入学式
梢達と各々のクラス前で別れ、私は1年B組と書かれた表札の教室へ入った。
特に席は決められておらず、皆んな適当な席に座っている様子だった。
私も空いてる席へと移動し、椅子に腰かけて待機した。
暫く待機する事数十分後、先生は現れた。
来たーーーーーー!!!
来たッッッッッッ!!!
来たーーーーーー!!!
心の中で何度も同じ言葉を繰り返してしまう程私は興奮してしまった。
「はい!
皆んな、おはようございます!
と言いたいところだけどもう昼か…」
そう言いながら先生は自分の腕時計を見る。
「…じゃあこんにちはだな!
今日は今日のこの後予定の説明と、入学式の説明をします!」
喋ってる…。
動いてる…。
あの時のまま…。
当たり前だけど。
でもずっと逢いたかったから。
ずっと忘れられなかった。
ずっと…。
いかんいかん…。
つい見とれてしまって話を聞き逃してしまいそうだった。
今日は周りに友人たちがいないんだから誰も当てにできないのだ。
しっかりしなくては。
話を聞く限りでは、この後体育館のほうに移動するらしい。
そして何やら説明会のような集会があるらしくそれを聞くらしい。
そしてそれが終わったら今日はもう教室に戻る必要は無く、そのまま帰宅して良いとの事だった。
そっか…。
特に何かを期待していたわけでもないけれど今日はこの後もう会うことはできなさそうだ。
移動するまでの間しっかり先生の姿を堪能して見納めておかねば!!!
話を聞くついでに私は先生をじっと見つめた。
ただひたすらじっと…。
本人はまさか自分が今会ったばかりの人に、そんなふうに思われいることなんて想像もできないだろうな。
寧ろもしも私の気持ちが相手に見えてしまったとしたら、知ってしまった方はこれ以上にない程の恐怖を感じるだろうな。
自分の思いを誰かに伝えたい時に、自分の気持ちがうまく伝わらない事や、自分の意思を相手に見せることが出来ないもどかしさって時にはあったりするものだけれど、今はこの気持ちが相手に見えていない事に感謝をしたい。
そんなことを考えながら私は教室を後にした。
体育館での説明会にて、この学校は創業何年であるとか、私の小さい頃はどうだったとか何とか…。
どうでもいい情報も多かったが、とりあえず適当に聞き流しながら説明会を終え、そのまま帰宅した。
家に帰った後もずっと今日学校で先生に逢えた時の事が忘れられなくてぼんやりしてしまっていた。
これから1年間先生のクラスの生徒として過ごせるんだなぁと思うと、ついつい顔がニヤけてしまいそうになる。
いかんいかん…。
これではただの変質者だ。
早く気持ちを切り替えて落ち着かせねば!
だけどせめて今日くらいは、ずっとこのまま感傷にに耽りたいと―思う。
いつもは春休みなどの休み期間中はこのまま休みが続けばいいのにと思い、休みが明けるのが嫌なものだったのだが今回は例外だった。
早く休みが明けて学校に行きたくて仕方がなかった。
1日でも早くまた先生に会いたい。
そんなふうに願いながら私は残り短い春休みを過ごした。
―入学式―
Yシャツだけは新品の毒姉のお下がりの制服に袖を通す。
何とも…特に爽やかでも何でもない着心地ではあったが、服なんか3年間しか着ないのだからどうでもいい。
寧ろ新しく制服を買わずに済んで浮いたお金を私にくれませんか?と言う気分である。
浮いたお金を将来の大学進学のお金の足しにしたいなぁと言うのが本心である。
どんなに普段から勉強を頑張っていてもこの悩みだけは常について回るのだ。
あぁ〜…、お金が欲しい!
切実な悩みである。
誰か…give me money!!!
心の中でそう叫んだ。
そうだ!
私はもう中学生。
そろそろ婆さんにお小遣い値上げの交渉に行かなくては!
中学生になってもお小遣い500円と言うのは流石にキツイものがある。
そういえばふと思ったのだが、毒姉も高校生になるまで500円で過ごしていたのだろうか?
少なくとも私は過去Aではお小遣いは無く、高校生になった時にアルバイトをしてお小遣いを稼いでいたな。
毒姉も私と同じだとは思うけど、何となく気になったから今日の夜にでも聞いてみることにしよう。
私より数倍もお金遣いが荒い毒姉がお年玉だけで1年間やりくりできたのだろうか?
よくよく考えたらその辺も凄く疑問である。
因みにバイトで月にいくらくらい稼いでいるのかも、目安として聞いておくことにしよう。
とりあえずYシャツと共に新しく買ってもらった学校用のでかい鞄を背負って玄関をくぐる。
今日は入学式だからさして必要な持ち物もほとんどない為、軽くて助かる。
これから教科書が配られたら一気に重みが増すから嫌だなぁ、なんて思いながら歩いた。
今日から正式に中学校生活が始まる。
先生に毎日会えることが嬉しくてたまらない。
心の高揚感を抑えながら私は、中学生生活初の第一歩を踏み出したのであった。
―教室にて―
1年B組の教室に入ると黒板に席表が貼り出されていた。
私は自分の席を確認しに行く。
お決まりパターンで出席番号順で私はまた1番前の席だった。
廊下側の1番前の席に荷物を置き椅子に座る。
既に私よりも先に登校してきている人達をさりげなく眺める。
誰か知り合いはいないだろうか?
教室を見渡していると森脇さんの姿が目に入った。
げっ…。
あの人と一緒かぁ…。
嫌だなぁ。
きっと向こうも私の事をそう思っているだろう。
そしてその隣には過去に同じクラスになった事はあるけど、話をした事は無いと言うくらいの人がいる。
なるほど。
草津さんって森脇さんの友人だったのか。
ならまぁ…友人になれる確率は低いだろうなぁ…。
他には誰かいないだろうか?
そう思いながら見回していると同じ小学校だったから顔は知ってるけど、名前は知らないなと言うくらいの認知度の人が約2名いるのが分かった。
…ってえ"…マジで同じ学校だったのってこの4人だけ!?
しかもそのうちの2名は既に友人になれる確率が低い森脇さん達。
あぁ…もしかして今年の友達運はもう終わったかもしれない。
コミュ症の私は早くも諦め腰になった。
ぼっちで構わないけれどせめて虐めには遭いたくないな。
私はそう切実に願った。
今世でこそは先生を巻き込みたくは無い。
だから私は戦いを強いられるのならいつでも戦うよ。
たとえ独りでも。
手段は選ばない。
"キーン コーン カーン コーン…"
登校時間終了のチャイムが鳴った。
暫くして先生が教室に入って来た。
来たー♡
先生♡
好きです♡
心の中でならこんなにあっさり恥ずかしいことも言えるのに、なかなか実際に本人に直接それを伝えるのは至極難しい。
「はい!起立!」
先生が号令をかける。
私も皆んなも立ち上がる。
「礼!…着席!」
礼をした後、私達は椅子に着席した。
「え〜…、皆さんおはようございます!」
先生は恒例の元気なテンションで言う。
「……」
私たちは皆んなどういうリアクションをとっていいのか分からず、周りの様子を伺って無言になってしまった。
シーンと静まり返ったままの教室の空気とは裏腹に、先生はあの時、あの日のままの明るさで、
「なんだなんだみんな若いのに元気がないぞ!
じゃあもう一回挨拶しよう!
いいか?
いくぞ?
おはようございます!!!」
変わらない明るさで先生は言った。
私は恐る恐る小さい声で
「ぉ…はよう…ございます…」
と言ってみた。
するとそれにつられたのか、隣の人も私と同じように少し恥ずかしそうに小さめな声で
「ぉはよう…ござぃます…」
と言いそれがどんどん隣に伝染していった。
「おっ!
さっきよりは元気が出たな!
良いぞ!」
先生は笑顔でそう言った。
あの時のあの笑顔と同じ…。
太陽の方を向いて微笑むひまわりのような温かい笑顔だった。
…好きです、先生。
愛しています、あなたを。
この笑顔を護りたい。
「え〜っと…自己紹介をゆっくりしたいところだけど、まず先に入学式の説明をさせてくれ。
今日このHRが終わった後、出席番号順に並んで皆んなで体育館の方に移動します。
…で、俺の後ろについて来て下さい。
う〜ん…ついて来て下さいって言う言い方、ちょっと変か…?
う〜ん…まぁ、いいや。
とにかく、後ろからついて来て下さいって言えば伝わるかな?」
もぅ!!!
どっちでもいい♡
ついて行きますとも♡
何処へでも♡
願わくば私は一生ついて行きたいです!!!
だから嫁にもらってくれませんか?
私、めちゃくちゃ勉強頑張るんで!
あぁ…次々に願望が湧き出でて、私の脳内が願望だらけで埋め尽くされそうな勢いである。
こんな調子で今日と言う日の朝は私の脳内が完全にお花畑状態で始まったのであった。
HR終了のチャイムが鳴り10分休みを終えた後、私達は先生の指示に従って並び、体育館へ移動した。
先生♡
近い♡
こんな時に心底思う事。
"あ"から始まる名前で良かった!!
名前は努力じゃどうにもならないもんね。
一方歩くごとに新調された制服の独特の香りが風に乗って鼻腔を突く。
もっと近づいたら先生の残り香が風に乗って来ないかな…?
くんかくんか…。
さり気なく胸いっぱいに空気を吸い込む。
…なんか私変態みたいじゃない。
全く…私は何をやっているのやら。
予め用意されていたパイプ椅子に指示に従って座る。
そしてお決まりの校長先生の長いスピーチの後、着任式等々が行われた。
そしていつもの如くに欠伸を噛み殺す。
諸々が終了し無事入学式を終えその後生徒だけで退場し教室へ戻る。
自分の席に座り先生を待つ。
周りは早くも友人を作りグループ化が始まっていた。
こういう時に積極的に話しかけに行ける人を私は尊敬する。
基本的に私のようなコミュ症はこういうのは苦手である。
唯一知っている人物が森脇さんと言う現実が恨めしい。
本当に義務教育特有の"仲悪い人はくっつけます"制度、本当に勘弁していただきたいものだ。
そんなことを考えながら右手に顎を乗せて頬杖をついていると、戻ってきた先生は廊下側の1番前に座ってる私と隣の男子を席表に載ってる名前を見ながら
「えぇ…と…女子は…相…瀬と…男子は…安…藤、ちょっと頼みたいことがあるから今から職員室まで来てくれ」
と声がかかった。
行きます!
行きますとも♡
もう!
何でもお申し付け下さい♡
私はそんな事を内心考えていながらもあくまでも表面上はポーカーフェイスを装って立ち上がり、職員室へと向かった。
職員室に入った時先生の席と思われる机の上に何やら大きい紙袋が2つ置いてあるのが見えた。
「ちょっと体育の先生から頼まれちゃってさ。
悪いんだけどこれ、教室に持って行くの手伝ってくれ。
体育の授業で使うジャージが入っているから。
配るのは後で先生がやるから教卓の上に置いておいてくれたらいいから。
先生はお前らの名札とプリントを持って行かなきゃいけないからジャージの方は頼んだぞ」
そう言って大きい紙袋を私達に渡した。
Yes,my load♡
心の中でそう傅いた私は紙袋を持ち上げた。
お!?
思ったよりも重いな。
ついよろけてしまった拍子に
「お!大丈夫か?」
そう言って南先生が私を支えてくれた。
うぉ!?
ままままま…まマジでち…近いッッ♡
あぁ…私このまま昇天してもいい♡
くんかくんか…。
先生の匂いしないかな…?
「相瀬、大丈夫か?
いきなりよろけたからビックリしたぞ」
私の妄想をよそに南先生が私に言う。
「え…?
あ…あぁ!
ぜ〜んぜん、全然!!!
大丈夫ですよ!」
私は親指を立ててグーポーズをしながら慌てて言う。
「やっぱ女子には重たかったかぁ…。
よし!
ジャージは先生が持つ!
相瀬には名札とプリントの方を任せていいか?」
ぜ〜んぜん、全然!!
もう!
チョベリグですよ!!!
寧ろ気を遣わせてしまったようで申し訳ない。
「全然構いませんよ!
寧ろ代わって頂いてありがとうございます!」
「いやいや。
良いよ良いよ。
こっちが頼んじゃったんだし、気にするな!」
先生はそう笑顔で言った。
や…ヤバイ…。
中学生生活初日からもう目眩がしそうである。
夢うつつのまま私は頼まれたプリントと名札を持って教室へ戻った。
名札を教卓の上に置いた後、先生の手間を省く為私はプリントを先生が来る前に配っておいた。
うふふ…なかなか気が効きますでしょ?
良かったら配下にでもどうですか?
ふふふ…。
などと妄想を膨らませながら私は席につく。
暫くして先生が戻って来て、先生がそれぞれの名前を読み上げて名札とジャージが配られた。
制服はお下がりだけどジャージは姉の来ていた赤色のは今の3年生の色なので、お下がりという訳にはいかなかった為、ジャージも新品なのだ。




