断根枯葉
「ねぇ…。
私…その…寝起きで今ぼーっとしていて…。
頭がはっきりしないんだけど…私の席どこだっけ?」
咄嗟だったからかなり無理のある質問の仕方だと思うが、自分の席が分からないと今は何とも出来ないので、頭がおかしいと思われたとしてもここはもう開き直るしかない。
「…え!???
…雅本当に大丈夫???
具合悪いの?
保健室行くかい?」
本気で心配された。
「ゔ…ぅん…まぁ…もしかしたら少し体調悪いかもしれないんだけど、保健室は後にしておく。
まずはとりあえずチャイム鳴っちゃうから私の席だけ教えて」
手の平を合わせてごめんポーズをしながら音葉に仮病を使う私。
「うん、良いけど本当大丈夫?」
そう言いながら音葉は教室内の奥の席に歩いていった。
「雅の席ここだよ」
そう言って机に手を置いた。
ありがたや…。
そっか、そこだったか。
私の席。
1年以上前の席なんか覚えている訳がない。
そんな風に考えながら私は椅子にランドセルを掛けた。
「あとで保健室行くんだったら私付き添うよ?」
音葉が本気で心配している表情をしながら私に言った。
「うん、ありがとう。
ちょっと寝ぼけてただけだと思うから大丈夫!」
そう返事をした時チャイムが鳴った。
数分後里中が教室に入って来て朝の会が始まり、日直の人が出欠をとる。
どんどん名前を言う度に一人一人が返事をし、
「松本君」
と日直の人が呼ぶものの
「……」
誰もが静まり返り、教室中はシーンとしている。
「松本君は休みですね」
日直の人がそう言うと里中が
「うん、松本は今朝お母さんから電話があって体調を崩しているそうだ」
と言った。
教室中は依然として静まり返っているものの、周りのみんなの表情が何とも何か言いたげな複雑な表情をしている。
…松本君か…。
懐かしいな。
松本君がいるって事はあの中神さんの事件が起こる前って事なんだよね、今。
里中からの今日の連絡事項を聞き終えた後、いつも通りに授業が行われる。
2時間目終了後、中休みに入り音葉と梢と未央と私がいつものように集まりいつものように世間話を始める。
「松本君今日休んだね。
怪我大丈夫かな?」
音葉がそう言うと
「体調崩してるってあの腕の怪我の事かなぁ?」
と梢も話し始める。
「昨日の怪我の時凄い血が出てて、うちあれ見た時凄いビックリしちゃったもん」
そう言いながら両手で二の腕をさすってギュッと目を瞑っている未央。
…ん?
松本君は昨日怪我したって事?
だんだん今がいつなのか状況が掴めて来たかもしれない。
「雅が保健室に連れて行ってあげたんでしょ?
あの時怪我どうだったの?」
と未央が興味深々に聞く。
…あんまり覚えていないと言うのが本音だ。
だって1年以上前の事なんてそんなに細かく覚えてると思うかい?
と言いたいところだが、君らにとっては昨日の事なんだよね。
あまりよく覚えてはいないが
「うん、保健の先生に診てもらったし大丈夫だったと思う」
と当たり障りなく答えた。
「そっか。
松本君も中神さんのシャープなんか取らなきゃ良かったのに。
すぐバレるのにね」
と梢。
「うん、私もそう思うよ。
と言うか…なんでわざわざ学校に持って来ちゃったんだろうね?
馬鹿だよ」
と音葉も話に乗っかる。
「うん、うちもそれ思った。
蹴った袋田達も悪いかもしれないけど、松本も自業自得だよね」
と未央も賛同。
そっか…。
段々と会話の流れから当時の事を思い出して来た。
森脇の濡れ衣と里中からの脅しのせいで松本君が森脇の罪を被ったんだったね。
しかも私が渡した証拠のテープも誰からも使われる事なくただただ、私の労力は無駄で終わったんだったよな。
あの時は何をする事も出来ずになんか悔しかったんだよな。
結局人一人の力なんてこんなもんなのよ。
心の中で私は溜め息を吐いた。
チャイムが鳴って3人が各々の席へ戻る。
私は3時限目の教科書を出して待機する。
里中が授業を始める。
…で何で私はここに戻って来たの!?
授業中私は授業の話を聞き流しながら状況の整理を再び始めた。
まず今は95年で私は小学5年生。
そして昨日松本君が袋田達に蹴られて大怪我をした日だったらしい。
…と言う事はつまり昨日は松本君が嘘の自白をした日だったと言う事だ。
そしてそのせいで袋田達に蹴られた。
まずそこまではOK。
そしてそれから松本君は二度と学校に来なかったんだったっけ…。
そして…今日って私何してたんだろう…?
約一年半前の今日…って事はついこの間、中学生だった時の現実は今ではもう未来Bであって、この現実での時間がそれを経過したら過去B…と言う事になるのか…。
はぁ〜我ながらややこしい人生だな。
…で…それで、今日何してたかはとりあえず置いておいたとして、何でこの時代に私は戻って来たんだろうか?
う〜ん…。
まずついさっきまで未来Bで私は何をしていた?
…落ち着いて冷静に考えてみよう。
まず、未来Bで…そうだ!
買い物…!
毒親に買い物を頼まれていたんだった。
ビールを切らしたから買って来いと。
そしてそのついでに煙草も買って来いと千円札を渡されたんだったっけ…?
…で渋々コンビニに買い物に行って…。
買い物に行って…どうしたんだっけ…!?
よく思い出して…。
…そうそう!
ビールと煙草の会計を済ませたところは覚えてる。
それからそのまま店を出て…森脇の事を思い出しながら半ばイライラしながら歩いてたんだっけ…。
…信号…!
そうだ!
あの後信号が青になったから渡って…。
渡って…、渡って…その後が思い出せない!!!
渡った後私はどうしたんだっけ!?
…そういえば…!
なんか横の方で車の急ブレーキみたいな音がしてたような気がするな…。
…って事はもしかして…私また死んだの?
そしてここに戻って来たって事!?
そうだ!
あの時森脇の事考えてて、証拠のテープが無い事を凄く悔やんでいたのを思い出した!!
そういえばあのテープ…今どうなってるんだろう?
今はもう松本君に渡した後なのだろうか?
もう!
約一年半前の事なんて覚えて無いよ!
私はいつ松本君にテープを渡したんだったっけ?
よく考えよう。
ここに戻って来たと言う事は輪廻の意志の力で戻って来たと言う事だ。
つまり、私はこの時代に戻りたいと願った…と言う事になるのか…。
あの時、森脇の自供テープが欲しいと強く願った。
だからここへ戻って来た…そう考えるのが自然だろう。
と言う事はつまりテープはまだ渡していない可能性がある。
もしそうであればこのまま誰にも渡さずに未来へ持ち越そう。
未来Bの時と同じ事が今世でも起こる可能性を考えよう。
…いや…待てよ。
そもそも森脇に対して手加減をしたせいで被害に遭った様なものなのだから今世では手加減しなければ良いのだろうか?
でも一言に手加減しないとは言ってもどうすれば良いのだろうか?
自分の精神的な事を考えたらあまり大々的な事はしたく無いな…。
…ここは人に広めてもらうのが一番無難なのだろうか?
例えばテープの内容を聞きたがっていた沙奈ちゃんや、友人の未央たちにこのテープを聞かせてあげるのが一番効率が良いのかもしれない。
どちらにしろこのまま同じ様に中学生まで人生が進んでしまうと、ついこの間のように虐めに遭いそうになるので何かしら今のうちに手を打たなくては。
まずは私がそもそもテープを持っているのか家に帰ったらそれを確かめる事にしよう。
何せ今世はついこの間いた未来Bから約一年半程前なのだ。
まだまだ状況が把握しきれていない。
とにかく学校では友人達の話を聞きながら情報収集をして暫く過ごす事にしよう。
そんな事を考えながら私は今日一日何となくモヤモヤとした気分で放課後まで過ごした。
放課後未央たちと途中まで一緒に帰る帰途、時折ピューピュー吹きつけてくる寒風に私は頭を低く身構えた。
寒いなぁ…。
そう思いながら私は冷たくなった手をコートのポケットに差し入れた。
その時に手が何か硬いものに触った様な感覚があった。
…ん!?
何だこれ?
ポケットに奥深く手を突っ込んで再びそれに触ると、何やら四角いプラスチックの様な物がポケットに入っている。
何だろう?
更にそのプラスチック製の何かを触って探ると何やら2つ穴が開いていて、穴の大きさは指先までしか入らない程度のものだ。
しかも周りはギザギザしている。
触りながら特徴に思い当たる物が無いかを考えた時、ふと思い当たる物が浮かんだ。
…もしやこれって…例のカセットテープ!?
他にはポケットに何かが入っていると言う様な形跡はない。
入っているのはこのカセットテープのみだ。
カセットテープを探っている間に自宅付近へ到着し、
「じゃ、私ここだから。
また明日ね!」
「うん、またねぇ〜」
と3人と挨拶を交わした後、私は自宅へと急いだ。
ポケットの物が気になる所だが、先ずは急いで手を洗いに行く。
手を洗ってコートを脱いだ後、ポケットの中の物を出してみる。
何の題名も書かれていない普通のカセットテープが入っていた。
このテープって恐らくあのテープだと思うんだけど、念のため一度テープを聞いてみよう。
そう思って私は毒姉の部屋に向かおうとしてハッと思い直す。
もしかしたらまだ祖母にレコーダーを返していない可能性がある。
考えてみたら私は過去Bに2つダビングテープを作った覚えがある。
一つは里中に渡して、もう一つは松本君宅に届けた事くらいはいくら一年半程前の事だったとは言え印象深く覚えている。
今私の手元にあるテープがどっち宛の予定だったものかは分からないが、仮に里中宛のものだったとしたらレコーダーはまだ返していないはず。
もう一つ松本宅に届けるテープを作る為に手元に置いておく必要があるからだ。
そう思った私は机の引き出しを開けて中を覗いてみた。
一番下の大きい引き出しの中にレコーダーが入っていた。
やっぱりか。
と言う事はこのカセットテープは本来であれば里中に渡すはずだった物だったと言う事になるな。
今日が何の日だったか朧げにだが、分かった様な気がした。
今日は恐らく沙奈ちゃんに担任の先生に見た事を話してもらうのと同時に里中にテープを渡した日だったのだろう。
今朝のゴタゴタでポケットのテープに気付かなかったから何気なくスルーしてしまっていたけど、今日は朝からその予定だったからもしかしたら目覚ましをいつもより少し早めの時間にセットしていたのだろう。
早目に学校に行って里中に抗議をする為に。
そしてそのお陰で私は今日ゴタゴタはあったがギリギリ遅刻をせずに済んだ…と言う所なのだろう。
色んな事が分かってきた。
…とにかく今はテープを聞いてみよう。
私はテープレコーダーを取り出してカセットテープをセットし、カセットを回した。
"森脇さん、良かったら今日途中まで一緒に帰らない?"
"え…?
びっくりした。
珍しいね、相瀬さんがいきなり誘ってくるなんて"
あ…なるほど。
コートを着た時からスイッチを入れていたんだな。
これは話を聞き出す目的で森脇さんを誘ってる所だな。
"うん、実はちょっと森脇さんに頼み事があって…"
"えっ?
なあに?
頼み事って"
ん!?
話を聞き出すだけじゃなかったんだっけ!?
頼み事って何!?
私が聞きたい。
私森脇に何か頼んだっけ!?
そう思いながらテープの続きを聞くもその後暫く何の会話もしてない様子で、ポケットの中でレコーダーが揺れてコートに擦れるノイズだけがザザザ…と聞こえているだけだ。
私は少し早送りをした。
少しずつ早送りしては止め、早送りしては止めを繰り返しながら会話の部分を探した。
"あのさ、最近未央から聞いたんだけど森脇さんと未央は今喧嘩してるって…。
未央とは仲直りしないの?"
"…聞いたんだ?
未央から。
未央なんか言ってた?"
"「うち、ちさちゃんに悪い事しちゃった。
犯人松本君だったのに変に疑っちゃったから。
謝りたいけどきっと許してくれないだろうな…」
って言ってたよ。
森脇さんと喧嘩になっちゃった事を凄く後悔していたよ"
あぁ!!!
思い出した。
そう言えば未央をダシにして森脇と話す口実をこじつけたんだったっけ!
…って事は!
私未央に今日この事を話す予定だったんじゃないだろうか!?
今日は朝から突然転生してしまったせいで何もかもが分からないくなっていたので未央にこの話をしていない。
明日にでも早めに伝えておく事にしよう。
ついでに事情も今世では正直に話す事にしよう。
私はもう森脇に手加減はしない。
善人になるつもりも最初からない。
私は最初から善人ではないのだ!
ノーモラルな奴にはノーモラルで対応するからね!




