勇者生活満喫
魔王討伐に向けて、パーティーを組まなければならないと王に言われた。
どうやら魔王軍の襲来や平和の維持を考えて兵は貸してもらえないらしい。
就眠時やトラブル時に助けてくれる仲間。それが、今求められるものだった。
「つっても魔王を倒せるって自信はないんですけどね」
「勇者殿は大量の魔核を吸収した。その力は果てしない。さらには覇者の剣を持っている。負ける要素がございません」
玉座に座った王が誇るように言う。
魔核。魔物の核。魔王がばら撒いたそれによって、世界は魔物が跋扈するようになったという。
しかし、それは生命エネルギーとして吸収できるという側面を持っていた。
魔核を得れば得るほど、強くなれるというわけだ。
「鬼に金棒ってわけですか」
「覇者の剣の使い方はご存じですかな?」
「大まかな話は神様に聞きました」
「おお、神……」
王は感激したように言う。
「流石勇者殿。神の託宣があったとは。これは世界は平和になるに違いありますまい」
「そうですかね」
「そうですよ」
楽観的だなあと神奈は思う。
まずは、自分の実力を知ることから始めなければならないだろう。
「まずは勇者の出現を祝い宴を行いましょう。それから盛大に旅立ちを見送ります」
「パーティーの募集は?」
「我が手の者に任せております」
「いたせりつくせりで申し訳ない」
「いえ、世界を守ってもらえるのです。こちらは最大級の感謝でお送りしなければ」
結構酷いゲームの王様の話も聞くが、この国の王様は比較的良心的らしい。
その夜、勇者の登場を祝う祭りが開かれた。
王都は明かりに包まれ、異郷の祭り囃子が周囲に響き渡る。
その中に、町娘の格好をして神奈も溶け込んでいた。
「勇者様がついに現れたらしい」
「これでこの世界は安泰だな」
「うちの子は勇者様に名付けてもらおう」
「勇者様はどんな勇猛なお方なのだろうか」
期待を一心に背負っているなあと神奈は思う。
少しくすぐったい。
夢とはいえ、持ち上げ過ぎではなかろうか。
現実の仕事にやりがいがなかったわけではない。しかし、変えが効く立場だ。今、自分しかいないという状況は、神奈を気分良くさせた。
その時、神奈は酔っぱらいに押されて、転びかけた。
それを、支えてくれた青年がいた。
「大丈夫ですか?」
「あ……ありがとうございます」
綺麗だと思った。髪の毛は金色で透けるよう。目鼻立ちは整って、紅色の目が妖しい魅力を醸し出している
「貴女は町の人ではないみたいですね」
「ええ、そうなんですよ。こんなに人が一杯の場所で、ちょっと舞い上がっちゃって」
「剣を帯びている。使えるので?」
「いえ、からきしで。飾りですよ」
そう言って、神奈は鞘から柄を引き抜く。その剣は、刀身がなかった。
「賢いな。自分の守り方を知っている」
「そんな……」
剣を鞘にしまう。
「しかし、女性の一人歩きは不用心だ。どうです。僕と一緒に回りませんか?」
「そう……ですね」
神奈は胸が高鳴るのを感じた。
(これってデート……なのかな?)
「僕では不足かな?」
叱られた子犬のように青年はしょんぼりしている。
神奈は、慌てて首を横に振った。
「いえ、一人で寂しいと思っていたんです。一緒に祭りを見ましょう」
道化が多数のボールを投げては掴んでを繰り返している。
紙で作られた龍が空を飛んで行く。
屋台の酸っぱい酒を二人して飲む。
「お姉さんはお酒が飲める歳で?」
「この国では、何歳から許可が出るんですか?」
「十五歳。成人です。大抵はそこから二十歳ぐらいまでに結婚して子供を作る」
「にじゅっ……」
口にしかけて、神奈は絶句した。それでは、神奈の歳には十歳ぐらいの子供がいてもおかしくはない。
(おっかない世界だ……)
「早婚なんですね」
「ご近所関係や商売関係で婚姻話は腐るようにある。皆、そうして結婚している」
「貴方は……?」
神奈は、恐る恐る訊ねてみる。
「生憎、旅から旅の身で縁がなかった。独身ですよ。じゃなければ、お姉さんを誘って祭りなんか見ていない」
「私も、独身なんですよ」
「そっか……」
沈黙が漂った。
(あれ、今私、良い感じ? モテ期来ちゃった?)
そう、神奈が舞い上がった時だった。
神奈の肩に、手が置かれた。
鎧を着込んだ、厚く冷たい手だった。
「王がお呼びです」
「はい、わかりました」
「待って、貴女の名前は?」
そう、青年が声を上げて手を伸ばす。
「神奈」
「僕は、セドリック」
「覚えた」
神奈は微笑む。
青年も、目を輝かせて微笑んだ。
そして、神奈は兵に連れられて城へと戻った。
神奈は、今の夢のような時間を思い返す。
(デートしてた。私、ひさっびさにデートしてた)
多忙な現実では考えられないことだ。
浮かれ気分で道を歩いた。
そして、玉座の間に辿り着いた。
「町民達はいかがでしたかな」
「活気があって、賑やかで。皆を守れたらと思いました」
「若い男に見惚れてただけじゃねえかね」
口を挟む者があった。
神奈は苛立ちながら振り返る。
二十代半ばほどの男が、手を組んでニヒルに微笑んでいた。肩幅ががっしりとした、浅黒い肌をした長身の男だった。
「王様、この方は……?」
「ライトです、勇者殿。勇者殿のパーティー集めに尽力してくれた私の部下です」
「ってことだ。よろしく」
「よろしくお願いします」
(腹立つ男だなー)
というのが第一印象だった。
第一印象は大切だ。それだけで今後の関係を左右しかねないほどに。
この男とは上手く行かないだろうなと神奈は思った。
「さらには彼には勇者殿の護衛を申し付けております」
「は? え? ちょ?」
神奈は戸惑って、言葉が言葉にならなかった。
「独身の貴族で腕が立つ。そんな人間中々限られておりましてな。彼は腕は確かだ」
「いや、別に独身じゃなくてもいいんですけど。既婚者でいいんですけど」
「勇者様が女と知って、間違いがあってはならないと女房衆が騒ぎましてな」
「ええー……」
(この嫌な男が冒険の相棒?)
「ってことでよろしく。通り名は女泣かせのライトだ」
「むっさ危険人物じゃないですかあ! 私の貞操がどうなってもいいんですか?」
「いや、彼の女泣かせと言うのはその……彼の数少ない欠点である毒舌にありましてな」
「どんな女も半年で愛想を尽かすと評判だ」
不敵にライトは笑う。
「いや、全然自慢になってないから。つーか今この瞬間から愛想尽かしてるから」
「ま、実力は確かな男。魔王軍との戦いに精々使ってやって下さい」
「拒否権は?」
「ないですな。勇者殿を一人旅に送るわけにはいかない。また、地理に明るくパーティーの指揮を取る人間も必要でしょう」
「そんなあ……」
「まあ精々よろしくな、勇者様」
そう言って、ライトは高笑いして去って行った。
そして、神奈は空き部屋に通された。剣をテーブルに放り出して、窓の外を眺める。
煌々とした光が町を包んでいた。
「……この夢、中々覚めないな……」
そう呟く。
(これが現実? まさか)
自嘲気味にそう考えた。
そして、その日は早めに睡眠を取った。
翌日、神奈はファンファーレと共に盛大に送り出された。町には勇者を一目見ようとする人混みで一杯。その道の中心で馬に乗って手を振りながら、神奈は進んだ。彼らの期待を一心に背負っているのだ。下手な真似は出来ない。そして、城の正門の前に出た。
そこでは既に、ライトが馬を連れて待っていた。そして、二人のパーティーメンバーの姿がある。
その中の一人を見て、神奈は驚いた。
「セドリック!」
「カナ!」
驚いたような表情をしたセドリックが、ライトの傍にいたのだ。
「腕を見たが剣と回復魔法が使える。抜擢した」
「私はフィーとお呼び下さい、勇者様。歴史に名が残る戦いに参加できる。とても名誉に感じています」
「距離や防具を物ともしない技術を持つ拳術使いだ。鋼のように硬い敵もいると思って抜擢した」
「なるほど。あんた、仕事はできるのね」
少し、見直す思いだった。
「貴族の教育を舐めてもらっては困る」
ライトはそう言うと、馬の上に乗った。
セドリックとフィーも、馬に乗る。
そして、一行は出発した。
「まずは隣国リンガードへ進む。そこの近くに龍が住んでいて住民が困っている。それを討伐してもらう」
「いきなり龍?」
神奈は声が引っ繰り返った。
「フィーがいれば鋼の肌もなんとかなるだろう。何よりあんた、勇者なんだろう?」
「そうだけど……」
「勇者なら龍ぐらいなんとかしてみせろよ」
「私、まだ実戦で実力を試していないっていうか……」
「なら、雑魚を狩って力を実感してもらうか」
そう言って、ライトは馬に足を叩きつけて速度を上げた。
神奈も、それに習う。セドリックとフィーも後をついてくる。
そして、あるものを見つけて、ライトは足を止めた。
道を、人間の腰ほどの大きさもある巨大な茸状の化け物が歩いている。
「魔核を得て魔物化した茸だ。あいつをやってみろよ」
「勇者様、敵を倒して得た魔核は、自己強化にも資金繰りにも使えますよ」
「そっか。そっか。よし……やってみるか」
神奈は馬を降り、剣を握って恐る恐る茸状の化け物に近づいていく。
そして、足止めた。
「あの、私、体育の成績いつも二だったんだけど」
「いいからさっさとやれよ。魔核を得て強くなってるはずだから」
「そうだよね。うん、そうだ」
「カナ、頑張って!」
「勇者様、雑魚ですよ。軽くひねっちゃって下さい!」
期待が背中に重い。
そして、神奈は地面を蹴った。
体が物凄い勢いで前へと進んでいく。そして、柄しかない剣を抜いた。
願望の力を剣に込める。自分の中で炭火のように燻っている思いを込める。
その瞬間、溢れるような黒い刀身が柄の先に現れた。
これが覇者の剣の力。覇者とは願望強き者。願望を破壊力へそのまま変換する力。
「くっらえええええええええ!」
神奈は莫大な魔力が篭った剣を振り下ろす。
地面に巨大な傷跡ができ、茸は体のパーツすら残っていなかった。
仲間達が馬に乗って駆け寄ってくる。
「これは……」
「魔核ごと消滅させた……?」
「流石は勇者様だ!」
喝采が起こる。
ライトは穏やかな微笑みを浮かべて、それを見ていた。
「勝てる……これは、勝てるぞ、カナ」
セドリックが神奈の手を握る。
神奈は照れてその状況に流されるしかなかった。
勇者生活も、そう悪くはないかもしれない。
「けど雑魚退治は私とセドリックとライトさんでやりましょうね、勇者様」
フィーが言う。
「魔核が勿体ないです」
早速戦力外通告を受けたのだった。
強すぎる力というのも不便なものだった。




