馬の耳に念仏
女ってやっぱり群れる生き物なんですかね。
突然部屋のドアが開いた音が聞こえて、私たちはドアの方を見た。
音葉のお母さんが両手に缶ジュースを持って現れた。
「ジュースしかないけど、よかったら飲んでちょうだい」
そう言って私たちに配ってくれた。
「ありがとうございます」
私たちは各々でお礼を言う。
「はい、どうぞどうぞ」
そう言ってジュースを配り終えた音母は部屋を後にした。
音葉にも
「ありがとう、いただきます」
とお礼を言って私たちは缶を開けた。
ジュースを飲んだのは久しぶりである。
美味しい…。
私はつぶつぶの果肉が入ったオレンジジュースを一気に飲み干した。
「これ美味しいね!
どこで買ったの?」
と梢。
「さぁ…?
お母さんが買ってきたやつだから分かんない」
と音葉が返事をする。
「そっか。
うちの近くのスーパーにこれ売ってるの見たことないからさぁ」
「そうなんだ、多分うちの近所のとこで買ったんじゃないかなあ?」
「あぁ、そうなんだね」
音葉と梢の会話が終わった所で未央が
「ねぇ、ジュースの中で何が1番好き?
うちガラナ!」
と話題を膨らませる。
「へぇ、私コーラ派!」
と音葉。
「うちミルクティーが1番だったけど、これが一番に今変わった!」
と梢。
ザクザクオレンジは梢に超ストライクしたらしい。
「そうなんだ!
良かった、そこまで喜んでくれるとは」
「雅は?」
「私はスプラッシュレモンかな?
夏場の猛暑の日なんかはあぁ言うスッキリしたのが飲みたくなるんだよねぇ」
そう答えると
「あぁ!
分かる!
うちそれのガラナバージョン!」
「そうそう!
私はそれのコーラバージョン!」
未央と音葉が乗ってくれる。
「沙奈ちゃんは?」
と未央が沙奈ちゃんにも振る。
「うちぶどう系のジュースかなぁ?
ぶどう100%のやつが1番好きだけど、100%じゃなくてもぶどう系なら大抵好き!」
沙奈ちゃんがそう答えると
「あぁ!
ぶどうも美味しいよね!」
と私も皆んなも話に乗る。
先程のギスギスしていた雰囲気とは打って変わって、好きなジュースの話題などのいつもの穏やかな会話に私たちは戻ったのであった。
色んな話で盛り上がっていると再びドアの開く音が聞こえて、そろそろ帰る時間であることを伝えられる。
すっかり時間を忘れて盛り上がっていたけれど、もうそんな時間かと思い腕時計に目をやる。
今4時である。
「暗くなる前に早く帰んなさい」
音母はそう言う。
「はい、ありがとうございます」
そう言って私はコート、マフラー、ニット帽、手袋を身に付け始める。
皆んなも各々の着用を始めている。
レコーダーも忘れずにコートのポケットにしまう。
「今日はありがとうね、音葉。
凄く楽しかった。
皆んなありがとう。
また皆んなでこうやって集まって遊ぼうね!」
私がそう言うと
「本当、本当!
うちも楽しかった!
皆んなありがとう」
と梢も続く。
「うちも楽しかった!」
「私も!」
と各々が口々に言う。
玄関先で
「お邪魔しました」
と私たちは挨拶をして音葉宅を後にした。
そして自宅に帰る前に私は、もう不要になったレコーダーを途中で祖母の家に寄って返した。
そして
―月曜日―
いつもより10分早く起きて学校に行く準備をしていると毒親が
「今日は随分早いね」
と探りを入れてくる。
「美化委員で今日は朝の掃除運動があるからいつもより10分早く行かなきゃいけないんだよね」
と咄嗟に適当な嘘をつく。
毒達に余計な情報を与えてしまうと面倒な事しか起こらないので適当に交わしておく。
過去Bでも全く同じ嘘を言ったな、そういえば。
「そう言う事は早く言ってくれないとご飯の準備出来てないから!」
報告するのは忘れてだけど。
「あぁじゃあ適当にあり合わせで良いよ」
「それが無いからパッと出せないんだって!
急いでトースト焼くからもう少し待ってや!」
「というか普通に牛乳をコップ一杯とかで全然いいんだけど。
朝はいつも全然お腹減っていないし」
私がそう言うと
「いや!!!
そういうだらしないことをしたら駄目だ!
いいから余計なことしなくていいから黙って待ってれや!」
キレ気味な口調で毒父はそう言う。
「あぁ、じゃあいいや。
普通に用意してていいよ。
私今日は先に顔洗って服着てくるわ」
「最初からそうやって言えばいいんだわ」
毒母が上から目線で偉そうに言う。
本当、この人たち面倒臭い。
人に厳しくて自分に甘いよな。
人に言う前にあんたたちもいつまでもだらしない生活を続けてないで、いい加減働いたら?と心底思う気持ちを飲み込みながら無言で洗面所へ向かう。
それにしても過去Bの時は朝からこんな面倒な事に遭遇しなかったような気がするんだけど今世では何で違うんだろうか?
あぁ…そう言えばこないだ知らないうちに朝から転生していた日は10分早くリビングに降りた筈なのに何も言われなかったんだよな…。
今日だってこの間と同じくいつもより10分早いだけでさしたる変化は無かった筈…、あぁ!
そうか!
10分早く登校した日と日付けも違うか。
だけど日付けが変わったからと言ってどうと言う事も無いし…。
う〜ん…私の方に無かったとしても毒親の方には何か変化があったのかもしれない。
例えば寝坊していつもより遅く起きてしまったとか…。
…なるほどね!
それならあり得る話だ。
だからさっき10分早いだけでキレていたのだろう。
納得納得…。
歯磨き以外の一通りの準備を終えたところでトーストが焼き上がったらしい。
急いで平らげコップの牛乳を一気に飲み干してさっさと片付けた後、急いで歯を磨く。
そしてコート、マフラーなどの一色を身に付け、パッと出れるように玄関先に置いておいたランドセルを背負ってブーツを履く。
まずまず予定通りの時間に出てくれた方だと思うが、もしかしたら沙奈ちゃんが早く着いて待っている可能性も考えて、気持ち早歩きで学校へ向かった。
教室に到着した時既に未央達が来ていた。
待ってました!とでも言わんばかりに目を輝かせて
「おはよう雅!」
と声をかけてくる。
理由はなんとなく予想しているけど、一応聞くね?
「皆んなどうしたの?
今日はちょっといつもより早いんじゃない?」
「いや〜…。
なんかさぁ、気になっちゃってさぁ」
「うちも」
「うん、私も」
と3人が言う。
まぁそんなことだろうとは思ったよ。
人の不幸はなんとやらってね。
「沙奈ちゃん来た?」
と未央。
「私も今着いたばっかりだからさまだ分かんない」
そう言ってランドセルを椅子にかけながら時計に目をやる。
早歩きしたのもあって予定よりも2〜3分早く着いたようだ。
「来てないかちょっと隣のクラス覗いてくるね」
私がそう言うと
「うちもついていこうかな!」
「うちも!」
「じゃ私も!」
と3人ともなんかノリノリである。
もうさ、いっそキミらが言いに行ってくれと内心思うところよ。
もう私はね、本音を言うとこれ以上森脇と里中には関わりたくないんだよな。
厄を呼ぶよ、あの人たちは。
私たちは隣のクラスの教室へ行き教室内を覗いた。
まだ少し早い時間の為か、教室内にはちらほら人がいる程度であった。
沙奈ちゃんはまだ来ていない様子だ。
「もう少ししたらもう一回来るか!」
そう言いながら教室に戻ろうとした時、丁度階段を上ってきた沙奈ちゃんと、いつもの沙奈ちゃんのお友達。
沙奈ちゃんと丁度目が合ってお互いに手を振る。
「おはよう雅ちゃん。
早いね」
「うん。
なんか早く来なきゃと思ったら思ったよりも早く着いちゃってさ」
「そうだったんだ。
そしたらちょっと鞄置いてくるから待ってて」
「うん」
沙奈ちゃんは自分の席の椅子にランドセルを掛けてこちらに歩いてくる。
「じゃあ行くか。
みんなはどうする?
ついてくる?」
「う〜ん…どうしよう?
うちついて行っても何も言えないし…」
と梢。
「うん、私も」
「うん。
じゃあうちらは教室で待ってるわ。
後で話だけ聞かせてもらうわ」
と未央。
本音を言えば私もそうしたい。
誰か代わっておくれと思いながらも
「じゃあちょっと私達は行って来るわ」
そう言って職員室へと向かった。
ノックをして一礼してから職員室内へ。
私たちは里中の所へ向かって行き
「おはようございます、先生」
と声をかけた。
突然声をかけられて吃驚した様子で里中は息を引きながら慌ててこちらに顔を向ける。
そして私の顔見るなり面倒臭そうな表情をし
「何よ?」
とぶっきらぼうに言う。
何を言っても無駄な人に無駄な事を何度も言うのは面倒臭いので、できるだけ簡略化して伝えることにしよう。
「ついこの間のシャープペンの事件の件についてお話があります」
「はぁ〜…」
と耳の後ろをポリポリと掻きながら、いかにも面倒臭そうに目を細め、深い溜め息を吐く里中。
あぁ、過去Bと全く同じ反応。
まぁ、アンタがそういう人だと言う事は知っていたからこちらは特に驚きはしないけどね。
まぁまぁとりあえず、面倒臭いのはこっちも同じだからなるべく簡略化するから形だけでいいから聞いといてよ。
「先日森脇さん自身が中神さんのシャープペンを盗んだと言う事実を明かしました。
松本君が犯人でなかったそうです。
報告は以上です」
「…で?」
里中は何が言いたい訳?とでも言わんばかりにそう言う。
「いえ、ですから報告はそれだけです。
以上です」
「…だから!
俺にそれ言ってどうすんの?
お前何がしたいのよ?
今更そんなこと俺に言われたって困るんだわ」
「そうですか」
「ハンッ…そうですかって…」
と鼻で笑いながら里中は言う。
「では以上ですのでもう戻りますね。
お時間取らせてすみませんでした」
私がそう言って立ち去ろうとすると
「一緒に来たお前の友達は何しにきたのよ?
まさか他のクラスの連中にまでベラベラベラベラ喋って話を広めたんじゃねぇだろうなぁ?
あぁ!?」
まるでどこかのチンピラかのように里中が私に絡みだす。
下手に出ていればこれだ。
やっぱ本当にコイツはどうしようもないクズだよな。
過去Bでは私の方が散々まくし立てて一方的に喋っていた部分があったから、こんな風に絡まれたりする事はなかったのだが、今世では面倒だからと多くを語らず下手に出たからこうなってしまったのだろう。
こういうクズにはやはり強めに出るべきだったのかもしれない。
私もまた松本君のようにナメられたのだろう。
「彼女はこの事件の目撃者です。
最近のこちらのクラスのゴタゴタをも、たまたま見聞きしていて事件のことを知り、向こうから見たことを私に報告しに来てくれたんですよ。
その証言を聞いたから私は、本人に直接どういうことなのか話を聞きに行ったところ、本人が自白したということです。
この事を先生に報告した方が良いのでは?と言う話になりましたので、今日参ったと言う寸法です。
ご理解下さい」
「……。
分かったわ。
もう行け」
何も言う事はなくなったのか、手でシッシッという動作をしながら里中は私を追い払う。
「では失礼します」
そう言って私は職員室を後にした。
すぐ後に沙奈ちゃんも出てきて
「どうだった?」
と聞く。
「まぁ一応言うだけは言ったよ。
何も対応はしなさそうだけど」
「うちも他のクラスの事に首突っ込むなって逆に怒られた」
そちらは過去Bの時とお変わりない様子で。
「そっか。
まぁ、私たちはやれるだけの事はやったんだし、もうこの件はこれで終わりにしよう?
色々後から文句言われたら面倒臭いしょ?」
「まぁね」
そんな風に話しながら私たちは各々の教室に戻った。
教室に戻るなり未央達と中神さん、その他の面々が一斉に寄ってきた。
予想だにしなかった勢いに私は圧倒された。
「皆んな揃ってどうしたの?」
私がそう聞くと
「ねぇ、中神さんのシャープ盗ったの森脇さんって本当!?
今遠藤さん達から聞いたんだけど!!」
「犯人松本くんじゃなかったの!?」
「どうして森脇さんだってわかったの!?」
「どうして知っていたのに先生に何も言ってくれなかったの!?」
「そうだそうだ!!」
とクラスの今まで一度も話したことのない方々までが次々に私に質問を投げかける。
いや…質問と言うよりも半ば私への抗議も混じってないか!?
何で私が悪いのさ?
おかしくない!?
まるで私が犯人かのようにクラスメートに取り囲まれている状況だ。
人は群れが大きくなるとおかしくなるのだろうか?
私も頭がどうにかなりそうである。
チラッと未央達の方に視線を移すと目が合った。
「ごめん、中神さん達に言っちゃった。
言っちゃ駄目だった?」
と手の平を合わせる3人組。
まぁ…予想はしてたけどさ。
…予想はしてたけれど、ここまで皆の衆が白熱するとは思わなかったよ。




