輪廻の意志
やっぱり来るんじゃなかった。
自分のような暗くて友人もいないような人の来るべき場所ではなかった。
自分でもこうなると予測していた筈なのに何故私は参加してしまったのだろう。
あの人は来ない…。
来る筈がない。
分かりきっていた事なのに、僅かでも期待してしまった自分を心底恨みたい。
同窓会に参加した事への多大なる後悔に苛まれながら、私は交通機関までの道のりを歩いていた。
突然横から
「ちょいとお嬢さん、変わったオーラを持っているね」
道脇に机を置いて行燈を照らしながら商売をしている如何にも胡散臭い"自称占い師"みたいな人が私に話しかけてきた。
無視無視。
怪しい石や壷でも売りつけられそうな予感がするので自称占い師っぽいBBAと一瞬目が合ったものの全力で無視した。
「おや、アタシの言う事が嘘だと思っとるじゃろ?」
「……」
尚も無視する私に
「お前さん、中々面白そうじゃから今日は特別にタダで見てやるぞ?ホレ、そこに座りんしゃい」
世の中タダ程怖い物はない。
よくあるマルチ商法だと"これはタダなんですけど、これを貰えるにはそれを買う契約をする事が条件なんですよ〜"とか言って帰り辛い状況を作られたり…と言うのはあるあるな落とし穴なのである。
「はぁ〜…。お前さんは本当に疑り深いのぉ〜。別に変な石や壷なんぞ売りつけたりせんから早よそこに座りんしゃい」
そう言いながら手に持っている閉じられた扇子で向かい側の椅子を指す。
「本当に無料?後で何か言われても絶対買いませんよ?」
「分かった分かった」
まぁ、仮に何かあってもまだ時間帯的に周りに人もいるし大丈夫か…。
仮に何かあったら警察呼べば良いし。
そう思って
「じゃあちょっとだけ…」
と恐る恐る椅子へ座る。
「よし、じゃあ早速じゃがこの水晶玉を包み込むように手をかざし両手でこの水晶玉に気を送っておくれ」
「…気…ですか?」
「そうじゃ、お前さんの気を送る事でこの水晶玉にお前さんの気が宿る。
お前さんの気のパワーが水晶玉に宿る事でお前さんの過去も未来も映し出す事が出来るようになるのじゃ」
ますます胡散臭い…。
怪し過ぎる。
導かれるままに椅子に座ってしまったが、本当に大丈夫だろうか?
"お前さん近いうちに大切な人をなくす事になるであろう、悪霊が憑いておるからな"
"えぇ!!?どうすれば…"
"その悪霊を払うにはこの札が有効じゃ!更に!今ならその悪霊を払った後に悪霊を封じ込めておけるこの壷もお安くしておくぞ?どうじゃ???"
と言う風にならなければいいが…。
BBAは私の両手の更に外側に手を包み込むようにかざしながら
「ゔぅ〜ん…€#*^€#☆*#…」
みたいな何かよく分からない言語で何かを唱え始めた。
「ゔぅ〜む!!ムムム…。おぉ〜微かに…見えてきておる!」
眉間にシワを寄せながら両目をガッチリと瞑り呟くオババが
「ゔぅ〜〜〜ん…!!カァーーーッ!!!」
と突然大きな声で叫び出した。
その状況を通りすがりに見ている通行人がこちらを見てクスクスと笑っている。
なんか凄く恥ずかしい…。
タダと言う言葉に乗せられて何となく座ってしまったが、やっぱりやめれば良かったと今凄く後悔している。
目を開いたオババは
「う〜む、やはり初めに感じた通りお主は普通の人間とは少し違うようじゃ…」
「…と言いますと?」
「一言で言えば強い運命に縛られておる、そう言う人生じゃ」
「すいません、あのぉ〜、あんまり意味が分からないんですが…」
「そうじゃなぁ〜。
人生とは気ままな旅と言うじゃろ?
人は皆生まれたばかりの頃は目的地など決めずに人生が始まる。
じゃからこそ己の始点となった場所や交通手段は己の目的地を決める参考種目となる事が多いのじゃ。
じゃからと言ってそれで全てが決まるとは限らないのは目的地は己が後に変えようと思ったら変える事が出来るし、その為の手段も探せば他にいくらでも存在するからなのじゃ。
目的地を特に決めずに気ままな旅をしたら大抵の人間は近場の手段を選ぶ事が多いし、その交通手段の中でまた目的地も自ずと決まってくる事が多いじゃろう。
"これに乗ったからこの交通機で行ける場所はどこだろうか?"と言う風にな…。
じゃがお前さんの人生は変わっておる。
まるで山手線の様なループの中で生まれたかの様な不思議な運命を背負っておる。
目的地への手段を探す以前にまずはループを脱けなくてはならない所から始まるのじゃ。
じゃから脱ける為にはループから他の交通機関への切り替えが出来る駅を探す必要があるのじゃ。
じゃが人生は列車とは違う。
初めから乗り換え地点が路線図の様にハッキリと分かっているのなら誰も苦労はせん。
乗り換えの地点の果てまでも手探りで探すのが人生なのじゃからな」
「でも山手線ならば仮に乗り換え地点に降りそびれてもまたその駅を通るのを待てばチャンスがあるんじゃないですか?」
「カァ〜〜〜ッ、馬鹿者!
"山手線のような"と言ったじゃろ?
人生は列車では無い。
それに人生に後戻りは無しじゃ。
子供はいずれ成長して大人になる。
大人もいずれ歳をとれば老人になる。
じゃが大人が子供に戻れると思うか?
老人になったらもう人生のゴールが近いと言う事じゃ。
あとはどんな全うの仕方をするか…深く考える者もおれば、特に気にせず普通に全うする者もおる、と言うだけじゃ。
考えてもみんしゃい、死んでしまったらその先はもう無いじゃろ?」
「なるほど」
「…と言う事じゃからつまりお前さんは既に切り替えしそびれたのじゃ。
じゃから今後の人生でどんなに頑張っても一生このままじゃ!ヒャッヒャッヒャッ…」
このBBA殴っていい?
「お前さんは今後もつまらない人生を孤独に生き、そのまま歳老い、人知れずアパートの一室で孤独死するともう運命は決まっておる」
そっか…。
まぁ、もしそれが本当だったとしてもそれでもいいかな…と思える。
これまで生きてきて何かに対して死ぬ程の情熱を燃やしたり、我武者羅に頑張ると言う事を私はした事がない。
"人並みに""無難に"やって生きてきた。
それはちっとも誇れる事ではない事は充分に自覚している。
だからこそなのかな…?
そもそも人生に悔いも無ければ死ぬ事も何となく受け入れられるのは。
寧ろ無駄に頑張らなくて良かったのかな?とさえ思えてくる。
「カァーッ。
今時の子は死ぬ事すらそんなに簡単に受け入れちまう程この世の中は暗い時代になっちまったんだねぇ〜。
嘆かわしい…。」
BBAは深く溜息をついた。
「だって受け入れるしかないじゃないですか。
さっきもあなた言ってましたけど、どんなに努力をしても私の人生を変える事は不可能なのでしょう?
じゃあもう私に出来ることは何もないですよね?」
「まぁそんなに簡単に人生を諦めなさんな。まだ全ての手段が無いと言った訳ではなかろ。」
ははぁ…なるほど、こうやって何か変なグッズを売る気なのね?
買わないけど。
別に良いよ、孤独死で。
別に困らない。
「確かにお前さんの運命は強い…じゃから一筋縄では行かんじゃろ。
お前さんは既に切り替え地点を降りそびれた。
じゃからこのままこの人生を生きて行くのならば修正は不可能じゃ。
じゃがもしお前さんが赤ん坊に戻って人生の全てをやり直す事が出来たらどうじゃ?」
何を言っているのだろうか?
このBBAは。
人生を赤ん坊に戻ってやり直すだなんて不可能に決まっている。
野良えもんの世界じゃあるまいし。
少し頭がおかしいのだろう。
そもそも最初から怪しかったしな。
そろそろ適当に理由作って席を外そう。
あまり変な人に長く関わるとロクな事が無さそうだ。
「お前さん、ちょいと胸の所で念じながら手を三角に構えててくれんかの?」
は?
まだ何かやるのか?
「いえ、でももうそろそろ時間も良い所ですし…。」
「ええからホレ!!大人しく言う通りにやる!」
何だって言うんだ?
馬鹿馬鹿しいとは思ったけど最後に一つくらい言う事を聞いてやるか。
そう思いながら婆さんの気迫に負けて渋々手を構えた。
やれやれ…。
まるで某漫画の必殺技のようだ。
「⌘*∞⁂∽⊆∂€%」
婆さんの何かよく分からないのがまた始まった。
「カァーーー!!!」
婆さんが叫んだ瞬間何か胸元と構えている手の辺りに温かい空気みたいな物を感じた。
不思議に思って構えていた手の方をチラッと見ると、先程まで何も無かった筈なのに何か小さな虹色の水晶玉のような物が構えた手の中心でユラユラと浮かんでいるのが見えた。
ナニコレ…?
私は夢を見ているんだろうか?
手品にしては手が込みすぎである。
驚いた点は2つ。
一つ目は何も無い所から突然物体が現れた事。
二つ目は糸も無しに物体が宙に浮いている事だ。
「それは輪廻の意志と言ってなお前さんの過去から未来を凝縮して形にした物じゃ。
じゃからそれはお前さんにしか見えんし、お前さんにしか扱う事は出来ん。
他人の意志を自分の物には出来んじゃろ?」
「はぁ…」
何言ってんの???
「さぁ、その石を手に取って良く見てみんしゃい。
石に年輪のような模様が入っとるじゃろ?
それは未来から過去へ向かって流れておる刻の流れを現しておるのじゃ。
お前さんは今後それを使って過去へ行くのじゃ」
模様が動いてる。
外側から内側に向かって流れてるように見える。
どこまでこの婆さんを信じて良いものか分からないけど、この水晶玉みたいな石が普通の石ではない事は何となくわかる。
「この意志はな、善かれ悪かれ過去への強い執着を持った人間だけが持っておるものなのじゃ。
何としても過去に戻ってやり直せるのならやり直したい!というような、な…」
私が…?
まさか。
私は人生に後悔なんてしていない。
やり直したって生まれる環境を変える事が出来る訳じゃないのに。
「フォッフォッフォッ…。
お前さんに心当たりはないのかね?
じゃがそれは何かしらの強い執念が無ければ現れぬものなのじゃ。
お前さんに心当たりが無くともお前さんの潜在意識の中には何かしらの強い執念が存在したのじゃろう。」
「潜在意識…ですか?」
「そうじゃ。
潜在意識とは己が意識出来ぬ無意識下での意識の事を言うものでな、
例えばお前さんが先にも言っておったように"努力をしても変えられぬ"と言う思考はあくまでも自覚できる表面上の思考であって、
無意識下ではそうは思ってなかったのかもしれぬぞよ?」
「そう…なんですかね…?」
「そうじゃ。
強い意志がないと意志は形にならぬからな」
そう言うものなのかな?
考えてみるとループ?だっけ?を脱ければ運命を変えれるとかなんとかって言ってたし…。
って事は何?
これまでの話をまとめると、人生をやり直せば私にも人生に春が来る事があるって事?
そういえばずっとサラッと流してしまってたけど、ループってどう言う意味なんだろう?
物理的な意味は分かるけど、ループのような人生ってどう言う人生?
「フォッフォッフォッ…。
それはお前さんが実際に過去をやり直してみたらいずれ分かるじゃろう。
己が如何に悪運強く生まれてきたか…。
嫌でも知る事になるじゃろ…。」
なんか…もうやり直す気無くなってきた。
良いんじゃない?
孤独死で。
「無理強いはしないさ、じゃがお前さんは過去へ行くじゃろう。
誰に勧められんでもな…。
お前さんの潜在意識が過去を変える事を望んでおるのじゃからな。
輪廻の意志が現れた事自体がそう物語っておる」
「あのぅ〜…。
念のために聞きたいんですけど、例えば過去に戻りたい時ってどうすれば戻れるんですか?
この石の使い道を教えてもらいたいんですけど」
「簡単な事じゃ。
輪廻の意志にただ"戻りたい"と強く念じればよい。
きっとお前さんを過去へと運んでくれるじゃろう」
なんて言うか…随分と古典的だな。
思っていたのとはだいぶ違った事に驚いた。
もっとなんか…こう…呪文みたいなものを唱えたりするのかなって…。
「フォッフォッフォッ…。
そう言うお前さんもだいぶ古典的じゃぞ、ヒャーッハッハッハ…。
不服ならお前さんが呪文を好きに考えたらよいじゃろう。
好きにするがえぇ。」
人の心の中を読まないで頂きたい。
…ん?
心を読む!?
今更だけどこの婆さん、何者???
「わしのことはどうでもえぇじゃろ、企業秘密じゃ」
とりあえずこの婆さんが只者でないと言う事だけは分かった。
「さぁ、あとは家に帰ってからゆっくり過去に戻ってどうしたいのか考えるのが良かろ。
今日はもうえぇ時間じゃからわしももう店を畳んで休む事にするよ。」
「はい、あの、この石私が持っていって良いんですかね?」
「先にも言ったじゃろ、それはお前さんの中から出てきたお前さんにしか見えなくて、お前さんにしか扱えぬものじゃとな。
他人が他人の意志を持つことは出来ぬのじゃからな。
じゃからそれは最初からお前さんの物なのじゃから勿論初めに言ったように今日はお代は要らんよ。
心配無用じゃから早く帰りんしゃい」
そう言いながら婆さんは机の上の小道具らを片付け始めた。
「その…。ありがとうございました」
「えぇってえぇって。頑張るんじゃぞ」
私は婆さんにお礼を言い軽く頭を下げた後そのまま自宅へ帰った。