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祝福されない子供たち

 警察に家に送られて帰ったあの日のあの後、毒母と幹本に何かされるのではないかと内心ビクビクしていたが、幸いギロリと睨みつけられた以外は何も無かった。


 だが何となくこれが嵐の前の静けさのような気がしてならなかった。


 そしてその翌日、予測が的中し毒母は帰って来なかった。

 ご飯は冷蔵庫の中に入っていたものを食べた。

 米は思ったよりも残量が少なく、3合も炊ければ良い方だと思う程度だ。


 その翌日も毒母は帰って来なかった。

 おそらく幹本宅なのであろうか?

 このまま帰って来ないつもりなのだろうか?

 米を1合炊いて姉と2人で分けた。


 そして次の日も帰って来なかった。

 また米を1合炊いた。

 これで米はあと1合分しかない。

 この日、炊いたご飯を少し残してラップに包んで冷蔵庫に入れた。

 毒母がいつ帰って来るものか分からないからなるべく食料を持たせる為である。


 姉も私を見てそれを真似する。

 ふふ…賢い子だ。

 冷蔵庫には調味料と漬け物と麦茶しか入ってない。

 幸い電気と水道は止められてない事がまだ救いである。


 また翌日、昨日冷蔵庫にとっておいたご飯と漬け物をかじる。


 そうして数日過ぎた。

 米も無くなり、麦茶も無くなり、漬け物はとうに食べきった。


「お腹空いたね…」


「うん」


「ママ、前に私があんな事言っちゃったから帰って来なくなっちゃったのかな…」


 姉が今にも泣きそうな声を出す。


「ちがうよ。

 あの男と一緒にいたいんでしょ?」


「そうなのかな?

 私よりもあの人の事好きなのかな…?

 ゔぅ…ひっくゔぅ…」


「お姉ちゃんのせいじゃないよ。

 あの人は元々そう言う人だったんだよ」


 我ながら2歳児がこんな台詞言わねーよと思う台詞を言ってしまったが、状況が常軌を逸しているせいで姉は何も変には思わないのかもしれない。


「どうしよう…。

 私があの日警察に見つからなければママ出て行かなかったのかな…?」


「だからお姉ちゃんのせいじゃないでしょう。

 全てあの女とあの男が悪いんだよ」


「うん…」


「……」


暫しの数分間程沈黙が続いたが


「お腹空いたね…」


と姉が力無く問いかけてくる。


「あの人お金なんて置いてってないよね?」


と言う私の反応に


「多分…。

 だってテーブルには何も上がってないよ」


 そう言いながら姉はチラリとローテーブルを見る。

 そう言えばお金で思い出したけど、この間500円でパン買った時のお釣りってどうしたんだろう?

 確か300円あった筈。


「お姉ちゃんあの時パン買った時のお釣りってどうした?」


 私がそう聞くと姉は


「あ!!!」


 姉もどうやら忘れていたようだ。

 部屋の隅に畳んで置いてあったズボンのポケットを探ってる。

 あのズボンはあの、警察にお世話になった日に履いていたズボンだ。


 小銭がチャリッと言う音を立てながらポケットから出てくる。

 百円玉が3枚ある。

 この時代はまだ消費税が無かった。

 だから100円のパンは100円で買えたのだった。

 う〜む、ここに関しては本当に素晴らしい時代だ!


 姉は目を輝かせて


「やったー!

 これで何か買って来よう!」


 先程までベソかいていたものの元気になった。

 これぞまさに現金な性格と言うのだろうか。


 姉は大喜びしているが私の心の中の冷静な部分が、

 このお金を果たして食費に使ってしまって良いものだろうか?と言う不安を掻き立てている。


 いま手元にある全財産はこの300円のお金だ。

 もしも姉と2人でパンを買ってしまったら残金は100円になってしまう。


 何かもっと有効な使い方はないだろうか?

 毒母が明日帰ってくる見込みでもあるのならいい。

 だが、そう言う保障は無い。

 もしも今、その場しのぎでそのお金を使ってしまったらどちらにしろ明日の分のご飯が無いだけだ。


 どうすればいい?

 姉も私も助かる方法…。

 何気なくボンヤリと姉のズボンをジッと眺めていたら、ズボンを補修してある部分が視界に入った。


 毒母は裁縫などやらない。

 きっと婆さんがやってくれたのだろう。

 あ…!!!

 そうだ!!

 婆さん家に行こう!!


「お姉ちゃん、婆さん家場所知ってる?」


「え?婆ちゃん家?

 うん知ってるけど…」


 しめた!!!


「ねぇお姉ちゃん、私良い事思いついたんだけどそのお金で婆ちゃん家行かない?」


「え?婆ちゃん家に?」


「そう!今そのお金でパンを買っちゃったらそれだけで無くなっちゃうでしょ?

 今日はそれで良くても明日だってママが帰るか分からないし。

 でもそのお金で電車に乗って婆さん家行けばご飯の心配はしなくて済むようになるんじゃない?

 どうかな?」


「あ!!!

 アンタ急にどうしたの!?

 最近急に頭良くなったんじゃないの?

 それ良い!そうしよう!」


 物分かりが早くて賢い子だ。

 ここで


 "やだ〜!!お腹減ったよぉ〜"


 などと駄々を()ねられてしまったらどうしようかと少し心配だったが、取り越し苦労だったようだ。


 私は小学生以下だから保護者同伴なら交通費はかからないはずだ。

 まぁ、保護者が小学2年生と言うのはいささか不安だが、手段はこれしかない。

 とりあえず姉の片道分だけあれば良い。


 そう決めた私達は最寄りの駅へ向かった。

 姉は小学生だから子供料金でOKだ。

 助かった…。

 もしも小学生も大人と同じ一律の料金だったら足りなかったところだ。


 小さな子供2人で電車に乗る光景は誰もが見てて奇妙に映るだろう。

 なるべく目立たないように隅の方に乗った。

 今にも駅員やどこかの大人が私達の身元を調べようとしたり詮索したりするのではないだろうかと不安で仕方がなかった。


 無事婆さん家の最寄りの駅へ着いた。

 婆さん家は駅から割と遠い場所にあるのでここからまた沢山歩かなくてはならない。


 ご飯もまともに食べてないせいか身体が早くも疲れを感じている。

 だが隣には7歳ながら弱音を吐かずに頑張っている姉がいるのだから私が先に(くじ)ける訳にはいかない。


 少なからず姉も疲れは感じているだろう。

 歩いている間私も姉も一言も喋らずただ黙って淡々と歩き続けた。


 理屈は分からなくても身体が本能的に無駄な体力を消費しないよう、そう仕向けたように思える。


 苦労の末私達はやっとの事で婆さん家へ辿り着いた。

 婆さん家のインターホンを鳴らす。


「はい。どちらさんですか?」


 そう言いながらドアを開けた婆さんは私達を見て驚愕(きょうがく)した。


「2人で来たの!?ママは!?」


「ママ…帰って来ない」


 姉がそう言うと


「帰りが遅いだけでねぇの?

 そんな馬鹿な話あるけぇ!?」


「もう一週間以上帰ってきてない」


「えぇ!?あの人どこさ行ったのさ!?」


「多分幹本って言う男の人の所」


「あの人もねぇ…。

 何やってんだか…。」


 婆さんは言葉を詰まらせた。


「一週間もけぇって来ねぇでおめたちも腹減ったべさ。

 おめたちもよぐこんな遠いとこさ来たさ。

 まぁ、話は後で聞ぐ。

 ひとまず上がんなさい」


 そう言って私達を家に上がらせてくれた。

 私達は無事にご飯にありつく事が出来た。

 婆さん家のご飯は凄く美味しく感じた。


 本音を言うならばもうあの家には帰りたくない。

 ここで婆さん達と暮らせればいいのに…。

 婆さんが居れば少なくともBBAは変な男を家に連れて来る心配はないからだ。


 数日が過ぎた。

 婆さんは私達が先日までいた家に何度も電話をかけている。

 一向に繋がる気配すらないらしい。

 日に日に婆さんの機嫌は悪くなるばかりだった。

 私達はなるべく刺激をしないように大人しく過ごした。


 だがその更に数日後には、この3食寝床付きのパラダイス生活は終わりを告げた。


 婆さんは毎日毎日電話をかけ続けた。

 私はその様子を横で伺ってる。

 内心もう毒母もあの幹本と言う男も2人とも戻って来なければいいのに、と願っていた。


 いっそあの2人がこのまま蒸発してくれたら婆さんは唯一の身内と言うことになって私達を引き取らざるを得ない状況になる。

 あの家に戻るくらいならこのまま2人とも消えてくれないかな…と思っていた。


 だけどある日毒母は部屋にようやく帰ってきたのだろう。

 電話に出た。

 さり気なく私も受話器に耳を近づけてその会話を聞く。


「はい」


「あ、もしもし?ワシだけども」


「あぁ、婆ちゃんか…何?」


「何じゃねぇべ!!

 おめ、子供2人家に放ったらかして何日もどこさ行ってたんだ!?」


「あぁ、居ないと思ったらそっち行ってたんだ。

 お金置いて行かなかったんだけどね。

 よくそっち行けたね。

 まぁ、良かったか」


私達を殺す気だったのだろうか…?


「なんも良い事ないさね!!!

 何考えてるんだか!!

 アンタ母親だべさ!

 男と遊ぶ事ばっかり考えて…」


「あぁもう、うるさいうるさい。

 そっちで面倒みてよ。

 そっちにいるんだからさ。

 爺さんも孫いた方が嬉しいしょ?」


「そう言う問題じゃないべ!!

 明日そっちさ子供たち連れて行くからちゃんと自分で面倒みなさい!!」


 そう言って婆さんは力強く受話器を戻した。

 明日私達はあの部屋に戻されるんだな…。

 今日の夕飯は最後の晩餐(ばんさん)になりそうだ。

 私達は最後の晩餐の夕飯を噛みしめて寝床に入った。


 翌日婆さんはあの部屋に私達を連れて帰った。

 部屋にはBBAだけがいた。

 婆さんが来るのが分かって幹本は帰ったのだろう。


 幹本宅から持って来たものだろうか?

 見覚えのないテレビが部屋の隅に置かれていた。

 BBAはそのテレビを観ていたらしく付きっぱなしになっている。


「おめ、子供たち放ったらかして何やってただか!?」


「もう、分がったからさっさと子供2人置いて帰ってくれない!?」


「はぁ〜…。

 なんでこんなになっちまったか…。

 子供が気の毒でならねぇ…」


「だからそんなに言うなら婆ちゃんが育てれば良いしょ!?」


「婆ちゃんが育てればって…おめの子供だべさ…。

 もう呆れてなんも言えねぇもんね…。」


「私はそもそも子供が嫌いなんだよ!

 パパの親が早く後継ぎ産めって言うから仕方なく産んだのに、女だからいらねぇって後から文句言いやがってさ!!

 そしてパパが死んだらもう和ちゃん関係ないからって…ふざけやがって!!

 こっちだって子供なんかいらなかったんだよ!!」


 うちの血縁関係…どいつもこいつも終わってる…。

 まともな奴が一人もいない。

 私達は呪われてでもいるのではないかと思ってしまう程だ。


「もういい!!

 おめと話したって無駄だって分がったわ!

 もう聞ぎたぐねぇわ!

 こっちだってねぇ自分らの食いぶちしかねぇのに子供連れて来られたって困るんだわ!

 自分の子供なんだから自分でなんとかすれ!!!」


 婆さんは剣幕を起こして玄関のドアを力強くしめてそそくさと帰ってった。

 婆さんも結局は偉そうな事言ってる割に無責任だよなと内心思った。

 自分も面倒を見たくなくてここに置いて行ったのがいい例である。


 私達は生まれなければ良かった子供だ。


 婆さんが帰った後BBAは私達を無視するかのように一言も喋らずただ黙ってテレビを見ながらビールを飲んでいた。


 重苦しい雰囲気の中私達も一言も喋らずテレビとは反対側の部屋の隅に並んで座った。

 そこがいつも私達の布団が敷いてある場所だからだ。

 特にすることもないし、精神的に疲れているという事もあって私達は自然と眠りについた。


 翌日また幹本は部屋に現れた。

 今回は珍しく手荷物を沢山ぶら下げて来た。

 手荷物の中身はどうやら幹本の日用品らしい。


 どうやら泊まりに来ると言うより、本格的にここに居座る気らしい。

 そしてこの日を境に幹本は本性を(あら)わにし始めるのであった。












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