継続は力なり!
この小説を読んで下さってる皆様へ
いつも読んで頂き誠にありがとうございます。
この小説を書いていながら気づいた事があったので、ここで予めお詫び致します。
小説のジャンルにスクールラブとか恋愛と言うジャンルが含まれていながら今の所その要素が無い状態にありますが、物語のだいぶ後になりますが恋愛要素は勿論書くつもりです。
どちらかと言うと恋愛と言うよりも日常系の方が強めの小説になるかもしれませんが、何卒ご理解の上ご愛読頂けると幸いです。
皆様に読んで頂けている事を励みにこれからも頑張って執筆して行こうと思いますので、これからもどうぞ宜しくお願い致します。
布団から抜け出して台所へ行くと婆さんが家事をしていた。
毒親達は既に仕事へ出かけたらしい。
姉も既にいない。
学校へ行ったのだろう。
姉にとってもこの現実の方が毒父亡きあの未来よりもきっと良かっただろう。
私が殺された後、恐らく早かれ遅かれ姉も幹本に殺されていただろうから。
それにこちらの現実の方が一応学校へも行けている。
DVを受け続けて生きた方が、殺される未来よりはまだマシなのかもしれない。
そんな事を考えながら家の中を歩き回ってみた。
昨夜は昭和末期のこの時代を懐かしむ余裕などはなく、何を見ても何の感動も感じられなかった。
だけどよく見渡すとまずテレビがダイヤル式のブラウン管で画面も小さい。
この時代はこれが普通だったのだろう。
これは18?16?それとも12?型くらいか?
現代の液晶を見慣れているせいでとにかく凄く小さいように感じる。
そして昨晩悲惨な状態になりさがった黒電話…。
とにかくレトロである。
一通り部屋を見終わった後、学校もない私はひたすら暇を持て余した。
スマホ依存症だった私にスマホの無い時代は辛い…。
勿論PCもネットも何も存在しない。
ポケベルやPHSすら存在しない。
寧ろ世界中の人間が繋がれるネットワークだなんて数百年も後に実現されるのではないかとさえ思っている人もいたのではないだろうか?
テレビ電話でさえこの時代では野良えもんの世界の話と考えられていた。
それに比べ現代は飛行機のチケットさえもスマホで取るのは普通の時代。
それも若者だけでなく高齢者の方までもがそのように先進的になっている時代…。
今のこの時代からは想像もつかない。
ぼんやり歩き回っていると婆さんが私の存在に気づいて振り向いた。
あの時は精神状態的にそれどころじゃなかったが、よく見ると若いな。
この時代で考えたら婆さんは今50代くらいだろう。
現代よりシミもシワも白髪も少なかった。
「あら起きたのかい?」
赤ちゃん言葉で話しかける婆さん。
「うん」
とだけ返した。
「そうかい、そうかい」
そう言ってまた向き直した。
私はあの未来でこの人に見捨てられた恨みを忘れはしない。
私は隣の部屋へ移動してみた。
姉の布団と机がある。
机の上には今日は使わないであろう教科書が数冊置いてあった。
うっわ!!
懐かしい!!!
まず学校の教科書自体が懐かしい!
"小学2年生"と書いてある。
ついつい手が伸びそうになったところでふと昔を思い出した。
姉の持ち物に勝手に触るとよく
「勝手に触らないで!!!」
と怒鳴られたものだ。
つい最近の未来では自分の味方が誰もいない事で、随分と大人しい性格になっていたが。
一度は姉の物に手を伸ばしそうになったところを思い留まったものの、あまりの退屈さに私は負けた。
国語の教科書らしい。
懐かしい!!
ふきのとうとか懐かしすぎる!
昔当時の担任が
「ふきのとうって食べられるのよ」
と言い、その数日後にふきのとうの醤油炒めを持って来た事があった。
残念ながら私はそれを美味しいとは思えなかったのを覚えている。
今よくよく考えてみるとその辺の犬や猫がおしっこをかけたかもしれぬふきのとうを、
いくら洗って調理したからとはいえ抵抗なくそれを口に入れれた事があの当時の逞しさを感じさせる。
昭和の子強し!
ん?
作品の終わりのページに載ってる作者の顔が激変している事に気がついた。
作者のアフロヘアには花が咲いていている。
グラサンをかけながらピースをしている。
そして鼻毛が何本も飛び出ていた…。
なんというか…一言で言うならばパンクである。
もはや原型を留めていないため元の顔が分からない。
余程授業がつまらなかったのだろうな。
そんな事を考えながら教科書を元の位置に戻そうとした時、
「あ"ぁ"ぁ"ぁ"!!!何やってんの!ホレ!こっち来なさいって!!!」
急に婆さんが私に向かって叫び出した。
何事かと思って様子を見ていたら
「ちょっと目を離した隙に何でもお姉ちゃんの物に触って!!」
と騒いでいる。
あぁ、そういうことか。
大した事でもないのに大袈裟な人だな、昔から。
面倒臭い。
うるさいのでとりあえず指示に従って姉の机から離れる。
さてと、困ったな…。
きっと婆さんは口が軽いから言わなくていい事をわざわざ姉に言うだろう。
物事を針小棒大にして伝えるの婆さんの趣味のようなものだから。
まぁうちの家系にはまともな人がいないよね。
まぁ、こうなったら開き直るしかないか!
姉に何を言われようとも潜って来た修羅場の数が違うんで!
数時間後学校から姉が帰って来た。
婆さんは早々にに姉に報告する。
「この子が人がダメだってあれほど言って聞かせたのにいう事を聞かなくて!
勝手にお姉ちゃんのもの散々触ってたけどすぐ連れ戻したからなんもなってないとは思うけどね。
許してやってね」
との事。
私が言葉が分からないと思って好きな事言ってるね。
アンタ嘘つきだよ。
その話の内容からは悪意しか感じられない。
"ダメ"
だなんてあなたいつ言った???
あなた完全に私から目を離してたよね??
私が言う事を聞かなくて?
それ、いつの話かな???
単にあなた、自分が子供から目を離していた事を隠したいだけだよね?
自分の不手際だから。
保身の為なら小さな子すらあなたは陥れるんですね。
そして何もかも全部子供のせいにするんだね。
私はこの恨みも決して忘れないからね。
現代に戻った時覚えておいてね。
あなたの老後は絶対面倒見ないから。
勝手に姉なり、無責任な自分の娘なりに寄っかかればいい。
恐らく振り払われるだろうけど。
だがあなたは人に恨まれるという事がどういう事なのかを一度身を以って知るべきだ。
その際には自分が人に対して、して来た事への天罰だと思ってどうぞ現実を受け入れて下さいね。
婆さんの報告を聞くなり姉は一瞬にしてその表情を般若に変えた。
「人の物に勝手に触んなって何回言ったら分かんだテメェ!!
ふざけやがって!
私をナメてやがんのか!
コノヤロウ!!!」
親にソックリで凄い言葉ですね。
品位を全く感じられない。
私もかつてはこんな風だったのだろうか?
かつて私が小学生の頃入学するなり即学校から家に電話が入った。
"そこらへんの男の子とすら比べ物にならないくらい言葉が酷いですね。一体親はどんな教育を?"
などと言う内容だったらしい。
その日私は
"よくもこの俺に恥をかかせやがって!!"
と半殺しのめにあった。
髪を引っ張られて壁に叩きつけられ、背中と頭を踏まれ、ウィスキーのボトルで首筋を殴られた。
そしてライターで足を炙られ、包丁を突きつけられた。
今思えばよく生きてたな…と思う。
そもそもその言葉遣いを普通の言語として覚えてしまっていた私にはどうであれば普通で正しいのか理解ができなかった。
だからその後しばらく誰とも話さなかった。
勿論教師とも。
周りの大人たちの言葉を聞いて覚えようとしていた。
私は死にたくない一心だった。
だから私は正しい日本語を知る為に必死だった。
その為か時々、間違った言葉では無いが子供には相応しくないと思われる表現を使ってしまう事もあり、よく周りの人間からは笑われた。
例えばこんな風だ。
"いえいえ、こちらこそいつもお世話になっております。
いいえ、とんでもございません。
恐れ入りますが…。
左様でございますか…"
などと小学1年生が会話の受け答えをするからだ。
大人にはその姿は滑稽に見えるのだろう。
それは今思えば仕方ないの事なのかもしれない。
だが当時の私にはどこへ行っても努力を馬鹿にされているようで耐えられなかった。
だけど私は努力を続けた。
その結果、長年の私の努力はいつしか実を結び高学年になる頃にはだいぶ普通の日本語が身についていた。
更に中学生になる頃には
「とても言葉が綺麗ですね」
と、どの教師からもお褒めの言葉を頂けるようにさえなっていた。
継続は力なり!
死ぬ気になれば何でもできる。
死にたくなければ人は案外何でもするものである。
「…分かったかテメェ!!
次同じことやりやがったらこんなもんじゃ済まさねぇからな!!」
考え事をしていて殆ど聞いていなかったのだが、姉の抗議はまだ続いていたようだ。
こんな姿を見ると、違う未来で
"生きるって辛いね…"
とベソをかいていたあの未来での姿が可愛く思えてくる。
こうも違うのか…。
つまり結果として、幹本よりはまだこっちの家にいた方がマシだった…と言う事なのだろう。
言いたい事を言い終えてスッキリしたのか姉は自分の部屋へ戻り、机にランドセルをガサツに上げる。
とりあえず終わったようだ。
しかしこれは困った事になった。
私は後数年何もできない暇な時間を過ごさなくてはならないのだろうか?
あ"ぁ"スマホが無いって辛い!!!
スマホがもしもこの時代に存在してて、それを私が持っていたら私はスマホで一日中暇を潰せる自信がある!!!
改めてスマホの有能さを思い知る。
どうしよう?
今日はまだしも明日から死ぬほど暇だ…。
私の所持品らしきものは小さい子供向けのオモチャや人形ばかりだ。
姉が生まれた時に知り合いからもらったお下がりばかりらしい。
ま、子供はすぐに大きくなるからお金をかけたく無い気持ちも分からなくはない。
それよりも…2歳の子なら喜んでそのオモチャで遊んでいるところであろうが、30過ぎのオバさんが子供のオモチャで遊んだ所でちっとも楽しくはない。
真面目に何か暇を潰せる物を探さなくては!
翌日、昨日の事があるだけに姉の部屋へは行き辛い。
また嫌な思いするのも嫌だしなぁ〜。
そう思いながら部屋を見渡しているとふと玄関先に新聞が刺さっているのを見つけた。
新聞でも読もうか…。
私は持ってきた新聞を広げた。
えぇとなになに
"日本の経済は右肩上がりで好調である"
…と。
そっか、考えてみたらあと数年で高度成長期にさしかかる。
今社会人の人にとってはウハウハな時代が来るのだ。
なんて羨ましい。
"あと2〜3年後には消費税法が導入されるであろう"
そっか…。
3%の時代が来るんだね。
そして10年もしないうちに5%になり…
そしてズバリ現代ではもうすぐ10%になるでしょう!
はぁ〜…値上がりばかりで溜息ですねぇまったく。
「あ"ぁ"あ"ぁ"!!!それ今日の新聞でないの!?
ダメだってホレ!!!」
今度はなんなんだ?
溜め息が止まらない。
婆さんに新聞を取り上げられた。
あれもダメ、これもダメ、それもダメ、どれもダメ。
私はどのように時間を潰せばいいのだろうか?
トボトボと自分と毒母の万年布団に戻ると枕元に毒母が読んでいた本が置かれている。
お!?
これなら読んでも大丈夫だろうか?
少しでも暇が潰せればそれで良い。
それから毎日毎日退屈な日々を送っていた。
時々また毒父の機嫌が悪くてDVを目の当たりにする事があったが、私は何もできない。
部屋の隅っこに移動し、ただ目を瞑って耳を塞ぐ。
そうしてやり過ごした。
そして年月が過ぎ、気付けば私は5歳になっていた。




