共同研究?
だが受験生は特別で強制的に授業を行う夏期講習で、同じ学年の受験生の子たちを別室に集めて講師が授業を行い、受験対策用のプリントやテキストをこなすのだ。
そしてその中で3回のテストが行われるのだ。
1回目は夏期講習が始まった初日に今の自分の学力を測る為の実力テストの様なもの。
2回目は夏期講習の中盤辺りに行われる中間テストで夏期講習で勉強した内容がキチンと理解出来ているかどうかの確認をする為のテストで、これまでの復習でもある。
3回目は夏期講習の総集編の様なもの。
2回目と同様に夏期講習で勉強した内容が理解出来てるかどうかを測る為のもの。
テストが返って来る時はそのテストの点数が9割以上の者とその中でも最も得点が高かった者は名前を呼びあげられるようになっている。
塾の講師曰く名前を呼ぶ事によって各々の競争心を掻き立てて勉強への向上心やモチベーションを上げていこうと言うのがこの塾の教育方針なんだそうな。
例え勉強をする理由が名前を呼ばれる為と言う受験とは少しズレた動機だったとしてもそれで勉強への向上心やモチベーションが上がるのならそれで良し、と言う考えなんだそうな。
まぁ確かに成績優秀者として名前を呼ばれるのだから悪い気はしない。
だからこの方針はなかなか良いスタイルだなと私も思った。
そしてもう一つ、この塾では友人を作るよりも切磋琢磨をしていける良きライバルを作って欲しいと講師は言っていた。
なかなか面白い考え方だと私は思った。
「凄いよね、毎回名前呼ばれてさ。
僕なんかまだ1回も名前を呼ばれた事なんかないよ」
「あぁ…、いや…なんかそう面と向かって言われるとちょっと恥ずかしいな」
素直に褒められると急に恥ずかしくなりだして口元が思わず緩んでしまう。
「そんな謙遜する必要ないよ、胸を張って自信を持っていい事だと思う」
熱弁するように拳を握りながら力強く言ってくれる。
「ありがとう」
そう言って私は軽く頭を下げた。
「いやいや…。
それよりいつもここで勉強してるの?」
「え?
あぁ…、今日は特別。
久しぶりの30度超えで部屋の中がサウナ状態で頭が朦朧としちゃってさ。
避暑のつもりでここに来たの。
あなたは?」
「僕はうちの近所で工事が始まっちゃってさ。
工事の音がうるさくて集中出来なくて。
それでここに来たんだ」
「そっかあなたもここで宿題?」
「うん、まぁそんなところ」
「そっか。
じゃあお互い頑張ろう!」
軽く拳を握って言う。
「うん」
「じゃ取り掛かりますか」
「そうだね」
お互いにそう言って各々の宿題に取り掛かった。
暫くして宿題ももう終わりに近づいた頃、蛍の光の音楽が館内に流れた。
そっか、今日は土曜日。
平日は夜8時くらいまで開いてる図書館も土日祝日は夕方の5時で閉館なのだ。
何だか今日も一日あっという間だったなぁ。
こうして私の人生って終わっていくのかな。
自分の意思で勉強を始めたものの、最近では時々そんな風に思う日がある。
これはいかん。
たまには息抜きをせねば。
そもそもよく考えたら私、受験しないんだから。
もっとゆったり構えてて良いはずなんだから。
よし、帰る準備をしよう。
そう思って帰り支度を始めた。
隣の御和君も帰り支度をしている。
先に準備を終えた御和君は
「良かったら途中まで一緒に帰らない?」
そう言って私の準備が終わるのを待ってくれている。
大人しそうな顔して結構積極的な子だな。
眼鏡=真面目で大人しいと言う勝手な偏見が良くないんだろうけど、見た目と性格の差に驚愕した。
しかも子供とはいえ異性から一緒に帰ろうなどと声を掛けられたのって人生で初めてかもしれない。
まして今って結構年齢的に思春期な訳じゃん?
勿論変な意味は無いだろうけど、異性と外を歩いていると言う事自体が知り合いに見られたら大事にされてしまうから大抵はそれを気にして異性と関わる事自体を避ける人もいるくらいなのに。
かと言ってここで私が"いや、やめておくよ。一緒に帰って友達に噂されると困るし…"などと某ゲームのヒロインのように断ったら自意識過剰な滅茶苦茶感じ悪い嫌な人である。
「良いよ。
じゃあ行こうか」
出口の方向を指差しながら私は返事をし、私達は図書館を出た。
入口の自動ドアを境界線としているかの様に一歩外に出るとモワッとした熱気が私の身体を蝕むように包みこむ。
思わず眉間に皺を寄せながら
「うわぁ〜…暑い…」
「うわぁ〜…暑い…」
互いに同じタイミングで同じ台詞がシンクロした。
思わず失笑が漏れた。
「だよね、そう思うよね。
図書館がいかに天国だったかを知ったわ」
私がそう言うと
「俺もそう思うよ。
俺は明日もまた図書館コースだな」
あぁ、キミ僕派じゃなかったんだ。
てっきり僕派かと思っていたけどさっきまでは緊張していただけなんだね。
子供は慣れるのが早いな。
「私はどうしようかなぁ…」
そう悩んでいると
「って事は相瀬さんもう宿題終わってたりする?」
「まぁ完全にと言う訳ではないけれどほぼ終わったようなものかな。
今日の夜には終わりそうな感じ」
「へぇ、良いなぁ。
俺は明日にはギリギリ終わるかなって言う感じだよ。
塾の宿題って本当難しいよね」
「うん、私もそう思うよ」
私も今回は結構ギリギリだったもん。
「あのさ、話変わるけど夏休みの自由研究ってもう終わった?」
突拍子もない話の変化に驚きつつも
「う〜ん…、実はまだ。
何にしようか悩んでて…」
受験対策だ!と塾が気合いを入れてどんどん宿題を出してくるのでまだ自由研究に関しては手付かずなのである。
思ったより今年の夏はしんどい感じなので適当に簡単に作れる物で済ませようと考えている程だ。
「その…こんな事言うと凄く図々しいの分かってるんだけど、良かったら明日塾の宿題の解き方とかを教えて欲しいんだけど駄目かな…?
いつもはギリギリながら何とか終わりそうなんだけど、今回は間に合うかどうかも微妙でさ」
両手の掌を顔の前で合わせながらコクリと頭を下げる御和君。
突然の申し出に驚いた。
だけど…どうしよう…?
私は人に教えられる程理解をしている訳では無いし。
仮に問題を解く事が出来てもそれを人に教えるのは凄く難しい。
「う〜ん…駄目とは言わないけどさ、私は教えられる程理解出来てないし…難しいかも…」
やんわり断ると
「どの道俺一人で考えてても分からない訳だから、相瀬さんが分かる範囲でいいからって言うのはやっぱり難しい…?」
キミ食い下がるねぇ…。
食い下がられるとどんどん断りにくくなるんだよなぁ。
「う…う〜ん…」
私がどう断るか考えながら曖昧に答えを返すと、
「その…、勿論タダとは言わない!
さっき自由研究の事をなんで聞いたかと言うと実は俺今、二十日大根の観察日記やってるんだけど良かったら相瀬さんもそれやらない?
今日までやつは俺が書いたやつを参考にして相瀬さんもノートに書いてさ。
その代わりにという事だったらどうかな…?」
私は今3つの事に吃驚している。
まず1つ目はそうまでして相手が食い下がってきた事。
2つ目は人から自由研究に誘われるという私にとってレアなケースが同時に起こっている事。
3つ目、それも子供とは言え今日会ったばかりの異性にだ。
う〜ん…異性とか同性とかは一旦保留にして考えてみよう。
まず教える事自体は別に駄目と言う訳ではない。
教えられるかどうかが自信が無くて曖昧だからお断りしただけであって駄目という訳ではないのだ。
そして自由研究の二十日大根というのは個人的に興味はあるんだよなぁ〜。
まず二十日大根って何?って感じだし。
名前の通りに本当に二十日で収穫出来るものなのかな?
その辺とかも凄く気になるし、どうやって栽培してるのかも気になる。
ちゃんと家庭でも栽培出来るものなのかも気になり始めてきた。
かと言って自分でこれから始めるって言うのは残りの日数的な理由から考えると非現実的だし。
そしてこの場合完全に人の研究に乗っかる感じになるのもなんか少し罪悪感が湧かなくもない。
あぁ〜…。
なんかもう色々どうしよう!?
考えが上手く纏まらずに答えに躊躇していると
「あ…ごめん。
やっぱりいいや、無理言ってごめん。
相瀬さんも色々と忙しいよね」
そう言って掌を合わせて謝る御和君。
なんか変な誤解を与えた様な雰囲気だったので後に面倒な事になる前に解いておこう。
「ごめんね。
嫌な訳じゃ無いんだけど人の研究に乗っかるのって罪悪感があって。
自力じゃない訳だし」
私がそう言うと
「そんな事ないよ!
そんな事全然気にしなくて良いよ!
だって俺だけじゃなくて共同で自由研究やってる人が過去に同じクラスの連中にいた事があるし。
それに誰かと共同でやってはいけないと言う決まりがある訳でもないし。
確かに共同で研究をやった人は全部自力かと言われればそうじゃないかもしれないけれど、じゃあみんな何もしなかったのかと言われたらそうじゃない訳でしょ?
共同研究の参加者はみんな少しずつは何かに貢献している訳だから決して自力ではなかったと言い切る事は出来ないと俺は思うんだ」
「う…うん」
小学生なのに小学生らしからぬ妙な説得力に圧倒されてしまった。
「相瀬さんは二十日大根の代わりに俺に勉強と言う知識を提供してくれる訳だからおあいこだし、正当な権利だと思う」
そう言って貰えると悪い気はしないな。
かっこよく言ってくれているものの、御和君が言う程の知識を提供できるかどうかは自信がないが、ここまで言ってくれている訳だから今回は引き受けようかな?
二十日大根に興味が出始めたし。
「じゃあお言葉に甘えて研究に乗っからせてもらおうかな?
明日どこで勉強する?
図書館だと今日のようにヒソヒソ話さなきゃいけないから声を出せないのは色々と不便でしょ?」
「そうだよね。
どうしようか?
どこか机のある公園とかにする?
明日も猛暑かもしれないけど」
「それしかないか。
室内に机と椅子があって無料で利用出来る場所なんて図書館くらいしかないもんね」
「それかもしうちの親に聞いて良いって言ったら俺ん家来る?」
自宅と言う言葉に一瞬躊躇しかけたけど、親同伴みたいなものだし変な意味は無いよね。
相手は何の気もないだろうけど、何となく私は気にしてしまう。
お互いに小学生とは言え一応性別が違いますから。
きっと過剰にくだらない事気にしてるの私だけなんだろうな。
小学生の言う事なんて気にしないでおく事にしよう。
あれ?
でも工事は?
「近所で工事してるから音がってさっき言ってたけど大丈夫なの?」
工事の事をふと思い出した私は御和君にそう聞く。
「明日は日曜だから多分工事も休みかと。
家にクーラーは無いけど扇風機くらいならあるし外で直射日光を浴びるよりはマシかと。
どうかな?」
「じゃあご両親が良いって言ったらお邪魔させて頂く事にしようかな?」
「本当!?
ありがとう!
凄く助かるよ!
じゃあ明日どこで待ち合わせする?」
「そうだなぁ…じゃあお互いに分かりやすいようにさっきの図書館で待ち合わせと言うのはどうかな?」
「OK!
時間は?」
「御和君の好きな時間で良いよ!」
「じゃあ9時か10時くらいは?」
「うん、良いよ。
どっち?」
「う〜ん…じゃあ9時で!」
「OK!」
「なんか早くに約束させてごめんね。
なるべく早く宿題に取り掛かりたいからさ」
「うん!
良いよ」
そこまで話した所で家の近所に着いた。
「じゃあ私家ここだからまた明日ね!」
「あ、そうなんだ。
了解。
じゃあまた明日!
じゃあね!」
「うん!」
そう言って互いに手を振って別れた。
さてと、また宿題の続きに取り掛からねば。
私は家の鍵を開けて中に入った。
そして自室に戻りドアを開けて中に入った途端モワッとした熱気がねっとりと全身を蝕んだ。
「オェ〜…。
あ"つ"い"〜…。
はぁ〜…。」
ため息までが熱い空気に感じられる程に部屋は蒸し風呂状態だった。
机に置きっ放しになってたカップの中の麦茶も指を入れてみたらお白湯のようにほんのり温かかった。
じわじわと汗が身体のあちこちから吹き出てくるのを感じる。
こんな日は扇風機が無い分、せめて冷たい麦茶が飲みたいのでリビングで新しく麦茶を入れ直した。
さてと夕飯までの間また少し宿題を進めねば。
ぐったりグウタラしたくなる気持ちを堪えて取り掛かる。
そして夜、ようやく塾の宿題が終わった。
はぁ〜…。
暑いと疲れも倍増だよね。
もう溜息しか出てこない。
今日はもう思い残す事は無いからゆっくりシャワーを浴びたら今日はもう何も考えずに寝よう!
無駄な夜更かしはしない。




