人生とは大きな行事のようなもの
「あぁ、いえいえ。
お母様の言う様に彼女は優秀な子ですから、先程の様な事があっても、きちんと話をすればきちんと理解してくれますし。
普段の生活も自分の意見をしっかり言えたりなど、自分で物事を考える力もありますし、全然問題無いですよ。
それに注意したのだって先程のが初めてでしたし。
誰にでも間違う事はありますから。
それに"間違えた事"を叱るよりも、言われた事に対して自分の頭でちゃんと考えて、その上できちんと反省出来たのなら寧ろ"きちんと反省出来た事"を褒めるべきだと僕は思うんですよ。
今日だって僕に気を遣ってジュースを用意してくれたり、気遣いとか優しさもある子ですから凄く良い子だと思いますよ」
先生が私をベタ褒めしてくれているが、どれが本音でどこからが社交辞令なのかが分からないだけに少し複雑な気分である。
もしかしたらそもそもの全てが社交辞令かもしれないし。
「そうですか〜。
それなら良いんですけどねぇ、オホホホ。
この子ね物心ついた時から"学校の先生になるんだ"って言って自分で勉強始めたんですよ。
こんな子が将来先生なれるのかとも思うんですけども、出来れば応援したいものですから、先生の方からも今後ともご指導、アドバイスなど宜しくお願いしますね」
アンタにだけはこんな子呼ばわりされたくない。
「あぁ、いえいえ!
こちらこそ宜しくお願いします!
相瀬、教員になりたいのか?
大変だぞ〜?
やってみたら分かると思うけど。
何で先生になりたいと思ったのか聞いていいか?」
もう!!!
馬鹿母が余計な情報を吹き込んだせいで凄く答え辛い質問を受ける羽目になったじゃないか!!!
本音を正直に言えたらどんなに楽か…。
あなたが好きだから、あなたに会いたいが為だけに数年間死ぬ程勉強して、努力をして来ただなんて言える訳が無い!!!
未来で私はあなたに二度と会えなかったから、わざわざ過去に転生して人生をやり直しして、未来でもう一度会える口実を作るために教師を目指してるだなんて口が裂けても言えない!!
我ながらなんて不純で不真面目な動機なのだろうか。
自分で言ってて恥ずかしくなる。
だがそれにしても何て答えたら良いのだろうか?
"物心ついた時から"って言われちゃってるから"先生の様な先生になりたくって!"と言う取って付けた様な適当な手は使えないしな。
…ならばどう答えたら良い?
とりあえず体の良い適当な最もらしい動機を何か考えねば!
あっ!!!
とんでもない大嘘を思いついてしまった。
小1の時に隣のクラスの男子どもに虐めに遭った時に助けてくれたオバちゃんが昔先生だった事にして、それがきっかけでそうなりたいと思った事にでもしよう!!!
その引退したオバちゃん先生の様な正義感のある熱い先生になりたいと思った…と言う超大嘘エピソードを話す事にしよう。
今となってはその真意を確かめる術はない訳だし、バレる事も無いであろう。
我ながら如何にもありそうで上手い大嘘を思いついたものだ。
「昔、私がまだ小学1年生だった時に、私の身長が低い事が理由で隣のクラスの男子から虐めに遭った事があるんですが、学校からの帰り道で蹴られたり叩かれたりしていた際に、たまたま道を通りかかったオバちゃんに助けてもらった思い出がありまして…。
そのオバちゃんがその虐めっ子たちを叱って私を助けてくれたんです。
そのオバちゃんは昔教師をしていたそうで、今はもう定年退職をして引退なさったと言う事だったんですが。
私に凄く優しい言葉をかけて下さったんです。
"何かあったら周りの大人たちに助けを求めて良いんだからね!"と言う言葉をかけて下さったのを私は今でも憶えております。
その時にそのオバちゃん先生の様な正義感のある熱い先生に、自分も将来なれたら良いなぁと思ったのがきっかけです」
この話の中で嘘は2つだけ。
木を隠すなら森の中へ。
我ながら怖いくらいリアルな嘘をつけたな。
「へぇ〜そうなんだ!
凄く良い話を聞かせてもらいました。
俺もいつか相瀬みたいにそんな風に言ってくれる生徒が出てくれる様に頑張らなきゃな!」
おちゃらける様に先生が言う。
「先生だったらそうなれると思いますよ!」
「ありがとう」
オバちゃんの下りの話がもしも実話だったとしたら、その上を行くエピソードをお持ちの先生はもう既にそうなれていますよ。
過去Aの時のように自分が傷付いてでも、虐めを真面目に解決しようだなんて考える様な、こんなに情熱のある先生は今時お目にかかれないと思う。
だけど南先生の下りの話はまた別の世界の話だから、本人にそう言えない事が残念で惜しいけどね。
話に段落がついたところで、先生は腕時計を見て
「よし!
じゃあそういうことで、今日は最後に部屋を見せてもらって終わろうかな?」
そう言って先生は立ち上がった。
「先生、娘の部屋はこちらです。
どうぞ」
と毒母が2階へ案内する。
部屋はバッチリ掃除した。
物が少な過ぎて色気も何も無くて格好悪いけど、それを除けば小綺麗には見えるはず。
多分大丈夫だろう。
階段を上って部屋のドアを開ける。
どんなコメントが返ってくるか内心ドキドキしている。
「お!
綺麗に片付いているな!
偉いぞ!」
「ありがとうございます」
「よし!
じゃあそろそろ失礼させて頂きます」
そう言って先生は毒母にペコリと頭を下げた。
「じゃあそういうことでまた明日な、相瀬」
そう言って先生は笑顔を向けた。
先生あなたが好きです。
その笑顔も優しさも全部。
私、頑張りますのでどうか卒業まで私を見守って下さい♡
「先生、玄関こちらです」
毒母と先生が階段を降りて下へ向かう。
私もその後から付いていく。
「では、お邪魔しました」
「はい、ご苦労様でした」
「お疲れ様でした」
と玄関先で挨拶をする。
ドアを開けて先生が帰っていった。
つい先程まで賑やかな雰囲気だった家も、またいつものようにシーンと静まり返って、寂しくなった。
片付けを始めようと客室へ向かう。
さっきまでこの部屋で色々な話をして笑ったりしていたんだなぁって思うと、酷く寂しくって心にグッとくるものがあった。
先生が座ってた座布団に私も座ってみる。
少し時間が経っていたせいか、もう座布団には先生の温もりは残っていなかった。
あ…先生が飲んだグラス…。
中を覗くと少し溶けた氷水が底の方に溜まっているだけだった。
ふと如何わしい発想が私の頭をよぎった。
ももももももし…こここここれで、この氷水をの…飲んだら!!!
かかかかか…間接…!!!
わわわわわ私は…ななななな、何を考えているのやら!!!
ででででででも…!!!
だだだだだ誰もみみみみみ見ていなければ、わわわわわ分からない訳だし!!!
ききききゅ…急にしし心臓が!!!
私はキョロリと周りを見渡した。
よよよよよし!!!
いいいいい今のところだだだだだ誰もいない!!
そう思ってグラスを持ち上げた時
「あぁ、片付けといてくれるの。
助かるわ。
下げて洗ってしまっといてね!」
ギャァァァァッッッ!!!!!
後ろから突然毒母が声を掛けて来たので、口から心臓が飛び出したんじゃないかと思うほどに私は驚愕した。
「何ボーッとしてんのさ?
早く布団敷いちゃいたいから早くして頂戴ね」
なるべく精一杯の冷静を装って
「あぁ…うん…。
分かった」
そう返事をして私はグラスを流しに持って行き片付けた。
客室へ戻ると先程使っていたテーブルは片付けられていて、毒母がいつもの布団を押入れから取り出しているところだった。
「あぁ、手が空いたんだったらちょっと布団敷くの手伝って」
「うん」
何かやたらと今日はこき使われている。
まぁ、あと布団だけだしいいか。
そう思いながら布団敷きを手伝う。
先程まで客室だった部屋は見事一瞬でいつもの毒両親の寝室へと早変わりしたのであった。
―とある日―
体育の授業の終わり頃に一枚のプリントが配られた。
そのプリントには凄くザックリとしか描かれていない地図のようなものが印刷されていて、マーカーのようなものでコースが線引きされている。
「皆各1枚ずつ行き渡った?」
「……」
皆んなが無言である事から行き渡ったであろう事を察し、体育の那由田先生が
「来週のマラソン大会について今ちょっと説明します。
まず今配ったプリントを見てください。
マラソン大会で走るコースが印刷されています。
男子と女子でコースが違うので注意してね。
当日間違わないでよ?
女子の方は"女子"って書いてある方のコースを見てね。
当日何かあったらコースの折り返し地点に誰かかれか先生がいると思うので、その先生に何か聞いたり、もしくは途中で具合が悪くなったりした人は声を掛けて下さい。
授業でマラソンの練習はしませんので、各自でプリントの確認をしっかり行って下さい。
と言う事で先生の方からは以上です!」
との説明を受けた後、チャイムが鳴り授業が終わる。
女子更衣室で着替えながら隣で着替えているのどちんとマラソン大会について会話する。
「嫌なイベントの時期が来ちゃったね」
と私が話しかけると
「そうだね。
私も走るの嫌い…」
「何でこんな行事があるんだろうって思うよ。
疲れるし嫌だなぁ…」
つい大きな溜め息が漏れる。
「うん、分かるよ。
この行事をやりたい人の方が少ないだろうな。
せいぜい陸上部くらいじゃない?
こんなイベント喜ぶの」
「ごもっとも」
「授業終わって"さぁ、ようやく休めるぞ!"って時にわざわざ部活に入ってまで無駄に走って無駄に疲れたい人の気が知れないよ…」
とのどちんも深〜く溜め息を吐く。
確かに。
私もそう思うよ。
まぁ…私達は文科系の人間だからそう思うんだよ、きっと。
のどちんとマラソン大会に対する愚痴の限りをこぼしながら教室へ向かって歩いていると、会話が聞こえていたようで那由田先生が
「アンタたち若いのにおばさんみたいだね!
疲れただの、疲れることしたくないだの。
若いんだからもっと元気良くしなさいよ!」
うん、おばさんだもん私。
中身はアンタより年上なんだからちょっとは労わってよ。
「えぇ〜…だって走ると疲れるんだからしょうがないですよ。
マラソン大会なんて誰も喜ばないから無ければいいのに、何であるんですか?」
とのどちんが身も蓋もない質問をしている。
「皆んなを喜ばせるためにやってる行事じゃないの!
だから我慢しなさい」
「ゔぅ〜…」
のどちんが何も言えず不満気な表情をしつつも口を閉じる。
「まぁまぁ先生、若くても疲れるものは疲れるんですよ。
人生とはそもそも疲れる行事なのです」
「は!?
何?
何?
意味が分からなかった。
人生とは疲れる行事って何…!?」
先生が口をあんぐり開けながら眉間にシワを寄せる。
「まぁ要するにこの世に生まれて人生が始まった瞬間に、そもそもこれから数十年と言う長〜い人生を生きて行かなくてはならないと言うこと自体が、そもそも1つの大きな行事のようなものであって、それはとても疲れる行事ですねと、そういう事が言いたいわけですよ。
そもそも生きている事自体が疲れるし面倒臭いなぁと…そう思うわけですねぇ…。
はぁ〜…疲れた疲れた…。
面倒臭い、面倒臭〜い…」
唖然としているのか絶句しているのか、分かり兼ねるが先生は口を開け、眉間にシワを寄せた形相のままで固まっている。
数秒間の沈黙が訪れた後、
「…うん…わかった…。
…もういいや…」
そう言って深〜い溜め息を吐いた後、首を傾げながら先生は去っていった。
今のにはのどちんも少々ドン引きをしていたようで
「…うん…私は何も言わないよ。
でも私はそこまでは思っていなかった…」
と少々顔をを引き攣らせながら言った。
まぁまぁ…アンタ、若いから今はそう思うかもしれないけどさぁ、大人になったらそう思うようになるかもしれないよ?
―マラソン大会当日―
今日はジャージ登校。
持ち物は汗拭きタオルと水筒のみ。
もちろんペットボトルのを持参。
「ミッピおはよー!」
「あ、のどちん!
おはよう」
「とうとうこの日がやって来てしまったよ…」
深〜い溜め息を漏らすのどちん。
「うん、まぁ…無理せず適当に手を抜きながらやるよ、私は」
「私も」
チャイムが鳴って先生が来た。
今日は下がウィンドブレーカーに上はTシャツか。
まぁ…もうすぐ7月になるって言う暑い時に上着なんか着たくないよね。
Tシャツには"maybe…it's Still Alive…"と書かれて洋風のお墓の前に横たわっているゾンビの絵がプリントされている。
なるほど!
ゾンビだから"it's Still Alive"なのか!




