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当時の想い

 翌日、いつもの様にシャワーを浴びた後ベッドで一息つきながら昨日熊田さんの連絡先をメモした紙を片手に同窓会の出席を断る為の言葉を探し、頭の中で会話のシミュレーションを始める。


「もしもし、相瀬です」


 と始めて…ええと…あぁそうだ、


「昨日親からの言伝で番号を聞いて折り返したんだけど」


 …と前置きを入れて…。

 きっとコミュ症じゃない人から見たら


「そんな事しなくてもさっさと普通に断ればいいだけじゃん!!そんな面倒臭い!」


 と思うかもしれない。

 だけどこれがコミュ症と言う障がいなのだとご理解頂きたい。

 これはコミュ症であるが故の症状の様なもので、何を話すのか予め決めておかなければ何も喋れない症状と上手く付き合って生きていかなければならないのだ!!

 おっと!それはそうと早く台詞を決めておかなければ!


「同窓会の件なんだけど、その日は用事があって行けそうにないんだ。ごめんなさい」


「そうなんだ、…で用事って何?」


 って聞かれたらどうしよう?

 なんか考えないと!!


 "仕事が!"


 って言うのは厳しそう。

 今この時間に電話している時点で普段からこの時間帯は仕事が終わってて暇があると言う事がバレバレである。


 "その日は残業が!"


 ってのも難しいかな?

 予め分かってる残業って残業する理由をまた考えなきゃいけないよね…。


 例えばOLだったら残業があるのは初月とか月末くらいでそれ以外の日は普通の平社員なら大抵定時で帰れる事が予想つく、と言う具合だ。

 (ちな)みに同窓会の日時はそのどちらでもない。


 無難に誰かと出掛ける先約が入ってる事にしようかな。

 私友人いないけど、架空請求ならぬ架空友人と出掛ける先約が入っている事にしておこう。


「滅多にない席なんだから友人に日程ずらしてもらえないの?」


 と言われたとしても、


「友人とも数年ぶりなんだ。この間たまたま出掛け先でバッタリ会ってアドレスを交換した事がキッカケで久しぶりに会う事になったんだ。友人も仕事しているから今度に回すと次がいつになるか分からないから…」


 と言っておこう。


 うん!我ながらもっともらしくて素晴らしい理由だと思う!

 よ…よし!じゃあ理由が決まったからいざ参る!!

 電話機能を開いてキーパッドに切り替えて熊田さんの番号をタップする。


 考えてみればもう何年ぶりだろうか?

 他人の番号を手動で入力するのは。

 私が小学生くらいの時はPHSもガラケーも存在しておらず、入力は全て手動であった。


 夏休み中などに遊ぶ約束をする為に友人に電話しているうちに毎回掛ける友人の番号は暗記してしまう程だった。

 今思えば私にも友人がいた時代があったんだなぁ〜と懐かしく思う。


 電話の呼び出し音が途切れたと同時に


「はい」


 と相手の声が聞こえた。


「あの…もしもし。相瀬です」


「え?相瀬さん?なぁんだ〜。知らない番号だったからビックリしたよぉ。電話待ってたよ〜。元気だったぁ〜?」


「まぁ…普通に…」


「もう10年以上前の話になるけどさぁ、成人式の時に"今何してるんだろう?"みたいな感じでちょっと話題になったんだよ〜?」


「あぁ、そうなんだ」


 勝手に人を話題のネタにしないで欲しいな…。

 この人達の事だから


 "未だにあの人友達もいないんだろうな"


 とか言いながら私の事馬鹿にしてたんだろうな、きっと。


「今何してるの〜?」


「そう言う熊田さんは今何してるの?」


 ズケズケと人の内情を聞いてくる熊田に不快感を感じた私はそう切り返した。


「えぇ?私ぃ〜?私は今2児のママでぇす♡」


 あぁ、なるほど。結婚してたんだね。

 まぁどうでもいい情報だったけど。


「んで、そう言う相瀬さんは〜?」


「あぁ、私?私は普通の会社員です」


「そうなんだ〜。どこの会社?何系?」


 あぁ鬱陶(うっとう)しいな…。別に答える義務無いんだよね…。

 わざわざ後日にネタにされると分かっててこの人に自分の情報を教えたくないので、


「それよりも同窓会の返事だけいいかな?今ちょっと急いでるんだ。ごめんね」


「あ、そうなの。忙しいのにごめんね〜。どう来れそう?相瀬さんの好きだったあの人もくるよ!こないだ同窓会の返事もらった時にライン交換してさぁ。来るって言ってたよ〜」


「あぁ、そう」


「同窓会なんてさ、滅多にやらないからこの機を逃したら再開できるチャンスもうないかもしれないから相瀬さんも来た方が良いよ!!」


「ところで、あの人ってどの人?」


 内心熊田の"あの人"発言に一瞬ドキリとしたけど、冷静に考えたらそもそも友人でさえなかった熊田に私は自分の好きな人の事など教えた覚えは無い。


「もう今更だから言っちゃいなよ。本当はあの人の事好きだったんでしょ?態度見てたらモロバレだったよ?」


「私好きな人いないって言ってなかったっけ?」


「またまた(笑)あの人と話してる時の相瀬さん、凄く嬉しそうだったよ?まぁ、言いたくないって言うなら

 別に良いんだけど♡」


 熊田の言うあの人って誰の事なんだろう?

 純粋に気になり出してきた。

 きっと的外れにクラスメートの誰かを出してくるんだろうけど、だけどもしかしたら本当に…。


「誰の事言っているのか皆目(かいもく)検討もつかないんだけど、そこまで言うなら面白そうだから行ってみようかな?」


 って私は一体何を言っているんだ!?

 …正に口は災いの元である。


「あ!来る?やっぱりね、そうだと思った♡じゃあ日にちと場所はねぇ〜…」


 引っ込みがつかなくなった私は、

 ノリノリで話す熊田の説明をメモに書いた。

 はぁ〜…。

 何故(なぜ)私は"面白そう"とか"行こうかな?"などと言ってしまったのだろうか…。


 先程まであんなに断る気満々で、

 一生懸命断る口実を考えてたと言うのに。

 熊田に流されてしまった自分が情けない。


 熊田の言う"あの人"とは本当に"あの人"の事だったら…と言う淡い期待が心の片隅に生まれ出した事は否定出来ない。


 別に会えたからと言っても何かがどうこうなる訳じゃないのは分かっている。

 だけどほんの少しだけ…、今どうしてるか、とか。

 元気にしていたってだけでもいい。

 少しだけ気になってしまったのだ。

 我ながら未練がましい性格だな…。


「じゃ、当日楽しみにしてるから」


 と一通り説明を終えた熊田が軽く私を小馬鹿(こばか)にするかのように言って電話を切った。

 電話を切った後、私はぼんやりとあの当時の記憶に思いを馳せた。


 確かに当時私にも好きな人はいた。

 だけど自分に自信が無いのは今も昔も変わらなく、まして友人もいないぼっち女子なんかに可能性など1%もある訳も無く、私はその気持ちを永久に自分の中に封じる事をあの時(ちか)った。


 もしも誰かにこの気持ちを()らそうものならばあっという間に熊田の様な人に数十年後にまで笑い者にされる危険性を予測してたからだ。


 そして、あの当時と言えば


 "早く大人になりたい"


 とよく思っていた。

 どんなに自分が年齢を重ねたとしてもあの人との年齢差は埋められないと分かっている。


 そして何より自分が子供である事が凄く嫌だった。

 何をするのにも自分に決定権もなければ、自分に責任能力も無い事で相手に自分と言う存在を認めてもらえない事が。


 だから早く大人になりたかった。


 キャリアを積み重ね仕事を充実させてる社会人に憧れ、夜の街を悠々(ゆうゆう)と楽しそうに歩く社会人カップルに憧れ、自分で生計を立てて生きて行く一人暮らしに憧れ…言えばキリが無い程に早く大人になりたい理由は沢山あった。


 あの当時は、


 "今は(つら)くても社会人になったらきっと幸せになれる筈だ!"


 とただ漠然(ばくぜん)と明るい希望を持っていた。

 だけど現実はそんなに甘くはなくて社会人になっても私には何も無かった。


 ただ何も無い空虚(くうきょ)な毎日を学生時代の延長で過ごしているようなものだ。

 本分が勉強から仕事に変わっただけで。


 (むし)ろ勉強のようにサボったりできない分、社会人の方がもっと辛いと言う現実を思い知った。


 かつて学校を卒業した若かりし頃のあの日


 "社会人になったらきっと私だって成長して、大人になっていつかどこかでまた会えたらその時こそこの思いをあの人に伝えたい"


 と未来に淡い期待をしていたものだが、


 "いつか"


 とはいつ?


 "また"


 の機会はあるの?

 現実は決して優しくは無かった。


 私達は同じ街で生活をし同じ道を毎日通っていた筈なのに、ただ目的地が互いに違うと言うだけであんなにも会えないものなのだろうか!?


 目的地が同じでなくなった途端(とたん)、何一つ接点がなくなってしまった私達に二度とお会いする機会はこなかった。


 だけど、もしも同窓会でもう一度会えたら…。

 もう一度会えたら私は今の気持ちを相手に伝える事が出来るだろうか?


 あの当時の気持ち、今の気持ちを。


 "ずっと忘れられなかった"


 と伝える事ができるだろうか?

 そんな風に昔を思いだしながら感傷に(ふけ)り、ベッドに横たわりながらいつの間にか私は眠りについていた

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