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先生はいつまでも先生

 怪しまれない様にポーカーフェイスを装わねば!!


「じゃあ先生どうぞ上がって下さい。

 こちらにどうぞ」


 毒母が家に上がるように手振りをしながらそう言った。


「ありがとうございます。

 失礼します」


 そう言って先生は靴を脱いで毒母の案内に付いて、客室へと向かう。

 格好良く客室だなんて表現してしまったが、我が家には客室と言う部屋は本来は無い。


 毒両親が普段布団を敷いて寝ている部屋の万年布団を片付けて、そこを大掃除して本日限定の期限付きで無理矢理客室にしたと言うだけである。


 私はリビングに戻り、冷凍庫で作り置きしている氷をケースから取り出してグラスに入れる。


 そしてザクザクオレンジの缶を開け、グラスにジュースを注ぐ。

 お盆にコースターと中身の入ったグラスを乗せ、先生がいる客室へとそれを運ぶ。


「お!

 ありがとうな、相瀬」


「いえいえ。

 今日は外暑かったと思うので冷たい物でもどうぞ」


 テーブルにコースターとグラスを置いて私はそう言った。


「おぉ〜、わざわざ氷まで入れて用意してくれたんだ。

 ありがとう」


 先生は笑顔で言う。

 いえいえ♡

 造作も有りません♡

 それにはもれなく私の愛がたっぷりと詰まってますので、どうぞごゆるりと堪能して下さい♡

 …なんてね…。

 こんな馬鹿げた台詞死んでも本人には言えないわ!


「そうなんですよぉ。

 さっきなんてこの子わざわざ…」


 毒母が余計な事を言い始めたので


「ママ余計な事言わなくていい」


 そう言って制止する。


「何よ?

 俺に秘密かぁ?」


 そう言って先生が私を茶化す。


「良いしょ〜言ったって。

 別に悪い事をしている訳じゃないんだから〜」


 と毒母。

 あまり話されたくない事についての理由を考えるに当たって、それが良い事か悪い事かだけを物事の判断基準とするのは(いささ)か視野が狭いのでは?と私は思う。


 世の中悪い事で無かったとしても、人に知られたくない事や言われたくない事などは山程存在するからである。


 例えばAさんがBさんの事を恋愛対象としても好きだったとする。


 人を好きになると言う事は本来は美しく素晴らしい事だと思うし、何も間違ってはいない。

 だがしかし現実とは必ずしもその美しい思想や世界だけで出来ている訳でも無く、その関係が必ずしも成立するとは限らない。


 だからこそAさんはBさんに自分の気持ちを知られたくは無いと思う。

 何故なら自分の本心をBさんが知ってしまう事により今この関係が消えて無くなってしまうかもしれないからだ。


 AさんはBさんに自分の思いを悟られる事なく、この関係がこれからも続く事を望んでいるかもしれない。

 どの選択が正しいかなんてその人にしか…いや…その人にすら分からない事だってあるのだ。


 人間知らぬが仏と言う(ことわざ)も存在する。

 知る事ばかりが美しく正しい訳ではない、と言う事だ。


 …と言う事で先生に余計な事を言わなくて宜しい!

 私はそう強く思った。


 だがそう思う私の心を無視するかのように毒母は調子良く話し続ける。


「この子今日は暑いから冷たい物を出してあげなって言って、さっき一生懸命走ってわざわざジュース買って来たんですよ〜」


「え!?

 そうなんですか!?

 相瀬、先生は何でも良いんだからそんなに気を遣ってくれなくても良かったんだぞ?

 先生はこれから他のお宅も周るから飲み物を飲んじゃうとトイレも近くなっちゃうし。

 まだ手を付けて無いから、先生の事は良いから相瀬が飲みなさい。

 先生は気持ちだけで充分です!

 相瀬ありがとうな!」


 ほらね、こうやって遠慮されるから嫌だったんだよ。

 だから余計な事言わなくて良かったのに!!!

 わざわざ恩着せがましくジュースを買って来た経緯を話して何になるの!?


 遠回しに"わざわざ気を遣ってやったんだから感謝して遠慮しろよ"って言ってるようなもんじゃん!!

 本当うちの馬鹿毒何なの!?

 言わなくて良い事をベラベラベラベラと。


「そうやって遠慮されるのが嫌だったからわざわざこの話をされたくなかったんですよね。

 仮にもし迷惑だったのなら無理強いはしないので飲まずにそのまま置いておいて下さい」


「いやいや!

 先生は別に迷惑で言ったんじゃないぞ。

 それは誤解だ、迷惑だなんて全然思ってない。

 先生の言い方が悪かったんだったら謝るから、ごめんな相瀬」


「いえ謝らないで下さい。

 私もそう言うつもりで言ったんじゃないので。

 とりあえずまぁ良いですよ、飲まなくて良いので置いておいて下さい」


 毒のせいで空気が悪くなっちゃったじゃない!

 折角先生が家庭訪問だからと言う理由付きとは言え家に来て嬉しかったのに、さっきまでの幸せな気分が一気に濁ったわ。


「…やっぱり貰おうかな?

 折角相瀬が先生のために用意してくれたんだもんな!

 ごめん相瀬、やっぱり頂く事にします」


「あ、いえ、本当に気を遣って頂かなくても結構ですよ。

 無理なさらず残して下さい」


「いや、大丈夫。

 良いよ、ありがとう」


 先生はそう言ってグラスのジュースを飲み干した。

 何だかかえって無理をさせてしまったようで良心が痛んだ。


「これ果肉入りか?

 美味しかったです!」


 先生もザクザクオレンジを気に入ってくれたようだ。

 自分の好きなものを相手も気に入ってくれたりすると何か凄く嬉しいよね。


「そうなんですよ!

 前に友人宅でご馳走になった事があって。

 それから私も暫くこれにハマってた事があったんですよ!」


 大人気無くはしゃいでしまった。

 ハマってたとは言ってもあれ以来ずっと飲んでいないのだが…。

 だが暫く忘れられず、時々脳裏に浮かんでくる一品だったと言うのは間違いない。


「おぉ〜、そうなんだ。

 友人って?

 草津?」


「いえ、小学校の時の話なので…。

 C組の石垣音葉さんって知ってますか?

 隣のクラスって先生の担当でしたっけ?」


「うん、石垣知ってるよ。

 そっかそっか。

 最近は付き合いは無いのか?」


「まぁ廊下ですれ違った時にはお互いに軽く挨拶をするくらいになっちゃいましたねぇ。

 クラスが離れてしまったから段々と疎遠になっていってしまうのは仕方のない事なのかと…。

 向こうも向こうで付き合いがあるわけですし」


「何かお前ら社会人みたいだな。

 "会社ですれ違った時は挨拶はしますけど、部署が変わってからは疎遠になってしまいました"みたいな感じでな。

 何て言うか最近の中学生はクールなのかな?」


 え〜それって言わば言い方を変えれば冷たいって言う事だよね…。

 でも仕方なくない?


「まぁ…。

 でもそれって仕方ないですよね。

 先生だって"今までに自分と関わってきた全ての人達と今も尚ずっと交流を持ち続けていますか?"と言われたら"それは難しい"って答えませんか?」


「まぁもちろんそうなんだけどさ。

 別にお前を否定したわけじゃないから誤解しないでくれ。

 たださ、あんまりハッキリ割り切ってるから何か最近の中学生は大人だなぁと思ってさ…」


「じゃあ先生だったらどう言われることを想像していたんですか?」


「いや…どうって…うーん…。

 まぁ例えばだけどさぁ"〇〇ちゃんと離れて寂しいんです"とか"〇〇ちゃんと離れてから友達ができなくて悩んでるんです"とかさぁ…。

 もしそう言う悩みとかがあったら、いつでも俺に相談に来て良いんだからな!」


 うわぁ古っ!!!

 昭和の初期か中頃の時代背景を感じるよね、そのシナリオ。

 昔懐かしの青春ドラマじゃないんだから…。


 "大丈夫だ!!

 先生が付いているぞ!!

 お前は俺の生徒なんだからな!!!

 さぁ、つまらない事は早く忘れてしまえ!!

 そして海に向かってバカヤローって叫ぶんだ!!!

 お前も先生と一緒に夕陽に向かって走り出そうじゃないか!!!"って言うノリだよね。


 もうカビの生えたベタベタストーリーね。

 凄く馬鹿馬鹿しいけれど、この馬鹿馬鹿しいノリのある先生だったからこそ過去の私は救われたのだ。


 あの時この臭さがどれだけ私の心を救ってくれたか分からない。

 先生ありがとう。


「…とか、あとは…そうだな…"友達作りが上手くいかないんです!"とかさ…。

 そう言うのでも良いんだぞ!?」


 と言うかさ、もう学校の先生にそう言う事を相談する時代は終わったよね。

 皆んな悩んでてもそう言う事って恥ずかしくて人に相談できないから。


 …でさっきから色々言ってるけど、この人ぼっちが好きなの?

 先生って意外と変わった所があるんだな。

 別に否定はしないけどさ。


 そりゃあさ、皆んなできれば友人はいた方が良いと思ってるけど…。

 息苦しい封建社会のようなグループで息を詰まらせながら数年間過ごすくらいなら、もういっそこのままぼっちでいた方がまだマシだと割り切っているのであって、わざわざぼっちになりたくてなっている人はいないと思うんだけどな…。


 あとは…ぼっちになりたかった訳じゃないんだけど、何となく友人作りに失敗して気付いたらぼっちになっていたと言うケースとか…。


 こんなこと言っても全く自慢にならない話だが、現に私だって過去A、B共に友人作りに失敗して今に至る訳だ。


 わざわざ進んで自らぼっちになりたいと思った事など今までに1度もない。

 ぼっちは周りの目線から言っても見栄えが良くないわけで。


 だから皆んなぼっちになりたくなくて、中には必死で自分を隠して別の誰かを演じてまでグループとやらに入りたがる人さえいるくらいと言うのに。

 わざわざぼっちの方が好きだなんて。

 変わっているの一言に尽きる。


「先生、私がぼっちの方が良かったんですか?」


「ぽっち??

 何よ、ぽっちって?」


「ぽっちじゃなくてぼっちですよ、先生」


「ぼっちって何よ?」


 あ!

 そうか!

 "ぼっち"って未来に出来た造語の様なもので、この時代の人間には馴染みのない言葉なのだ。


「いわゆる友人のいない一人ぼっちの人の事ですよ。

 一人ぼっちだから略してぼっちって言われてますね」


「そういう言い方やめなさい。

 虐めみたいだから良くない」


 え!?

 待って!!

 私が作った言葉じゃないからね!?


「待って下さい!

 私が作った言葉じゃないですからね!?」


「誰が作ったのでもいいからやめなさい。

 お前が初めの言い出しっぺじゃなかったとしても、お前もそうやってそういう言葉を使っていたら、お前も虐めに加担している1人って事になるんだよ?

 だからそういう人を揶揄(やゆ)する言い方はやめなさい」


 確かにその通りだ。

 自分も過去に虐めに遭っていて心ない言葉を沢山言われてきて嫌だったのに、初心を忘れていただなんて…。


 先生のごもっともの反論に反省した。

 まさかこの歳になって説教されるとは…。

 私もまだまだ未熟者だな。

 先生は私がいくつになっても私の先生なのですね。


「はい、軽率でした。

 すみません」


「ん!

 反省したのなら良し!

 次から言葉には気をつけるように!

 って俺も人間だから間違う事があるから自分で言っててちょっと耳が痛いんだけどさ」


 そう言いながら先生は笑顔を向けた。

 私は別にぼっちを否定しているわけではない。

 自分もかつてはずっとぼっちで、世間から"ぼっち"と言われ続けて揶揄されてきた側の人間だからだ。


 だけどぼっちに長いこと慣れすぎると、いつしかぼっちでいることが普通になり、むしろぼっちでいることの何がそんなに悪いのか分からなくなってくる程、ぼっちが自分に染み付いていて…。


 何というか上手く説明できないのだが、ぼっちでいることに開き直っているうちに、ぼっちが私にとって普通になりすぎてて…。

 だから"ぼっち"と言う言い回しに善悪の概念すら湧き起こらなかったのだ。

 慣れって怖いな…。


「先生すいませんねぇ、この子時々こういう所がありますから…オホホホ。

 でも親の私がこう言うのも親馬鹿かもしれませんけどね、勉強の方は結構優秀なんですよ〜。

 自慢じゃないんですけどね、私この子に勉強しろって今までに1度も言った事無いんですよ〜」


 毒母が横から何か言ってる。

 凄く自慢気に話してるけど別にアンタの手柄じゃないだろうに。

 "自慢じゃ無いけど"と言う言葉の後に続く会話は大抵自慢話が多いよね。


「はい!

 存じてます!

 この間の学力テストの結果も素晴らしかったですし、本当に良く頑張ってると思います。

 普段の生活も草津と言う友達もいて良好ですし」


「あぁ〜そうですかぁ。

 この子普段そう言う話何も言わないですからぁ。

 いや〜さっきみたいに先生に普段からご迷惑をおかけしていませんか?」


 普段私がそう言う話を家でしないと言うよりも、そもそもアンタが私の普段の生活に興味を示さないだけじゃん。


 アンタ1度も私の学校生活について私に聞いた事無かったよね。

 本当、毒な親に限って外面だけは良いんだよな。

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