表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/144

罪と十字架

 毒親は離婚した。

 私達が婆さんの家で過ごしている間、毒母は毒父の両親と離婚について話をしていたようだ。


 あちらの家は、息子も亡くなった事だからその嫁と()()はもう関係無いとの事でその子供を養育するつもりは今後一切無いとの事で離婚して欲しいとの申し出だったらしい。


 用が無くなったらサヨウナラと言う所は毒父と同じクズだなと思った。

 まるで私達を害虫か何かの様に思っているかのような扱いである。

 全くもって失礼な家系だ。

 あの親あってあの息子ありなんだな、と心の底から思った。


「そもそも(かず)ちゃんが煙草の吸い殻をちゃんと片付けていればこんな事にはならなかったんだからその責任を取ると思って離婚して頂戴」


 と毒父のBBAが言ったらしい。

 いや、それに関しては灰皿を人に向けて投げつけて、床にぶちまけた物を人に掃除させたクズが悪いだろうよ。

 この親あってあのクズあり。


 とにかくこう言う経緯(いきさつ)で毒親は離婚した。

 と言う話を婆さんと日中に酒を飲みながら毒母が愚痴をこぼしているのを聞いた。

 暴力に(おび)えなくて良いこの普通の毎日をどれだけ私は求めていただろうか?


 私は歓喜を感じると同時に、過ちとは言え自分が毒を殺めてしまったかもしれない罪の意識に囚われた。

 何度も死んで欲しいって願っていた。

 だからと言って殺したかった訳じゃない…。


 だが結果、私がどう感じていようが毒は死んだ。

 だから私は一生この罪深い十字架を背負って生きなくてはならない。

 そして不謹慎にもこの普通の毎日を"幸せ"だと噛みしめずにはいられない。


 そう考えたら涙が(あふ)れた。

 この涙が"嬉し涙"なのか"自分の罪への涙"なのか私自身もよく分からなかった。

 穏やかな日々を過ごしていたある日の昼、婆さんと毒母が今後について話していた。


「わしら年金暮らしの年寄りじゃ自分らの食いぶちしか払える金がねぇべ。

 おめも早く新しい仕事と部屋見つけて引っ越さねぇと。

 (すみ)もずっと学校さも行ってねぇべ。

 いつまでもプラプラさせとかんで学校さやんねぇと可哀想だべ」


「わかってるって…。

 仕事見つけたら出てくからもうちょっと待ってや」


 その話し合いの数週間後、私達はどこかのボロアパートへと引っ越した。

 荷物は殆ど無かった。

 何せあの日の夜何もかも燃えてしまったのだから。

 服もあの日からずっと同じだった。

 だけど毎日暴力に怯えていたあの暮らしの事を思い出すとそんな事どうでもいいとさえ思える。


 姉は元いた学校での友人に別れの挨拶さえ出来ずに新しい学校へと転校した事を気に病んでいるようだった。

 だが、暴力を振るわれずに済む普通の毎日は凄く嬉しそうだった。


 毒母は働かなくてはならない。

 だけど私をどこかに預けるお金もない。

 だからと言って、ついこの間家が火事になって死者が出たばかりの状況の中、2歳の子供を一人家には置けない。

 そう言う理由で姉は殆ど学校へは行かず私と家にいた。


 1ルームの部屋に姉と私が2人きり。

 布団と食事用に使っている安物のローテーブル以外何も無い部屋でする事もなく、私達は日中寝て過ごす事が多かった。

 寝ていれば無駄にお腹も空かないからだ。

 それで食費は少し節約できている。


 服もない。

 お金も無い。

 学校も行けてない。

 そんな私達は世間から見たら不幸で可哀想な家なのかもしれない。

 だけど、お金も何も無い代わりに暴力に怯えずに済むこの毎日はどんな金品にも勝る程の幸せであった。


 それなのに毒母はある日突然、男を部屋に連れて来た。

 男の印象はどことなく陰気な感じのする男だった。


「この人は同じ職場の上司の幹本(みきもと)さん。

 2人とも挨拶して」


 どんな人かまだ分からないけどここは合わせておいた方が良いだろう。


(すみ)です」


(みやび)です」


「はい、よろしくね。

 2人ともちゃんと挨拶出来て偉いね」


 幹本と言う男はぎごちなく作り笑顔でそう言った。

 人間はみんな最初は外面が良い。

 だからこの男がどんな男かはまだ分からない。

 簡単には信用できない。

 変な男でない事を私は切に願った。


 この日を境に毒母は度々この男を家に連れ込むようになった。

 居心地が悪かった。

 家族でも何でもない赤の他人がある日突然、あたかも家族かのように日常生活の1部に勝手に入り込んで来るようなものなのだから。


 ある日幹本が帰った後同じく感じていた姉が毒母に愚痴をこぼした。


「ママ…、私何となくあの幹本って人、嫌。

 だからうちになるべく連れてこないで欲しいんだけど…」


「アンタにあの人の何が分かるの!?

 あの人の事何も知らないくせに!

 そんな風にあの人の事悪く言わないで頂戴(ちょうだい)!!

 そうやって何でもかんでも"嫌"って言えば思い通りになると思って!!

 アンタのワガママで私を縛りつけるのやめて!

 私にだって私の人生があるんだから!!」


「悪く言ったつもりじゃないのに…」


「そしたら一々(いちいち)人のやる事に口出ししないで頂戴!

 何しようがここは私が借りてる部屋なんだから私の勝手だ!!

 アンタ達を私がここに住まわしてやってんだから私に感謝しろ!!

 この親不孝者が!!!」


 このBBA完全に頭湧いてるね。

 姉が言っているのはそう言う事じゃないと思うのだが。

 今も昔もこのBBAは頭がカオスである。


 もう分かりきっている事だから今更言うのも変かも知れないが、この人は母親ではないよね。

 この人は女でしか無い。

 そんな人が子供を産むなよ…。

 同じ女として私はこういう人を本当に恥ずかしく思う。

 毒母に怒鳴り散らされた姉は何も言えずに黙り込んでしまった。


 そしてこの日からそう日を開けずに幹本という男は度々うちに宿泊していくようになった。

 この男は何故帰らないのだろうか?

 自分の家はないのだろうか?

 夜は帰って来るなり四六時中毒母と2人でくっついてイチャイチャしている。


 気持ち悪い…。

 見たくもない。


 それでも日中はまだ良かった。

 2人とも仕事に出かけて行くから姉と私の2人になるからだ。


 だが夜2人が帰って来ると、私と姉は部屋の隅で並んで座って一言も喋らずその光景を眺めているという奇妙な日常生活になったのだった。


 ある日私達は姉と私の分という事で500円だけ渡されて


「これで今日は何か食べて時間をどこかで潰してきて頂戴。

 時計の針が12時くらいになったら帰って来ていいから

 」


 そう言われて部屋を追い出された。

 お盛んな事で…。

 私は(あき)れていた。

 姉は先日の事があったせいか何も言わず黙って500円玉を受け取った後、私の手を引いて黙って歩いた。


 姉はまだ7歳だ。

 7歳なのにここまで物分かりを良くさせたのは、これまでに受けて来た度重(たびかさ)なる暴力による洗脳なのだろうなと心中悲しく思った。

 逆らったらもっと酷い目に遭う、といった具合に。


 私達はコンビニでそれぞれパンを1個ずつ買って近くの公園のベンチでそれを食べた。

 公園にはもう誰もいなくて日中の(にぎ)やかさは嘘の様にさえ思える程、静寂(せいじゃく)に包まれていた。


「アンタにこんな事言っても分かんないだろうけどさ、なんか…生きるって(つら)いね…」


 7歳の子供にこんな事を言わせるだなんてね…。

 私達の毒親は両方とも最低のクズだよ。

 子供は親を選べない。

 本当に辛いよね…。


 "リーン リーン リーン"


 どこかで鈴虫が鳴いている。

 今が夏で良かった。

 もしもこんな生活がずっと続いて、いずれ冬になった時どうしよう?


 きっとこの公園も雪堆積場(ゆきたいせきじょう)の様になって冬季期間はロープを張られて閉鎖されるようになるだろうし。

 まるで私達はホームレスか何かのようだ…。


「暇だね…。

 しりとりでもしようか?」


 姉が暇に耐えられずそう言う。


「いいよ」


 私もそう言う。

 中身が大人の私でさえ気が狂いそうな程暇なのだから7歳の姉にとってはもっと辛いだろう。


「じゃあ、しりとりの()からね。

 りす」


「すいか」


「亀」


「メダカ」


 そんな事をやっているうちに通りすがりのどこかのオバさんが


「ちょっと、あなた達、こんな時間に何してるの?

 親は?」


 と声を掛けて来た。


「親は今買い物に行ってて、すぐ戻るからここで待ってるようにと言われてるんです」


 姉が咄嗟(とっさ)に嘘をつく。

 もしも正直に言ったら後で親に何をされるか本能で危険を察知したからこそ咄嗟に出た嘘なのだろう。


 日々の虐待がこうして子供が親を擁護(ようご)するように洗脳したのだ。

 そんな姉の嘘を聞きながら私は胸が詰まる思いだった。


「本当?じゃあ親が来るまでオバちゃんもここで待ってていい?」


 この時代はまだ近所の大人が子供を叱ってもいい時代だったんだなぁ。

 これに関しては私がいた現代よりも今の方がいい時代だったんだろうなぁと素直に思う。


 だけどこの時代にはDV防止法が無い。

 だからこのオバさんの親切心から来る正義は何の役にも立たないどころか、寧ろ事を荒げ大きくするだけである。


 虐待を受けている子供にとってはこの状況は非常に不利だ。

 他人が中途半端な干渉する事により日々の虐待がよりエスカレートする可能性が非常に高くなるからだ。

 姉はその危険を誰に教わるのでもなく肌で感じたのだろう。

 姉は私の手を取って一目散に走って逃げた。



「あ、待ちなさい!子供がこんな時間に外歩いてたらダメでしょ!!」


 オバさんがそう叫んでる。

 私達はとにかく走って逃げた。


 離れた所まで来たところで私達は走るのをやめて歩いた。


「はぁ…はぁ…はぁ…」


 姉も私も息を切らしている。


「危なかったね…。

 下手したら警察呼ばれてたよ、きっと」


「うん」


「これからどこへ行こうか?」


「ちがうこうえん、いってみる?」


 私がそう言うと


「そうだよね。

 それしかないね」


 姉もそう言う。

 私達は街灯に照らされた夜道をひたすら歩いた。

 先程とは別の公園を見つけた。

 公園にはドーム型の隠れられるようなオブジェがある。


「またみつからないようにここにはいろう?」


「そうだね!

 アンタいつも喋んないくせに今日は頭いいじゃん」


 まぁ…普段は演技してるし、実は中身大人ですから。

 とは言えこんな時に何も出来ない不甲斐ない大人を許しておくれ…。

 密かにそう思った。


 さてと、これからどうしよう?

 ずっとこんな事はきっと続けられないだろう。


「なんでだろ…」


 姉が突然そう言った。


「なにが?」


 私がそう言うと


「なんでうちにいちゃいけないんだろ?」


「……」


 だよね…。

 7歳にはまだ部屋で今何が行われているか想像もつかないんだろうな…。

 かと言って7歳の子供には刺激が強すぎる事なのでそれは教えない方が良いだろう。

 最低だよ、あのBBAは。


 気が狂いそうな程の静寂の中どのくらいの時間が流れただろう?


「今何時だろうね?」


「分かんない」


 そんな風に話していたらいきなり懐中電灯の光に照らされた。

 制服を見る限り警察だろう。

 悲しい事に最近お馴染みのような存在になってしまっている。


「君らそこで何してるの?」


 どうして見つかった!?

 警察は外をパトロールしても取り締まるのは大抵車関係の事が多い筈。

 こんな誰もいない公園の、ましてこんな分かりにくいオブジェの中の果てまでわざわざ見廻りに来るのは考えられない。


「あの…。親が今買い物中で…」


「本当!?

 本当の事言わないとダメだよ!?

 嘘ついたって後で分かるんだよ!?」


 警察の人が説教をするように言う。


「…親が買い物中で、直ぐ戻ってくるからここで待ってろって…」


「本当!?でもねぇ、ここの近所の人からだいぶ前に小さい子供が2人、公園の建物の中に入って行ったって通報があったんだよ」


 だからか…。

 どうやら誰かに見られていたらしい。


「子供2人がそこから出てくるような気配がないから心配だからちょっと見に行って欲しいって通報入ったんだよ。

 おじさん達は街を守るのが仕事だから子供がこんな時間に公園にいるのは放っておけないんだよ」


 そっか…警察事情もまだそんな時代だったんだね。

 この時代も善し悪しだよね。

 近所の住民と警察がこんな風に密接な関係があった環境は現代にはない昔ながらのいいスタイルだったと思う。

 だけどこの時代にはDV防止法が無い。

 時代って難しい…。


「電話番号は?」


「…」


「じゃあ家の住所は分かる?」


「…」


「どっちか答えないとずっと帰れないよ?」


「住所は…」


 こんな状況で姉に全部答えさせるのは可哀想だったのでここは私が代わりに答えた。

 後でBBAに何か言われても全ての責任は私が負うつもりだった。


「お嬢ちゃんいくつ?」


「2歳」


「2歳!?自分の住所ちゃんと分かるんだ?

 しっかりしてるね!

 でもねぇ、夜は子供だけで歩いてたら危ないから出歩いちゃダメだよ!?」


 この程度じゃまさか私の中身が実は大人であるなど誰も考えもしないだろう。

 ひとまずは面倒な事は増えなさそうでホッとした。

 私達はパトカーに乗せられて家に帰された。


「子供を放ったらかして自分は家で何やってたんだ!

 子供をこんな時間に外へ放り出しておくなんて非常識にも程がある!

 今後こんな事が無いようにして下さいよ?

 アンタ親でしょ!?」


 などと毒母が警察に怒られている。

 幹本は毒母に対応させて自分は部屋でのほほんとしている。

 典型的なクズ男の特徴である。

 生前の毒父もそんな感じの人間だった事を思い出した。


 幹本は予定よりも何時間も早く帰って来てしまった私達をギロリと恨めしそうに睨みつけている。

 お楽しみの所を水を差されて気分を害しているのだろう。

 随分と良い身分である。


 だが、この日をきっかけに私達の生活にまた変化が起こり始めたのだった。

 勿論悪い意味で…。










評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ