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白の勇者

「私が!」


「いえ私が!」


 グリムとリンネが皿を取り合って争っている。

 神奈は苦笑顔になるしかない。


「どっちでもいいよ」


「今までカナさんの給仕は私がしてきたんです。今日昨日入った人に任せられません」


「これからは私がその任をこなそう。だから譲りなさいと言っている」


「カナさんは私がよそったご飯を食べるんです!」


「勇者様にご飯を献上するのは私だ!」


「もう我慢なりません、勝負しますか!」


「見くびってもらっては困る。私は魔術師相手の訓練も十分に積んでいる」


「俺、先に食うな」


 ライトがそう言って、鍋から野菜と肉をよそって食べ始める。


「ん。勇者殿、良い味付けだぞ」


「お腹すいたなあ」


 神奈は思わずぼやいた。

 それが、二人に決意を促してしまったようだった。


「よし、やりましょう!」


「リンガードの巫女、相手にとって不足はない!」


 グリムはそう言って片手剣と盾を構える。その表面が、淡く光り始めた。

 リンネの周囲には、氷の矢が所狭しと現れる。その手には、皿がきつく握りしめられている。

 今にも二人は激突しそうだった。


「あー、グリム君は、出発にあたって両手剣から片手剣に変えたんだっけ」


 神奈は、話を逸らすことにした。


「あ、はい」


 グリムが、神奈の方を見て頷く。


「見ての通り背中に両手剣も装着していますが、盾を装備するにあたって片手剣を使うようになりました」


「両手剣のメリットって何? 盾が持てないから不利に思えるんだけれど」


 かくいう神奈の覇者の剣は両手剣だ。盾を持ったことはない。


「一撃の威力とリーチですね。より攻撃的な武器というわけです。肌の硬い魔物も多いので、多くの冒険者がこちらの方を好んでいます」


「なるほど、リーチかぁ。皆の盾になる覚悟でそれを捨ててくれたと言うわけね」


「はい!」


 褒められたと思ったのだろう。グリムは表情を輝かせる。

 まるで犬みたいに目まぐるしく表情が変わる。


「けど、その剣は今誰に向けられている?」


 グリムは、バツが悪そうな表情になった。


「リンネも意地張らないの。給仕ぐらいほら」


 そう言って、神奈は皿を取り、鍋の中身をよそう。


「自分でできるからさ」


「はい……」


「申し訳ありませんでした……」


 氷の矢が消え、グリムは剣を鞘に収める。

 そして神奈は、昼食を黙々と食べ始めた。


「なんだか引率じみてきたな」


 ライトがからかうように言う。


「ガッコのセンセってこんな気分なのかしらね」


 神奈はそう言って、淡々とスプーンを進める。


「勇者様、大きな肉です! どうかお食べください!」


「カナさん、じゃがいも大きい奴ありました。どうか食べてください」


「そんなに私を太らせたい?」


 二人の申し出を切って捨てる。

 そして、彼らはやっとのことで各々の食事をし始めた。

 どう言ったものだろう。年端もいかぬ子供相手にムキになって情けないと言えば逆にリンネの面目が立たないだろう。かと言って、グリムに頼めばそれまでのリンネの献身はなんだったのかという話になる。

 それにしても、ライトの作る料理は美味い。


「貴族様が料理が上手とは意外ね」


「俺は一通りなんでもできるのさ。器用貧乏って奴でね」


「なんでも?」


「女装もできる」


 リンネとグリムがスプーンを口に入れてまずいものでも食ったような表情になった。

 神奈も同じ心境だった。

 ライトは浅黒いがっしりとした体格の男性だ。女装姿なんて想像したくない。


「知りたくなかったわ……女装癖があるなんて」


 オーバーに頭を抑える。


「できると言うだけで、実際にする可能性はないな。女なら一応二人いる」


「一応ってなに?」


「一応ってなんですか?」


「勇者様は立派な女性ではないですか」


 グリムはやはり忠誠心が高い。役に立つ。


「私は勘定に入らないってことですか」


 リンネが不服げに言う。


「あ、いや、これは失言」


 グリムは言葉をあらためる。


「結婚適齢期の女性が二人もいる前でその発言は失礼ではないかな」


「まあ、魔王討伐してるうちに婚期を逃さなきゃいいけどな」


「……やだやだ、こっちに来てまで婚期の話?」


 神奈は、呆れた。そして、スプーンでライトを指す。


「私は結婚に興味なんてないの。適齢期が何? 私は仕事に忠実な人間なのよ。仕事さえあれば人生に不足はないよ」


「勇者殿」


「勇者様」


「カナさん」


「何?」


「腰の覇者の剣、鞘ぶち抜いてますけど」


 腰を見ると、確かに、覇者の剣が鞘をぶち抜いて地面まで突き刺さっていた。

 神奈は、頬が熱くなるのを感じた。


「お前、危ねえなそれ。うかうか後ろを歩けたもんじゃない」


「同士討ちで死ぬのはごめんです……」


「私も、訓練の成果を果たせずに死ぬというのは、多少心残りが……」


「せ、制御するわよ! 制御!」


 神奈は念じる。自分は結婚なんかに興味はない。理想の男性との甘い恋なんて思い抱いたこともなかった。

 しかし、念じれば念じるほど覇者の剣は巨大化していく。

 神奈は真顔で言うしかなかった。


「……怖いわね。この剣、不良品だわ」


「怖いのは制御不能なお前のパワーだよ」


 ライトは言って、スプーンを持つ手でオーバーに頭を抑えると、食事に戻った。

 各々、それに習った。

 癖の強いメンバーばかり揃ってきたなあと思う。その中でも一番癖が強いのは自分なのかもしれなかった。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



「彼の国のことは知っていますか」


 馬上で、グリムが切り出した。

 皆、馬の上に乗っている。リンネだけは自分の馬がなく、神奈の背後のスペースに乗っている。


「城塞都市、だろう」


 ライトが、淡々と返す。


「向かう所敵なし、魔王が現れる前は連戦連勝で知られた国だという」


「流石勇者様の案内人。知識豊富だ」


「貴族の教育舐めるんじゃねえぞ。それに俺は、一通りのことはできると言った」


「失礼、そうでした。城塞都市バンゲイドが我々の次の休憩ポイントになると思われます。武装などもこの際この国で強化していくのが得策かと」


「あの国は剣作りの工程から違うというからな。多少は興味がある」


「日差しが暖かいねーリンネ」


「そうですねー、カナさん」


「いや、聞けよ」


 のんびりと談笑し始めた神奈とリンネを、ライトが責める。


「いやだって私、剣に興味なんてないもん」


「私も、剣を振り回す腕力なんてないですよ」


「覇者の剣は制御不能だ。それに、巫女殿も近接戦を強いられる場面があるかもしれない。自分に合った剣をこの際調達しておいたほうがいいんじゃないかな」


「剣の調達かぁ。王様に頼むかな」


 王族に会うのも、多少慣れてきた。今のところそりが合わなかったのは一人だけだ。


「それがいいでしょうね。勇者様の頼みなら、どの国もどんなことだって聞いてくれますよ」


「……結婚相手、探してくれるかなあ」


 沈黙が漂った。

 神奈は少し苛立った。


「冗談よ」


「いや、探してもらえるとは思いますがね」


「勇者殿の感性からしたら難しい案件しか来ないのではないかな。勇者様は自分と同格では不足なのだろう? 売れ残りの貴族の末っ子。ぶくぶく太って剣もまともに扱えない。そんな案件は嫌だろう?」


「嫌ね」


「なら魔王を倒すことだ。そうすれば王族は喜んで勇者殿を嫁にと欲しがるだろう」


 結局その意見に落ち着くのだ。上手くコントロールされているようで面白くないが、神奈は従うしかない。


「あ、見えてきましたよ。バンゲイドが」


 グリムはそう言って、道の先を指差した。

 巨大な城塞の天辺が見える。それはみるみるうちに全貌を現し、神奈達に感嘆の声を上げさせた。

 ともかく、でかいのだ。城壁の高さ、横幅、いずれも巨大だ。しかも、その城壁は一層だけではなく、二重三重につらなって城を守っている。

 城塞都市。その名に相応しい国だと思った。


 早速、手続きをして内部に入る。

 勇者見参。その知らせに、街中が湧く。人混みに囲まれながら、神奈達は街の中を馬で進んでいく。

 その時、道から飛び出してくる女性がいた。亜人の中年女性だ。


「私の、息子……!」


 そう、女性は叫んだが、すぐに兵に取り押さえられた。

 神奈は馬から降りて、彼女に駆け寄る。


「乱暴しないで!」


 神奈の言葉に、兵達は直立不動になって女性を離した。


「どうしたんですか? 息子とは?」


「私の息子達が、城に呼ばれて何十年も帰っていないのです。北壁に行かされたのだと聞きましたが、手紙も届きません。どうか、せめて手紙だけでも届くように、王に言上願えないでしょうか」


「わかりました。必ずや伝えましょう」


 心細い思いをしてきたに違いない。神奈は励ますように微笑んだ。


「ありがとうございます、勇者様!」


「私の家もなんです」


「私の家も!」


 そう言って、あっという間に人だかりができる。いずれも、亜人の一族のようだった。


「わかりました。任せてください」


 そう言って、神奈は微笑んでみせた。

 そして、馬に乗る。


「ほら、道を開けろ亜人ども。勇者様の進路を阻むな!」


 兵がそう言って叫ぶ。

 不快だな、と神奈は思う。彼らの願いも、そうやって乱暴に扱われてきたのだろう。

 リンネは、黙って神奈の腰に手を回した。彼女はフードをかぶっているので、その表情は見えない。


 そして、幾つもの城壁を抜けて、一行は城へと辿り着いた。

 玉座の間にすぐに案内される、かと思った。


「ここから先は勇者様のみで。他の方は違う場所で待機していただきます」


「不満はねえよ」


 そう言ってライトは連れられて歩いて行く。リンネも、グリムも、その後に続いた。

 一瞬、去っていくリンネと目があった。不安そうな表情をしていた。

 神奈は、彼女に駆け寄ると、抱きしめて頭を撫でた。


「少し待ってなさい。すぐに合流するから」


「はい」


 リンネの声が、弾んだ。

 かくして、一行は二手に別れた。

 神奈は玉座の間に案内されていく。そして、途中で覇者の剣を兵に預けた。


「腰の物を預かります」


 と言われたので、素直に渡しただけだ。

 そして、神奈は、王と対面した。

 長い黒ひげの、筋骨隆々とした男がこの国の王だった。


「お初にお目にかかります」


「黒の勇者殿。その名はランドニアから響き渡っておる」


 あの異名が定着してしまったか。ついつい苦笑いを浮かべる神奈だった。


「王様、話があります」


「言ってみよ」


「城下の亜人族の人々からの訴えがありました。息子達と何十年も音信不通だと。せめて、手紙が届くように取り計らって頂けないでしょうか」


「うむ、勇者殿の言うこと、尤もである」


 あっさりと話が進んで、神奈は拍子抜けした。もっと亜人差別を全面に押し出してくる人物を想像したのだが。


「すぐに手配してルートを整えよう。と言っても、北壁は遠い。一日二日でというわけにはいかぬが……」


「いえ、手配していただけるだけでもありがたいです。感謝します、王」


「なに、勇者殿に城下のことまで気遣って頂いてこちらが申し訳ないぐらいだ。勇者殿、今日は時間が足りぬ。少し休んで旅の疲れを癒やされるといい。明日、また対面しよう」


「わかりました。その際に、お願いをするかもしれませんが、よろしいでしょうか」


「あいわかった。協力は心得ておる」


 なんだ、良い王様ではないか。安堵して、神奈はその場を後にする。

 そして、ライトのありがたみを今更ながらに感じるのだ。

 王族に物怖じせずに交渉に出れるライト。彼の存在を、今更ながらに希少なのだと知った。

 その夜、神奈は晩餐を王と共に取ると、窓から空を飛んで城下町へと移動した。

 カーテンをローブのように羽織って、顔を隠す。


 亜人族の住んでいる場所を尋ねると、すぐに答えが帰ってきた。

 そして神奈は、亜人族の多く住む土地に足を踏み入れた。

 部屋の扉をノックする。

 すぐに、人が出てきた。

 老人だ。


「この辺りの亜人族を集めてもらえますか」


 顔を晒すと、老人は驚いたような表情で、二度も三度も頷いて駆けていった。

 神奈は違和感を覚えていた。


(なんだろう……眠い……)


 魔力を駆使して意識が途切れることは避けているが、集中力は徐々に鈍っていっている。

 そのまま、神奈の意識は闇の中に堕ちていった。

 その刹那、城内から物凄い魔力の波動を感じながら。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



「話が違う、って思ったことないか」


 ライトが、闇の中でぼやく。


「ここに来てからずっと思ってますよ」


 グリムは苦笑顔で返事をする。

 グリムは今、湿気が強い牢獄の中にいた。

 両手両足には枷がされ、檻の中に入れられている。


「そろそろ、誤算があった場合の集合時間です。行きましょうか」


「そうだな。そうしよう。俺はいい加減に腹が減った。勇者殿が美味しいものを食って俺達に飯がないとは不公平だ」


「勇者様の身に何も起きていなければ良いのですが……」


 そう呟いて、グリムは枷で動きを制限された手足に力を入れた。その箇所が光り輝く。そして、グリムの怪力に負けて、枷が壊れた。

 グリムは檻を手で無理やりこじ上げて、通路に出ていく。


「ライトさん、どこの檻ですか?」


「右後方」


「目が利きますね。耳でしょうか」


「暗闇でも動けるように訓練されている」


 同じようにして、グリムはライトを助けた。


「巫女様は何処でしょう」


「もういるわ」


 そう、暗闇の中でリンネが呟いた。


「檻は破壊できたけど、枷を壊したら自分にまでダメージが来る。だから枷は壊せていない」


「任せてください」


 グリムは暗闇の中で、リンネの腕を探り当てて、引き寄せる。そして、枷を握力で破壊した。


「ありがとう」


「どういたしまして。装備を取り返し、勇者殿のところまで急ぎましょう」


「王国印の通行手形も一緒に取り上げられちまった。あれがないと、この先勇者は名乗れないぞ」


「困ったことですね」


「お前ら、五月蝿いぞ! 何を相談している」


 兵がのんびりと歩いてくる。その足音とともに、炎の明るさが近づいてくる。

 ライトが、一同を曲がり角の陰に押しやった。

 そして、出てきた兵の鳩尾に、グリムが膝蹴りを放った。

 兵は気の毒に、胃の中の液を吐き出して、失神した。


「当面はこの剣で凌ぎましょう」


 そう言って、兵が腰に帯びた剣を抜く。


「俺は通行手形と装備を探しに行ってくる」


「あてはあるので?」


「俺は、鼻が利くんだ」


 そう言って、自分の鼻を親指で指すと、ライトは歩いて曲がり角の先へと進んだ。

 そして、動きを止める。


「……冗談だろう?」


 ライトの声に、グリムとリンネも慌てて飛び出そうとする。

 その二人を押し倒すようにして、ライトは引き返してきた。

 次の瞬間、爆音が響き渡る。

 さっきまで地面に倒れていた兵が、丸焦げになっていた。


 空気が熱い。灼熱地獄に落とされてしまったかのようだとグリムは思う。

 それが、急速に冷えていく。

 リンガードの巫女が、氷の呪文で周囲を覆っていた。


 今のは、爆破呪文。しかも、並大抵のものではない。リンガードの巫女クラスの魔術。

 グリムは、剣を構え、恐る恐る前へと進んだ。

 そして、彼と遭遇した。


 その男は、薄暗い牢獄の中で白に染まっていた。

 純白の服、銀色の髪、純白のブーツ。そして、腰の白い鞘に収まっているのは覇者の剣と無銘の剣。

 その瞳だけが、血のように赤い。


「お前は……誰だ!」


 グリムは問う。

 男は、喋り方を忘れたようにしばらく口を開閉していたが、そのうち無感情に呟いた。 


「白の、勇者」


「白の勇者、だと……?」


 リンネが、ライトが、遅れてやってくる。

 白の勇者は、掌をグリムに向け、魔術の詠唱に移った。

 戦闘は避けられない。

 ならば、自分の守るべき勇者を助けられるだろう道を選ぶ。

 グリムは、駆けた。

 一瞬で彼我の距離が詰まる。

 白の勇者は、覇者の剣を抜いた。


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