家族
「鈴華、最近目にクマがあるけど、眠れていないのか?」
鈴華の父、貴徳が心配そうに言った。
「だ、大丈夫」
ぎくっとして鈴華が答えた。
兄の礼貴は、それを見て小さくため息をついた。
礼貴は、鈴華がなぜ疲れているのかを知っていた。
珍しく礼貴が眠れなかった日の夜に、都へ向かう鈴華を見たのだ。
しかし止めなかったのは、鈴華が都へ行くのを禁止されているのは可哀想だと思ったからだった。
鈴華は、血が繋がった家族ではない。
拾い子だった。
鈴華もそれを知っている。
だからか、礼貴や貴徳に遠慮してばかりいた。
友達には貴徳が過保護だと愚痴を零していたようだが。
だからその日は見逃そうと思った。
しかし、次の日も、その次の日も、鈴華は毎日都へ向かっていた。
不審におもった礼貴は、鈴華の後をつけた。
そして、美麗と歌の稽古をしていることを知ったのだ。
あまりに一生懸命だったので、礼貴には止めることが出来なかった。
「鈴華、来い」
礼貴に呼ばれて、鈴華はついて行った。
鈴華は兄が好きだ。
ぶっきらぼうだが優しくて、正義感の強い兄が。
しかし、5歳からこの家に来た鈴華は、何となく兄との距離を掴めないままでいた。
「鈴華、何隠してんだ?」
唐突に礼貴が聞いた。
「……え?何って」
「都で、なんで歌の稽古なんかしてんだよ?って聞いてんだ」
……何で知っているの。
そう聞きたかったが、鈴華は声が出なかった。
「黙ってたら分かんねぇだろ!」
礼貴が怒鳴った。
あぁ、怒ってる……。
怒って当然だ。
約束を破ってしまったのだから。
「言っとくが、俺は約束を破ったことを怒ってんじゃねーぞ」
「え……?」
「なんで、相談しなかったんだ! ダメって言われて、嫌だったんだろ? 行きたいなら、そういえば良かったんだろ!」
鈴華は、礼貴が何を言っているのかよく分からなかった。
「だ、だって怒られたら……」
「本当にそれだけか?」
鈴華の言葉を遮った礼貴の声は、さっきとは打って変わって低く、冷たかった。
「お前は、俺や親父に遠慮してんじゃねーのか?」
鈴華はぎくっとした。
礼貴の言う通りだったからだ。
「なんで遠慮なんかすんだよ? 家族だろ!?」
「だって!」
鈴華は声を荒らげた。
喉が痛いから大声を出したくないのに、止まらなかった。
「私は拾ってもらった身だから! 本当の家族じゃないから! 言うこと聞こうって思って、明るくしようって思って……」
最後の方は涙声になっていた。
「……鈴華、それは間違っているぞ」
後ろから、落ち着いた大人の男性の声がした。
「お父様……」
「俺は、鈴華のこと、家族じゃないなんて思ったことは無い。……でも、鈴華に無理をさせていたことに、気づかなかった。それに、過保護だったかな。本当に、済まなかった」
鈴華は、反省した。
父の思いを知らず、勝手に遠慮して、過保護だなんて言ったことを後悔した。
「遠慮なんかしてんじゃねーよ、鈴華。家族だろ? 7年も一緒にいるんだ」
鈴華は、ずっと感じていた溝が埋まっていくのを感じた。
「うん……。お父様、お兄ちゃん、黙っててごめんなさい」
二人の笑顔を見て、鈴華も笑顔になった。
「という訳だから美麗さん」
貴徳がそう言ってベンチの方を見た。
そこには美麗がいた。
「え、美麗さん……?」
鈴華と礼貴は驚いて貴徳を見た。
「ごめんね鈴華。あなたに内緒で、お父様とお話してたの。だから、お父様もあなたが歌の練習をしていることを知っていたのよ」
うそぉ……と鈴華が声を漏らした。
「それで、美麗さんから提案があるんだよね?」
そう、と頷いて、美麗が話し始めた。
「私は歌い手だから、ずっとここにいる訳にはいきません。3ヶ月限定で鈴華に歌を教えるつもりだったのですが……」
美麗が鈴華を見て、微笑んだ。
「この子には素質があります。私の後を継いでいいほど。」
そんな風に思われているとは知らず、鈴華は驚いた。
しかし、その次に続いた美麗の言葉は、驚くなんてものを通り越す内容だった。
「3ヶ月限定でなんて勿体ない! もし、お父様、お兄様、そして鈴華自身が良いのなら、私の旅に鈴華を連れて行きたいと考えています」