夏合宿
早くも今年も夏休みが始まった。
今年も何とも代わり映えのない夏休みで、恒例の宿題達を終えるのが大変だ。
さて、今年の自由研究は去年考えていた通りにエプロンを作ろう。
考えてみれば去年の自由研究は意外と大変だった事を思い出した。
晩ご飯のメニューをレシピとして書いたやつだ。
意外と絵を描くのも大変だったし、しかも数日で終わるものではなく最終日までかかる自由研究だったから手間も時間もかかったのだった。
今年は研究くらいは楽をしよう。
私はそう決めた。
それはそうと今年は塾で合宿学習があるのだ。
夏休みに入る前に塾で配られる通知の中に合宿学習の広告も入っていたのだ。
去年も一昨年も参加はしなかったのだが、まだ一度も行った事が無かったので今年は興味で行ってみようかな…と言う事になったのだ。
夏合宿は3泊4日で行われる塾の夏休み限定の行事だ。
初体験なので少し緊張している。
過去では私は学習塾しか通った事が無かったし、学習塾では夏期講習や冬季講習はあったが合宿は無かった。
と言うか、塾で合宿学習なるものが存在する事自体今世に戻って来なければ知り得なかった情報だったのだ。
今世に戻って来なければ一生体験する事の無かった行事なのでお金を出して貰えるのなら一度は参加してみても良いのかもしれないと思ったのだ。
私は合宿学習の事を思い出して早速早めに準備に取り掛かった。
普段学校の遠足に持って行く用のリュックに、3日分の着替えとバスセット一式、歯ブラシなどの口腔ケア用品、そしてもしも向こうに起きる手段が無かった時の為に目覚まし時計と筆記用具やノートなどの勉強で使用するもの一式を入れた。
最後におやつも持って行って良い事にはなってるので少々だけ。
先日塾で講師の人からの合宿の説明があった時におやつについての説明もあった。
その説明内容ではおやつは特に金額は学校の様に決められてはいないし、勉強中以外で尚且つ宿泊部屋でなら自由に食べてもいい事にはなっているらしい。
ただしゴミはちゃんと持ち帰ると言う事と、他のお客さんに迷惑がかかる様な共同の場、例えば脱衣所や廊下やロビーなどで食べるのは禁止、と言う事だけはマナーとして守って欲しいとの事だった。
学校とは違うだけあって割と自由度は高そうだ。
合宿先に何の温泉かは分からないが一応温泉があるらしく、実は内心これが目当てである。
もう何十年も温泉など行っていないので温泉はもう数十年ぶりなのだ。
銭湯にすら何十年も行っていない。
これが楽しみにせずにはいられない理由なのだ。
勿論、温泉に入りたいなどと言ってしまえば合宿のお金など出してはくれなかったであろう。
だが、
"塾の合宿で朝から晩までみっちり勉強"
などと言う塾の謳い文句を言えばそれがいい事の様に聞こえるのか親は意外とお金を出してくれるものである。
だから実は温泉の話は内緒なのである。
―合宿初日―
塾の前に観光バスが止まっている。
同じ塾生達がわんさか塾前に集合している。
意外と人数がいる事に驚いた。
勿論年齢も学年もそれぞれ違うので知らない人の方が多い。
そもそも個人指導塾なので基本的に授業が無い為、普段からの付き合いのある知り合いなどはいない。
真奈ちゃんがもし来ているのなら話しかけれる相手がいて少し安心でも出来そうなものだが、仮にいたとしてもこの人数の中からわざわざ人を掻き分けて探すのも一苦労だろう。
大人しく手頃な隅っこで待つ事にした。
こう言う事もあろうかと去年のクリスマスプレゼントに
"手頃な値段の物で良いから"
と頼んで買ってもらった愛用品の腕時計で時間を見ながら待つ。
腕時計はやはり、携帯やiPhoneが無い時代ならば必要なアイテムである。
講師の人らしき人物が数名現れた。
それぞれ小さな旗を持って立っている。
旗には各々の学年が書いてある。
いつもは学年とか何も関係無く仕切りのついた机が並んだ大部屋に色んな学年の子がすし詰め状態で集まって学習している。
だけど今回は合同合宿で人数も多い為ある程度学年を分ける必要があるのだろう。
私は小学3〜4年生の所に並んだ。
小学生の参加は中学生の人達に比べて凄く少ない。
まぁ、合宿の参加費が高いし受験生でもないのに気軽に毎年通うというのも金銭的に大変だろうしそれも頷ける。
恐らく私もこの合宿の内容が余程良い物だと思わない限り、今年だけの参加になりそうだ。
値段を考えたら少し良心も痛むし。
揃った順にバスに乗り込む。
隣の席の子は知らない子だった。
見る限りでは真奈ちゃんは来ていないようだ。
待つ事暫く後、バスは出発した。
特に話す相手もいなくひたすら景色を眺めていた。
地元は特に都会という程の栄えた街では無いものの、地元を離れるとひたすら畑しかなかった。
まぁ、温泉地に行くのだから当たり前か…。
ずっと同じような景色を見ていると催眠術にでもかかったような感じで凄く眠くなった。
田舎の景色ってずっと田園や畑だから視界に刺激が入って来なくてついつい眠くなってしまうのだ。
私は気づいたら居眠りしていた。
意識が途切れてからどのくらい経ったのか分からないが、同じバスに同乗していた見知らぬ講師の人に肩をトントンと叩かれた事で驚いて起きた。
「現地に着いたからもう皆んな降りたよ。
早く降りな」
「すみません、今降ります」
座席上の棚に上げておいた自分のリュックを取り出して私は慌てて降りた。
降りた場所はとある観光地の普通のホテルだった。
合宿だって言われなければ普通の観光に来た気分だ。
ホテルの前に皆集まっている。
私もそこに集合する。
「皆んな集まったか?
今他の先生達がフロントに手続きに行っています。
皆んなはその間に合宿の開会式会場の部屋まで移動してて貰うのでついてきて下さい」
口を両手で囲いながら大きな声で講師の人が頑張っている。
そして皆その指示に従う。
ホテルの階段で2階に上がり、如何にも普段は結婚式の披露宴にでも使われてそうな大部屋へ入って待機。
ここで開会式なるものが行われるらしい。
なんて言うか…本当に本格的と言うか、塾での一大イベントなんだろうな。
色んな学年の子が次々と到着し、暫し待つ事十数分後、開会式は始まった。
講師の人が軽く挨拶をしたのち、塾長ことこの塾の経営者の挨拶と言う名の長めのスピーチが始まる。
「普段から勉学に励んでいる君たちはこの合宿で更なる力を付け、夏休みだ!と浮かれて遊んで過ごしている者たちと大きく差がつくだろう!
夏休みこそが周りと差をつけるチャンスなのだ!
ここでだらけてはいけない!
君たちはこの夏をもっと有意義に過ごすべきなのである!」
などなどありきたりな言葉が並べたてられている。
「この合宿に参加している勉強熱心な君たちは他のだらけている者たちとは違うのだ!
今、他の者達が遊んで過ごしている中こうして合宿にまで参加をし努力を重ねている努力家な君たちの未来は明るいはずだ!
それを信じて今は辛くても耐えて、乗り越えていって欲しい!
最後に笑うのは努力をした者だけなのだ!!!
君たちが最後に笑う為にも是非この合宿の3泊4日と言う日を無駄に終わらせる事の無く、有意義に過ごし、今後に活かせるよう…」…以下省略。
だとか…。
やや宗教じみていて少し怖いな、こう言う人。
何故一々周りと自分を比べるのだろうか?
たまたまこの合宿に参加してなかった人達を完全に否定している所がちょっと怖い。
まるで全部自分が正しいかのような物言いだし。
確かに夏休みに勉強を始める事によってそれが力になって結果に結びつくと言うのは間違いでは無いし、否定もしないが夏休みをどんな過ごし方をしようと本人の自由だと思う。
しかも合宿に参加してないからと言って、勉強してないのか?と言えばそうと決まった訳でも無い訳だし。
合宿には参加してないだけで皆んな各々で勉強はしてると思う。
確かに勉強は学生の本分だから勉強する事は良いことだとは思うし、必要な事だとも思う。
だからと言って他人の事をとやかく言って否定するのはちょっと違うと思う。
更にたった3泊4日の合宿で本当に力がつくものかは微妙なものだし。
たった4日で劇的に変化出来るのなら誰も普段から頑張ったりはしないと思う。
付け焼き刃じゃ無理な物だから皆んな普段から少しずつ努力を!と経験を重ねる訳だし。
この演説…要らなかったのでは…?
今までこの塾に対して何も思っていなかったのに、この演説のせいで不信感が生まれた。
こんな偏見の塊のような人に毎月月謝を払っていると考えるのもなんか嫌…。
長い演説のような挨拶が終わって各々に合宿のスケジュール表が配られた。
今日は1日目だから移動やら開会式の関係でまだ予定が緩やかに組まれていたが、2日目からは地獄のようなスケジュールだった。
朝7時に朝食を済ませてから、7時半に外に集合してラジオ体操。
8時〜9時までは自由時間で10時から13時までが勉強。
その後お昼を食べて1時間休憩して15時から19時までの4時間勉強となっている。
19時から夕飯を食べて、その後自由時間。
21時〜22時まで入浴OKの時間帯で、22時〜24時まで2時間勉強となっている。
"朝から晩までしっかりとしたカリキュラムを組み講師が懇切丁寧に教えます!"
みたいなフレーズだったから勉強時間は普段より長めに設定されているだろうという事は予想をしてはいたものの、う〜ん…これは想像以上に地獄だな…。
しかも非効率的な気がしてならない。
無駄にダラダラ長い時間勉強する事にメリットを感じられない。
成果が上がる前に無駄に疲弊してモチベーションが下がりそう。
このスケジュールはきっと親御さんに見せる為のパフォーマンスのようなものなんだろうな。
"え!?こんなに勉強させてくれるんですか!?"
"うちの子いっつも勉強しなさいって言っても聞かなくて…でもそちらでそんなに面倒見て下さるのなら…"
みたいな感じで親は大喜びで高い参加費を払って参加させるんだろうな…。
誰の為の合宿なのかをよく理解出来たような気がした。
金儲けの匂いしか感じられない。
見たくなかった大人の嫌な世界を垣間見てしまったような気分だった。
この合宿を有意義に過ごせる人も中にはいるのかもしれないが、私はこれなら家でいつも通りに勉強してた方が効率が良いような気がするので来年はもう参加しないだろう。
まぁこの合宿は余り気負いせずに適度に気を抜きながら頑張ろう。
こう言う時はあんまり真剣にやると疲れるし続けるのが辛くなる。
そもそもの原点に帰ると何事も継続する事が大切な訳だから、継続出来る範囲で頑張るのが1番なのだから。
最初に無理をしようとするとかえって続かなくなってしまうタイプなのだ、私は。
開会式もそろそろ終わりが近づき、適当に今並んでる順から4〜5人ずつ組まされ、それぞれ部屋の鍵を渡される。
全然知らない子ばかり。
少し緊張するとは言え合宿は殆どの予定が勉強なので部屋に戻るのは自由時間の短い時間帯と寝る時だけだ。
あまり関わる事も無いだろうな。
開会式が終了してそれぞれ集まる。
軽く互いに会釈をしてルームキーに書いてある番号の部屋へと移動する。
部屋に入って荷物を置いて暫し休もう。
見渡すと他の3人も一息付いている所、と言う雰囲気だった。
やがてその内の2人が沈黙の雰囲気の中、口火を切って話し始める。
「ねぇ、予定表見た?」
「あぁ見た見た。
なんかキツいよね…」
「そうそう!
見た瞬間から溜め息が出て来た」
その会話後また部屋は沈黙に包まれた。
15分程後に昼食の時間と言う事で下の階のレストランへ皆で集合し、お昼を食べた。
この後1時間後から実力テストがあるのだ。
ん〜なんか眠くなりそう。
嫌だな、このスケジュール。
お昼食べた後にテストなんかしたくないな。
頭が回らなさそう。
温泉目当てで来てみた合宿とは言え、色々と今から気が重いな。
敢えてお昼は腹6分目ほどに抑えて食べた。
行きにバスに揺られて疲れたせいもあって既にもう眠くなり始めている。
とりあえず部屋で少しでも時間までの間寝ておこう。
全く寝ないのと1時間でも寝るのとでは状況が全く変わるのだから。
私はもしもの為にと持ってきた目覚まし時計を鞄から取り出した。
そして予定表で時間を確認してから集合時間の10分前程に目覚ましをセットして暫し寝ておく事にした。
体力の温存は大切である。
今日から長い戦になりそうだ。
私は時間までひたすら眠った。
眠りに入るまでに何分もかからなかったと思う程、今にも私の上瞼と下瞼はくっついてしまいそうだったのだった。
不意に鳴った目覚ましの音で私は飛び起きた。
目覚ましの音は毎度毎度心臓に悪いなと思いながら目覚ましを止める。
まだ寝起きで心臓がバクバクいっている。
だがもう学習の時間だから指定場所に集合しなくてはならない。
まだ眠すぎて若干頭がクラクラするが堪えて私は同室の3人と一緒に別室へ移動した。
そして早速テストを受ける。
普段も結構頑張ってたとはいえ、やはり出題される問題自体が難しいので手応えは多分悪くは無いと思う…と言うくらいの手応えだった。
テストが戻って来るのは恐らく夜か明日の朝だ。
テストが終わった後合宿中に勉強するであろうプリントを閉じたファイルが渡される。
う〜ん…相変わらずズッシリ…。
夜御飯の時間までこれをやれと言う事だった。
22時からの学習の時に指定されたページまで答え合わせと解説をすると言う事だった。
はぁ〜ご飯とお風呂の後の1番眠い時間帯に解説を聞いて頭に入れる事が出来るだろうか?
もぅなんかダメだぁ〜。
モチベーションが上がらない。
この予定組んだ人絶対何も考えて無いだろうな。
心の中でぶちぶち文句を言いながらファイルの問題に取り掛かる。
最低でも指定ページのノルマの所まではやらなくては。
時々集中力が途切れ、ため息を吐きながらも地獄の4時間を乗り切った。
これから筆記用具等を部屋に置きに行ったら夕飯だ。
う〜ん…疲れて食欲もわかない。
どちらにしろ夕飯も沢山食べてしまうと22時からの学習が地獄なので腹半分くらいで止める。
お風呂は半ば入る気も失せるくらい疲れていたが、これ目当てで合宿に来た筈だったので、お風呂に入らなければ何の為にこの地獄の合宿にわざわざ高い費用を払ってもらってまで参加したのかが分からなくてなってしまう。
疲れているけど入ろう。
ルームメイトと一緒に大浴場へ向かう。
皆んな疲れ果てているのか、
「行きますか?」
とか
「先に戻る人、いたら私に言ってくれたら鍵を渡すから宜しく」
と言う最低限の連絡事項しか話さない。
各々が所々でため息を漏らしている。
皆んな疲れてるんだな。
私も疲れた。
お風呂入った後はもう授業なんかしないで早く寝てしまいたい。
あまり疲れないように早めに上がることにしよう。
それなりに大浴場は広かった。
まぁ、普通のリゾート地だしね、ここ。
身体と頭を洗った後、健康の湯や美人の湯などと名前が付けられているお湯に一通り浸かった。
はぁ〜風呂に入ってる瞬間は本当に極楽だよねぇ〜。
またもやため息が漏れる。
安らぎながらぼんやり浸かる。
ある程度身体が温まった所で早々に退散する事にする。
着替えて髪を乾かして部屋に戻る。
友人らしき2人は早くも既に部屋に戻っていた。
早いな!
私も割と早めに出てきたつもりではいたのだが。
皆んな考える事は一緒なのだろうか。
もう1人も私の5分後程に戻って来た。
学習の時間まで15分程。
早く終わらせて寝てしまいたい。
そう思いながら、ファイルと筆記用具の準備をして時間まで待機した。
時間になり移動をする。
解説が頭に入って来ない。
集中しなきゃ勿体無いと分かってはいるのに、睡眠欲が今にも勝りそうな思いを押し留めながら、ホワイトボードに書かれた解説を書き写すのが精一杯だった。
もうダメだ…後日勉強してこのノートに写した解説を見て分からなかったら更に後日にでもまた聞きに行こう。
この授業が終わったあと、部屋の布団で深い眠りに入ったのはあっという間の事だったと思う。
布団に入ってからすぐの記憶が全く無い。
こんな3泊4日の地獄合宿を過ごし、家に帰宅をした後はご飯の時以外は殆ど一日中ベッドで眠りこけている…と言う状況が約3日程続いたのであった。
そしてこんな合宿は二度と参加しない事を深く胸に誓った夏休みであったのであった。




