窮鼠追い込むなかれ
世間を震撼させた程の異常な猟奇事件を起こしたのが、わずか14歳の未成年の少年であった事は国中の人々に衝撃を与えた。
だが何より切断した首を学校の校門に飾り、その首の傍らに酒と薔薇を添えて行くという更に異常な犯人の性癖が1番人々に衝撃を与えた事件であった。
この事件は未成年者による犯罪を増やす引き金となったのであった。
そして雅の通っていた学校も例外では無くなったのだった。
雅の通っていたこの緑の森中学校もまた未成年者の犯罪者を出してしまったのだから。
事件があった数日後に、テレビで理人を刺した犯人の供述の内容が
"衝撃的!!!未成年少年の犯罪の動機!"
と言う様な見出しでニュースで流れた。
それはこんな内容だった。
「最初はクラスの誰かがクラスの1人に対して虐めやってて、何となく自分もそれに便乗しただけだった。
学校って人を虐めるのがステータスみたいな所があるし、虐めって楽しいじゃないですか〜?
だからそいつがいつも何も言わずに耐えるから、途中から何かこっちも感覚がおかしくなってきちゃって〜。
何て言うか…そいつが凄い格下みたいに見えてくるんですよ〜。
何か自分が神にでもなったつもりみたいな。
そう思っていた矢先にテストが返された日があって、その時にたまたまそいつの答案が見えて…。
赤点だったのを見た時は何でこういう奴って価値ねぇのに生きてんのかなぁ?って思えてきて。
だってそうでしょ。
こっちは家で四六時中、親が勉強しろ勉強しろってうるさいし。
毎日毎日それしか言う事ねぇのかよって感じだし。
こっちは親がうるせぇから渋々やりたくない事も我慢して勉強やってんのに。
それに比べて生きてる価値の無い分際で、勉強とか嫌な事もやらないで好きな事やって、のほほんとしてのうのうと生きてんのを見たら、それまで以上に嫌悪感と憎悪感みたいなのが生まれてそいつに対して殺意すら覚えたよね。
だからあいつが死ぬまでもっと痛めつけてやりたくなったんだよね。
全てはやり返して来ないアイツと俺をこんな目に遭わせてきた親と義務教育なんかが悪いんだ。
先公だって結果を出している俺よりもあんな何も出来ないクズなんかを必死で守ってんのが気に入らなかったし。
刺されて自業自得だよな、ハッハッハッハ…!!」
刄萌衣神(少年S)の異常な犯罪に続き、こうした義務教育や教員、環境のせいにする未成年犯罪者たちが増えた事により世は"ゆとり教育"を作る事を考え、ゆとり教育制度を数年後に実施する事となる。
その世代に学生だった者達を世は"ゆとり世代"と呼んだ。
だが考えても見てほしい。
ゆとり世代を作った事により少年犯罪は減ったであろうか?
ゆとり教育と関係なく少年犯罪は増え続けたのでは無いだろうか。
犯人はただ何かのせいにしたいだけ。
親のせい、勉強のせい、学校のせい、環境のせい、終いに最後には時代のせい。
自分の失敗や醜さを痛感し受け入れる事の出来ない人間は、いつまでたっても何かを失敗する度に人のせいや物のせいにするだけなのだ。
犯人のこの供述を聞いた時、雅は犯人に対する憎しみを抱くと共に絶望もした。
理人は自分のせいでクラスメートの反感を買ってしまい、事件に巻き込まれたのだから。
そしてまた絶望と共に自分自身の弱さに対して憤怒した。
自分の弱さのせいで自分の一番大切な人をどん底に突き落としてしまったのだから。
自分が先生を巻き込んだのだ、先生をあんな目に遭わせたのは私なのだ、と。
自分がもっと強ければ…、もっと強い人間だったなら先生を巻きまずに済んだのに!と。
その日から雅は変わった。
覚悟が決まったのだ。
傷つく覚悟が。
これまでの人生で雅はいつも傷つく事を恐れていた。
恐れていたからこそ理不尽な虐めを受けても、何も言い返す事も出来ずにいたのだ。
これ以上嫌われたくない、これ以上虐められたくない、親に殴られたくないなどの数々の恐れから、現実から、目を背け自ら戦う事を放棄して生きて来たのだ。
これらは自分が傷つく事を恐れての行為に過ぎない。
戦うと言うことは自らが傷つく事もあるのだ。
だから雅は戦わずしていつも誰かの言うがままになっていた。
家庭内暴力についてはいた仕方がなかったにせよ、虐めについてはその典型的な例だと思ったのだ。
現に犯人の供述でも"やり返さない奴が悪い"と言う発言もあったのだから。
これ以上嫌われたくない…既に嫌われている。
これ以上虐められたくない…既に虐めはエスカレートしている。
親に殴られたくない…既に運が悪い日はいつも殴られているじゃないか…。
と言う現実に雅はやっと気付いたのだ。
だから自分が戦ってもこれ以上何かが悪化する事は無いのだと。
今が一番最下層なのならばもうこれ以下は無いのだと。
ならばもう上に上がる以外には起こり得ないのだと。
ならば戦おう。
戦う事でしか生きられる手段が無いのならば。
戦う事でしか普通に生きる事が許されないのならば。
戦う事でしか普通の幸せが得られないのならば。
戦う事でしか護る事が出来ないのならば。
戦わない者に幸せは巡って来ない。
だから…let's fight!!!
雅に戦う勇気を与えたのは理人の存在だったのだ。
雅が後日に病院にお見舞いに行った時、理人は手や顔にいつくもの刺し傷を残しながらも雅の前では精一杯の笑顔を見せた。
「先生は大丈夫だ!
相瀬のせいじゃない。
だから気にするな」
などと理人は自分が傷だらけの状態でも雅を励ましてくれた。
更に
「ほら、もう大丈夫だから心配するな。
ほらいつものように元気出して!
おー!
痛てっ…」
と拳を挙げた時に痛んだ傷口を抑えながら言った事もあった。
雅は涙が止まらなかった。
そしてひたすらごめんなさいとしか言えなかった。
それ以外に言う言葉が思いつかなかった。
「相瀬、お前はまだ子供なんだからまだ大人に甘えて良いんだからな?
何でも一人で抱えんなよ!」
そう言って理人は雅の頭をクシャッと撫でて微笑んだのだ。
この日の事は決して忘れない記憶として雅の脳裏に焼き付いたのであった。
この事件は高校受験間近に起こった事件だった。
その為理人は傷の療養の為、卒業式に出席する事は出来ず、そのまま雅と理人が再会する事は二度と無かったのであった。
卒業式は副担任の先生の引率のもとに行い、終えたのだ。
その後、高校生になっても
"あの人ねぇ中学生の時に皆んなに虐められてたんだよ"
"マジで!?キモッ!!!"
"ほらなんかあの人暗いじゃん?
だから友達もいないし皆んなに嫌われてる"
"うわぁ〜…。
よく学校に来れるね。私だったら無理ー。"
などとまたまた虐めの延長戦が行われそうになったのだが、雅はこれらに対して生まれて初めて精一杯抵抗した。
"陰でヒソヒソ言わねぇで堂々とかかって来いよクズ!
そうやって誰かと一緒じゃないと何も言ってこれないゴミの分際で偉そうに!
キモいのお前だから学校に来たくねぇんだったらお前が来んなカス!
いいかテメェ!?
今後私に何かしてきやがったら漏れなく返り討ちにするからな!!!
私も退学になるかもしれないけどお前も道連れにするからな!
テメェの心に一生消えない恐怖と傷を刻んでやるよ。
お前らみたいなNOモラルの奴らにはこっちもNOモラルで対応するからな!!
それを覚悟してかかって来いよキサマァ!!!
傷つく覚悟のない奴が私と同じ土俵に上がって来んな!!!
私育ち悪いんでよろしくな!"
などと相手の胸ぐらを掴んで罵詈雑言を吐いた事によりだいぶハッタリ効果があったのだろう。
先ほどまで雅を揶揄し笑っていた女子が、その場で泣き崩れたのだから。
恐らくこの瞬間、雅がこれまでの人生の中で一番声を荒げ一番大きな声を出した瞬間だったと言える。
虐めっ子は鼠を窮鼠にすべきではなかったと言える。
そしてそれにより雅は嫌われ者のままではあったものの、その瞬間から虐められっ子では無くなったのであった。
相変わらずぼっちではあったが、少なくとも害を加えてくる者は居なくなったのであった。
雅はようやく平穏な生活を手に入れる事が出来たのと同時に、戦う勇気がいかに必要なのかを実感したのであった。
雅が忌み嫌っていた、家で覚えた正しくない日本語。
だが人生、正しい事ばかりが正しいとは限らない瞬間がある。
仮に
"ヒソヒソと陰口を言うのはお止め下さい。
あなたはどなたかと群れていないと何も言えないのですか?
「私だったら学校に来れない」と仰られるのならば、あなたの方が学校に来ない方がよろしいのでは?
今後私に何かして来られるのでしたら、こちらも容赦はしませんよ?
私はただでは起きませんよ?
宜しいですか?
覚えておいて下さい。
私育ちがよろしくないものですから"
の様な言い方ではひたすら馬鹿にされるだけで、何も変える事は出来なかったであろう。
正しい事が必ずしも正しいとは限らないのだ。
雅のとった行動はferry&plane理論と雅は名付けた。
これはどう言う事かと言うのを少し例を出して説明しよう。
まず2人の人間がいたとします。
そしてその2人の人間に"今から千マイル先のゴール地点まで移動してください"と言う勝負を仕掛けると仮定します。
そこで移動手段は飛行機とフェリーの2種類があるとする。
飛行機は早く移動出来るが、利用料が2万円かかるとする。
一方フェリーは時間がかかる分、無料で利用して良いとの事だとする。
どちらも好きな方を利用していいとの事。
但し交通機関の利用料は自己負担とする。
勝敗の決め手はどちらが早くゴール地点に着くか。
より早くゴール地点に着いた方が賞金を2万円獲得することができる。
但し敗北した方はペナルティとして、その賞金の2万円の自腹を切らなければならないとする。
そういう勝負の内容だとする。
この場合、明らかに飛行機側が勝つことが容易に想定できる。
余程のアクシデントでもない限りは飛行機の方が早い事は誰もが検証せずとも分かることであろう。
しかしコストが2万円かかるとして、その2万円をケチるがためにフェリーに乗った人は、賞金を手にすることができない。
その上敗北した際にペナルティーとして、2万円の自腹を切らなくてはならなくなる。
つまり飛行機を選んで勝利した方は最初のコストはかかるが、賞金を獲得した事によって実際に損害した金額は0円である。
もちろんプラスになった分もないが。
だが一方敗北した方はフェリーに乗った事により、最初のコストは0円だったかもしれないが、結局敗北したことにより自腹を2万円切らされる事になってしまった。
だからつまりトータルの損害としてマイナス2万円という事になるのだ。
この状況は、まさに人から嫌われるのが怖いからと嫌われるリスクを恐れて、八方美人をして結果的に全員に嫌われるのと同じ光景である。
何も抵抗せずに黙っていると言う事は、八方美人をしているのと同じと見なされてしまうのが世の中なのだから。
結果的にどちらの機関を利用したにせよ、嫌われると言う結果(ゴール地点)に変わりが無いのであれば、嫌われると覚悟をした上で、せめて損害を減らす方向に切り替える方針の方がまだ良いと雅は判断したのだ。
結果その後受けるはずの被害を回避出来たのだから。
これらは遠い遠いまだ転生する前の過去の話。
意識はまた現在の雅に還っていく。
先生、今世では私はあなたを誰にも傷つけさせはしない。
もしもあなたが誰かに傷つけられそうになったとしたら、私は相手を刺してでも止める。
あなたの笑顔を護れるのならば、私はこの手がいくら血に染まっても構いはしない。
今度は私があなたを護ってみせます。
「何組だった?」
音葉が言う。
「私はB組だった。
音葉は?」
「私C組。
雅とクラス離れちゃったね…。
なんかショック」
音葉がそう言う。
「そうだね。
私も音葉と同じクラスになりたかったよ。
でもクラス離れちゃったけど廊下とかでバッタリ会った時とかは、気兼ね無くこれからも声を掛けて来てね!」
私がそう言うと
「うん!
雅もね!」
音葉はそう言った。
「2人とも何組だった?」
未央達も尋ねて来た。
「私はC組」
「私はB組」
「そっか…。
うちF組だった」
と未央。
「うちE組。
未央と隣だね!」
と梢が笑う。
そんな訳で、未央や梢ともクラスが離れてしまってものの見事に皆んなクラスがバラバラだった。
入り口のドア付近に立っている教員の指示によると、一年生の教室は3階にあるとの事だったので私達はその指示に従って3階へ移動した。




