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私、人生やりなおします!  作者: 桃原ぴんく
4/4

お母さん

 翌朝、あゆみは(すずめ)の鳴き声と共に目を覚ました。

 いつもよりも堅い布団で寝たのに身体が全然痛まないのは、流石若さだなと感じた。

 背伸びをして、ゆっくりと身体を起こす。

 腰も肩も痛みもなくスムーズに起きれる素晴らしさを、改めて噛み締めた。


 夜の暗闇とは違って、今はカーテの隙間から差し込む朝日に、部屋の様子がはっきりと見て取れる。

 古いシールや落書きの目立つワードローブ。学習机の上の赤いランドセル。タンスからはみ出した洋服。乱雑に置かれた置物や、母の化粧品の入った小物入れ。

 決して整理整頓されている訳では無かったが、とても懐かしくて見ていると心が落ち着いた。


 ふと、些細(ささい)な違和感に気づいた。

 寝るときは足元側にコタツテーブルがあったはずなのに今は頭側に来ている。

 そう言えば子供の頃寝相が悪かったなと、昔を思い出して、小さく笑った。


 母は隣でまだ寝ている。

 ほっとした。


 時計を見ると六時過ぎを指している。

 いつも起きる時間に自然と目が覚めていたのだ。

 子供の頃は寝起きが悪すぎて母に起こしてもらう毎日だったのに、習慣とはすごい。

 そして、仕事に行かなければと言う義務感がないと言うのもとても素晴らしいと感じた。


 ──そう言えば、今日って何月何日?


 辺りを見回すと、壁にかかったカレンダーが目に留まる。

 カレンダーは七月のページで止まっていた。


 ──こっちでも七月なのは変わんないのか。


 しかし残念な事に、月(めく)りのタイプのカレンダーだったため、今日が何日かまではわからなかった。


 ──もしかして、日付は一緒だったりして。


 だとすれば、今日は七月の十九日になる。

 だが、如何(いかん)せん、今のあゆみには確かめようがなかった。

 考えていてもしょうがないので、日にちについては後で確認することにして、 まずは自分の布団を片付けた。

 畳んだ布団を押し入れに入れる。


 ──懐かしい。


 こんな単純な作業だけで自然と笑みが(こぼ)れた。


 ゆっくりと台所へ向かい、ステンレスのシンクで顔を洗った。

 丁寧に(くし)を通し、小さな手に四苦八苦しながら、どうにか髪をまとめた。

 自由気ままな天然パーマ特有の髪質は、思いの外まとめづらかったので、前髪は編み込みでサイドに分け、そのままお下げ髪にする事でうまくまとまった。


 次に、もう一度台所に向かい、冷蔵庫を開けてみる。

 ある程度の調味料は揃っているし、卵に、ベーコン、豆腐、レタス、きゅうりがある。

 一通りまともな朝食が作れそうだった。


「んー、お米はどうするかなぁ」

 幼少期に戻って、まずすること。それは痩せることだった。

 元々は自分のダイエットだけを考えていたのだが、昨晩母を見て考えを改めた。

 このまま行けば数年後には糖尿病を(わずら)う母の為に、二人一緒に減量する必要があった。

 自分は学校の給食があるし、母は勤め先の病院で弁当を買って食べていたはずなので、あゆみが管理できるのは朝と晩の食事だけになる。

 炭水化物はダイエットの大敵なので、極力量を減らしたい。

 そうすると、朝食で米を摂取するのは避けなければならない。

 米を炊くのはやめて、あゆみは味噌汁を作ることにした。


 しかし、そこで問題が発生した。

 鍋はシンクの上の棚に置いてあり、この身長では届かない。

「うぇ、どうしよ・・・」

 何か踏み台に出来るものはないか、そう思って視線を巡らせると、洗濯機の横に空の洗濯カゴを見つけた。

 比較的硬そうなプラスチックで出来ている。

 これならば高さは充分だし、今の肥満児体型でも恐らくギリギリ壊れないだろう。

 カゴを逆さまにしてシンクの前に置いた。

 何度も上り下りするのは大変なので必要そうな器材をまとめて取る。


 ようやく準備が整った。

 片手鍋に水を張り、火にかける。手前のコンロにフライパンを起いてこちらも火にかけた。

 その間にレタスを千切り、薄く斜め切りしたきゅうりと一緒にザルに入れ、軽く水で洗った。

 フライパンに薄くサラダ油を引き、ベーコンを4枚並べる。

 じゅうじゅうと油が跳ねる音と、美味しそうな香ばしい匂いがしてきた。

 小さい手には菜箸(さいばし)は大きすぎたので、フォークでベーコンを裏返し、その横に卵を二つ割り入れ、少しだけ水を流し入れたら蓋をして弱火にする。

 その間に、沸騰した鍋に乾燥ワカメと一口大よりも少し小さめに切った豆腐を一丁入れて、顆粒だしを入れる。

 水気を切った野菜を皿に並べ、マヨネーズを少しだけかけた。

 フライパンの蓋を開けると、良い感じに卵の黄身に白い膜が張り、美味しそうなベーコンエッグが出来ていた。

 卵を潰さないように慎重に皿に盛る。

 ひっくり返してせっかく美味しそうに出来た料理をダメにしてしまう前に、先にコタツテーブルにその皿を並べた。

 台所に戻ると鍋がグツグツと音を立て、ワカメが水気を吸って元に戻り、鍋の中で豆腐と躍っている。

 火を止めて合わせ味噌を溶かし入れ軽く混ぜたら茶碗に注ぐ。


「うーーーん・・・」

 出来上がった食卓をみてあゆみは(うな)った。

 白米が無い分、味噌汁とベーコンエッグだけではとても貧相に見える。

 子供の自分ならまだしも、これから仕事に行く母の朝食としてはかなり少ない。

 同じ職業を十年以上も続けてきた今のあゆみだからこそ、気づく。


 もう一度冷蔵庫を開けてみた。

「んー、何か使えそうなものー・・・あっ、あった!」

 冷蔵庫の奥に、ヨーグルトを見つけた。そして、蜂蜜も。

 ついでに、麦茶も取り出す。

 小さめの器にヨーグルトを盛り、その上から蜂蜜を垂らした。琥珀色の蜂蜜が白いヨーグルトの上でキラキラと光っている。

 ガラスのコップに麦茶を二人分注ぎ、朝食が完成した。


 時計を見るともう七時前になっていた。

 急いで着替えを探す。

 学習机があるのと、今の自分の背格好なら恐らく小学生の低学年くらいだろうと高を(くく)り、タンスの中から小学校の制服を見つけ出して手っ取り早く着替えた。


 ──化粧しなくていいってめっちゃ楽ぅ。


 準備は整った。

 後は母を起こさなければならないが、うまく子供の振りが出来るかわからないし、この時代の母と大人の自分で話すのは初めてなので、少し緊張していた。

 あゆみは気持ちを落ち着かせるために深呼吸をした。

「っ、こほん」

 意味もなく咳払いをする。

「おっ、お母さん、起きて」

 蚊の鳴くような声だった。

 ここ十何年『お母さん』なんて呼んでなかったのだ。これは思っていた以上に恥ずかしい。

 しかし、母は起きない。

 意を決して、もう一度声をかける。

「おかあさんっ、お、起きて!」

「・・・ん、うぅん・・・」


 ──起きた!


 心臓が跳ねる。

 あゆみに起こされた母が寝ぼけ(まなこ)のまま、ゆっくり身体を起こす。

「いま、何時?」

「・・・・・・。」

 七時前だよ、と答えたかったのだが上手く言葉が出なかった。

 答えを待たず、自分で時計を確認した母の目が見開く。

「七時!!!寝坊した!」

 言葉通り飛び起きた母がバタバタと台所に向かった。あゆみは身動きが取れず、慌ただしく動く母をただぼーっと見ていた。


 ──お母さんがあんなに機敏(きびん)に動いてる。


 思わず涙ぐんだ。

 懐かしさと嬉しさと、少しだけ切ない気持ちを感じて胸が締め付けられる。


「ごめん!ご飯作るから着替えてて!!」

 台所からそう叫んだ母の声に、はっと我に返りすぐさま返事をした。

「おかあさん!ごは、ご飯もう出来てるよ!」

「えっ?」

 母は驚いて台所から顔を出すと、テーブルに並んだ食卓をみて絶句した。

「・・・え、これ、あゆみちゃんが作ったの?」

「う、うん」

「え・・・」

 彩りよく、ホカホカと湯気を立てている朝食に母の目は釘付けになっていた。

 あゆみは居心地の悪さを感じながらも、ぎこち無く立ち上がると、食卓に座り(はし)を取った。

 立ち尽くす母を見上げ、これまたぎこち無く笑いかける。

「時間ないから、食べよ」

「あ、そ、そうね」

 戸惑いながらも向かいに座り、二人して食べ始める。


「・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・。」

 沈黙が辛い。

 母もそう感じたのか、リモコンを手に取りテレビをつけた。

『おはようございます!時刻は七時となりました!七月十九日、今日が終業式という所も多いのではないでしょうか』

 タイミングよく始まったニュースの女性キャスターが、早朝とは思えないテンションで話しかけてきた。

「あぁ、そう言えば、あゆみちゃんの所も今日終業式だったわよね」

 ニュースの声に平静を取り戻したのか、母はレタスを口に運びながらあゆみに話しかけた。

「えっ、あ、あぁ、うん」


 ──終業式か!やっぱり七月十九日で合ってたんだ。


 適当に合わせつつ、味噌汁を(すす)る。出来立ての味噌汁は熱くて、猫舌のあゆみには少し飲みづらい。

「じゃあ今日はお昼には帰ってくるのね。お昼ご飯どうする?」

「あぁ、適当に作って食べるから大丈ぶ・・・」

「・・・『適当に』って・・・」


 ──げっ!しまった!


 母が普通に話しかけてくるものだから、あゆみも素で返してしまった。

 小学何年生かはわからないが、こんな幼い子供が今までご飯を炊くことしか出来なかったのに、突然こんなしっかり朝食を作った上に、まるで大人みたいに『適当に作る』なんて言って不審がられないわけがない。

 まずいと思いながらも何も弁明出来ずにいると

「・・・どこで覚えたの?」

 そう母が問いかけてきた。

「・・・えっ?」

 反射的に顔を上げると、感情の読めない表情で母が見つめていた。

「『一人でできるもん』で覚えたの?」


『一人でできるもん』は、当時子供向けに放送されていた、小学校中学年くらいの女の子が自称料理マスターのマスコットキャラクターに教えてもらいながら料理を作るといった内容のテレビ番組だった。

 幼い頃、あゆみがよく見ていた番組でもある。

 ありがたい助け舟だった。

「そう!昨日、おみそ汁の作り方してたから」

 精一杯子供らしい話し方を心がけてみた。

 その言葉に納得したようで、母の目が少し和らいだ。

「そうなのね。でも危ないから、火を使ったり包丁を使ったりするのは、お母さんが見てる時にしなさい」

「うん、わかった。ごめんなさい」

「うん。・・・でも美味しいわ。お母さんびっくりしちゃった。こんなに美味しいご飯作ってくれてありがとう」

 そう言って母は微笑んだ。

 あゆみは胸が熱くなった。



なんか料理の描写って書いてるとお腹空いてきます・・・。


お腹空いた。

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