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私、人生やりなおします!  作者: 桃原ぴんく
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涙の誓い

 不思議な夢を見ていた。


 母と二人で住んでいた狭い部屋と、鉄筋コンクリート造りの小学校。

 長年通いつめた通学路に、何度も行った近所のスーパー。

 色あせた背景の中で自分だけが大人になっていて、周りは皆むかしのままの姿だった。


 勉強は何でも答えられたし、図工も習字もなんだって簡単に出来た。

 それなのに、友達との付き合い方を忘れたせいで誰にも話しかけられず、常に一人ぼっちだった。


 ──こんなはずじゃないのに。


 白線に並ぶ。

 小さな同級生達が同じように横一列に並んでいる。

 ピストルの合図で一斉に駆け出した。

 足が重くて思うように走れない。


 ──あれ、走るってどうするんだっけ。


 もたもたとしている内に、周りとの差はどんどん開いていく。

 自分を応援する声は聴こえない。

 もう誰の背中も見えなくなって、焦って走ろうとするがどうにも上手くいかず、脂肪まみれの三十代の身体は鉛のように重く感じた。

 呼吸が乱れ息が苦しい。

 鼓動が激しくなって心臓は今にも壊れそうだ。


 ──待って、待って!


 叫んでも誰も待ってはくれない。


 ──苦しい、助けて!


 泣いても誰も手を差し伸べてはくれない。


 ──ちがう、こんなはずじゃ・・・


 視界は涙で歪み、やるせない気持ちが胸を痛めた。

 苦しくて苦しくて、それでも足を止めることは出来なくて、何か求めて伸ばした腕が宙を掻く。

 脚がもつれバランスを崩し、そのまま抗う間もなく前のめりに倒れ込んだ。


 ──お・・・ち・・・る・・・。






「──────っ!!」


 落下する感覚と共に、目をしました。

 暗闇のせいで、ちゃんと目を開けているのかわからなかったが、(まばた)きが出来ていると言うことは恐らく大丈夫だろう。


 心臓がドクドクとうるさいし、強い倦怠感(けんたいかん)と汗でぐっしょりと濡れた身体が気持ち悪い。

 冷房を付けたまま寝たはずなのに、いつの間にか止まってしまったのか、夏独特の暑さが皮膚にまとわりつく。

 台風のせいで停電にでもなったのだろうか。

 汗で濡れた顔面に生温い風を感じ、()()()は動いているとわかる。それならば一時的に停電したものの、既に復旧したのだろう。


 ──いや、おかしい。

 うちに扇風機なんて無かった。


 違和感に気づく。

 確か、台風にやられて天井が落ちてきたはず。

 しかし、辺りは瓦礫一つない。


 ──あれも夢?


 夢と現実の区別がつかない。

 ゆっくりと身体を起こす。

 いつもなら持病の腰痛と、最近『四十肩』の診断名をもらたばかりの右肩の痛みを庇って毎朝とても起きづらいのに、なぜか今はスムーズに起きれた。

 寝ている場所も何だかおかしい。

 シングルサイズのベッドに低反発のマットレスを敷き、マットレスカバーも肌触りの良い物をを使っていたのに、何故か下が堅いし少しごわごわする。

 わけもわからず辺りを見回した。

 時計のカチコチという秒針の音と、扇風機の風の音だけが聴こえる。

 目が暗闇に慣れ、次第に周りの様子が見て取れるようになってきた。


 視線が低い。

 どうやら、畳に布団を敷いてあるようだ。

 周りには六段造りのタンスや棚やらの家具が所狭しと並んでいる。

 部屋の奥には子供用の学習机が場所を取っている。

 自分の真向かいにはコタツテーブルが裸の状態で置かれ、その横には今では殆ど見なくなった箱型のブラウン管テレビがあった。


 治まりかけた鼓動が、またゆっくりと走り出す。


 ──もしかして、まだ夢みてる?


 どうにも見覚えがある。

 いくつかは記憶にも残ってないくらいの家具や家電たちもあるが、この配置、そしてこの匂い。はるか昔の記憶が蘇る。

 これまで幾度も幼少期に住んでいたこの部屋を夢にみてきたが、ここまでリアルではっきりとした感覚の夢は今まで一度も見たことがなかった。

 布団の感触に、熱帯夜にも近いこの暑さ、畳と古い家具独特の匂い。


『もしも、一つだけ願いが叶うなら、何を願う?』


 あの声を思い出した。


 ──まさか、まさか、本当に?


 胸が踊る。

 あゆみは恐る恐る自分の手を見た。

「!!・・・・・・小さい」

 むちむちと肉付きの良い小さな両手が、グーパーグーパーと動いている。

 肌荒れの知らないすべすべの頬。昔は嫌で嫌で仕方がなかった縮毛矯正をかける前の、天然パーマでクルクルの多少絡まってぼさぼさ髪の毛。

 膨らみの消えた胸に、だらし無く垂れていた腹もぽってりとした子供特有のものに変わっていた。


「あたし、子供に、戻ってる・・・」

 そう呟いたあゆみの隣で、何か動く気配を感じた。

 もしかしてという期待とこの状況ならばという確信を持って、右隣を振り向く。


 ──居た。


「お母さん・・・」

 心が震えた。


 持病を多く抱え、六十代半ばにしてシルバーカーが無ければ五十メートルも歩けず、独居も自分との同居も難しく止むを得ず老人ホームに入った母。

 (しわ)くちゃで、おばあちゃんの様に弱々しい母。

 甘える事を諦め自分が今後一生面倒を見ていくのだと、そう覚悟を決めたのは、もう何年前のことになるだろう。


 その母が、若く、元気な姿で横に寝ていた。

 嬉しかった。

 母親として、そこにいる事が。

 自分よりも遥かに大きな存在で居てくれる事が。


 そっと、起こさないように気をつけて母の布団に入り込んだ。

 腕の中に潜り込み、抱きついた。

 熱帯夜なんて全然気にならなかった。

 汗と涙でぐしょぐしょの顔を母の胸に埋める。

 嗚咽(おえつ)を噛み殺し、溢れる涙を静かに零した。


 ──どうか、どうか、夢でありませんように。


 母がそっとあゆみの頭を撫でた。

 温かく、大きな手だった。


 到底夢とは思えないほどリアルなこの状況に、あゆみは心に誓った。


 この人生では、絶対に母を守ると。



昔の夢ってよく見るんですよね。

母の夢も。

たまに懐かしすぎて起きたら泣いていた事もあったりします(笑)

そんなお話。

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