おとぎ話
1日後。
リハビリ...という名目で病院の外を二人で散歩していた時のことです。
「あの、ソエルさんは...」
「ソエルでいい、二人しかいない。だから他人行儀だと、変な気分になる」
「そうですか?私は平気ですけど」
「俺が気になる。けど、強制はしない。でも俺はエウアって呼ばせてもらう。そちらの方が慣れてるからな」
「わかりました、ではソエルさん」
笑顔で、話しかけてくるエウアはアンドロイド...もとい機械には見えないぐらい精巧にできている。
...らしい。
不用意に近づくのは、気がひけるためできない。
「なに?エウア」
「ソエルさんは、どんな子供でしたか?」
「それは、つまり。幼少期を聞きたいってことでいいのか」
「他に意味がありますか?」
無い。ただ、少々話すのが億劫なだけ。
「...わかった。昔...小学生ぐらいでいいかな」
「小学生...7歳から12歳までですね!構いません!是非聞かせてください!」
目を輝かせて、嬉しそうだ。
その目は、読んで字の如く「キラキラ星」が一番当てはまる。
これでは、断りづらい。
渋々、語り始める。
「そうだな、小学生は、とにかく不器用だった...って今もか。
まぁ、無邪気で、自己中心的で、周囲を一切考えず、なんでも自分が一番じゃないと気が済まなかった。だが、メンタルが弱く、すぐ拗ねる。言い表すなら「ガキ大将」に憧れた泣き虫だった」
家もそこそこの金持ちだった。
今思えば、小学生の頃が一番自分に忠実にで正直だったかもしれない。
「意外です。もっと、静かな子供だと思っていました。なんか、こう、教室の隅で本を読んでるようなイメージでした」
「それは、中学の頃だ」
「あはは」
「あと、カンドゥムが好きだった」
「カンドゥム?」
「カンドゥム知らないのか?機動兵器カンドゥム。アフロ・レイダーとか、知らないか。DB3が好きだったんだけどな」
知らないのか、文化には疎いのか。
「ま、まぁガキ大将に憧れた時期は、低下学年までだった」
「低学年...1から3年生のことでしょうか?」
「そうだ。高学年からは、人と触れる時間を、回数をかなり減らして過ごしていた」
「なんで...って聞いても?」
「...」
心身共に成長したから、と言ってもアンドロイドに成長の概念があるとは考えづらい。
それに...
「あ、ああ。うん。構わない。そうだな、その頃から不器用が本格的に猛威を振るい始めたから。って言えばわかるか?」
「...うーん、すみません。サッパリです」
「その頃の子供は、自分という存在を確立していくんだ。俺はその頃に、不器用で多数の相手を何度も傷つけてしまって、ほとんど一人で過ごしていた」
「...よくわからないですね、人の子って。産まれて自分が居るのに、自分を確立するって」
確かにそうだ、存在としては自分は確立している。
「言い方が悪かったか、その頃に自分がどんな人間なのか知るんだ。自分のしてきたことを振り返って」
「あぁ、なるほど。それまでをテストだとすると、採点した後ですね」
「まぁ、そうなる。結果が出た後だな」
当たらずとも遠からず。
例えが機械らしい、といえば機械らしい。
「それなのに、誰とも分かち合おうとも思わ
なかったのですか?採点して、比べたりは...」
「できなかった...というより、しなかったが正解。採点するスピードが、周囲より早くて、デキの悪い自分を知られるのが嫌で避けた。で兄貴がこの頃中学に入り、親が兄貴に程いっぱい。俺のことはほったらかし。採点の終わったばかりの子供から、本来なら親は目を離してはいけない」
「どうしてですか?」
「精神的に不安定だから」
「だから、周囲を気にしだしたわけですね。というか、お兄さんがいたんですか」
確かに、人の視線が嫌になったのはこの頃だった。
「いたよ、デキの良い兄貴が。中学に入るなり、野球部に入って未経験のくせに、スグにレギュラー入り。1年生後半では、ピッチャーまで登りつめてた。そんな、兄貴に親が目をつけて全力で応援。俺なんかにも目もくれずにね」
「野球...あの棒と玉を使ってやるベース型のスポーツですよね」
「そうだ。投げたり、打ったり、走ったりする。ピッチャーは、投げる人。相手に打たれないように上手く投げる。それなりにセンスだって必要だ。そんな兄貴を俺は、尊敬しながらも嫌っていたよ。単純に嫉妬してた。
「そうだったんですね。では、中学生の頃について聞かせてください」
嫌な雰囲気を察したのか、エウアは深くは追求してこない。
アンドロイドにここまで気を遣わせてしまって良いのだろうか?
「あ、あぁ、わかった。...中学生は、さっきも言ったように本をよく読んでいた。夢は詩人。部活も入って、副部長にまではなったが兄貴の足元にも及ばない。その頃から、比べられるのが嫌いになり、勉強もほとんど勉強しなかった。いつも順位は全体の中間程。
友人関係もそれなりに築いた」
「今の感じに近づいてますね。中学時代が基盤ですかね」
厳密に言ったら小学生高学年だろうが、意識し始めたのは中学生から。つまり、問題なし。
「高校生から、いや、高校生も紆余曲折だった。せっかく受験して受かった高校をわずか数ヶ月で辞め、通信制の高校に転入」
「受験ってなんですか?」
「どれだけ勉強が身についているのかのテスト。実力があればほぼ受ける高校は自由だ」
「自由なのに、テストするんですね。ほんと、よくわかりません。自由にしたり、拘束したり。規則性がありません」
機械脳。
機械にほとんどの優劣がないからこその考え方。
「そもそも側から見たら、人間は人間ですよ。人間が決めたルールに乗っかって上下関係を作られても、見た目は変わりません。人間は人間。それを超えられないってわかってるのに、優劣をつけたがるんですね」
「人間は、自分より弱い奴がいないと気が済まない生き物」
「そういうもんですか?」
「そうだ」
「で!そのツウシンセイ高校では?」
「通信制高校は、不定期的に学校行ったり、レポート出したりしていた。性格も中学からあまり変わらず。無事卒業する頃には、戦争が始まった。この歳に成れば、戦争に駆り出される。そこで、中学時代の友人に会ったりもした。名前は、ロキト。ロキト・モリーン」
「ロキトさんですね。どんな人だったのでしょう?」
「ロキトは、自分に正直で、他人に口出しするくせにいざ自分のこととなると、行動力がないヤツだった。そんなヤツが、俺と同期で、同じ階級まで登りつめた」
ロキトには、中学から助けられることも多かった。一方的に思ってるだけかもしれないが、当時本音で話せただけでも十分な救済だったためだ。ただ、傲慢な男だった。それが功を奏してきた人間なのかと軍人になってから、よく思っていたものだ。
「きっと、面白い人だったのでしょう」
「本人の趣味により主に、女性に嫌われていた男だ」
「セクハラですか?」
「いや、よく美少女ゲームばかりしていたため妄想が...発言が...」
「あっ、そこまででいいです」
今亡きロキト。大儀であった。
「それで、軍のことも話すか?」
「どうしましょう......ここまできたら、全部聞かせてください。今に至るまで」
少し、エウアの表情が硬かった。先程までの明るい話ではないから。
無理もない、これから多くの仲間を殺した集団の話をするのだから。
「軍では初陣で偶然勝利を収め、家柄がそこそこ良かったために最終階級は少佐。軍部がやけに気に入ったらしく、小隊の隊長をしていた。小隊名はDF小隊。ドラゴンフライ小隊」
エウアの顔が強張った。
それでも、続ける。これも、覚悟していたことだろう。
「DF小隊。その特徴として、隊員全員がゴーグル装備、ほぼ全隊員がクセ者。夜戦が主に任務。遊撃をしていたがため、トンボ(ドラゴンフライ)の名前がつきました。そして、アンドロイドを一番多く殺した小隊...ですよね。DF小隊の二つ名は...
「「Thanatos」」
「知ってたか。有名だから知っているもの当然か。あと遊撃以外にも、暗殺もかなりした」
「...」
「...怖いか?」
「正直に言えば、怖いです。でも、今のソエルさんからはThanatosとどうしても結びつかなくて」
「俺はただ指揮と、狙撃をしていた。そこまで、アンドロイドと顔を合わせていないから無理もない。よく言われた。Thanatosと結びつかないって」
Thanatosと言うたび、エウアの肩に力が入るのがわかる。
言ってみれば、たまたま話しかけた人がシリアルキラーだった。みたいな感じなのだ。
ただ、今は状況が違う。
「少しずつ、受け入れて欲しい。俺も許されようとは思っていない。ただ、知っていて欲しかった。殺したいなら、殺せ。俺はエウアに殺されても文句は言わない」
衝撃的なカミングアウトから、数時間。
私は受け入れることにしました。
ソエルさんは、優しい人だから、不器用な人だからあんな風にした伝えられなかったんだと思う。
だから、私も...いつかは言わなくてはいけませんね。
受け入れてもらえるでしょうか?
...きっと、受け入れてくれると信じてます。
あぁ、動力炉が痛い。
今までこんなこと無かったのに。
なんだか、怖いはずなのにふわふわする。
ソエルさんに受け入れることを話してみると。
「そうか、お前は優しいな。そして、強いな」
ソエルさん程では、無いと思います。
ソエルさんが異常なだけです。
そう返してから、数日。
いつものようにリハビリをしていると、ソレは突然現れました。
「お、おい!そこの下郎!」
「...誰を指している?」
「お前だよ!そこの白いの!」
私は、青い感じなので『白いの』というと。
白衣姿の...
「俺か。そもそも、全滅したんじゃなかったのか」
「よかった...他にも人がいた...」
見た感じ、ただの幼い人間の子供に見えます。
「下郎と同じにするな!あたしは違う!」
どうやら、小さいのは外見だけのようです。
ソエルさんは、少し嫌な顔をしてます。
「あたしは、なあ!...」
「いいから、で。用はなんだ」
それでも、冷静に対処するソエルさんはやっぱり軍人です。
「そ、そのだな」
「な、なんでしょう?」
「食料をだな」
...
「得体の知れないやつに、分ける食料は無い」
わかってはいました。この状況下、食料の話題なら...
「まだ何も言ってない!」
まぁそうなりますよね。
「そんな...イジワルはやめません?」
一応、仲裁に入ります。
「甘いよ、どこかの馬の骨かもわからない幼女にやる食料なんてない」
スパッと切られました。
「あのな、節約して2ヶ月分。普通なら1ヶ月しか持たない貴重な食料なんだ」
この病院は小さなもので、そもそもの備蓄もあまりありませんでした。そこに、戦争が始まったことで備蓄が貴重になってしまいました。
「うぅぅ...食料を」
「断る」
アンドロイドでも、食料は必要です。
ただ、人間よりも少量で倍の活動ができるので2日に一回でも問題ないはないと言えばないです。ただ、ひもじい感覚はあります。
...とりあえず、助け舟を出しておきます。
「ソエルさんは、見知らぬ人にやる食料は無いと言っています。なので、知人になって見たらどうでしょう?」
ソエルさんは、根は優しい人です。なので、きっとわかってくれるはずです。
...露骨に嫌な顔しないでください。
でも、言動は。
「そういうことだとさ、でどうする?」
「...うぅ」
名前はルシル。
種族は妖精...らしい。
年齢は不明。見た目は8歳ぐらい。
性別は女。
「で...」
特徴。
「食欲旺盛」
「ですね」
参ったものだ。食糧庫を確認したが、残りを二人で計算すると3週間分。もちろん、節約した場合の話。
「間違えたことしたのか...俺は」
「あは、あはは」
エウアも苦笑い。
どうしたものか...
「これからどうやって生活しようか、エウア」
「どうしますか?これ...」
だから、嫌だった。
昔こんな上官がいた。
そのときもそうだった。
ロクな結果にならなかった。突撃するときも、明らかに突撃し過ぎのはずなのに突撃。
もう、特攻部隊となんら変わらないぐらいに突撃。味方の半数が死に、撤退を余儀なくした。
「残った食料は...」
ぱっと見。
水分が抜けてシワシワになった人参。
芽が出ているジャガイモ。
比較的問題なさそうな玉ねぎ。
「カレーか」
そして、ルシルが食べている...訂正。
飲んでいるのは、スープカレー。
絶対抜いただろ。野菜。
...一応、他にはカロリーメイクとレトルトカレー。ドライフルーツに、缶詰。
これで...何日もつのだろう。
斯くなる上は...
パロディ...かも?