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向き不向き

 新学期が始まって早1ヶ月が経過した頃、学校は運動会シーズンに入った。

 今年は踊りを演し物としてやるらしい。

 そう言えば思い出した。

 私にリズム感が無かった事を。


 過去でもなかなか踊りを覚えられなくて放課後残されてみっちり練習させられたっけ…。

 皆んな授業の練習だけであんなにスラスラと踊りを覚えているのに自分だけが出来ていないと言うあの劣等感は堪らなかった。


 決して真面目にやっていない訳では無いのに、何故か覚えられない。

 やっぱり人って向き不向きがあるよねと深く思う。

 一生懸命走っているのに足が速くならないのと丁度同じ感覚だ。


 だが、足が遅いだけならまだ改善の余地はある。

 走る時に必要な部分の足の筋肉を鍛えるだけでタイムはグッと縮むだろう。

 だけど踊りは違う。

 これは努力のしようが無い。

 普段一生懸命努力をしていてもここで私の心が打ち砕かれる。

 努力なんて結局は…とさえ思えてくる程に。

 踊る事がどんどん嫌いになる。

 だが嫌いでもやらなくてはならない。

 正に負のスパイラルならぬ憂鬱のスパイラルだ。


 踊りを覚えるくらいなら数学の複雑な公式を覚えたり、英単語や漢字を10〜20個程覚える方が断然簡単だし楽だとさえ思う。

 あれこそ努力でなんとかなる問題だと思う。

 決して私が凄い訳でも素質がある訳でも無い。

 覚えようと数回練習問題を自力で解く練習をすれば誰でも出来る様になれるのだから。

 それに比べて踊りは覚えるまでにかかる時間が違う。


 仮に数学で一つの公式を覚えて問題を解く練習を一日中やっていたとしても、それで身に着くのなら要する時間は1日、と言う事になる。

 それに比べて踊りは一日中練習をしていても覚えられるかどうかは個人の資質によるものがあり、1日中練習したからと言って必ずしも身につくとは限らない。

 覚えきれなくて次の日もまた練習せざるを得ない状況になる事だってある。


 そのうえ、踊りは家で練習してこれない事に非効率的なものを感じる。

 家に帰ったら踊りの手本を見せてくれる人がいない訳で、そもそも手本を見ずに踊る練習が出来るのなら既に踊れているのだから練習をする必要が無い訳で。

 手本ビデオでもあるのなら良いがそんなものは勿論ある訳が無い。


 現代の様にiPhoneやスマホ、小型カメラがあるのなら自分で撮影して家で練習も出来るものの、この時代にそんなものは存在しない。

 今の時代では小型カメラなんて仮に存在していたとしても値段が高すぎて子供の小遣いじゃ手が出ないだろうな。

 現代の様に数千円で手軽に買える物では無いと思われる。

 もちろんインターネットなど存在しないのでそもそも入手できる手段が無い。


 だからとても非効率的だがあくまでも人から教わるしか無いのだ。

 しかも学校で、と言う風に場所の果てまで限定される。

 何とも非効率的である。

 だが仕方あるまい。

 学校とは嫌な事を我慢しに来る場所なのだと自分に言い聞かせる。

 とは言っても我慢する事は良くないとは私は思わない。


 何故なら人は我慢をする事によって現代と言う良い時代を作ってきたからだ。

 例えば極端な例かも知れないが、気に入らない事があったとしても暴力を振るったりなどして他人を傷つけたりすれば法によって罰せられる。


 だから人は嫌な事があっても我慢をし、極力人を傷付けずに済んでいるのだ。

 皆んなが皆んな心の赴くままに好きな事をしていては世の中あちこちでとっくに殺し合いが始まっている筈。


 そうならないように人々は法を作り、人々が出来るだけ平等に安全に暮らして行けるように社会を作ってきたのだから。

 それでも我慢出来ずに法を侵す者も世の中にはいるのだから。


 もしもこの世に法が無かったら…?

 私はゾッとした。

 やはり我慢をすると言う事は凄く重要で大切な事なのだ。


 それはそうとさてどうしたものか?

 放課後残りたくないし、出来れば嫌な事は早めに終わらせてしまいたいところなのだが、何か良い方法は無いだろうか?

 そんな事を考えながら今日も体育の授業の踊りの練習で、体育館のステージ上で見本の踊りを見せているC組の先生の踊りを見ながら練習しようとしているものの、どこで手や足を上げて良いものか全然覚えられ無い。


 一生懸命やってる筈なのに全てのタイミングが合わないのだ。

 どうしよう…。

 もう踊りなんかやりたくない…。

 心底溜め息を吐いた。


 きっと今の私は周りから見るとクラスに1人はあるあるの、踊りを覚えられない子に認定されている事であろう。

 結構結構。

 何を言われても出来ないものは出来ない。

 先程も言ったが、人には向き不向きがあるのだからこれは仕方がない事なのだ。


 とは言え踊らずに済む訳では無いのでこのままでは不味い!

 何か早急に手を打たねば!

 とりあえず今日は塾があるから放課後は何も出来ないとして…。

 明日からどうするか…だ。


 体育の授業が終わった後も色々考えていた。

 何か考え事をしたい時には図書室が1番だ。

 昼休みの間教室は掃除中で机や椅子は全部下げられた状態にあるのでまともに座れる場所は図書室しかない。


 廊下に地ベタリアンをすると無駄に怒られるし、体育館は皆んなが元気よく遊んでいる訳で、突然ボールが飛んで来たり、何かの遊びにて走り回ってる子が突然体当たりして来る可能性を危惧しなくてはならないし、かと言ってステージには許可なく上がってはならないのでそこに座る事さえ出来ない。


 そう考えるとやはり図書室が1番静かに座って過ごせる適任な場所なのだ!

 基本的に騒ぐ人は当番の図書委員の人によって注意されて大抵大人しくなるので割りかし静かで考え事をするには適任だ。

 とりあえず何でも良いので本を1冊持って来て読んでいるふりをすれば良い。

 その間に考えをまとめるのだ。

 これが休み時間を有効に使う良い方法だと個人的に思っている。

 誰かに話しかけられる可能性も低いし。


 さて、今日の考え事は運動会の踊りについてだ。

 少なくとも授業中に覚えきる事は出来なかった。

 今月末の運動会本番まで体育の授業ではみっちり踊りの練習をさせられるだろうが、いつまでも出来ないままでは後々放課後に学校に残される羽目になる。

 それが嫌だから今のうちに何とか手を打ちたいのだ。


 さて、どう手を打つのか?

 そこを考えなくてはならない。

 現代のように映像を撮って家に持ち帰る事が出来ない事を考えるとやはり人から教わるしかない。

 ならばいつ、誰に?


 仮に担任に相談したとする。

 予測出来る答えは、クラスの誰かに教えて貰いなさいと言われる可能性が非常に高い。

 でもそれならわざわざ担任に相談に行く必要がない。

 何故ならそれなら最初から自分でクラスの誰かに直接踊りを教えてもらえるように交渉しに行った方が早いからだ。

 寧ろ担任に色々と状況の説明をしに行くだけ無駄な手間と時間と労力だ。

 全てが無駄である。


 では仮に誰かに教えてもらえるように交渉を持ちかけたとしよう。

 だが他人にわざわざ自分の時間と労力を割いてまで踊りを教えようなどという面倒臭い事を誰が他人の為に請け負ってくれるだろうか?

 少なくとも私なら自分に利益や付き合いが無い事は何かしら理由を付けて断りたいと思うだろう。

 誰もタダで慈善事業などしないものだ。


 タダで…?

 だったら…。

 タダじゃ無ければ良い…!?

 相手に何か報酬を与える事が出来れば引き受けて貰える可能性がグッと上がる…?

 では、何を報酬とするか?

 私が相手に与えられる物…。


 私の所持品に人が欲しがるような物は無いしなぁ。

 普段私は極力自分にお金をかけないように生活しているし。

 う〜ん…、何かオヤツやジュースのような食べ物系で釣れるか…?

 その時何て言えばいいんだ…?


 "オヤツあげるから踊り教えて"


 って…?

 う〜ん…何か恥ずかしいなぁ。

 オヤツ風情で釣ろうとしてるのがミエミエって思われるだろうしなぁ…。

 でもこれ以外に思い付かないしなぁ。

 小学3年生ならおやつにきっと釣られてくれると信じてやってみる…?

 ちょっと手段が姑息(こそく)かもしれないけど。

 そう考えをまとめた所で


「あのぉ…すいませんが…」


 横から声がしたので振り向くと知らない子が横に立っていて、どうやら私に話しかけていたようだ。


「え?

 あ、はい。

 何ですか?」


 私が返事をすると


「もう休み時間終わりのチャイムが鳴ったので図書の時間も終わりなんですけど…」


 はっ…!!

 考え事に夢中で気付かなかったがどうやらチャイムが鳴っていたらしい。

 早く戻らないと!


「あぁ、ごめんなさい。

 直ぐ戻るんで!」


 そう言って本を元に戻して教室に戻った。


 そして5時限が終わって帰宅した後塾までに少し時間があるので私は何か報酬になりそうなお菓子を買いに行った。

 誰が引き受けてくれたとしても渡せるような、誰もが好きそうなお菓子を選ぶべきだ。

 その上、自分の机にしまって置けるような常温で保存出来るお菓子である必要がある。

 そうなるとポテチ、チョコレート、飴ちゃんあたりのジャンルになる。

 この中で言うなら飴は途中で飽きるからと言ってあまり食べない人もいるのでポテチかチョコレート辺りが無難だろう。


 さて、どちらにしようか?

 そういえばもし引き受けてくれる人が仮に数人居たら…?

 数人も名乗り出てくれない可能性の方が高いかもしれないが、万一その可能性も考えると数人に分けれる物が良いかも知れない。

 それなら断然チョコレートだ。


 個別包装になっている大袋のチョコレートを買えば1人だったとしても数人だったとしても、どっちに転んでも問題ない。

 普通の板チョコを買うよりも少し単価は上がるがこれが1番無難だろう。


 そう決めて、なるべく安くて沢山入っている大袋のチョコを探して買って帰った。


 ―翌日の昼休み―


 誰か話しかけやすそうな子を探した。

 そう言えば先日、芦河の件で揉めた時に私の意見に1番最初に賛成してくれた子がいたな。

 賛成してくれたからと言って特に何か縁がある訳では無いけど、全く知らない子に話しかけるよりはその子の方が話しかけやすいかもしれない。


 いた!

 廊下の教室近くで友人らしき子と話をしている。

 緊張するな…。

 何て話しかけよう…?

 そう言えば私相手の名前も知らないんだよね。


 "あぁ、もしもし"


 って話しかければ良いのだろうか?

 いやいや…これじゃ滅茶苦茶不審者だ…。

 電話じゃあるまいし。


 "あのぉ…すみませんが…"


 って言えばいいのか…?

 微妙だけどこれしかない!

 そうしようそうしよう!


 "お忙しい所を申し訳ございませんが…"


 とか言うのも変だしな…。

 よし!

 自分に気合いを入れ直して2人組に話しかけた。


「あのぉ…すみませんが…」


 そう話しかけると


「あ、相瀬さん。

 どうしたの?」


 意外に相手の反応は普通だった。

 その上相手は私の名前を覚えてくれているのにこちらは相手の名前も知らない事がとても申し訳ないと思ってしまう。


「あぁ、ごめんね、2人とも名前何さんだっけ?」


「あぁ私若山(わかやま)です」


蒼盛(あおもり)です」


 覚えなくては。


「蒼盛さんと若山さん、急にこんな事を言って図々しくて申し訳ないんだけど、運動会の踊りを教えて欲しいんだけど2人はもう踊り覚えた?」


「う〜ん…覚えたって言うか…。

 あんまりそんなに自信無いなぁ」


 乗り気じゃ無さそうだけど、チョコレートの話をしてみよう。


「あのさもし無理だったら仕方ないんだけど、今日の放課後もし予定が空いていたらどこかの公園とかでも良いから、ちょっとだけで良いから踊りを教えてもらいたいんだけどどう?

 もし教えてくれたらちょっとしたお礼にチョコレートを用意してあるんだけど、難しいかい?」


「…え?

 チョコレート?

 う〜ん、どうしようかな?

 美甘(みかん)ちゃんどう?

 今日空いてる?」


 と蒼盛さん。


「うん。

 私は特に用事は無いけど凛子(りんこ)ちゃんは?」


 と若山さん。


「うん、私も良いよ!」


「じゃあ2人とも放課後一回家帰ったら学校のグラウンドにある遊具の所辺りで待ち合わせと言うのはどう?」


 先程は"公園"とか言ったものの、待ち合わせるのならどこかの公園とかよりも学校のグラウンドの方がお互いに場所も分かりやすくて良いだろうと思ったのだ。


「うん、いいよ」


 2人が顔を見合わせながら頷く。

 凄く仲が良いのか何だか双子の様な2人だ。

 顔は似てないけど。

 快く2人が引き受けてくれたので一つ悩みが解消された。


 ―そして放課後―


 一度家に帰って明日の準備を終わらせた後、大袋のチョコを半分ずつに分けて渡しやすい様にポリ袋に入れる。

 いつも塾に行く時に使ってる手提げバッグにチョコレートを入れて待ち合わせ場所へ向かう。

 2人はまだ来ていないようだ。

 特に時間は指定してなかったのでそのうち来るだろうと、適当に近くで待つ事にした。

 特に座る場所も無いので遊具のブランコに腰掛けながら2人を待つ。


 30分程経過した頃だろうか?

 2人が現れた。

 後ろから


「相瀬さんもう来てたんだ。

 早いねぇ。

 ごめんね、待たせちゃって」


 2人が手を合わせながら言う。


「いやいや、こっちが無理な事頼んじゃってるんだから全然気にしないで!」


 両手を胸の高さで振りながら言う私。


「じゃあ、早速で悪いんだけど教えて貰って良いかい?」


「うん良いよ。

 どうすればいい?」


「じゃあ2人いるから1人は簡単に声で音楽をザックリで良いから再現して、1人がそれに合わせてゆっくり踊りを見せて欲しいな」


「良いよ。

 どうする?

 凛ちゃん歌やる?」


「ぇ…私音痴だから美甘ちゃん歌やって」


「う…ん…。

 私も下手だけど良い?」


「全然良い!

 美甘ちゃんでも凛子ちゃんでもどっちでも良いよ!

 2人に任せる!」


「じゃ、美甘ちゃん歌で」


「OK。

 じゃあスタート!

 ジャンカジャンカジャンカジャンカ〜♪」


 と若山さん。

 蒼盛さんがそれに合わせて踊る。


「あ、ストップストップ。

 まずここまで教えて貰って良い?」


「うん」


「ごめんね、私と同じように横に並んで貰ってゆっくり踊って見せてくれる?」


 …とこんな感じで2人に踊りをレクチャーしてもらう。


「…なるほど!

 ここはこう動けば良いのか…」


 なんて言いながら練習を続ける事、約2時間程が過ぎ、気付いたら空が少し暗くなってきていた。

 学校の愛の鐘が鳴り始める。

 もう5時か…早いな。

 そろそろ2人を帰さないとな。

 とは思いつつ、


「そろそろ時間なんだけど、最後に1回だけ通しでやって良い?」


 手を合わせながら2人にお願いする。


「うん、良いよ。

 雅ちゃんだいぶ覚えたよね!

 やってみよう!」


 と凛子ちゃん。

 優しいな。


「ありがとう」


 そう言って最後の通しをやる。

 2人のお陰で大体の流れを覚えられた。

 今日は何て有意義な2時間だったのだろう。

 2人に心の底から感謝をする。


「ありがとう!

 2人のお陰で踊りを覚えられたよ!

 凄く助かった!

 これで本番踊れる!」


 そう言って手を合わせてお礼を言う。


「いやいや、こっちもそこまで喜んでくれたら頑張った甲斐があったよ。

 お役に立てた様で良かった!」


「うん、2人とも本当にありがとう」


 そう言って鞄からチョコレートを出して


「じゃあ少ないかもしれないけど今日のお礼。

 本当にありがとうね」


「あぁ良いよ全然!

 私チョコレート好きだし。

 今度また機会があったら言ってくれたら協力するよ」


 と凛子ちゃん。


「うん私も」


 と美甘ちゃんも。


「うん、そしたらまた機会があったらまたお願いします」


 そう言って軽く礼をする。


「じゃ、そろそろ時間だし2人とも気を付けて帰ってね」


「うん雅ちゃんもね」


 互いに手を振って別れた。

 こうして運動会当日無事演し物のダンスを踊りきる事が出来たのであった。








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