした。
どうやら男子勢が走り始めたらしい。
男子勢は今最初の校庭3周から始めている。
最初に校庭を周回させるようにコースを組んだのは、一気に100人以上もの生徒が道路になだれ込まないようにする為の配慮であろう。
そう考えると上手く考えられているなと思う。
校庭での3周の間にスポーツ系の部活の人達とそうでない人達の差が既にハッキリと分かれていた。
スポーツ系の人達は"校庭3周なんて余裕余裕!"とでも言わんばかりにアッサリ校庭3周を終えて校外のコースへ突入。
そしてそうでない人達は3周走るだけで既にヒィヒィ言いながらバテている。
ここまで差が出るか…。
私も後者の方だから側から見たら軟弱者に見られるんだろうな。
だが人には向き不向きがあるんだから仕方がないのだ。
男子の最後の一人が校庭を出た頃、私達女子勢はスタート位置へと移動。
暫し後ピストルのパンッという音と同時に私達も走り出した。
「ミッピ一緒に走ろう」
のどちんが横で走りながら言う。
「うん良いけど、もし先に行きたかったらいつでも抜かしてって良いからね。
私は無理せずやり過ごすよ」
「私も無理はしないでおこうって思ってるよ」
「うん」
こんな時"一緒に走ろう"とか約束していても、いざって言う時が来たらその約束が守られる事は無い事を私は知っている。
だから途中で抜かされて行く事を踏まえた上で適当に話を合わせておく事にしている。
あぁ…それにしても…。
校庭を1周するだけで私はもう既に苦しいのだが。
あぁ…歩きたい…。
走りたくない。
もう…大体何でこんなくそ暑い季節にわざわざ暑くなるような事をしなければならないのか、理解に苦しむくらいである。
あ、最初に飛ばし過ぎたのか超バテバテで早くも歩いている人がいる。
私も歩こうかな…。
そう思った矢先にコースの横で見ている男子の方の体育の担当の阿僧先生が
「おい!
誰だ!
歩いてる奴!!
苦しくても皆んな走ってるんだから我慢して走れ!!!
お前らちゃんと真面目にやれよ!?
これ授業の一貫として評価に含むからな!?
適当にやんなよ?」
と腕組みをしながら偉そうに叱り飛ばす。
本当…偉そうにしてるアンタが走んなさいよ。
そんなにブクブクブクブク太っちゃってさ。
私達よりもアンタの方がよっぽど運動不足だから!
人に評価を付ける前にアンタのそのメタボリックな体型をどうにかしたら?
と心中毒を吐きながらもようやく私達も校庭での周回を終えて、校外のコースへと入った。
学校から少し離れた所まで来た時、のどちんが横腹を手で押さえ始めた。
「先生達もこの辺には居ないようだから少し歩こうか?」
「いや…いいよ。
私は大丈夫だから、ミッピ先行っていいよ」
なるほど。
気を遣っているのか。
こういう時はいっそ私が先に歩いて見せた方が向こうも歩きやすくなるかもしれない。
そう思って私は走るのをやめて歩き始めた。
「私は無理せず歩く事にするから、のどちんこそ先に行っていいよ」
そう言うとのどちんも歩き始めて
「なんかごめんね…」
と申し訳なさそうにのどちんは言った。
「いや、のどちんのせいじゃないから全く気にしないで!
私朝の時点から"無理せずやる"って言ってたしょ?
元々途中で歩く気満々だったからさ」
「そう?
なら良いんだけど…」
「本音を言うとさ、私は校庭の周回の時点でもう歩きたかったんだけど、体育の阿僧がなんか言ってたじゃん?
だから歩き辛くて凄い我慢してたんだよね」
「うん、私も…」
「本当…簡単に5km走れって言うけどさぁ、先生達にはまず自分がその距離走ってみて欲しいよね!」
「ねー!!
私もそう思う!
大体さぁ、自分なんて私達より運動不足な体型してるじゃんねー!?
どう思う!?」
とやや興奮気味に私がが言うとのどちんが
「ハッハッハ…!!
確かに!
それ私も思った!
それに見た!?
あの阿僧のシャツの模様!!
太ってる人に限って横縞のシャツ着たがるよね!
自分の体型分かってないよ、本当!」
「はははははは!!!」
的を射過ぎているのどちんの言葉に私は爆笑してしまった。
のどちんもおっとりしてそうに見えて案外言うよね。
暫し歩いて息が整って来たので
「ねぇ、走ると凄く苦しくて続かなくなっちゃうから早歩きしない?
折角頑張って走ってもまた辛くなって今みたいに途中で歩いちゃうとあんまり意味無いと思うんだよね。
それだったら早歩きして一定のスピードを持続させた方が無理なく進めると思うんだけど、どう思う?」
「うん、良いよ。
確かに頑張って走ってもその後ゆっくり歩くんだったら、意味無いもんね!
走って歩いてって言うふうに交互にやるよりは意外とそっちの方が早いかもしれない。
早歩き良いと思う!
それで行こう!」
「一応さ、先生がいる所あたりに来たら走ってる振りくらいはするようにしよう。
何か言われたら面倒臭いしさ」
「ははははは!!
OK!」
「何か悪い事に誘っちゃってるみたいでごめんね」
「いやいや、いいよ!
よし!
じゃあ早速早歩きやろう!」
「せーの!」
と意味のない掛け声をかけながらのどちんと早歩きを始めた。
走っている時のスピード程ではないが、普通に歩いているよりは断然速いスピードで進んだ。
「これ良いね!
早歩き案外速い!
これならお腹痛くならなくて良いし、続けられそう!」
とのどちんが嬉しそうに言う。
「ね!
心臓の負担とかも考えたら絶対こっちの方が身体に良いと思うわ!」
そんなふうに会話をしながら早歩きしていると、前方の方で歩いている人を発見。
どうやら私達よりも少し先を走っていた人達に今ようやく追いついたようだ。
やはり早歩きは強い!
結局頑張って無理して走っていたって、途中で歩くのならば非効率的なのだ。
私達よりも先を走っていた人達に私達が追いついたのが何よりの証拠である。
勿論こんな方法は先端を走っているスポーツ部のような人達には全く通用しない事は重々に承知である。
だがそもそも私は上位を目指している訳ではなく、真ん中くらいの順位に入れればラッキーというくらいの低い目標なのでこれで充分である。
私たちが先に走っていた人達を追い越した所で、追い抜かされたことを快く思わなかったのか、その人達はまた走り出して私達を追い抜かしていく。
そして向こうもその後早歩きをパクリ始めた。
何か感じ悪っ!!
だけどここでムキになって走らされるのは相手の思うツボのような気がするので、私たちは無視をして一定のペースを保って歩き続けた。
折り返し地点が見え始めたので先生に言われないよう、私たちは打ち合わせ通りに走っているフリ作戦に出る。
私たちの真似をしていた女子たちも私たちの真似をして走り始めた。
なんか嫌だなぁ…真似されると。
何食わぬ顔をして折り返し地点を通過する。
「もう半分まで来たんだぞ!
あと半分だ!
頑張れ!!」
メガホンを片手にキャンプ用の簡易椅子に腰掛けながら他のクラスの先生が言う。
いいなぁ…アンタ座ってるだけじゃん。
羨ましい限りだ。
今日は毒を吐いてばかりだ。
今日はマラソン大会と言う名の毒舌日だ。
先生が見えなくなった所で、周りに他の先生がいないことを確認して私たちはまた早歩きを始めた。
暫く進んだ所で前方にまた人を発見。
万歳!
また追いついた。
私たちが抜かそうとしていた時、
「え"!!
あれ見て!
ズルくない!?」
とその人たちが言ったので、てっきり私たちの早歩きの事を言っているのかと思ったので、その人たちに視線を移した。
だがどうやら私達の事ではなく、道路の向こう側の人たちのことを言っているらしく、指をさしているのが分かったので、私もその方向に視線を移した。
自転車に乗っている2人組が見えた。
誰が乗っているのか顔まではハッキリ見えなかったが、私達と同じ色のジャージを着ているところから、どうやらうちの学校の人らしいという事は分かった。
確かにチャリに乗るのはズルい!
私もそう思った。
「ねぇ、ズルくない!?
あれ!」
「うん、ズルい!
ってかチャリどうしたんだろう?
あれ誰の?」




