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迷宮Lv2

「勇者様は思いとどまってくだされただろうか」


 グリムの問いに、リンネは苦笑顔で答えた。


「待っててくれるそうです」


「良かった。このような罠、どんな危険が待ち受けているか想像もつかぬ故な。巫女殿には、窮地に付き合ってもらうことになるが」


「覚悟はできています。冒険について行くと決めた時から」


「そうか。貴女も、また立派な戦士の一人なのだな」


 グリムは感心したように言うと、膝の位置まである水をかき分けて前を歩き始めた。

 リンネはその後に、慌てて続く。

 二人の歩調はまるで違っている。グリムを追うのに、リンネは必死になる。


「私が前を進む。もしものことがあったら、巫女殿は離脱してくれ」


「何を言います。一人だけでおめおめと帰れますか」


「恥は一時のことだ。勇者様を最後まで守ることのほうが重要性は高い」


 リンネはこの男を不思議に思っていた。

 鋼のような忠誠心。

 リンネは、黒の勇者が好きだ。共にいる理由は他にもあるが、それだけでも十分な話だ。

 けれども、彼の忠誠心はどこから現れたものなのだろう。そんなエピソード、あったようには思えない。辻斬り事件の時に別行動はしていたが、その時に何かあったのだろうか。


「グリムさん」


「なんだい、巫女殿」


「グリムさんは、どうして自ら危険を侵してまでカナさんに忠誠を誓うのですか?」


「借りがある」


 淡々と、グリムは言った。しかし、借りだけで黒の勇者に忠誠を誓うほど簡単な話のようには思えない。


「巫女殿にはまだわからぬ話さ」


 苦笑交じりに言って、グリムは進む。

 リンネは、あらためてこの男に興味を持った。


 そのうち、水面から出た頃に、小腹が空いてきた。持ってきた肉を焼いて、食べる。


「やはり塩を持ってきたのは正解だったな」


「そうですね。私は好きです。この味」


「リンガードとは、どんな国なんだ?」


「奪われた国」


 リンネは、淡々と言う。


「元は亜人だけの国だった。しかし、人に制圧され、亜人は数少なくなってしまった」


「ロストパラダイスの時代から口頭を経て怨念は消えぬらしい」


「今では希少種として大事にされてますけれどね。巫女を象徴とするのも、防衛のためと、亜人からの反感を防ぐ意味もあるのでしょう」


 リンネは、口を滑らせた。


「私は、思うのです」


「何を?」


「亜人だけの国があっても良いのではないかと」


「ふむ……」


「差別されている亜人達を、私はこの旅で何度も見てきました。私自身も、フードで身を隠して国に入ります。亜人だからと言って何故差別されなければならないのか。それならば、亜人だけの国を作れば良いのではないかと」


「ナイフで切り分けたように領地は分断されている。そこに分け入るのは難しい話だ」


「わかっていますよ。けど魔王を倒したなら、空白の領地が発生します」


 グリムは、意表を突かれたような表情になる。


「……これは、驚いた」


 そう言って、グリムは肉を口に運ぶのをやめた。


「巫女殿は、王になるつもりか」


「まだ思案段階の構想ですが。カナさんの護衛の任を果たしたなら、その程度の報酬はあっても良いのではないかと思うのです。カナさんも、後押ししてくれるでしょう」


「そうか。巫女殿も、自分自身の思惑があるのだな……」


 グリムはしみじみと言って、肉を口に運び始めた。

 巫女殿も、と彼は言った。それは、彼自信も何らかの思惑があってこの冒険について来ているということだ。

 しかし、それは分厚い壁に隠されているかのように見えない。

 この迷宮のように、闇と壁に閉ざされている。


 グリムが先に食べ終わった。

 リンネも、慌てて食事を終える。

 そして、二人は再び歩き始めた。


「グリムさんは隠し事が上手なご様子だ」


 リンネは、やや嫌味っぽく言う。


「なんのことかな」


 グリムは悠々ととぼけている。


「物語の核心に踏み込ませてくれようとはしない」


「巫女殿は気楽なご様子だ」


 グリムはからかうように言う。


「どのような難敵が待っているかもわからぬのに、余計なことに気を散らしている」


「……何が待っているんでしょうね。この地下は」


「わからん。人を閉じ込めるために作られたのだとしたら、勇者様の覇者の剣の手助けを借りることになるだろう」


「そうですねー。あれは反則技みたいなものですからね」


「まったくだ。あれほどの力をただ勇者と言うだけで持っている。たまに、呑気な表情を憎く思う時もある」


「呑気なのがカナさんの良いところではないですか」


「まったくそうなのだがな」


 その時、リンネは魔術のスイッチが何処かで入ったのを感じた。


「退いて!」


 叫んだが、それと同時に天井が崩れて、グリムの上に降り注いだ。

 グリムは退かなかった。仁王立ちして、罠の全てを受け止めていた。

 そのうち、グリムがいた場所は土砂で見えなくなってしまった。


「あ……あああ……」


 リンネは、思わずその場に座り込む。

 旅の仲間が死ぬのを、目の当たりにした。それは、年若い少女にはあまりにも重すぎた。

 その時、土砂の壁から土の欠片がこぼれ落ちた。

 次の瞬間、そこから腕が生えた。

 グリムは、土の中を掘り起こして、自らその中から抜け出てきた。


「困ったな、巫女殿。道が封鎖されてしまった。どうにか、体で受け止められないかと思ったのだが」


 呑気な調子である。

 リンネは、それに思わず苛立った。自分のショックは、心配は、一体何だったのかと。


「馬鹿じゃないの、貴方!」


 リンネの叫び声が、闇の中に響き渡る。


「トラップなら一旦回避してから対処を考えればいい! 自分の体をなんだと思っているの?」


 グリムは、寂しげな表情でそっぽを向いた。


「カナさんの命が大事な一つならば、貴方の命だって大事な一つなのよ!」


「大事なんかじゃないさ、こんな命……いつだって、捨てる覚悟はできている」


「覚悟と投げやりなのは違うわ!」


 リンネは立ち上がって、グリムの手を取った。


「何が貴方をそんなに、投げやりにさせるの……?」


 グリムは黙り込んだ。そのうち、呟くように、喋り始めた。


「調子のいい親父だった。いくつになっても、自分が何か持ってると勘違いして。世間並みの幸せを選べば良かったのに、それでは満足できなかった」


 リンネは、いつの間にか泣き出していた。涙が、頬を流れ、顎から落ちていく。

 今の体験は、あまりにもリンネにはショックが強すぎた。


「親父は北壁への兵士団に志願した。剣を持って、俺が英雄になるんだと、旅に出た」


 リンネは頷く。頷いて、ただグリムの話を聞いている。


「結果はどうだったと思う」


 リンネは、首を横に振る。

 そんなの、想像もつかない。


「北壁へも辿り着けずに、親父は死んだ。スタートラインにすら立てなかったんだよ。死ぬ時、何を思っていたのやらな……。俺達一家は、さんざ馬鹿にされたよ」


 涙で、もうグリムの顔は見えない。


「だから、俺は何処で死んでもいいんだ。その死が立派だったら、立派だったほど、当家の名声は取り戻される。それでいいんだ、俺は……」


「何を言ってるの?」


 リンネには理解できなかった。グリムという男が理解できなかった。

 だから、ただ哀れに思った。


「死んだら家の名声が取り戻せるって、何馬鹿なこと言ってるの? 貴方の人生でしょ? 家なんて関係ないじゃない!」


 グリムは、黙り込んでいる。


「馬鹿……!」


 リンネは、グリムの鎧を叩いた。

 何度も、何度も、叩いた。

 グリムは、困ったようにそれを受け止めている。


「魔王を一緒に倒す。そんな覚悟も持たないで、途中で死ぬ気なら、ついてこないで! 貴方に親しみを持った人間全てを不幸にするなら、山に篭って一人で死んで!」


「そういうわけにもいかぬさ。師匠から受け継いだこの剣技。活かさずに死ぬわけにはいかない。そうだな。上手く説明はできないが。私は、相応しい死地を求めて旅をしているのだ」


「それが迷惑だって言ってんのよ!」


 リンネは思わず、拳を握りしめ、思い切り相手の頬を打った。


「自己陶酔で勝手に死ぬな、馬鹿ァ!」


「……痛いな」


 グリムは苦笑する。

 そのすました態度が、リンネの感情を逆なでする。

 リンネはもう一度、グリムの顔を殴った。


「誓いなさい! 自分は魔王を倒すまで生き残ると!」


「……誓おう。勇者殿を、魔王のもとまで案内するとな」


「貴方も生き残るのよ! 私も!」


 グリムは苦笑した。

 年長者が子供を見るような、そんな表情だった。


「……わかった、誓おう。魔王の奴を八つ裂きにするまで生きると。リンガードの巫女殿に誓おう」


「誓いを破ったらただじゃ済ませないからね」


「ああ。ひとまずは、埋まったこの道を掘り進むことから始めよう。氷の壁で天井を作ってくれるかな」


 本当にわかっているのだろうか。もどかしさが、リンネの胸を突く。

 しかし、この男には何を言っても無駄なのだと、その生き様を見せつけられるだけなのだと、リンネは実感として知ってしまった。

 だから、涙を拭って苦笑した。


「貴方は、本物の馬鹿です。けど」


 そこで、リンネは言い淀んだ。

 しかし、言わねばならないと思った。


「貴方がこんな世界嫌いだと思えないほど、皆が貴方を好きになってくれますよ。私も」


「……巫女殿」


「リンネでいいですよ。私はグリムと呼びます。勝手にね」


 そう言って、リンネは土砂の撤去に動き始めた。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 魔王は、玉座に座ったまま身震いした。


「どうしました、魔王様」


 側近はそれを目ざとく見つけ、声をかける。


「いや、な……。今、嫌な予感がした」


「嫌な予感、と言いますと?」


「なんか、俺を殺すことを目標に誓いを立てられたようなそんなアンニュイな気分になった」


「何を言っておられます」


 側近は呆れたように溜息を吐いた。


「そんなもの、人間側の兵の大半がしていることでしょう。今更呪いで魔王様が死ぬとでも? むしろ強化されるのが順当なのでは?」


「それもそうだな……」


 魔王は沈黙する。


「将軍達がいないと寂しいものだな」


 またか、とでも言わんばかりに側近は頭を押さえる。


「将軍達が持ち場を空けた間、人類軍が盛り返しましてな。そうそう持ち場を離れませんよ。それに、勇者も策謀にかかっている頃です」


「グランドウの遺跡、だったか」


「迷宮です。それも、内部には魔物が多数配備されている」


「流石の勇者も日数を食おうの」


「ええ。だからご安心ください魔王様」


「しかし、グランドウ。あこはかつて魔法科学で栄えた国だ。遺跡に何かなければ良いのだが」


「そういうことは先に言ってください、魔王様」


「だって、皆がテキパキ決めちゃうから……」


 そう言って、魔王は人差し指の先と先を突っつき合わせる。


(馬鹿じゃないのか、この人は)


 側近は、いけないと思いながらもそんなことを考える。


「大丈夫。まだまだ勇者はここには来ませんよ」


「……いつかは来るのかなあ」


 側近は肩を落とした。


「そうならぬように皆、必死に頑張っておるのです。どうか堂々としていてください、魔王様」


「そうだな。皆の力を結集すればあの憎き勇者にも勝てる。友情の力が我々を新たな高みへと案内するのだ」


 側近は溜息を吐きたくなった。けれども、魔王が上機嫌ならばそれで良いか、と思った。


(どうにも、我らが魔王様は、人間だった頃の癖が抜けぬようだ……)


 側近の嘆きは、心の闇の中に溶けていった。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 神奈は、飛んでいた。浮かべた炎の玉が照らす光景を、ただ、飛んでいた。

 途中の敵は、火柱で一網打尽にしていく。ぶら下がっているライトが、紐で後に残った魔核を器用に回収していった。


「そろそろ、目的地よ」


「そうかい。リンネ嬢とグリム無しで挑むのか?」


 ライトは、魔核を食べながら言う。


「試したいことがあってね」


「思いつきに命を賭けられちゃたまんねえぜ」


「貴方は待っていればいいわ」


「そうもいかない。お供しますよ」


「自分の身だけ守ってて。私は好き勝手動くから、多分巻き添えになる」


「勘弁してくれよ……」


 ライトが聞こえよがしに溜息を吐く。

 そして、そこにそれは待っていた。

 光り輝く結晶が浮かぶ広間で、その巨大な生物は体を起こした。

 人の体ほどのサイズもある剣を構えた、騎士だ。


 その剣が振り上げられるのと、ライトが地面へ降ろされるのは同時だった。

 神奈は、覇者の剣を鞘から抜いた。


 剣が振り下ろされる。

 それを、神奈は相手の動きから読み取って、上手く受け流した。

 そして、突く。

 覇者の剣は、相手の鎧を貫き通した。

 しかし、小さな一撃だ。

 蚊の一刺しにしか過ぎない。


 相手は、再び剣を振り下ろす。

 神奈はそれを、回避した。

 今日の神奈には、相手の動きがいつもよりも見えていた。


「嘘だろ……?」


 ライトが、呆然と呟く。


「まさかたった数日の修練で、剣術の基礎を吸収したのか?」


「私は、グリムの戦いを何度も見てきた。集中して見た。そしたら、飲み込める気がした。こういうことなのかと」


 再び、剣が振り下ろされる。その切っ先は、神奈に逸らされて地面に落ちる。


「今の私は、負けない!」


 そう叫んで、神奈は騎士の股下に覇者の剣を配置し、その天辺まで飛び上がった。鎧に大きな切れ込みが入る。

 そして、壁を蹴って十字に切り裂く。

 鎧の中心部に、突入できそうな穴ができた。


「とどめよ!」


 穴に、神奈は飛び込んだ。

 そして、敵の核を真っ直ぐに貫いた。

 声にならぬ叫び声を上げ、敵が消滅していく。


「覇者の剣だけに頼らずに完勝しやがった……」


 ライトが、呆れたように言う。

 神奈は、ブイサインをしてみせた。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 土砂をどかしているうちに、それは元の位置へと勝手に収まっていった。

 どうやら、永久的に繰り返し発動するトラップのようだ。

 氷の天井を作り、それに支えさせ、二人はその下を抜けた。

 その先に、それはあった。


 光り輝く盾。


 グリムは、恐る恐るそれに手をかざす。そして、ゆっくりと触れた。


「呪われた装備の類ではない」


「じゃあ、新装備ですか?」


「そう上手いこと行くだろうか」


 グリムは、戸惑うように言って、盾と片手剣を捨てた。背中の両手剣を掲げる。それを、光が満たした瞬間に、振り下ろす。

 両手剣と盾がぶつかる金属音が、周囲に響き渡った。


 盾には、傷一つなかった。


「これは……見つけものかも」


「装備しましょう!」


 リンネは、声を弾ませて言う。

 グリムは、両手剣を鞘に収めると、その盾を持った。


「軽い。まるで何も持っていないかのようだ」


「……そんな装備を持っていて生き残れなかったら、恥だなあ」


 リンネは、からかうように言う。

 グリムは苦笑する。


「そうかもしれんな」


 その時、遺跡が大きく揺れ始めた。


「リンネ!」


「うん!」


 リンネは、グリムを抱えて空を飛んだ。

 そして、落とし穴の真下の地点まで戻る。


「カナさん! 落とし穴があった地点に穴を開けて!」


 魔力で、遠距離に声を送る。


「ちょっと待って、落とし穴って何処だったっけ!」


「カナさん? 待っててって言ったのに動いたの?」


「ちょーっと色々都合があってね。カナさんにも都合があるのよ、都合が」


「カナさん、早めに!」


「わかった、急ぐ!」


 その時、グリムは意を決したように言った。


「頭上へ向かって、飛んでくれるか」


 リンネは迷ったが、グリムの声音は真剣だった。


「信じるよ」


「ああ、信じてくれ」


 リンネは頭上へ向かって、飛んだ。

 グリムは盾を構えて、前に押し出すように構える。

 そして、光輝く盾が、天井を破壊して突破した。


 丁度、黒の勇者もライトを掴んで飛んでいるところだった。

 後は、四人でその場から去るのみだ。


 遺跡は崩れ去っていった。

 後には、満足げな表情の黒の勇者と、安堵した表情のライトと、誇らしげに盾を構えるグリムと、それを不安げに眺めるリンネが残った。


「充実した遺跡探索だったかな」


 黒の勇者が、満足したように言う。


「もう、カナさん、止まってるって言ったのに。勝手に動いて」


「ごめんね、カナさんちょっと贅沢だった……その盾は?」


「地下にありました。光り輝く盾。かなり強固です」


「そうか。装備も腕もパワーアップして、言うことなしだね」


「王様に事の顛末を説明して、次の旅へ出ようか……」


 ライトが、疲れたように言う。


「今回ばっかりは死ぬかと思ったぜ」


 ライトのぼやきに、一同、苦笑した。

 そして、リンネはグリムを見る。穏やかな笑顔の奥にある覚悟を、痛々しいものでも見るかのように。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 木剣を互いに持って、神奈とグリムは相対していた。

 お互いに動かない。相手の動きを待っている。


「……上達しましたね」


 グリムが、関心したように言う。


「今の勇者様には隙がありません。動けば私が切られるでしょう」


 そう言って、グリムは木剣を置いて地面に座った。

 神奈も、それに習う。


「先生が上等なのよ」


「ご謙遜を。勇者様の才覚です」


「謙遜ならグリムだって一緒でしょう? 両手剣や盾付きなら、グリムはそれなりの戦い方をするはずだわ」


「……隠し事はできないものですな」


 そう言って、グリムは苦笑した。

 リンネが起き上がって、寝ぼけ眼をこすりながら神奈の横に座った。そして、神奈の膝を枕にして再び寝入った。


「今日は、ここまでですかな」


 そう言って、グリムは立ち上がり、焚き火をいじる。


「そうね、ここまでね」


 神奈も、頷く。


「ねえ、グリム。私はこう思っているのよ」


「なんです?」


「一人も欠けずに北壁まで辿り着くって」


 グリムは、黙り込む。


「だから、勝手に命に優先順位をつけられたら困るわ。今日落とし穴に落ちた時みたいにね」


「何を仰られます」


 グリムは、叱るような口調になった。


「魔王を打倒できるのは勇者様だけ。その前提を忘れてもらっちゃ困ります。命には優先順位があります。特に、俺みたいなものの命は、いつだって捨てていい」


「そうね……優先順位はあるのかもしれない」


 神奈は、そう返すしかない。魔王の存在がある限り、勇者は生きねばならない。


「けれども、無理をされては困るわ」


「まったく、貴女もリンネも……」


 そう言って、グリムは苦笑した。

 その目の端に、涙が見えた気がしたのは、神奈の気のせいだったのかもしれない。

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