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ずらずらと人名が並んでいますが、雰囲気作りです。国の名前さえ把握してもらえたら、読むのに支障はありません。

 昼下がりの街は活気に色づいていた。

 石畳の路を車輪の音高く馬車や荷駄がいきかい、人々は隙間を縫うように急ぎ足だ。店が軒を連ねる界隈では、客と店主が声高に言葉を交わし、ひやかしに軒先を掠めて歩く者もある。

 晴れ渡った晩秋の空のもと、冷たく吹く木枯らしもどこそこの熱を空気が帯びていた。


「さすが、商いの街と言われるコルアン。何度訪れても、この賑わいは絶えることがない」


 感心しきりといった男の声に、隣に立っていた初老の男性が目元に皺を刻んだ。


「ロウハン山脈の西の端を遠くに望み、北と南の地が交わる場所ですからな。人と物とがいり乱れる――おいっ、そこ!」

 そっちじゃない。


 話の途中にも、馬車から荷物をおろし、店内へ運びいれる人足たちに怒号を飛ばす。


「まったく、人が苦労して買いつけてきた品だ、もうすこし丁寧に扱わんかっ」


 憤慨するその店の主である老人に、男は零れる笑いを噛み殺した。


「あなたを見ていると、自分も負けてはいられないと思える。今回もご一緒できてよかったですよ」

「なに、こっちこそ、この旅もあんたたちのおかげで無事にすんだ。感謝するよ、ライナス」


 そう言ったのを合図とするように、老人は手招きで店内から人を呼びよせた。

 走りよってきた若い男は、手にずしりと重そうな皮袋を持っている。


「さぁ、これが今回の報酬だ。受けとってくれ」


 目顔で示され、青年が手にしていた硬貨のつまった皮袋をライナスと呼ばれた男に渡した。その動きにぎこちなさが見てとれるのは、おそらく相手の威風堂々とした武人らしい姿からくる怯えだろう。

 ライナスは背こそ人並みだが、厚い胸板に太い手足が彼の体躯を実際以上に大きく見せていた。栗色の髪は短く刈りこまれ、相好を崩している今でも周囲を注意深くうかがう琥珀の瞳は鋭い。歳は四十前後であろう、日に焼け、皺を刻みはじめた面が厳しさを助長していた。


 ライナスはそんな相手の反応に慣れているのだろう。特に気にした風もなく、礼とともに若者より軽々と皮袋を受けとった。


「またなにかあったら、ぜひ声をかけてください。どこへなりともご一緒しますよ」

「それがな……そうも、いかん」


 いつもの科白を口にしたライナスに、老商人の声が憂いを帯びる。


「年が年ということもあるが――このあたりにも、きな臭い風が吹きそうでね」


 口調同様に表情を曇らせる彼に、ライナスの顔がさっとひき締まった。声が低くおちる。


「――トルディアーナが?」


 商人も頷くことこそしないものの、双眸がライナスの問いを肯定していた。


「もちろん、いますぐどうこうということはないさ。だが、若くして皇帝位を継いだグレイアムは先代ユリアム以上の野心家だ。ユリアムが没してより約十五年、彼の御世の礎は磐石なものとなり、今まで騒がしかった西南域が平定されつつある」


 なにより、といったん言葉を切ると、男は溜息をついた。愁色の濃いその顔はさきほどまでの矍鑠かくしゃくとした様とは一変、ひどく老けこんで見える。


「グレイアムの子が来年あたり初陣を迎えるという噂があるようでな。それらを考えあわせれば、次に彼の皇帝が目をむけてくるのは、ここエカルドであろうよ」

「グレイアムの子というと……エルファレムですか? だが、彼はまだ十二・三のこどもでは?」


 ライナスは眉を顰めた。いくらトルディアーナが武勇を尊ぶ気風であったとしても、若すぎると思えた。

 だが、ライナスの疑問に老商人はただ首を横に振った。


「上の者たちの考えることは、わからんよ。それに噂にすぎん。けれど、どちらにしろ戦火の拡大はまぬがれんだろう。エカルドはトルディアーナとは友好国の関係を結んできたが、国境からさほど遠くないこの街は南北の貿易の要所。一段落したところで見れば、さぞや魅力的に映るだろうさ」


 諦めたような、悟ったような表情に、それでも苦いものが隠しようもなく滲んでいた。


「トルディアーナの賢帝ライアナスの結んだ友誼の和も、風前の灯火よ」

「ライアナス帝が亡くなってより、二十五年余り……トルディアーナからは騒乱の足音しか聞こえない。大国が乱を招くから、いまや大陸各地が嵐の中。まったく、生き難い時代です」

「いかにも。――そろそろ、あんたのところも転身を考えた方がいいかもしれん。このまま隊商や行商人の護衛ばかりやっていたんでは、いずれ喰いっぱぐれるぞ」


 このまま戦場が広がれば、商人の行き来が困難になり、物流が滞る。民は兵に借りだされ、生産性が落ち、貧しくなり、ますます商業活動は低下の一途をたどる。

 戦火の中、儲かるのは武器商人だけだ。偉い方のお抱え商人でもなければ、細々と自分たちが食い繋ぐのがやっとだろう


 そう、滔々と自身より歳若いライナスに語って聞かせる老商人の様子は、息子に道を説く父親さながらであった。

 ライナスもおとなしく拝聴しながら、難しい顔である。


「――いずれは、考えねばならないだろうとは思っていますがね。これからは、ますます戦場における傭兵の需要も増えるでしょう。だが、今のままではまず人数が絶対的に足りない」


 それ以上に、戦場にて命を賭す覚悟を持てと告げることは、隊を預かる者としては苦渋の選択を強いられることに違いない。


「助言は感謝します。けれど、今しばらくはこのままで考えてみますよ」


 今は次の予定もありますから、とライナスが苦笑いで返せば、老人も『そうか』と顎をひいた。


「次は? どこへいくことになる?」

「噂の、トルディアーナですよ。このまま街道をとおってエカルドを抜けて……」

「――だんながたは、トルディアーナへいくおつもりで?」


 さきほどまでの雇い主の問いに口を開いたライナスを、背後からうかがうような声が遮った。なにごとかとライナスと老商人が顧みれば、立っていたのは一人の人足だった。荷を店へと運ぶ途中にとおりがかったのだろう。肩に重そうな箱をのせ、腰低くこちらを見ていた。

 すかさずそんな男を怒鳴りつけようとした老商人を制し、ライナスは彼へと身体のむきを変える。


「ああ、そのつもりだが。なにか、問題でもあるのか?」

「トルディアーナにはいるつもりなら、悪いことは言わねぇ、街道をいくのはよした方がいい」


 できるだけ穏やかに問いかけたライナスだったが、男のその科白に訝しげに目を細めた。


「どういう意味だ?」


 自然続く声音が固くなり、ライナスの変化に男は恐れるようわずかに身を退いた。


「か、街道沿いの検問所は、最近じゃ厳しくなったって、話だ。トルディアーナへはいるのもでるのも、通行証が必要だって聞く。おまけに、平野の国境付近はあっちの兵がよく出没するらしいし」


 そう早口にまくしたてる。

 男のもたらした話に、ライナスと老商人は互いの顔を見合わせた。その間に男は用はすんだとばかりにおざなりに頭をさげると、そそくさと店内へとむかっていく。

 去っていく男には構わず、二人はしばらく無言で視線を交わした後、


「……どうやら、あなたの読みは間違いなさそうだ」


 どちらからともなく長く溜息を落とした。






 共用の水場の近くにできた陽だまりに胡坐をかいていたオーレンは、手にした揚げ菓子の最後の一口を口へと放りこんだ。名残を惜しむように指を舐め、そこから望める店舗の軒先へと灰茶の目をやった。

 視線の先ではあいもかわらず、隊を率いるライナスがなにやら雇い主である――正確には、あった――店主と話しこんでいる。


「なぁ、おさはいつまでああやってしゃべってんだ? もらうもんもらったんだから、とっととひきあげればいいのに」


 遠目にも、ライナスの手にはがっちりと皮袋が握られているのがわかる。にもかかわらず、なにをそんなに言葉を交わす必要があるのかと、オーレンは不可解な顔だ。

 ぼやくような声に、笑いを含んだけだるげな声音が返る。


「多分、このあたりの情勢の話でもしてるんじゃないの。なに? オーレンはそんなに早く村へ帰りたいわけ?」


 木の幹に背を預け、半ば閉じられていたリディオの瞳が、灰色の髪のむこうでからかいを宿して藍色に輝いている。


「ンなんじゃねぇけど」


 口ではそう言うに留めるものの、その顔にはリディオの言い草に不貞腐れている様子がありありと浮かんでいた。

 むすりとしたまま、右膝に片肘をつき、掌に顎をのせる。拍子に目にかかった黒い前髪を、邪魔くさそうに払う。


「ここにいたって、たいした金があるわけでもねえから、おもしろくもないってだけだ」


 そのくせ、心惹かれる誘惑だけは山ほどあるのである。あちこちで肉や菓子の焼ける匂いや売り子の声があがり、店舗の中のみならず露天にまで見たことのないような珍しい品が並ぶ。


 懐の寂しいオーレンにはさきほどの揚げ菓子を買うのがせいぜいで、あとは見て楽しむくらいしかない。それも育ち盛りの彼の身にはなかなか辛いものがあった。

 かといって、こんな街中では暇つぶしにリディオ相手に剣稽古というわけにもいかない。剣を抜くどころか、棒切れを振り回していても衛士が飛んでくるに違いないのだ。

 かくして、できることのないオーレンは通りから離れた場所で暇を持て余すしかなかった。同じく彼の周囲には、遊ぶ余裕と気のない隊の者たちが数人たむろしている。


 そんな中の一人が二人の会話を聞いていたらしく、遠慮のない笑声をあげた。


「サラんとこの倅は、村が恋しくないか。頼もしいな。オレなんかは、早く村へ戻りたいばっかりさ」

「ザック、名前で呼べって言ってんだろ」

 いつまでもガキじゃない。


 苦虫を潰したような顔であげるオーレンの抗議も、ザックと呼ばれた男はどこ吹く風だ。彼にしてみれば、それこそ自分の子のような歳のオーレンなど、こども以外なにものでもない。


「本格的に冬がくる前に、なんとか村へ金をいれてやれそうだからな、よかったよ」


 ザックは構わず独り言のように言葉を紡ぎ、懐かしそうに南の方角を見遣った。そこからは見えるはずもない、ロウハン山脈のむこうにある光景に思いを馳せる彼に倣い、オーレンもまた南の空を仰いだ。


 さきごろの春、仲間とともに旅立ってきた村もそろそろ冬の足音を聞くころだろう。

 もともと流民が集まって作られた小さな村は、山間に隠れるようにひっそりとあった。わずかな土地に畑を耕し、森に獲物を求めるが、自分たちが食べていくのが精一杯だ。

 それが冬ともなれば、生活はさらに困窮する。

 吹きおろす風は冷たく、高い山に阻まれ太陽の恵みも薄い。一日中氷が溶けることのない日が続く有ありさまだ。雪が多くないことだけが唯一の救いだった。それでもいったん雪がふってしまえば今度は溶けることがなく、麓の町へでるにも一苦労する。

 そんな季節を前に、村へ金や買出しの品などを持って帰れるのを、隊のだれもが喜んでいた。村にはそれぞれに待つ家族があるのだ。


「おまえのお袋さんも、早く元気な顔が見たいと思ってるだろう。なにせ、今回がはじめての仕事だったしな」


 伸ばされた手でぐしゃりと髪をかき回され、オーレンは迷惑顔になる。それでも文句も言わず短くあいづちを返したのは、同じ思いが胸にあるからだ。

 昨年のリディオに続いて、まだ十五になったばかりのオーレンが今年から隊に加わったのは、父親がすでに無ない状況ゆえである。


 オーレンたちの村には、これといった産業がない。それは現金を得る手段がないということだ。狩りで獲れた獣の余った毛皮を売るのがせいぜいだが、それもごくわずかにすぎない。

 さらにいえば、国のあずかり知らぬ隠れ里であるから、おおっぴらに取引はできないのだ。


 だからこそ、村では下は十代後半から上は四十前後の有志の男たちが出稼ぎにでる。

 ライナスを長として隊を組み、主に護衛を任とする、所謂傭兵業だ。

 雇い主が隊商であることが大半で、一年以上にもなる長い旅をすることすらある。そんな時は得る金も大きいが、村には長期間現金がはいらない状況が続くのだ。

 その点、金額が多少目減りしても冬前に村へ戻れるのは運がいい。


 自分はまたすぐに山をおりることになるにしろ、母親と幼い妹にこの冬はすこしばかり楽をさせてやることができる。そう思えば、オーレンの心も逸った。

 隊で得た金は村において分配されはするが、当然隊の一員として働いた者には別に取り分がある。それがささやかであったとしても、家族にとっては貴重なのだ。


「ザック、オーレン」


 ふいに呼びかけられ、オーレンは遠く眺めやっていた目を、隣へと移した。リディオが軽く顎で示してくる方を見れば、こちらへと足早に歩んでくるライナスの姿があった。


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