忌まわしき過去
4月、私は中学生になった。
とうとう待ちに待ったこの時が来た。
今日は入学受付日の日。
音葉たちと一緒に行く事になっている。
入学受付とは今年入学する生徒が入学先の学校へ行って、教育委員会から自宅に郵送されて来ている入学通知書を持って学校へ行くのだ。
そして入学式当日の説明を聞いて来るのだ。
服装は私服で良いらしい。
春とは言えまだ少し雪が降っているくらい寒いので、長袖のパーカーの上に厚手のジャンパー羽織る。
持ち物は先程の通知書とメモをする為の筆記用具と上靴、荷物を持ち帰る為の鞄があれば良いそうなので、いつも塾に持って行っている手提げ鞄に持参品を入れた。
待ち合わせ場所は中学校の前だ。
私は約束の時間に間に合うよう少し早めに家を出て、待ち合わせ場所へ向かった。
内心心臓が高鳴って仕方がなかった。
だって私はずっとこの時期を待っていたのだから。
この時の為だけに私は何年も勉強を頑張って来た。
やっと…。
やっとあの人に会えるんだ。
そう思ったら心臓が今にも飛び出して来そうな程、更に強く脈打った。
心臓の音が頭の隅々まで鳴り響く。
痛い…激しく高鳴りすぎて心臓が痛い。
実を言うと私は昨日眠れなかった。
今日は入学式ではない。
あくまでも受付日であって、説明会のようなものだ。
だから必ず会えるとは限らないのに…。
なのに心が急いてしまう。
本当…我ながら私、馬鹿みたいだ。
そんな事を考えながらぼんやり歩いていると、前方の方から未央たちの声が聞こえた。
声のした方に視線を向けると梢がこちらに手を振っていた。
私も手を振り返してから少し駆け足で梢たちの方へ向かった。
「相変わらず皆んな早いねー!」
私がそう言うと
「ううん、うちらも今来たとこだよ!」
と未央。
「本当?
それなら良かった」
私達は合流して目的地へ向かった。
「ねぇねぇ送られて来たプリントに東門から入れって書いてなかった?」
「あぁ、そういえば。
ね、東門ってどっち?」
「えー、分かんない。
でもさここって見た感じからすると正門って感じだよね?」
「あぁ、確かに!
え、じゃあ東ってどっち?」
などと4人で話しながら歩いていると正門に立っていた教員が私達の様子を見てこちらに歩いて来て、
「おい!
新入生はあっちの入り口からだぞ。
東門ってあっちだからな!」
そう言いながら東門の方を指さす。
私は黙って知らないふりを続けてた。
何故なら来た事もない人が詳しく知っていたらおかしいからだ。
転生前に通った事ありますだなんて言える訳が無いからね。
私達は正門前の教員の指示に従って東門へ向かった。
上靴に履き替えて持参して来たビニール袋に外靴を入れて持ち歩く。
玄関入ってすぐの入り口のドアにどうやらクラス表と思しき大きな紙が6枚貼られていた。
そっか…、今日クラス分けが分かるんだ。
過去では私はF組だったな。
どうだろう?
小学校の成績表などは中学校に情報が行っているのだろうか?
何もかもが予想がつかない。
「ね、あそこ!
クラス分けの紙だよね?
見に行こう!」
凄く嬉しそうに3人が言う。
そう。
私も気になって気になって仕方がない。
「また同じクラスになれると良いね」
音葉が言う。
「うん!
私もそう思うよ」
そう返事をしたが、予想をしようか?
絶対ならないだろうな。
だって私達仲良いじゃん!
仲良い人達は同じクラスにならないって決まってるんだよ。
義務教育では。
この制度やめたら良いのに。
何か悪い事をしていて引き離されているのならまだしも、わざわざ仲の良い子達を引き離して孤立させてどうしたいのだろうか?
不登校者が増えるだけだと思うのだが。
私は義務教育のこう言う下らない制度に度々疑問を感じている。
社交性を身に付けさせる為に引き離した事により、それが原因で不登校になって引き篭もりになる生徒が発生するのなら、結果的に本末転倒だと思うのだが。
だからはっきりって凄く無駄な行為だと思う。
そんな無駄な拘りを貫く為に自殺者を増やすくらいならば、いっそ下らない拘りなんか捨てて仲の良い子達をくっつけて、不登校者や自殺者を1人でも減らした方が建設的だと私は思う。
心中義務教育の色んな所にツッコミを入れながら私はクラス分け表をA組から順に見た。
B組に私の名前はあった。
すかさず1番上に書かれている担任の名前を確認する。
そこには
"南 理人"
と大きく書かれていた。
私の心臓は再びドクンドクンと激しく波打った。
本当なの…?
夢…じゃないよね…?
私は密かに顔を擦る振りをしながら自分の頬を強くつねった。
鈍い痛みが走る。
これは夢じゃない本当。
神様ありがとうございます。
会えるだけでなく、あの人のクラスにしてくれてありがとうございます!!!
内心今にも嬉し涙が流れそうだったのを精一杯堪えて、音葉たちと受け付け場所へ向かった。
高鳴る心臓が今にも飛び散って、その残骸達が身体中の穴と言う穴から飛び出してくるんじゃないかって思うほど、嬉しさのあまりに私は目眩がした。
時は転生する前の昔々の過去Aにまで遡り、雅が本当の15歳だった頃の事。
当時思春期であることから周囲では、誰々が好きとか誰が誰を好きとか誰と誰が付き合ってるとか…。
恋愛話で盛り上がっている人は珍しくはなかった。
当時ぼっちだった雅の耳にまで、そういった情報が勝手に入ってきてしまう程、年に1つや2つクラスの誰かかれかが噂になる事も珍しくはなかった。
もちろん雅にだって恋愛に興味がないわけではなかったが、恋愛の好きとか嫌いとかジェラシーなどの感情はよく分からなかった。
もちろん人の好き嫌いはあるし理解をしている。
だけど胸が締め付けられる想いとか、"相手の為なら死んでもいい"などと思うような真剣な恋と言うものは経験したことがなく、理解が及ばずにいた。
だけど中学3年生の頃、当時15歳だった雅に人生で初めて食欲も湧かなく、何も手につかない程に狂ってしまうほどの恋心が生まれたのであった。
雅はその時に初めて恋心の苦しさや痛みを経験したのであった。
きっかけは忘れもしない過去Aでの中3の頃、雅はクラスでの虐めに遭っていた。
虐めの内容は小学校の時の延長のようなものだった。
それもそうであろう。
制服を着て周りから"もう中学生だから。大きいんだから。"などと言われていても、つい2〜3年前までは小学生で小さい子供として周りから扱われ、小さい子供として生きてきたのだ。
制服に袖を通し、急に"中学生"と呼ばれたからと言って急に大人になる訳じゃないのだから。
虐めの内容は休み時間にトイレに行けば、その隙に椅子を持って行かれてたり、椅子に画鋲が置いてあって、笑いながら"どうぞ"と言われたり。
時には体育用のジャージや上靴が無くなった日もあった。
他にも自分だけ給食が配られなかったり、給食のパンや形のある具材…例えばフライやコロッケなどをトングでグシャグシャに潰されて、他の惣菜と勝手にミックスされて渡される日もあった。
"食べやすいようにミックスして新メニューを作ってやったんだから感謝しろよ"
などと言われたりもした。
日常的に毎日行われていた虐めは、何をするのでも四六時中ずっと監視され、何かを失敗したり雅が不快な思いを誰かにさせられている所を見ては馬鹿にして大笑いするクラスメート達。
そして決まって見える所でヒソヒソと友人同士で耳打ちをし、その数秒後雅に聞こえるボリュームで当てつける。
これが虐めっ子達の虐めの常套手段だった。
雅に理解者は存在しなかった。
もう分かりきった事だが、毒親に言おうものならば毒親からも暴行を受けるだけなので雅は何も言わずに耐える日々が続いた。
だからこそ虐めはエスカレートしたのだろう。
毒親は世間体のために子供を不登校になど絶対させない。
子供が不登校になる事で自分のイメージが少しでも悪くなるくらいならば、包丁で子供を切りつけてでも無理矢理学校に行かせるのがうちの毒親の常套手段だった。
そんなお先真っ暗な人生を生きていく中で、雅は次第に死への憧れを抱くようになる。
気づけば時々カッターで自らの腕を切るようにされなっていた。
切りつけた時に出来る傷口とそこに滲む自分の血を見る事で、安心感のような奇妙な安堵感を持つようになる。
そんな雅は年中長袖の服や制服を着用していた。
体育の授業がある日などは傷口のある場所へ湿布を貼ったり、包帯を巻くなどをして隠していた。
雅にとっての最大の敵は自己防衛本能だった。
自己防衛本能は雅の憧れを果てしなく邪魔をする。
雅は自己防衛本能と死への憧れとのジレンマに悩み続ける。
ある日、理人は雅へのクラスの虐めを見つける。
理人は今まで何も気付けなかった自分の力不足と不甲斐なさを目の当たりにする。
雅にそれをお詫びると共に何としても虐めを自分が解決することを雅に誓った。
それ以来理人は密かに雅を見守り続ける中、普段自分に良い顔をしていた生徒達が自分のいない所で、これまでに雅にどんな虐めをしていたのかを見知ることとなる。
理人は雅への虐めを発見する度にその虐めっ子を叱咤し、雅を守っていた。
だがそのせいでまた1つクラスに確執が生まれたのは言うまでもない。
雅への虐めも無くなりはしなかった上に、今度は生徒から理人への嫌がらせが始まったのであった。
教室に入ってきたと同時に水の入ったバケツが降ってくる仕掛けや、黒板消しをぶつけられたり、靴がなくなったり、合唱コンクールを集団でボイコットされたりなどだ。
理人は時々困惑した表情を見せることもあったが、生徒の前では弱音を吐いたりすることはなかった。
いつもどんなに空気が張り詰めていたとしても、精一杯声を張って元気なふりをしていた。
そんな理人の姿を見て雅は心が痛んだのと同時に、いつしか唯一自分に優しくしてくれている理人に恋心を抱くようになる。
雅にとって理人はいつでもヒーローのような存在だったのだ。
理人はどんな時も
「先生は大丈夫だぞ!相瀬!
だから相瀬も元気を出してもっと声を出そう!
おー!」
などと言って雅を励ましてくれた。
ある日いつものように理人に励まされていた雅が
「ぇ…、ぉ…ぉ〜」
と返事をしたら
「だめだ、だめだ!
元気が無いぞ!
もっとだ!
おーーー!」
と拳を挙げる理人に
「ぉ…、おー!」
と雅は理人の真似をして拳を小さく挙げる。
「よーし!
良いぞ!」
そうニッコリ微笑んで理人は雅の頭をクシャッと撫でる。
その時からまるで電撃が走ったかのように、雅に理人へのいつもと違う感情が生まれたのであった。
その気持ちは世間では"恋"と呼ばれているものだ。
こうして雅の初恋は15歳で始まったのであった。
当時理人は、他の教員たちからは
"馬鹿だねぇ。
虐めを解決しようだなんて。
そんなの見てない振りをすれば良いのよ"
"無駄だから放っておけばいいのに…"
"あ〜あ…、若いとさぁ…。
ドラマなんかで見る正義のヒーローみたいな教師に憧れを持ってたりする人、たま〜にいるんだけどさ。
あんなのドラマの話よ"
"現実は違うんだから"
"あんなので生徒が虐めをやめるわけないでしょう。
あんなんで虐めなんか解決できるんだったら、誰も苦労なんかしないのよ"
"ほら結局藪蛇になって自分に被害が来てるじゃない"
"だからさぁ…生徒の1人や2人、不登校者が増えたってこっちの知ったこっちゃあ無いんだから、自分の身を守ったほうが身のためよ"
"少なくともこの仕事を長くやっていきたいならね"
などと囁かれていた。
それでも若さ故なのか、彼が純粋なだけだったのか理人は自分の正義を貫こうとした。
だがそれは物事を最悪なケースへと発展させる火種となってしまうのであった。
ある日の仕事帰りに学校の駐車場で理人は自分の担当のクラスの生徒に刺された。
後日その生徒は少年院に送られ、数カ所滅多刺しにされた理人は重傷を負い病院に運ばれる事となった。
発見したのは同学校の職員で、同じく仕事帰りに自分の車に乗って帰宅しようとした所へ、理人が倒れている所を駐車場にて発見。
すぐに職員室へと引き返し、救急車を呼んだそうだ。
この年は、刃萌衣神と名乗る少年Sによる犯罪が社会問題となり、世で騒がれていた頃だった。
この頃刃萌衣神と名乗る少年Sを崇拝する馬鹿な未成年者による犯罪が、あの忌まわしい事件を皮切りに続出し始めていたのであった。
刃萌衣神とは自分の知人の小学生の男子の首を切断してそれを学校前に飾るなどの異常な行為に及んだ猟奇殺人者の事である。
その猟奇殺人犯はまだ14歳の中学生だったという。
その少年は異常なまでに自己顕示欲が強く、透明な自分という存在を世間に知らしめたくて、あの忌まわしい凶悪犯罪を起こしたのだという。




