お話
「そういえば、美麗さんは来てないのか?」
貴徳が聞いた。
「美麗さんは、どこか行きたいところがあるって言ってた。明日宮殿に挨拶に行くから、そこで合流するんだって」
「そうか、宮殿に挨拶……えっ!?」
3人ともが驚いて鈴華を見た。
「……宮殿に、入るのか!?」
「うん! 歌い手だもん」
当然のように鈴華が言うので、礼貴たちは少し困惑した。
「……鈴華さん、私はあまり歌い手に詳しくないのだけれど、歌い手は誰でも宮殿に入れるものなの?」
少し考えて鈴華は答えた
「帝様が私達をお呼びくださって、食客として迎えてくださるそうなんです。だから、誰でも入れるわけではないですよ」
「ほぉ、では鈴華は有名人なのだな」
「ううん、美麗さんのおかげ。私はまだ弟子のようなものだよ。それに私達も、旅に出てすぐの頃は民宿も多かったんだよ」
「そのお話、詳しくお聞かせくださいな。私はこの国から出たことがありませんの」
「それは俺も親父も一緒だ。鈴華だけだ、他の国になんて行ったのは」
「俺も聞きたいよ、鈴華」
鈴華は嬉しくなった。
「私も話したいなって思ってたの! 本当に色々あったんだよ〜」
「……そして、帝様に呼ばれて、光雅帝国に帰ってきました!」
「すごいわ!」
「本当に色々あったんだな…!!」
話し始めてから、2時間と少し経っていた。
そんなに長い話を聞くのは誰だって退屈だが、鈴華は質問したり、感想を求めたりしながら、飽きさせないように話していた。
「すずかおねーちゃん、おうた!」
話の途中で帰ってきた、礼貴と凛蘭の息子で3歳の景俊が言った。
「歌い手さんなんでしょ、うたって!」
「うん! いいよ」
なんの歌がいいかな、と鈴華は少し迷って、
「じゃあ、私が最初に聴いた美麗さんの歌です!」
〜♪
舞台は海。
海の底の少女は、ある日、陸の少年に恋をする。
でも、姿を見せることは出来ない。
遠くからそっと眺めているだけ。
決して叶うことのない想い。
それでも届いてほしいから、歌い続ける。
そんな歌詞は、まるで自分と同じだった。
鈴華は、この歌を歌うとき、決まって1人を思い浮かべる。
叶わなくても、届いてほしいから……
〜♪
歌い上げて、一礼する。
顔を上げると、笑顔で拍手していたのは景俊だけだった。
凛蘭も、礼貴も、貴徳も、みんな涙を流していた。
そういえば。
私も初めて美麗さんの歌を聴いた時、泣いてたなぁ。
……私も、少しは美麗さんに近づいたってことかな。
「……素晴らしい歌が聴けましたわ」
「おねーちゃん、すごいね!」
「本当に、成長したな」
「……頑張ったな」
口々に褒められ、鈴華は少し照れた。
「ふふっ、ありがとうみんな」
涙を拭いて、凛蘭が尋ねた。
「鈴華さん、もう明日から、宮殿でお過ごしになるの?」
「食客ですので、多分……」
そう言うと、みんなが悲しそうな顔をした。
「そうか……。寂しいな」
「えー! お歌聞けなくなっちゃうの?」
鈴華は明るく言った。
「お祭りとか、都である時には多分出演させて頂くから、その時に会えると思うよ!」
「じゃあお祭り行く〜!!いいよね、ママ、パパ!」
「……いいよな?」
「……まぁ、一緒ならいいでしょう」
「やったぁ!」
3人の会話を聞きながら、貴徳が鈴華に言った。
「明日からは大変だろう、早く眠った方がいいんじゃないか?」
「うん、お先に休もうかな。お風呂は……」
「沸かしてある。……お疲れ、鈴華。今日はゆっくり休めよ」
「……ありがとう、お父様」