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中学受験

 正直言うと夕飯を食べたいと思わない程に疲弊していた為、起こされたくは無かった所だが仕方あるまい。

 夕飯後それぞれにお土産を渡した。


 がめつい毒達はこぞって値段を聞いて来た。

 計画通りふっかけた値段の方を教えた。

 勿論御和君のお土産の話は秘密である。

 毒ファミリーは御和君の存在も知らないし、お土産を貰ったなどと言ったらトラブルになり兼ねないからだ。


 それにふっかけた値段で計算すると3000円を超えてしまい値段の辻褄が合わなくなってしまうからだ。

 バレると色んな意味で不味いのだ。


 我ながらお土産の見立ては良かった模様でふっかけた方の値段を言っても誰も怪しまなかった。


 "観光価格だからこんなんでも結構高いんだよ"


 と言っておけば意外と誰も疑わないものだ。

 この時代にはネットが存在しないからね。

 バレなければ良いのだ、バレなければ。


 そして後日御和君のスリッパに


 "先日はお土産ありがとう。私もこの間、修学旅行に行ったのでお土産のお返しです。"


 と書いたメモをペンが入った袋に同封して入れておいた。


 修学旅行が終わってまた普通の日常を過ごし、季節は早くも冬休みに入っていった。


 ―冬休み―


 塾では受験シーズン真っ只中であった。

 とある日に塾の講師から別室に呼び出された。

 何の話だろうか?


「進路の話なんだけど、受験の事少しは考えた?」


「前も説明させて頂いた通り私は受験を考えてはおりません」


 そう返すと、


「お前…。

 はぁ〜…」


 そう言いながら深い溜息をついて親指と人差し指で額を擦りながら深く俯く塾講師。


「あのさぁ〜、もう一回受験しない理由を教えて貰っていい?」


 と如何にも文句をグダグダと言いたげに言う講師。


「ですから私は元々受験を考えてこの塾に通っていた訳ではありませんし、特に難関校に入りたいと言う訳でもありませんので、わざわざ高い学費を払ってまで私立に行く理由は無いと思うからです」


 本当の理由はあの人に逢いたいから。

 勉強して来た理由もあの人に存在を覚えて貰いたいから。


 全てはあの人に再び逢った時、私の事を印象強く覚えて貰いたいがための布石だったに過ぎないの。

 私にとって勉強ってその程度の存在に過ぎないから。


「はぁ〜…。

 本当お前の考えてる事が俺は全く理解が出来ない。

 単純に学力が足りなくてそもそも受けるだけ無駄ですって言うなら分かるよ?

 世の中頑張っても希望通りに行く事ばかりじゃ無いのは俺だって分かるから。

 でもさぁ、学校によってそれぞれ難易度も違うから何とも言えない部分もあるけどさぁ、お前は受ければ良い線いけるだけの学力あるんだよ!?

 なのに受けないとか俺はもう本当考えられない!」


 まぁそれはあなたの価値観ですから。

 私に押し付けられても困りますよ。


「そうですか」


「…そうですかって…。

 はぁ〜…。

 お前本当に状況分かってる!?

 本ッッッ当に後悔するよ!?

 いいの!?」


 大丈夫。

 しないから。

 あの人と学校を天秤にかけたら学校なんかどうでもいいその辺の石ころと同じ物にしか私には見えないから。


「はい」


「…はぁ〜…。

 お前さぁ、それだったら何の為に今まで勉強して来たんだ?

 普通の公立に通う為ならうちの塾通う必要無かったんじゃ無いの!?

 うちはさぁ基本的には難易度の高い中学の受験とか高校受験を乗り越える事をコンセプトにしてる塾だからさ、受験しない奴がここに通う理由って無いと思うわ。

 公立の学校行くんだったらこんな難しいテキストなんかやる必要無いんだわ。

 だってそうでしょ?

 公立の中学校なんて誰でも行ける学校なんだから。

 お前は偏差値の高い学校に入ってもっと上を目指したいとは思わないのか!?」


 そんな事言われてもねぇ…。

 こっちにはこっちの都合ってもんがありまして…。

 そんなにこだわるのならご自分のお子さんでも受験させたらいいじゃないですか。

 私に構わず。


「勉強は今後も続けて行きたいと思いますし、受験をしないからといっても勉強をやめるつもりもありません。

 それに偏差値高い学校に行かなかったからと言って勉強が出来ないと言う訳でも無いですし。

 勉強はどこの学校に行っても出来る筈です。

 私立でなくてはならないと言う理由は無い筈です」


「お前…ハンッ!

 綺麗事だよ、そんなの。

 将来的に高い偏差値の高校なり大学なりに進学するんだったら高い偏差値の中学校に行った方が有利なんだぞ!?

 まず対策の仕方が全然違うし、授業の内容だって全然違う。

 勉強する環境が整ってるのと整ってないのとだったら本当に全然違うから!

 お前は子供だからまだ現実を分かってないんだって!

 本ッ当、大人の言う事聞いといた方が良いよ!?

 悪い事は言わないから!」


 勿論そんな事言われなくたって分かってるよ!

 これでも中身はあなたよりいくつか年上のおばさんなんですよ、私。

 確かに言ってる事はごもっともな所もあるけれど、塾の実績を上げたいから言ってるだけの所もあるでしょう?

 あなた達の場合は。

 あなた達の為に塾の実績に協力するつもりはありませんよ。


 私は私のしたいようにする。

 この選択だけは絶対に譲れない。

 私のこれまでがかかってるんだから。

 あの人に会えないのなら私は何の為に今まで頑張って来たのか分からなくなる。


 私が元々は嫌いだった勉強をここまで続けて頑張って来れたのはあの人に今の私の姿を見て貰いたいから。

 あの時の勉強もスポーツも何も出来なかった情けない私じゃなくて、ずっと頑張ってきた今の私の姿を。


 それが出来なくなるのなら私は今すぐにでも勉強をやめる。

 あの人に逢えなくなってしまうくらいならば、私には勉強を続ける理由が無くなってしまうからだ。

 あの人の存在無くしては勉強も何もかも全てがどうでも良い存在に過ぎない。


「まぁ…そう言われましても私立だと学費がもの凄く高いですし、経済的な事情も家庭の事情としてありまして…。

 なので私は何度も申し上げているように受験はしません」


「お前の親がそう言ったのか?

 私立は高いから駄目だって」


 そもそも受験の話自体毒親には話してすらいないんだけど…


「えぇ…まぁ…そうですね」


 と答えておくことにした。

 でないと成り行きで本当に受験せざるを得ない状況に追い込まれる事になり兼ねない。


 進学したってその先にはあの人は居ない…。

 あの人の居ない場所に何の価値があるものか。

 私は何度も言うように進学したくて勉強を続けて来た訳じゃない。


 私はただあなたに逢いたい。

 あなたに今の私を見て欲しい。

 あなたに見て欲しくてその為だけに何年も苦労と努力を重ねて来た。

 だからこそ私は是が非でも進学校などに行く訳にはいかない。

 あの人の居るあの学校に私は行く!


「…はぁ〜…。

 お前…本当にそれで良いのか?」


「はい」


「…もういいわ…。

 お前に何言っても無駄だって分かったわ。

 好きにすれば良い。

 その代わり後悔しても遅いからな?」


「はい」


「…分かったわ。

 もう帰って良いよ。

 話はそれだけだから。

 でももう一回親に進学校の事相談しておいた方が良いよ。

 それでもし万が一考え直したのなら俺に連絡頂戴?

 最低でも今月の末までには。

 そう言う事だから今日はもう帰って良いよ、お疲れさん」


「はい」


 そう言って講師は椅子から立ち上がり、部屋のドアを開けた。

 私も立ち上がり講師に軽く礼をしながら


「では失礼致します」


 そう言って塾を後にした。

 あの様子だと後日にでも塾の方から家に電話がかかって来そうな予感がする。

 毒親には何とか上手く言っておかなくては。

 そんな事をぼんやり考えながら玄関先で靴を履き替えていると、後ろから


「わっ!」


 と言いながら誰か目隠しをして来た。

 正直毒親をどう説得するかを考えていてその事で頭がいっぱいだったから凄く驚いたので、


「キャッ!」


 と思わず声を上げてしまった。


「ごめんごめん、そんなにビックリするとは思わなかったから」


 カラカラと笑いながら御和君が掌を合わせて言う。


「本当にビックリしたよ、もう!」


 私がそう言うと


「本当、ごめんごめん。

 軽いジョークのつもりだったんだ。

 今帰りなら途中まで一緒に歩かない?」


「うん、良いよ。

 じゃあ行こうか?」


 私達は塾を出て歩き始めた。

 道すがら御和君が


「さっき凄くぼんやりしていたけど、何かあったの?」


 と聞いてきた。


「え?

 うん、まぁ…進路の事でちょっとね」


「進路って受験の事?」


「うん、まぁ…そんなところ」


「相瀬さんは…いや…雅さんは…何処の学校受けるの?」


「え?」


 突然名前の方を呼ばれた事に少し戸惑って聞こえているのに、ついつい聞き返してしまった。


「あ…ごめん、やっぱ下の名前で呼んじゃ駄目かな?」


「そんな事無いよ、全然構わないよ。

 ただ学校の友達と家族以外に下の名前を呼ぶ人が今まで周りに居なかったから少しビックリしただけ」


「そっか。

 その…今度から俺も雅さんって呼んで良いかな?」


 照れ笑いのような笑顔を浮かべながら御和君がそう言う。

 可愛い♡

 こう言うちょっとウブな感じ、オバちゃんキュンキュンしちゃうわ!


「うん、良いよ」


「それじゃあ今度から雅さんって呼ぶね!

 雅さんも俺の事は真輝って呼んで!」


 マジで!?

 …何か恥ずかしいなぁ。

 私今まで男子を下の名前で呼んだ事一度も無いんだよね。


 でも折角好意でこう言ってくれているのに"嫌です"って言うのも人として失礼だしな…。

 でもちょっと恥ずかしいからせめて真輝君って呼ぶ事にしよう。


 …何かお付き合いでもしてるみたいだなぁ。

 勿論御和君の事は別に恋愛的に好きって言う訳ではないからね!


「う…うん…。

 じゃあ…真輝君で…」


「うん」


「……」


「……」


 ちょっと!

 何でそこで無言になるのよ!

 なんか何処かのカップルみたいな雰囲気になっちゃったじゃない!

 そんなつもりも無いのに急に恥ずかしくなって来ちゃった!

 こう言う雰囲気苦手なんだから勘弁してよ。


「…で…、その…受ける学校の話に戻るんだけどさ」


「え?

 あぁ!

 うん!」


 戻ろう戻ろう、戻りましょう!

 それが一番いい!


「…で何処受けるの?」


「ん?

 受けないよ?」


「はぁ!?

 本気で言ってる!?」


「ちょちょちょちょちょ…!

 何でよ何でよ?

 そんなに驚く事?」


「驚くよ!

 だって進学しないのに何で勉強してんの!?

 俺てっきり受験するもんだとばかり思っていた」


「それさっきも講師に言われた」


「だろうな。

 だってさぁ〜…」


 そう言いながら御和君は黙ってしまった。

 まぁやっぱそうなっちゃいますかね?


「それよりも御和く…、えっと…真輝君は何処受けるの?」


「俺?

 俺は…白金(プラチナ)学園中学校に行けたら良いなぁと思ってるんだけど、まぁそれはただの理想みたいなもので金糸雀(かなりあ)大付属中学校辺り目指せたらなと思っているよ」


「そっか…。

 凄いね!」


「…いや…凄いねって…雅さんなら金糸雀とか行けるでしょ?」


「まさか、買いかぶりだよ。

 私そんなに実力ないよ」


「そんな事無いって!

 だけど、それよりも何で受験しないの?」


「うん、まぁ家庭の金銭事情で…」


 本音を言えない手前、こう言っておくのが一番手っ取り早い。

 お金の問題だけは気持ちの問題よりも凄く厄介で解決する事が難しいと言う事を理解してくれる人は理解してくれるだろう。


「お金って…学費の事?」


「うん、そう。

 普通の公立に行けば義務教育な訳だからお金の心配をする必要が無くなるでしょ?

 公立中学なら国が負担してくれるから月謝とか入学費に関しては0円で済むじゃない?

 制服代と教材費とかは自己負担なのは仕方ないとしてもさ。

 でも私立だったらまず入学費を何十万も払わなきゃいけない所から始まって、普段の月謝もいくら万円かかることやら…。

 しかもそれを3年間って考えたら卒業するまでに数百万はかかるね。

 そんなお金何処から湧くのさ?

 って話になっちゃうんだよね…」


「そ…そんなにかかるんだぁ!?

 俺そんな事考えた事無かった…。

 俺ん家大丈夫なのかな…?

 いつもお金は親が払ってくれるからいくらかかるとか俺考えた事無いし…、凄げぇビックリした。

 相瀬さんは本当色々考えててしっかりしてるね」


 まぁ…中身は実際に働いた事があるオバさんですからねぇ…。

 そりゃお金に関してはシビアな考え方にもなりますよ!


 御和君の場合はまだ小学生なんだから考えた事が無くて当たり前。

 それは実際に働いた事が無いのだから仕方がない事だと思うよ。


 だから君がいつか社会人になって金銭的な苦労を知ったら、その時は自分に沢山お金をかけてくれた親に感謝をしなさい。

 その時になってから始めて親の有り難みが分かると思うよ。


「じゃここで!

 またね!」


 話しながら歩いている間に家の近所に着いたので御和君に手を振りながら言う。

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