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 腕に走った痛みに、オーレンはぐっと眉をよせた。


「ってぇ…もうすこし、丁寧にできねぇのかよ」


 ぶつくさと文句を言いながら、オーレンは左腕の傷の具合を見ているリディオへ首を捻った。リディオはオーレンの愚痴など耳にはいっていないかのように、川で濡らした手巾を傷口へと滑らせた。

 そのひやりとした感触と沁みる感覚に、オーレンは身体を震わせ、反射的にリディオから身をひこうとした。ただ、これもリディオには予測済みのことだったらしい。


「動くんじゃない。手当がしにくい」


 すでに、がっしりと肩を押さえられていた。

 嫌そうなそぶりをみせるオーレンをよそに、リディオは血に汚れた切り傷を丁寧に拭っていく。無茶な動きをしたせいでいまだ塞がっていない傷跡は生々しかったが、さほど深い傷ではないようだ。


「……大体、切られるなんておまえが未熟な証拠でしょ。傷の痛みくらい、我慢するんだね」

「おまっ……よく、あの状況でそういうことが言えるな。あれが精一杯だったんだよっ」


 かすかに安堵の息を零しながらも軽口を叩いてくるリディオに、オーレンは開いた口が塞がらないとばかりに言い返す。


「大体って言うなら、もともとはザックのやつだろ? 自分が連れてくとか言って、逃げられてりゃ世話ないぜ」

 おまけに短剣まで抜きとられて。


 オーレンたちのいる岩陰からでは姿が見えない仲間を非難する。それでも一応声を潜めるのは、頭ではしかたのないことだったとわかっているからだ。


「おまえだって傍にいたんだろ。なにやってたんだよ」

「応戦してた。それこそ、同じように傍にいたおまえに言われたくないよ。――それにしても」


 アレはなんだったのか、と考えこむ風で眉をよせたリディオに、オーレンも相づちを返した。

 あの時起こった揺れは、地震やどこかで発生した地滑りの類ではなかった。突きあげる感覚が襲ったのは一度だけで、その前にもあとにも予兆も余韻も感じられなかったのだ。

 あれがなければ、戦場にアレクが行動を起こす隙など生じなかったはずである。その一瞬を、密かに機会をうかがっていたアレクがうまく捉えたとはいえる。

 が、どこか腑におちないものをオーレンは感じていた。

 なにが、とはうまく説明できない。できないのだが、勘ともいうべき部分が事態の不可解さを告げてくるのだ。

 首を捻ったオーレンは、ふと思いだしたように、リディオを見上げた。


「そういや、アレクは? あの時様子がおかしかったから、気になってたんだ」

「そういえば……」


 雑嚢から乾いた布をとりだそうとしていたリディオも顔をあげた。岩のむこうを見遣るように、首を伸ばす。


 あの戦いの後、オーレンたちは山間にある谷へと身を隠していた。出発前、もしも敵に遭遇した場合に落ちあう場所として、あらかじめ指示されたところだ。

 さほど大きな谷ではないが、その斜面は急で、慣れた者でなければおりるのに苦労する。

 おまけに河岸に近い場所以外は鬱蒼とした木々が覆っており、上からは川の流れが隙間からかろうじて見える程度だ。対岸からなら丸見えでも、上から姿を探すことは容易ではない。

 そういった意味で、ここは身を潜めるには適した場所だった。

 険しいがゆえ、上から人がおりてくるのに気配を隠すことは難しい。それが山になど不慣れだろう、よせ集めの兵たちであればなおさらだ。


 もともと村へ帰るためには越えなくてはならないこの場へ、隊員たちが三々五々に集まる手筈になっている。いち早くあの場を抜けだしたオーレンたちは、仲間が無事に姿を見せるのを待っている最中だった。

 怪我を負ったオーレンは、いまだ不安定なアレクをほかに託し、こうして手当をしている。アレクの視界にはいらない物陰でするのは、動揺の原因がオーレンの怪我にあることがあきらかだったからだ。

 おそらく、切り伏せられて倒れていった村人たちを思いだすのだろう、とはリディオの言である。


「五・六人はあの場にいたから大丈夫だと思うけど、って――ん?」


 巡らせた頭を不自然に止めたリディオに、オーレンが「どうした」と問う。思わず脇に置いた長剣に手が這うのは、身体がさきほどの緊張感を忘れていないからだ。


「いや、こっちへくる」

「あ? なにが?」

「だから、アレクが」


 この岩の方へアレクが走ってくるのだ、と続けたリディオに、オーレンは軽く眉をあげた。ほかの連中はなにをしているんだ、とか、大丈夫なのか、など頭に浮かぶのが、そのまま顔にでたらしい。『さてね』とリディオが肩を竦めて返してきた。

 右腕を支えにして、オーレンは身体をうしろに傾げ、岩のむこうを覗く。たしかに、近づいてくるのはアレクだった。その奥にはほかの隊員が変わらずいるのが見える。

 アレクは岩陰から顔をだしたオーレンに気がついたらしい。小走りにこちらにむかっていた足が、一歩二歩と勢いを失くして止まった。ここからでも読みとることのできる表情は不安げで、さ迷う視線がオーレンをうかがっている。

 オーレンはそんなアレクに苦笑した。自分に叱られたりした時の妹の仕草にそっくりだったのだ。


「そんなとこに突っ立ってないで、こいよ」


 怪我の手当の最中ではさすがに手招きはしかね、オーレンはアレクに声を張りあげた。

 笑いを含んだ声色に、アレクが躊躇いがちに足を進めてくる。

 オーレンとリディオはそれ以上なにも言わず、アレクが近づいてくるのを待った。

 岩のむこうで再び止まったアレクに、リディオが「いいからおいで」と声をかける。それに励まされるようにアレクは岩を回りこんできた。

 手をうしろにして、やけに神妙な顔つきでこちらを見下ろすアレクへ、オーレンは含みのない笑顔をむけた。


「もう、大丈夫か? 身体はなんともないのか?」


 問えば、アレクが浅く頷きを返す。


「こいつの怪我なら、心配ない。もともと丈夫なやつだから、すぐよくなるさ」


 リディオがそうオーレンの左肩を叩いた。走った痛みにオーレンは顔を顰め、さすがに文句を言おうとするも、


「……ごめん、なさ、い」


 弱々しく空気を震わせたそれに、結局は口を閉ざすことになった。

 リディオを非難のまなざしで睨みあげつつ、アレクへと視線を移す。疼く痛みを耐え、笑いかけた。


「いいさ。リディオの言うとおり、こんな傷くらいすぐ塞がる。それよりおまえ、もうあんな無茶するんじゃねえぞ?」


 しょぼんと肩をおとすアレクに後悔の色を見て、オーレンは小さく吐息を零し、右腕を伸ばした。アレクの腕を、もういいから、と軽く叩いてやる。


「むこうに戻ってろよ。手当なんて、見てても気持ちいいもんじゃないだろ」

「ぁっ……こ、れ」


 促したオーレンに、アレクが慌てた様子で目をあげた。

 なんだと見つめるオーレンとリディオの前に、おずおずとうしろにしていた右手をさしだしてくる。握られていたのは、この季節にまだ青々とした色を残した野草だった。

 なんだ? と手の中を覗きこむようにしたオーレンの隣で、リディオが軽く目を瞠る。


「それは……もしかして、ケダフ?」

「ケダフだって?」


 信じ難いと草の名を口にしたリディオに、オーレンはまじまじとその葉を見つめた。

 ケダフは薬草の一種だ。その根は消炎・解熱の作用に優れ、葉は高い殺菌作用から傷の治療に使われる。

 だが、様々な条件が満たされないと発芽・生育しないため、発見が難しい。高い効能から医者や薬師の間では珍重されている薬草だった。

 オーレンも乾燥したものを見かけたことはあったが、生のものははじめて目にする。


「へぇ、これが。どうしたんだ? これ」


 オーレンが目線をアレクに移す。と、怯えるように萌黄色の双眸がそらされた。それでも細く開かれた唇から、かろうじて聞きとれるだけの声が零れる。


「……もらった」

「貰った?」

「だれから?」


 怪訝そうなオーレンとリディオの言葉に、アレクがそっと首を動かした。つられて目でその先を追った二人は、無言のまま互いに顔を見合わせた。

 アレクの視線の先にはだれもいない。これといってなにがあるわけでもなかった。ただ山の斜面が岩肌を剥きだしにしているだけだ。

 理由はわからないが、おそらくアレクは薬草のことを詳しく聞かれたくないのだ。そう納得しかけたオーレンに、しかしアレクは続けた。


「傷に効く、薬草が欲しいってお願いしたら……かれらが、くれた」


 山の方を見たまま紡がれるか細いそれに、答えるようにざわりと森が音をたてた。――木々を揺らす風もないのに、だ。

 瞬間、オーレンの脳裏に閃くものがあった。

 深く考える間もなく、それをオーレンは口にする。


「アレク、おまえ……もしかして、術士、か?」


 術士、の単語に震えた細い体が、オーレンの推測の正しさを伝えていた。






 治療を終えたオーレンとリディオの傍らで、アレクが身を縮め、膝を抱えて座っている。日がだいぶ西へと傾いた空の下で、ぽつりぽつりと言葉を綴っていた。


 以前の村がどんな様子だったのか。どんな暮らしを営んでいたのか。自分の家族や友だちのこと。父親が亡き祖父に代わって村長を継いでいたこと。

 そして――あの夜のこと。


 アレクが語るに任せ、二人はその内容に静かに耳を傾けていた。


「――村をでて、しばらくしたら、悲鳴が聞こえた。だから、急いで村に戻ったの」


 アレクによれば、アレクと父親の二人はあの晩、狩りのために夜が更けてから村をでたのだという。村から離れた沼へ、朝早くに集まる鳥たちを狙うためだったらしい。


「村のあたりの空が、赤い色をしてて……それで、父さんが『おまえはここにいなさい』って、一人で村に……」


 語るうちに状況を思いだしたのだろう。薄い肩が震え、声音が滲んでいく。

 そんなアレクの背中を、オーレンはゆっくりと叩いた。とんとん、と慰めるよう、力づけるよう繰り返す。

 自分を気遣う優しい刺激に力を得たように、アレクは途切れがちに胸のうちを言葉へ変えていく。


「ずっと、村のはずれの森で震えてた。身動きするのも、息をするのも、怖くて……怒鳴る声と悲鳴が、とてもよく聞こえた。む、村のみんなが襲われてるのに、なにも、できなくてっ。でも、いつ、自分のとこに怖いやつらがくるか、それが…ッ」


 声をつまらせ、一層身を震わせてアレクが両膝に顔を伏せる。漏れる嗚咽を必死に噛み殺そうとしているのが、痛々しく目に映った。

 アレクは自分だけが助かったことに、ひどい罪悪感を覚えているのだ。

 幼い身でなにができたわけでもない。それでも、すべてが終わるのをただ目を閉じ、耳を塞いで待つしかなかった自身を、アレクは許せないでいる。村を襲った者たちが自分を追っているとなると、なおさらだろう。

 そのことがオーレンとリディオには痛いほど伝わっていた。同時に、二人にはアレクの行動が正しいものであったことも、わかっている。どうしようもないことだったのだ、と。

 だが、どちらも慰めの類を口にしようとはしなかった。アレクの心の嵐がすぎ去るまで、互いの体温が感じられるほどの距離に、無言でより添っていた。


「……あの男、は」


 やがて、感情の波がおさまったらしいアレクが、小さく顔をあげた。ぽそりとおちた声は、擦れてひどく聞こえづらい。

 耳が拾ったそれに、あぁ、とオーレンは眉間に皺をよせた。


「あの胸くそ悪い野郎か。知ってるのか?」


 アレクの頭がかろうじてわかる程度に上下する。


「同じ、村の人…だった」

「――そっか」


 あの時の様子から、なんとはなしに予測はついていた。

 けれども、実際にアレクの口から告げられれば、嫌悪の念はますます強くなる。

 あの男は、同じ村の人間たちを裏切ったのだ。口振りや表情からして、やむをえない事情があったなどとは到底思えない。おそらくは自己の欲求と保身の赴くままに惨状を招き、それでいてなお悔いるそぶりすらないのだ。

 考えれば考えるだけ、オーレンの胸中に憤りが燻っていく。


「なぁ、あいつは」


 男がそうまで手にいれたかったものとは、なんだったのか?


 口先まででかかったそれに、オーレンはふと逡巡した。

 この問いは、おそらく、アレクが閉ざしている先へ踏みこむことになる。自らの考えが正しいなら、それは術士の力に関することだ。男がほかでもないアレクを執拗に追い求める理由を考えれば、ほぼ間違いない。

 切れた先を求めてむけられた、涙の乾ききっていない双眸に、オーレンの迷いが大きくなる。


「……ぃや」

「アレク。きみは、村が襲われた理由を知っているな。あの男がどうして、自分を狙うのかも」


 なんでもないのだと、話しを打ち切ろうとしたオーレンを、背後から別の声が遮った。深みのある穏やかな声音が、オーレンの躊躇いを切って捨てるように、核心に触れてくる。


「! 長っ」


 いつ、谷へついたのか、気づかぬうちにあったライナスの存在にオーレンは声をあげた。ただその声色は、驚きよりも制止の色合いを濃く映している。

 一方のライナスはオーレンに気を留める風もなく、まなざしをまっすぐにアレクの背へとおとした。


「あの連中は、簡単にはあきらめないだろう。今回はうまく蹴散らしたが、決定的な打撃を与えたわけではないからな。国境を越えても、もしかしたらということもある。今後の対処のためには、きみの話を聞く必要があるんだ」

「ちょっ、」

「オーレン」


 ライナスの言い様に、腰を浮かせかけたオーレンを制するように、名を呼ぶ声がする。静かな、しかし強さを秘めたそれは、リディオのものだ。

 オーレンが首を巡らせれば、アレク越しにリディオが小さく首を横にした。咄嗟に反駁しようとして、有無を言わさぬ瞳に押し黙る。


「アレク、勘違いして欲しくない。わたしたちはきみを迷惑と思っているわけじゃない。きみを、護りたいんだ」


 ライナスがアレクのうしろで身を屈め、川原に片膝をついた。まだ突然に襲った衝撃から抜けだせていないだろうアレクには厳しい言葉にも、まぎれもない温かみが宿っている。

 それがアレクにも感じとれるのだろう。

 身を固くして耳をそばだてていたアレクは、胸元を強く握り締めた。そのまま意を決したように立ちあがる。三対のまなざしが見つめる中で、アレクがゆっくりとライナスへむき直った。

 暮色に染まりはじめた空気の中でも、アレクが自身を奮いたたせている様がわかる。思わず口を開きかけ、しかしアレクの心を折ってはならないのだと、オーレンは自らを戒めた。

 痛みを堪えるように、アレクが瞼を閉じる。細い睫毛が震え、再び開かれた双眸には覚悟があった。


「あいつ、は――テイズは、金を狙ってるの」

「きん?」


 言葉の意味を捉えかねたように、ライナスがかすかに眉根をよせる。零れるように繰り返された単語に、アレクは首肯した。


「村から離れた使われなくなった鉄の採掘場に、何年か前に見つけた」

「……きみが、か?」


 それにもやはり無言で顎をひいたアレクが、首に手を回した。服の奥から手繰るようにひっぱりだしたものを、胸の前で掲げる。


 光を抱いたように、それは夕日影に眩いほどの輝きを返した。


「これが、教えてくれたから」


 眩しさに目を細めたオーレンの目に映ったのは、球状の珠だった。光を纏い、色の判別が利かないが、おそらくは薄い琥珀色をしているはずだ。

 それこそが術士の証、力の作用の鍵とされる――術士の最初の涙だといわれる水晶にほかならなかった。

 三人がじっと見つめていた珠を、アレクは光を閉じこめるように手に握りこんだ。


「……村は豊かじゃなかったから、鉄以外に金が見つかってみんな喜んだの。だけど、山は違うことも教えてくれた。金はあるけど、沢山じゃないって。大勢人がきて掘ったりしたら、あっという間になくなってしまうって」


 だから、村長だったアレクの父親は金鉱脈が見つかったことを、村のうちだけに留めた。場所を知る者もごく少数にかぎった。多くが知れば、それだけ外に広まる可能性は高まるだからだ。

 そうして、村の皆がほんのすこし楽に暮らしていけるだけの量を定期的に掘りだし、細工などにしたのだという。細く長く村の暮らしに繋げていこうとしたのだ。

 本来なら、そうした採掘は多くの労働力を投入して大量に掘りだし、ほんのわずかに土砂に含有しているものをとりだす。そこをあの村ではアレクという術士の力を利用して、少人数で作業をおこなっていたらしい。


「みんな、それで満足していたの。父さんは独り占めするようなことは、絶対しなかった。村のことを思って、ただそのことしか考えてなかった」

「きみのお父さんは、信頼されていたんだな」


 たどたどしく綴るアレクに、ライナスが目を細める。

 父を褒められたアレクはわずかにはにかんだが、すぐにその表情を憂いに染めた。


「でも……あいつは、納得しなかった。もっともっと掘りだせばいい、て。そしたら、大金持ちになれる。いつもそう言ってた」


 もともとデイルという男は、十年ほど前に村からでていった住人だったという。それがなにをきっかけにか、数ヶ月前村へ戻ってきた。最初はおとなしくしていたが、どこからか金の話を嗅ぎつけると様相が一変した。

 村長がもっとあるのを隠しているんだ、とだれかれ構わず吹聴するのに、村人たちはもともと彼を警戒していたらしい。採掘場へいく時も用心に用心を重ねて場所を知られないようにし、男の行動にも目を配った。

 それでも一番恐れていたことが、起こってしまったのだ。


 すべてを話し終えたアレクが、手にしてた水晶をさらにきつく握り締めた。身体が揺れ、力なく視線が落ちる。


「アレク……」


 そっと立ちあがったオーレンが名を呼べば、アレクは縋りつくように涙に濡れた双眸をあげた。


「……のせい? あんなもの、見つけたから…っ、こんな力があるから、村は襲われたの?」

「アレク、よせ」


 是とも否とも答えることができず、オーレンはただアレクの細い肩を抱く。こんなことしかしてやれない自身の歯痒さに、オーレンは胸が焼けるようだった。

 止まない嘆きは、耳を身体をとおしてオーレンを震わせる。


「あの時、父さんと一緒にいってれば……村のみんなは、死なずにすんだ?」

「――きみのお父さんは、喜んでいるよ」

「――――ぇ?」


 ふいに滑りこんだ声に、アレクが息を飲むのがわかった。なにを言われたのか理解できずにいる目が、ゆっくりと腰をあげたライナスを追う。


「村を護れなかった。それは、きっと無念だっただろう。けれど、きみだけは無事でいることに、お父さんは安堵していたよ」

「ど…して、わかる、の?」


 瞬きを忘れ、ライナスに見入るアレクの肩から、オーレンは静かに手を離した。

 代わりのように、ライナスが自らの膝に手をついて腰を屈め、アレクと目線をあわせた。


「なにを犠牲にしてでも、なにに替えてでも、我が子を護りたい。それが、親というものだ。わたしも二人の子の親だからな、アレクを残したお父さんの気持ちは、よくわかる」

「……ほんと、に?」

「ああ」


 目元に皺を刻んで、ライナスはアレクの頭に右手を置いた。


「だから、アレク。自分を許してやりなさい」

 自分を責めなくても、いいんだ。


 そう、頭の上にのせられた優しい重みに、アレクはただ涙を頬に伝わせた。



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