虎穴に入らずんば虎子を得ず
翌日の朝早速真奈ちゃんと沙奈ちゃんに昨日の返事を聞きに行く。
「おはよう、昨日の事だけど聞いてみた?」
「うん、聞いたんだけど…。
お母さんが親戚の子にもうあげちゃったって…」
と真奈ちゃん。
そっか…そうだよね。
親戚やママ友の普段の会話は大抵自分家の子の話か旦那の話が多いだろう。
そんな中で子供の教育についての話題は珍しくない訳で、集まりの中にお受験を考えている子がいたら自ずとそれに触発されて自分の子供も進学させようかしら?などと考えるようにもなるだろう。
そうなった時真奈ちゃんよりも年下の子がいる親だったら、今使っている参考書以外にも色んな問題を解かせたい事から貰える教材は出来るだけ貰っておきたいと言う流れにもなりやすいだろうな。
普段の付き合いの手前もある理由から恐らく親もいいえとは言えないだろうし。
どちらにしろ残念…。
まぁ、仕方ないよね。
「3〜4年生ので良ければいいよって言ってたよ。
1〜2年生はもうあげちゃったんだって」
と沙奈ちゃん。
いや、良い!!
全然良い!
めちゃくちゃ親切だなぁ!
赤の他人に譲ってくれますか!
素晴らしい!
「本当!?ありがとう!じゃあ早速今日貰いに行って大丈夫?」
あまりの嬉しさに心が急く。
「うん、良いけど…家分かる?
寄り道したら怒られるからどうする?」
「大丈夫、私超特急で走って帰って鞄置いたら走って追いかけるから!
普通に先歩いて帰ってて良いよ!」
「うん、それなら良いよ。
あ、あとね悪いんだけど今日私塾の日だから遊べないからワーク渡したらそのまま帰ってもらう事になるけど良い?」
「もう、全然良い!全然構わない!!
寧ろありがとう!!
それだけで本っっっ当に、十分だから!」
上手く交渉が纏まったので放課後約束通り学校が終わるなり超マッハで家へ走る。
走るのが嫌いな私はもう息も絶え絶えである。
家の鍵を急いで差し込んで鍵を開ける。
男子のように玄関にランドセルを放り込んだ後ドアと鍵を閉める。
ヒィヒィ言いながら真奈沙奈が歩いて行ったであろう道を追いかける。
いた!!!
2人が歩いているのを見つけまたダッシュした。
「あ、早かったねぇ。
大丈夫?」
「うん、はぁ…はぁ…はぁ…、大丈夫、はぁ…はぁ…はぁ…」
心臓が今にも破裂するんじゃないかと思うくらい…
はぁ…はぁ…はぁ…
ドクドクと脈を打つ。
はぁ…はぁ…はぁ…
走ると辛いのは…
はぁ…はぁ…
歳関係ないと思うわ!
はぁ…はぁ…はぁ…
若くても…
はぁ…はぁ…はぁ…
辛いものは辛い…。
「大丈夫?ゆっくり歩こうか?」
2人が心配してくれる。
「大丈夫よ…
はぁ…はぁ…はぁ…
歩きながら呼吸を整えるわ」
「そ…そう?分かったよ、じゃあゆっくり行こう」
そう言いながら3人で歩く。
途中真奈ちゃん家の近くに着き真奈ちゃんと別れる。
「じゃ、また明日ね!ばいばーい」
「うん、またね!ばいばーい」
私達も軽く手を振る。
沙奈ちゃん家は割と近くにあるようで歩いて5分程で到着。
家のインターホンを鳴らすと沙奈ちゃんのお母さんが出てきた。
「ただいま」
「あら、お帰り。
お友達?」
「うん、あの参考書の話の子」
「あぁ!その子がこの子なの?」
「うん」
「こんにちは、同じクラスの相瀬雅です」
そう言って挨拶をした。
「あらあら、こんにちは。
今持ってくるからちょっと待っててね」
そう言いながらお母さんは家の中に入っていく。
そして紙袋を持って玄関先へ出て来る。
「今あるのこれだけなんだけど、これで良かったら持ってって」
そう言いながら袋の中身を見せてくれる。
4〜5冊ほど入ってた。
ありがたい!!
「ありがとうございます!」
お礼を言うと
「えぇっと…何ちゃんだったかしら?」
「あ、雅です」
「あぁ、雅ちゃん?
雅ちゃんもどこかお受験考えてるの?」
さり気なく探りを入れてくる沙奈ママ。
気になるのだろう。
ここはさり気なく敵意が無い事を匂わせておこう。
「おじゅけん?おじゅけんって何ですか?」
「あ、お受験分かんない?
じゃあ良いのよ。
雅ちゃんは何か習い事はしているのかしら?」
「いいえ、何も…」
「普段お勉強はどうしてるの?」
「姉に教えて貰いながらちょっとずつ…」
「お姉ちゃんいるの、お姉ちゃんいくつ?」
「6年生です」
「あら、そう。頑張ってねぇ」
最初ちょっと怖かったがどうやら安心したようだ。
先程よりも余裕が表情に現れているのが伝わる。
受験を考えている親ってこういうものなのだろうか?
まぁ、姉に教えて貰っていると言う所以外はほぼ嘘はない。
受験の意味は知っているが、受験をするつもりは無いし。
受験を考えてません、と答えるよりも受験自体を知らないと答えておいた方が信用もされやすいだろう。
どちらにしろタダで参考書を譲ってくれたのだから大感謝である。
「気をつけて帰ってね」
沙奈ママが笑顔で私を送り出す。
「はい、ありがとうございました」
軽く頭を下げて帰った。
家に着くなり早速参考書を広げる。
え…。
言葉を失いかける。
これ、大人でも難しくないか?
確かに私馬鹿だけど、それだけが問題と言う訳ではない様な気がする程の公立と進学校のレベルの差に気付く。
これはやり方知らなきゃ解けないと思う…。
本腰入れて真面目に頑張らなくては!
綺麗に保存されていたと思われるこの参考書の表紙とは裏腹に、
参考書の中は赤ペンのメモや書き込みが沢山してありページによっては何度も開いた跡が残っていたり、
沙奈ちゃんの努力を何よりもこの参考書が物語っていた。
そしてメモの書き方も丁寧で分かりやすい。
すっかり貰ったばかりの参考書とワークに夢中になっていたら姉が帰って来たらしい。
階段を上がってくる音が聞こえる。
姉が自室に入った音がした数分後、ランドセルを置いて一息ついて来たらしい姉が私の部屋にノックもせずにズカズカ上がりこむ。
自分の時はノックをせずにドアを開けられたらキレる癖に自己中心的なものである。
私が机で何をやっているのか気になるのか近くまで覗きに来る。
暇人だな。
「勉強してるの?
偉いねぇ。
分かんない所があったら私が教えてやるよ?」
何とも恩着せがましい言い方である。
だが残念ながら間に合っているので
「いや、いいよ。
自分で出来るから」
そう断ると
「私もう6年生だから1年生のなんか全部できるよ?」
あぁそう。
それはどうでも良いよ。
それよりも人の事は良いからまずは自分の勉強してはいかがでしょうか?
あなたはちゃんと自分のお勉強は出来ているのですか?
「私は参考書見ながら今の所は何とかやれてるから良いよ」
尚も断り続ける私の参考書をジロジロ覗く姉が
「アンタこれどうしたの!?
それアンタのじゃないよね!?」
「塾に通ってるクラスの友人からタダで譲って貰ったんだよね」
「ちょっと見せてよ!!」
と言いながら半ば無理矢理ひったくる姉。
折角集中してた所だったのにとんだ邪魔が入ってしまった。
普段からあまり勉強してないあなたにその参考書は難しいと思うので、状況が理解出来たのなら早くご自分の部屋に帰って頂きたいな、と思いながら溜め息を噛み殺し、状況を見守る私。
「え!?
こんなの習わないからやっても意味ないよ!
それにこれ1年生の勉強じゃないよね!?」
表紙に4年生って書いてあるじゃん。
それと、公立なら習わないだろうね。
「まぁ、何を勉強しようが私の自由だよね?
話はもう良いかな?
お姉ちゃんも私の事より自分の勉強した方が良いよ?
来年中学生でしょ?」
「アンタ年下の癖に生意気だね。
そもそも家、人から物を貰っちゃいけない決まりが無かったっけ!?
ママとパパにチクるから!」
「ふぅん、あっそ。
言えば?」
「本当、ムカつく!!!」
「じゃ、用が済んだのならもう自分の部屋に戻りな?」
「あっそ!!
覚えとけよお前!!
絶対言うからな!!」
すっかり逆ギレした姉は捨て台詞と共に私の部屋のドアを力一杯強く閉める。
はぁ…。
すっかり集中も切れたし気分も悪くなった。
それにしても弱みを握られたくなくて強気な発言に出たけど、あの様子だとチクる気満々だろうな。
どうするか…?
恐らく私が弱気に出て
"お願い!言わないで!"
と仮に頭を下げたとしても良い様に利用されてからチクられるのが関の山だったであろう。
寧ろ姉をつけ上がらせるだけである。
例えば
"じゃあこれ頂戴"
とか何か物を取られるか、
"代わりに部屋掃除やってくれる?"
とか嫌な事を押し付けられるか。
断ろうものならすかさず、
"あ、あの参考書の事なんだけどさぁ〜"
と言う具合にだ。
どの道、厄介な人に絡まれてしまった以上免れぬ問題なのだ。
解決法は一つしかない。
とりあえずひたすら平謝りしながら毒父の気がすむまで暴力に耐える続けるしかない。
我が家での問題解決法はひたすらDVに耐え続ける事。
それで殺されずに生きていたらラッキーだったと自分に言い聞かせるしかないのだから。
毎日がサバイバルのようである。
裸一貫で獰猛な動物達の住むジャングルの奥地にでも迷い込んだ気分である。
生きるか、死ぬか…。
私の人生はそんな感じなのかもしれない。
現に私はもう既に2回死んでいる。
すっかり勉強する気力が無くなってしまった私はこれから振るわれるであろう暴力に耐える為の構えをシミュレーションした。
一番受けるダメージが少なくて済む方法。
身体の中で弱い部分は首と頭と腹部辺りか…?
なら亀の甲羅のように団子になる体制が一番ダメージが少なくて済むのではないだろうか?
手で後頭部から首筋を守れば無防備なのは背中と手ぐらいだ。
最悪、手を斬り落とされる事があったとしても頭を踏み潰されるよりは生存率が上がる。
何度も亀の甲羅の体制になる練習をした。
内心恐怖で震えながら時間が過ぎるのを待った。
数時間後、毒両親が帰宅した。
玄関のドアが開けられる音を聞くなり姉は
"待ってました!"
とでも言わぬばかりに階段を降りていく。
そのすぐ後
「オイ!!!
雅!!
ちょっと下降りてこいや!!」
毒父の怒鳴り声が1階から響く。
私は手汗ですっかり冷たくなった手をズボンで拭いながら恐る恐る下へ降りる。
ガキ大将の腰巾着のように毒両親の後ろでほくそ笑む毒姉。
アンタ、どこかの未来で私が幸せになった暁には覚えておきなさいよ!!
何があっても絶対助けないから!
された側の過去は決して水に流れないからね!?
「お前、人から物貰ったのか!?」
「もう使わないって言ってた参考書を少し…」
「馬鹿じゃねぇのか!?キサマ!!
まるでうちが貧乏で人に物乞いしてるみてぇじゃねぇか!!
この恥さらしが!!」
怒鳴り声と同時に胸ぐらを掴まれてローテーブルに投げつけられる。
テーブルの上の醤油瓶がひっくり返って転がる。
「すみません、どうしても勉強がしたくて人様から物を貰ってしまいました。
参考書を自分で買うお金がなかったのでつい貰ってしまいました、すみません」
「テメェは金が無かったら何でも人に物乞いするのか!?
オラァ!!」
ガラスの灰皿が頭に投げつけられ頭から血が落ちた。
不味い、早くも急所の頭が負傷してしまった。
守らなくては!!!
私は亀の甲羅のように身体を丸め頭を手で覆った。
「いい恥晒しだ!テメェはよ!!!
よくもこの俺に恥をかかせやがって!!
根性叩き直してやる!!!」
そう言いながら毒父は私の背中を何度も踏みつける。
物乞い…ですか…。
人から物を快く譲って貰う行為は物乞いになりますか?
人様からの好意を喜んでお受けする事はそんなにいけない行為ですか?
私はあなたの常識の方が理解が出来ない。
人様からの善意をそんな風にしか解釈出来ない事の方が私には理解が出来ない。
だがどんな風にされたとしても私には貫きたい信念がある。
私は生きて必ずあの人に逢うの!!
その、また逢う日まで私はあの人に笑いかけてもらえるようになれるまで日々自分を磨く事をやめない!!
どんなに邪魔をされても誰に阻まれても私は生きて必ず未来であの人に逢うの!!
あの人にだけは私の存在を覚えてもらいたいの!
その為ならば私はあといくつ命を落としても構わない。
そんな事を考えながら暴力をやり過ごしているとインターホンが鳴った。
どうやら訪問したのは近所に住んでいる父方の祖父母達らしい。
たまたま家の近くを通りかかった所、家で行われているDVにより物がぶつかるような音や毒父の怒鳴り声が外まで丸聞こえだったらしく何事かと思って来てみたらしい。
「コイツが人に物乞いをして人からの施しなんか受けていやがったから、いい恥晒しだから躾けてたんだ。
うちは乞食じゃねぇんだわ!!」
毒父が祖父に言う。
躾と言うのは身の在り方を美しくする為の教育の事を言うのであって、ただただご自分の偏見や個人的な常識を人に押し付けるものでは無いと私は思いますよ。
よってあなたがしている事は躾ではなく、ただの暴力にしか過ぎませんね。
だからあなたはクズなのですよ。
「何よ?何貰って来たのよ?」
と祖父。
「なんだか、参考書だか何だかって…」
と毒父。
「どれよ?オイ、お前ちょっと持って来い」
祖父が私に言う。
「はい」
祖父は白髪のオールバックでその眼光炯々とした眼で睨まれると、親戚の誰もが蛇に睨まれた蛙のようになってしまう程、初老とは言え迫力のある人だった。
先程返事をした時、声も手も足も震えた程だ。
祖父の言う通り自室に取りに行って祖父にそれを渡す。
「オイ、これ本当に貰ったのか!?
まさかどっかから掻っ払らって来たんじゃねぇだろうな、オイ!!」
ギロリと睨みながら私を怒鳴りつける祖父。
「参考書の裏を見てもらえれば分かると思いますが、友人の名前も書いてありますし、参考書の中身も沢山書き込みがあります。
同じクラスの友人なので直接電話で確認してもらっても良いですよ」
と声を震わせながらも私は精一杯説明をする。
「ふ〜ん…。
オイ、和子、お前ちょっと今そこの家に電話しろ」
命令を受けた毒母は
「はい」
と電話をかける。
「あ、もしもし。
相瀬と申しますが…。
うちの子供がお宅から参考書を貰ってきたって言うんですが、これ本当に頂いていいんですか?」
「あ、そうですか。
わざわざすみません。
いえ、気を遣わせてしまって…」
などなどと会話をしている。
向こう側の声は聞こえないが雰囲気的にちゃんと公認の上で頂いた物だと証明された事が分かる。
受話器を置いた毒母は
「本当に貰ったものだそうです」
と祖父に報告。
「ふ〜ん」
そう返事しながらペラペラと参考書をめくってる祖父。
「オイ、お前今何年生だ?」
「1年生です」
「これには4年生って書いてあるけどお前これ分かるのか?」
「まだ勉強中ですが物によっては…」
「1年生の勉強はできるのか?」
「はい」
「オイ、速」
「はい」
「お前何年生だ?」
「6年生です」
「お前これ解けるか?」
と問題を見せる祖父。
「…………」
無言になる姉。
「ちょっと…こんな難しいのは普段学校で習わないんで…」
と口ごもっている。
「これそんなレベルなのか!?」
と近くにいる毒両親達に聞く祖父。
「ちょっと…分かんない…ですね…」
「俺は…勉強は…ちょっと…」
と口ごもる毒両親。
ため息をつきながら祖父は私に
「オイ、お前これ解けるか?」
と参考書の問題に指を指す。
問題を見ると分かりそうな問題だった。
ラッキー♪これなら分かる!
これ方程式が出来れば多分解けるやつ。
たまたまだが似たような問題を見た事がある!
天はまだ私を見放してなかったかも知れない。
「はい、出来ます」
「ちょっと、その辺の紙出してやってみろ。
そして何でその答えになったのか俺に説明できるか?」
「はい」
「ふ〜ん、そしたらちょっとやってみろ」
問題を解く時に説明をしやすいように途中の式もしっかり紙に書いて祖父に見せた。
「これはまずこっちに着目して…。
…でこの式がこの形になったのでもう一つの方の…」
以下省略…と説明をする。
「ほぉ〜。
お前大したもんだな。
誰に教わったのよ?」
「参考書の解説を見ながら一人で…」
「速!お前1年生に負けてんじゃねぇか」
「……」
気まずそうにだんまりする姉。
「お前、こんなの学校で習ってねぇんだったら勉強する必要ねぇだろうに、何でこんなものやってんだ?」
「私は勉強で1番になりたいからです」
「ほぉ…1番になってどうすんのよ?」
「私は将来先生になります!」
「ほぉ〜、もう目標持ってんのかお前。
小せぇくせに大したもんだな。
それにしてもクラスのやつもこんな難しいの皆んなやってんのか?」
「皆んなではないですが何人か中学受験を考えて塾や公文に通い、勉強している人もいます。
もう一人の友人はもう中学生の勉強をしています」
「ははぁ〜…、お前のクラスの奴らも大したもんだな。
中学って受験あんのか?」
「はい、より高みを目指したい人によっては…」
「お前の友達これよりもっと難しいのやってんのか?」
「はい」
「お前も塾行きたいのか?」
「行けるのなら」
「よし!!!
気に入った!
俺が塾でも公文でもどこでも行かせてやるよ!
金は俺が全部出してやるし、教材も必要なだけ買え!」
「良いんですか!?」
「おう!
その代わり、途中で辞めたいだのやりたくねぇだの言い出しやがったらタダじゃ済まねぇと思えよ?」
「はい…」
怖い…。
「それと…気に入ったから毎月小遣いもやるよ。
金銭感覚を養うのも勉強だからな」
「ありがとうございます」
「毎月500円やる。
それで1ヶ月上手にやりくりしてみろ。
月初めになったら毎月貰いに来なさい」
「はい、ありがとうございます」
「あの、私は…?」
姉が祖父にちゃっかりねだる。
「お前、さっき出来なかったじゃねぇか…」
「……」
ぐうの音も出ない姉。
「でも不公平にすると…」
と祖母が。
「お前、自分の教科書持って来い」
姉が自室に取りに行って戻る。
「今授業どこまでよ?」
「この辺ですね…」
うわぁ!
ズルい!!!
絶対嘘だよ!
もう1学期も後半に来ている今頃に、そんな20ページくらいの所でいつまでも足踏みするようなペースで授業やってる訳無いじゃん!!
絶対嘘だよ!
ズルいから今習ってる所分からないからって隠してるんだろうな。
「じゃあこれは分かるのか?」
「これなら…」
と得意げに解いて祖父に見せる姉。
「ホラ私だって!!」
「う〜ん…。
まぁいいか…。
じゃあお前も500円な」
「はい!」
なんかちょっとずるいなぁ〜と思いながらも無言で状況を受け入れる私。
だけど何はともあれいい事尽くめだ!
これで勉強の悩みは解消されるし、500円も貰える!
これぞ虎穴に入らずんば虎子を得ずだな。
姉に屈する事なく暴力に耐えたからこその報酬なのだから。
「あの、それと塾の事なんですが通いたい塾があるので友人からパンフレットを貰ってきてもよろしいでしょうか?」
ここははっきり言っておかねば毒両親は何も考えずに普通の学習塾を探して来そうだからだ。
どうせ通うのなら進学塾が良い。
学習塾なら寧ろ通う必要が無い。
する授業がそもそも公立の学校向けの事しかやらないからだ。
それなら寧ろ学校の先生に聞きに行った方がお金も時間もかからなくて無駄が無い。
公立の学校で教われない事を勉強したり市販されてない参考書やワークが欲しいから、私は進学塾に通いたいのだ。
「おう。
それは好きにしろ」
「はい」
この日の翌日私は真奈ちゃんに塾の場所を聞いて学校が終わった後夕方になるまで家で時間を潰し、その塾まで行きその塾の講師らしき格好をした人に事情を説明し、パンフレットなどの案内書を一式貰って来て毒親に渡した。
真奈ちゃんに塾に行った時に塾の先生に私の話をしてもらって、代わりに受け取って来てもらっても良かったのだが、心が急いて一刻も待てなかったのだった。
何はともあれ数日後からめでたく私は週2回で塾に通う事になった。