卒業式
勿論これらはほんの一部に過ぎないが。
そして今日だってその規則に則ってちゃんと早めの時間を選んで入った。
脱衣所に時計が無いから細かい時間は分からないが、夕飯を食べたのが6時半頃だったので、その後お湯を溜めた所から考えても、せいぜい8時を過ぎてるかどうかと言う所だと思う。
言われる様な事はしていない筈なのだが…。
私はリビングに入り毒父の前に正座した。
「オイ!
さっき塾から電話で聞いたけど、何だか受験のことだか何だか話してんだって!?」
はっ!
そうだった。
すっかり受験の話を毒達にするのをど忘れてしていた!
しかもその上、塾の講師に先手を打たれたのだ。
なるほど、毒父は自分の知らなかった話を私からではなく他人から先に聞かされた事でキレているわけね。
要するに娘と講師が2人で勝手に話を進めて自分たちが蚊帳の外にされていると思って気に入らないのだろう。
しまった…。
ど忘れしていたのは完全に私のミスだ…。
だがどう説明すべきなのか。
とりあえずどう説明をしたとしても、もうすでに毒父がキレている事はまごう事なき事実なので、どんな言い訳をしても暴力を免れる事は出来ないかもしれない。
だがなるべく角が立たないように言葉を選ばなくては。
これ以上毒父の機嫌を損ねさせてはいけない。
「昨日塾で塾の講師に受験の話をされて、その話をなるべく早くするつもりだったんですが、忘れてしまいました。
すみません、思い出したら言うつもりでした」
「なんでそんな大事な話忘れんのよ!?
あ"ぁ"!?
こっちだって急に電話きて今月末までだって言われて、なんも知らなかったらこっちの身になってみろや!!!
あ"ぁ"!?」
毒は怒鳴り声を上げながらライターを私に投げつけた。
ライターは私の額に当たって床のどこかへバウンドして飛んでいった。
私は震えながら俯いた。
今回はライターを投げつけられるだけで済めばいいのになぁ。
心中密かにそう願った。
「すみません」
「それもお前受験しないって言ったんだって!?」
「中学校は本来義務教育なので普通の公立の学校に行けば入学料も必要ないし、月謝もかからずに済むので。
だけど受験をして私立に行ってしまえば数十万円の入学費から始まって月々の月謝諸々数万円、それを3年間払い続けて卒業するまでの3年間と考えると、トータルで数百万円程の高額な金額がかかることになってしまうし。
あくまでも公立でなく私立と言う事になるとそう言う事になりますので。
ですからただ勉強をしたいだけなら公立の学校でもできることだから、わざわざ高い金額を払ってまで高い学校に入る必要はないと私は判断したので、塾の講師に受験を勧められたけど断りました」
「ふ…ふーん…。
…数百万…。
ふーん…」
ほらね。
金額聞いて自分の方がびびってんじゃん。
惜しいだろう?
払いたくないだろう?
だから断って正解だったんだって。
祖父が亡くなってから毒両親は働いていない。
ひたすら祖父が残したお金を食いつぶす毎日だ。
そんな人にその金額を払う事は難しいと思うよ。
「ふん!
別にこっちだって払えねーって言ってるわけじゃねーんだわ」
見栄っ張りだねぇ…。
自分の力じゃ何も出来ない癖に。
祖父母は無駄にこの人を甘やかし過ぎたんだよね。
だからこんなクズになっちゃったんだよ。
それよりもどちらにしても払いたくないだろ?
惜しいだろ?
その金。
その事実だけは変わらないんだ。
「もし受験したほうがいいって言うのなら受験しますよ。
だけど受かったらもれなく数百万円かかることだけは考えておいた方が良いと思います。
払える払えないは別として考えても、決して安くはない金額なので。
塾の先生が電話で何を話していたかは分からないけれど、塾の先生は自分が払うお金じゃないから簡単に人に勧められるし、簡単に人に言えるんだと私は思います。
あっちは合格者を1人でも多くあげて実績を作りたいだけだから」
「……。
いや、さっきお前も言ってたように公立でも同じように勉強できんだから、お前がそう思うんだったら受験なんか別にしなくたっていいんだわ」
先ほど払えない金額じゃないだのなんだの見栄張って散々虚勢を張っていたというのに、コロッと態度を変えて毒父はそう言い始めた。
だから最初から私はそう言っているのに。
この人本当、頭悪いよな。
本当に高校出ているのだろうか?
未来Aでも同じく高卒だった私よりも言語の理解力が酷いレベルだよ、この人。
まぁ、それにしてもやっぱりがめついこの人たちを説得するには、お金の話をするのが1番手っ取り早くて簡単だったよね。
何とかこれですんなり片ずきそうだ。
後はもう面倒くさいので適当に"はい"って返事をしておこう。
「おい!
ちょっとアンタ、明日塾のヤロウに電話かけてそうやって言っておけ」
と毒父が毒母に命令する。
「うん」
毒母はそう言いながら煙草の煙を吐き出した後、グラスに注がれているビールを飲み込んだ。
毒両親の間でも話が纏まったらしい。
「したらお前ももういいわ。
さっさと自分の部屋に戻って勉強すれ」
「はい」
やったあ!!!
やっと解放される。
もう煙草は臭いし酒臭い息をかけられるのもうんざりだったので、早く自分の部屋に戻りたかったから良かった。
今回受けた被害は恫喝された事とライターが飛んできただけで済んだからまだ良い方だった。
運が悪かったらもっと首根っこを掴まれて、背中などを踏みつけられたりするかと思ったから今日はまだ良かった。
何はともあれ公立の中学校へも滞りなく行ける事にもなったし。
私は立ち上がって部屋に早々に退散した。
髪が生乾きで首筋が寒いけど、今日はもう下へは行かない方が良さそうだ。
恐ろしい恐ろしい…。
またちょっとした事で絡まれたりすると厄介だ。
今日もお酒をだいぶ飲んでいた様子だったし。
そう思って私は電気を消して布団に入った。
そして冬休み明けたその後の塾では講師から受験のことで何か言われる事はなくなったが、対応がもれなく以前よりそっけなくなったのであった。
―春―
私達は3学期の授業時間の3分の1程ずっと卒業式の練習をさせられていたのではないかと思うほど、毎日毎日同じ事を何度もやらされた。
毎日毎日同じ卒業ソングを歌わされ、卒業証書を受け取る練習をさせられる。
個人的にはある程度出来てればどうでも良いじゃんと言うのが正直な意見である。
同じ事を何度もやらせて何が楽しいのやら。
教員側からしたら父兄たちに見られる大舞台だから良く見せようと必死なのだろう。
自分達の面子がかかっている訳だ…。
やれやれ…。
これでは一体誰の為の卒業式なのか分からなくなってくるな。
だが何はともあれ長い長い練習期間を終えて、数週間後私たちは無事卒業式の日を迎えた。
数年前に姉が卒業式で着たブレザーを借りて私は正装をした。
毒姉も卒業式の時に一度着たきりだったので状態は綺麗なままだった。
今日は卒業式、式に参加して卒業証書を受け取るだけなので荷物は何もいらない。
だから私は服を着て髪型を整えた後、そのまま手ぶらで学校へ向かった。
学校に到着した時、皆早々と気合を入れていつもより早く登校してきていて、いつもよりテンションが高い様子が伺えた。
そうだよね。
小学校の卒業式は皆人生で1回きりだもの。
凄く嬉しいやら緊張しているやら、複雑な気持ちであろう。
勿論良い意味でね。
私は今回は2回目の卒業式。
だけどそれでもやっぱり特別な日と言うのは、気持ちが引き締まるものだ。
今日は私も少し緊張しているかもしれない。
「おはよう、雅!」
音葉も梢も未央もバッチリ正装して来ている。
髪型もいつもと違う。
気合いが入っているのが見た目から伝わって来て、何とも輝かしく映る。
若いって素晴らしいね!
「おはよう!
皆んな今日は気合い入ってるねぇ!」
そう言うと、
「そうかなぁ?
そう言う雅だってその服可愛いじゃん!
髪型はいつもと一緒だけど」
そう。
いつもと違うセットにするのが面倒臭くて、結局いつもと同じポニーテールにしたのだ。
一本に縛るだけだから楽なのである。
「そう?
ありがとう。
3人とも今日はより一層可愛いよ!
普段も可愛いけどね!」
「やだー。
雅何言ってんのー?
まぁ…そう言われるとちょっと嬉しいんだけどさー」
そんなふうに言い、3人とも照れながらカラカラと笑う。
"キーン コーン カーン コーン…"
学校の鐘の音だけはいつも通りだ。
私たちは各々の席に戻って担任が来るのを待った。
里中が教室に到着。
当たり前だが里中もバッチリ髪をセットして、スーツを着用してきていた。
まぁ、色んな人に見られる大舞台だもんね。
今日の朝の会は自分の席の机の後ろに起立しての椅子無しで行われた。
何故なら今日は卒業式の為に椅子は体育館に置きっ放しだからだ。
普段と違って慣れないことだからちょっと変な感じがした。
里中からの今日のスケジュールの流れの説明の後、卒業生用の真っ赤なコサージュを各々1個ずつ受け取る。
懐かしいなぁ。
転生する前も同じように卒業式をしたのだろうな。
そう思いながら私は指定された場所の左胸の所にコサージュを留めた。
ずいぶん昔のことで全然覚えていないけれど。
里中の指示により私達は廊下に整列をする。
普段体育の授業の時などは、廊下で何人かガヤガヤ話をして怒られる人が恒例のように1人や2人いるのに、皆んな緊張しているためか誰1人シーンとして口を開かなかった。
里中の後について歩いて行き体育館前でしばし待機する。
体育館の方からは父兄たちの声と思われる話し声がかすかに聞こえてくる。
在校生たちもきっともう準備万端で待機しているところであろう。
まもなく私たちは担任の指示にてA組から順に体育館に入場する。
同時に体育館内も静まり返る。
父兄たちの中にはバッチリビデオカメラを構えている人も何人かいて、自分が撮影されている訳でないのを分かってはいても、やはりカメラを向けられれば緊張してしまう。
そういう理由から、歩きながらも目のやり場に困りながら若干下を向いて歩く。
そして自分の席に着いたとき再び教員の指示により着席する。
卒業式のスケジュールの開式の言葉から始まり、校長先生の長〜い式辞を聞き、校歌を歌い卒業証書を受け取る。
その後来賓祝辞などのよく分からない挨拶が色々とあって、在校生の送辞と卒業生の答辞を終える。
そして今日の日の為だけに、何度も何度もしつこく練習させられてきた卒業ソングを歌って閉式の言葉を聞く。
そしてその後私たちは退場した。
思ったよりもあんなに緊張してしまっていたけれど、終わってしまえば意外とあっという間の卒業式であった。
教室に戻った時、写真撮影がこれからあるという事なのでA組から順に多目的室に入っていく。
私達はそれまでまた暫し待機をする。
一生残る写真だから髪が変に跳ねてたりしないか、服の襟が曲がってたりしないか、入念にチェックをして撮影に臨んだ。
教室に戻ったら卒業の記念品が配られた。
開けてみたら校章が入った一生使わなそうな文鎮だった。
お習字する人だったら家で使ったり出来るかもしれないが、生憎私はお習字を趣味にはしていないので、これを使う事は今後恐らく無いであろう。
言っちゃあ悪いがこれ贈呈品に選んだ人、センス悪いよね。
もっと実用的なものにして欲しかったな、と個人的に思った。
文鎮なんかを貰うより、少し良いボールペンとかシャチハタなどを貰う方がずっと実用的で嬉しかったのに。
そして在校生からのメッセージカードも受け取る。
顔も名前も知らない相手から"頑張ってください"と言うメッセージを頂く。
知らない人から頂く適当な言葉ほど重みがないものはないと私は思った。
こういう行事をわざわざ授業でやるのって、時間も紙も労力も全部無駄だからやめたらいいのに。
…とは思ったが、それでもこのカードを作った人は時間と労力をかけてくれたのだから、一応顔も名前も知らない人だけど感謝をしなくては。
そう思うことにした。
そして最後に里中からクラスの皆んなに向けてメッセージ。
「皆んな、本当に6年間よく頑張った。
卒業式も良く出来ていたし、先生は凄く満足しています。
これから中学生になって色々と大変なことも辛いこともあるかもしれないけど、頑張って下さい。
俺はお前らの担任でよかったよ!
皆んな本当に卒業おめでとう!
じゃあ先生からは以上だ!
皆んな気をつけて帰れよ。
最後に礼をして帰ろう。
気をつけ、礼!」
誰もが同じように言いそうなありきたりな言葉を並べて、里中は小学校生活最後の帰りの会を締めくくった。
「さようなら」
ペコリと礼をしながら皆んなで最後の挨拶を終え、解散となった。
教室の後ろでは各々の保護者たちが待っているので、卒業式に一応来た毒母と毒姉と合流した後、音葉たちを探して
「じゃあまた!
中学校でね!」
3人にそう挨拶して私は帰った。
これで本当に卒業式は終わり。
長かった6年間の小学校生活は今日をもって幕を閉じたのであった。




