勇者パーティーはラブワゴンではない
「聖なる森へはライトと私だけで進みましょう」
王都の一室で、神奈はそう提案した。
「理由を聞きたいね、大将」
ライトが胡散臭げに言う。
「巫女が別れの相が出ていると言った。ライトは貴族だから死んでも名誉の戦死だし私の心も痛まない。けど、セドリックとフィーが死んだらきっと私は悲しむと思う」
「俺が死んだら俺の実家が悲しむんだが」
「けど私は悲しまないから」
「お前の神経を疑うよ」
「腕を信じているのもある。貴族の剣技を身に着けているだろうからね」
その提案に、セドリックは何も言わなかった。青い顔をして、黙り込んでいる。
反論したのは、フィーだ。
「勇者様、私は勇者様の守り手です。私がいないことで勇者様が怪我を負ったらと思うと、ついて行かぬわけにはいきません」
「大丈夫よ。一応私、強いみたいだから」
「ですが……」
「俺達三人共、勇者の矢除けになる覚悟はある。それをお前は理解していないようだな」
ライトが、難しい表情で言う。
「ベストは、お前が生き残ることだ。俺達は代えが効く。しかし、お前の代わりは効かない」
「……意外といいこと言うね」
神奈は驚いていた。嫌な男、という第一印象が強すぎたのかもしれない。
「これは世界の命運がかかっているからな。勇者殿の為にも、俺達三人はついて行くべきだ」
「私は巫女の予知の結果を聞いて危ない橋は渡りたくないと思ったのよ」
「予知は、変えられないと?」
セドリックが訊く。やはり、青い表情だった。
「いいえ、予知は変えられるものだとリンネは言っていた」
「なら、俺が守ります」
セドリックが、腕を振り上げた。
「俺が、フィーも、ライトさんも、守ってみせます。この剣は、大事な人を守る剣でありたい」
その決意の表情に、神奈も感じ入るものがあった。
「わかったわ」
しかし、無策で四人で突撃するわけにはいかない。
「けど、危ないと思ったら一旦帰りましょう」
「おう」
「はい」
「はいっ!」
ライトとフィーは微笑み、セドリックは強張った表情をしていた。
何かあるのだろうか。神奈は考えてみたが、不吉な予知に不安になるのは当然だと思い直すことにした。
かくして、四人は馬に乗って聖なる森へと辿り着いた。
折れた看板が地面に落ちている。
「ここから先、聖なる森か……」
馬を放す。ここにいたら魔物の餌になってしまう。その俊足を活かして国へ戻ってくれるだろう。
四人は、日差しもまばらな深い森の中へと入って行った。
涼しい。弁当でも用意すればハイキング気分だったかもしれない。
覇者の剣の握り心地を確かめる。まるで、自分のためにあしらえたかのように手に吸い付いた。
「私まだ戦闘経験一回なんだー」
「なるべく足音を消して歩いている。十分に適応できている」
ライトが淡々と言う。
「魔核は戦闘経験の塊でもある。それを吸収したお前は、一端の冒険者ってわけだ」
「なるほどねえ」
大きな木の幹が目の前に現れた。大股を開いてそれをまたぐと、セドリックが腕を支えてくれた。
「ありがとう、セドリック」
セドリックは優しい。気遣いのできる男だ。
(モテ期来てるのかなあ……大事な人を守る剣でありたいって私の事なのかな。けどセドリックって旅人だし収入は不安定よねえ)
ふとライトの方を見る。
(その点ライトは家柄はばっちしで顔もいい。けど、仕事として割り切ってる感が強いなあ。性格も難ありだ)
さて、自分の将来の旦那様は何処にいるのだろう。そんな思いに、ふと気を張り巡らせる。
今身の回りにいる男のどちらと結婚しても苦労する未来が見えていた。
(こーやって高望みするから婚期を逃すのかなあ……)
周囲の茂みから音がしたのは、その時のことだった。
茂みから、大きな牙と爪の生えた狼の群れが現れた。
魔物だ。
即座に抜剣し、刀身のない剣に黒い魔力の刀身を浮かび上がらせる。
フィーが前に出る。狼の腹部に掌底を叩き込み、回し蹴りで頭を蹴り飛ばした。それを見て、セドリックもライトも続く。
(雑魚戦ではすっこんでろって話だっけ……)
もし味方がダメージを受けても、神奈には回復魔法がある。瀕死状態でも回復させられるだろう。
仲間達は、あっという間に敵の群れを屠っていった。
「楽勝ですね!」
そう言ってフィーが構えを解いた時のことだった。
頭上で、葉がこすれる音がした。
空飛ぶ魔物が急降下してきて、フィーを一瞬で拐ってしまった。
「フィー!」
「くそっ、こんなっ」
フィーはもがくが、振り払えないようだ。
「勇者よ! 仲間の命が惜しくば、龍の住処まで進むのだな! この女は人質として預からせてもらう!」
そう叫んで、魔物は飛んで行ってしまった。
駆け出しかけた神奈とセドリックの腕を、ライトが掴んだ。
「落ち着け。人質は生きていてこそ価値がある。今一番安全なのは彼女だ」
「龍の住処に連れて行かれて、安全なものか!」
セドリックが叫び返す。
「彼女は手練だ。一人で逃げ出してくる可能性すらある」
「それでも、進行ペースは早めましょう。これからは、私が前に立つ」
そう言って、神奈はライトの手を振り払って、走り始めた。
漆黒の剣を振るって、神奈は走る。
途中出てくるモンスターを、次々に切り倒しながら。
追ってくる仲間のために、トップスピードでは走っていない。けれども、心は焦っている。
切り倒されたモンスターは、魔核ごとこの世から消滅してしまった。
そして神奈は、開けた場所に出た。
滝から水が流れ落ちている音がする。それを掻き消すようなドラゴンの喉声。
真紅の龍だった。人など丸ごと飲み込めてしまえそうな巨大な龍だ。それが、ゆっくりと身じろぎし、神奈を見た。
(私、なんて言ったっけ。龍をやっつけて魔王を倒すとか言ったっけ……)
剣の刃が揺らぐ。決意に、ヒビが入る。
(けど、神様は大丈夫だって言ってくれた……。自分で選んだ道なんだ、これが。なら)
剣を強く握りしめる。そして、駆け出した。
(覚悟を決めろ!)
フィーを拐った魔物は、フィーを木に縛り付けて笑みを浮かべながらこちらを見ている。彼女は意識がないのかぐったりとしている。
「セドリックはフィーの救出を!」
神奈は跳躍して、龍の頭に取り付く。
遅れて来たセドリックが頷いて、フィーの救出へと動いた。
龍の頭部に剣を突き刺そうとする。龍が体を起こす。神奈はバランスを崩しながら、龍の背を下っていく。
「ちょっと、動いて刺せないんだけど!」
「名案がある!」
ライトが剣を構える。
「何?」
「お前、飲まれろ!」
「はぁっ?」
龍がライトを飲み込もうと上半身を下ろす。その勢いで、尻尾が跳ね上がり、神奈も宙へと浮いた。
ライトは軽々とそれを避けて、龍の目に剣を突き立てた。
龍の叫び声が響き渡る。
「どんな動物だろうと内部は柔らかい。内部からこいつを破壊しろ!」
「正気で言ってんの? 私をなんだと思ってるの?」
「世界に平和を取り戻してくれる勇者様」
「扱いが雑すぎでしょ!」
「大量の魔核を取り込んだその体なら消化もされまい」
「いや、それにしたってさ!」
神奈は地面を蹴って、ライトの横に並ぶ。
「他に手はないの? 参謀」
「フィー嬢の拳は硬い肌をも貫通して衝撃を与える。それで脳にダメージを入れる」
「その提案に乗った」
そう言って、神奈は魔術の竜巻を巻き起こした。
大規模な風が、フィーを捕らえていた魔物を巻き上げ、切り刻んで四散させる。
そしてセドリックは、フィーを縛る縄を切ると、彼女を抱き上げてキスをした。
そう、キスをしたのだ。
神奈の頭は真っ白になった。
「は?」
セドリックのフィーを見る目は、愛しい者を見る者のそれだ。
「おい馬鹿、他所見するな!」
ライトが言って、神奈を突き飛ばす。
龍の鼻息と、地面を噛み砕く音が、すぐ傍で聞こえていた。
大事な人を守る剣でありたい。そう語ったセドリックの声が脳理に反響する。
真っ白だった意識に、黒い染みが広がり始める。それは物凄い勢いで神奈の世界を染めていった。
「ねえ、ライト」
「他所見するなと!」
神奈は片手で、自分を食べようとする龍の口を抑えていた。
巨大な体躯と細身な女性。しかし、腕力は神奈が勝っている。
「あの二人って、最初の国で出会ったのよね?」
「ああ、そのはずだが?」
「こんな短期間でくっついたわけ?」
「知るか、今は戦闘を!」
「はははのはっと!」
神奈は龍を地面に叩きつけた。
「なんでこういうのは若い人から決まってくかな。私わかんないな。だから私みたいな早婚できなかったのがいつまでも割を食うんじゃないの? あははは、あはははははは」
「壊れたか」
ライトが若干呆れたように言う。
「壊れた? いいえ、今なら、なんでも壊せる気がする」
そう言って、神奈は覇者の剣を振りかぶった。
その刀身は、今や山より高い。
これが神奈の感情の生み出した渇望。目の前でカップルが誕生したことに対する嫉妬。
その感情が、神奈の破壊力となる。
「勇者パーティーはラブワゴンじゃねえんだよおおおおおお!」
神奈の一撃が、巨大な龍を真っ二つにし、その背後の壁を切り崩した。
龍は体が消滅していき、その後には巨大な魔核が残る。
神奈はそれを、噛み砕いて体内へと吸収した。
フィーが、目を覚ましたようだった。
「勇者様、あの龍を……? 流石です」
「あのさあ、質問あるんだけどさ」
「はい?」
「あんたら、デキてるの?」
フィーの顔が、真っ赤になった。
セドリックも、あらぬ方向に視線を向けている。
(セドリックとか最初は私狙いだったでしょ。ありえないでしょ、こんなの。ありえないありえない絶対にありえない)
「デキてるの?」
神奈は、壊れたように繰り返す。
「あの、剣怖いんでしまってくれませんか勇者様」
「ごめん、戻し方がわかんないの勇者様は」
静寂が漂った。




