魔性の鏡、魔性の女
神奈は松明を持ってしゃがみこみ、水辺を眺めていた。水面に映るは自分の顔。その頬には、横一筋の傷跡がある。
「……何やってんだ」
背後にライトが立っている。それも、水面に映っている。
「傷、残っちゃったなあと思って」
「勲章と思え。お前は自分の仕事をやっている」
「そうね。勲章ね」
神奈は項垂れた。よりによって口の悪いライトに励まされた。その事実が、尚更神奈を憂鬱にさせる。
「それだけじゃなくて、ほうれい線とか目立ち始めたなあとかさあ」
「ああ、だからか」
ライトが納得したように言って、横に並んでしゃがみこんだ。
「お前が不自然なほど笑ってたの。ほうれい線を伸ばそうとしたわけだ」
「そんなに不自然だった?」
「リンネはやや引いてたな」
「まじかー」
溜息を吐く。
「アンチエイジング技術も発展していないこんな世の中じゃ」
「お前は仕事をしていればいい。それこそがお前が望んだ世界なんだろう?」
「……あのね。女に生まれたならいつだって綺麗だよって言われたいの。相手にもよるけどね」
「その二律背反をなんとかしない限り、お前は満たされないんだろうな」
癪に障った。ライトの癖に、わかったようなことを言う。
「二律背反じゃないわよ。上手に両立している人はごまんといる。私が忙しさにかまけてそれをできなかっただけ」
「今度は自己嫌悪か。忙しいことだ」
「結局、何度も振り返るんだろうと思う。なんであの時、あの場所で頑張れなかったか。自分の決断に悔いはない。けど、自分の決断に迷うことはある」
「忙しい仕事だったと聞くな」
「うん、忙しかった。寝る間も惜しむぐらいに。そして、私は成果を出した」
「けど自分の心の奥底で望んでいた幸せは掴めなかったと。オチがついたな」
「この世界でなら、拾えるのかな……」
「お前次第だろう」
そう言って、ライトは立ち上がった。
「もっとも、魔王討伐してくれんことには先はないがな」
ライトが去って行く。焚き火の元へと。
神奈はただ、黙って水辺を眺めていた。
(第一印象がどん底な分、たまに好印象を抱かされることもあるけど……やっぱヤな奴)
拗ねたようにそう思い、神奈は松明を水の中に放り投げた。
虫の声がする。
月明かりが、優しく神奈を照らしていた。
(まあ、元の世界に比べればスローライフだなあ)
そんなことを、しみじみと思う。
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勇者来訪。湧く町民。もう慣れた光景。
「今度の城はバンなんとかみたいなことにはならないわよね」
神奈は表情を変えずに、静かな声で言った。
「バンゲイドだ。下見をしたが、怪しい研究所はなかった」
ライトが答える。
「あんたの下見がアテになるかなあ」
「俺は一通りのことはできるんだ。器用貧乏だがな」
「平均的にパラメーターが低いのね」
「まあ言ってみればそうだな。何処かの騎士みたいな馬鹿力もなければ、何処かのお嬢ちゃんみたいな化け物じみた魔力もない」
ライトは飄々としている。
「それでも俺は役に立つ。だから王も俺を指名した」
「既婚者が埋まってたから余りを押し付けてきたんでしょうが」
「余り物の中に掘り出し物が残っていることもある。勇者殿もそう思ってなけりゃやってられないだろう?」
ライトは、そう言って喉を鳴らして笑った。
明らかな挑発だった。
「やる?」
「まさか。俺が勇者殿に叶うわけがない。馬鹿力で絞め殺されるのがオチだ」
「わかってて挑発するんだもんね」
「まあまあ」
グリムが馬を操って、二人の間に入る。
「お二人は仲がよろしいですね」
穏やかに微笑んで彼は言う。
「まさか」
神奈とライトは異口同音に言って、口を閉じた。
「ほら、息もぴったし」
確かに、冒険当初に比べればライトとは息が合い始めている。それが、少々不快だった。
一同は、玉座の間に呼び出された。
王は、白髪で小太りの好々爺だった。
「勇者殿、来訪を待っておりました。滞在は何日ぐらいになりますかの」
「今日中にすぱっと出ようと思っています」
前回の経験がある。城に長居するのは避けたほうが吉だ。それに、北壁を守る人類軍の様子も気になる。
「そうですか」
王の顔が曇った。
「何か?」
神奈は、いけないと思いつつも聞いてしまった。
ライトが、あからさまに顔をしかめる。
「だって」
言い訳が、喉元まで込み上がってくる。しかし、それに耐えた。
王は、ゆっくりと口を開いた。
「衛兵、あれを持ってまいれ」
「あれ……?」
神奈は、リンネと顔を見合わせた。あれ、とはなんだろう。
数分も待たずに、衛兵がうやうやしく布がかけられた何かを持ってきた。その布を、王は立ち上がって剥ぎ取る。
現れたのは、大きな鏡だった。
「わあ、綺麗な鏡」
リンネが思わず声を上げる。
「さもあろうさもあろう」
聞きなれない声が、急に部屋の中に響いた。
神奈一行は、周囲を見る。しかし、声の主らしき人物はいない。
「俺だよ、俺。お前達の目の前にいる、俺」
四人の視線が、次第に一点に近づいていき、そして終着点に辿り着いた。
そこには、鏡が衛兵に抱えられて鎮座していた。
「そう。俺、鏡」
「ええっ?」
神奈は思わず素っ頓狂な声を上げた。
鏡が喋るだなんて聞いたことがない。
「マジックアイテムですね……」
リンネが冷静に言う。
「ロストパラダイスの時代に作られた工芸品だと判断します」
「我々の魔術師も同じように判断しておる」
王はそう言って、玉座に埋もれるように座り込んだ。
「その鏡が所望しておるのだ。それは……」
「世界一の美人の手に俺を渡せ。そうすれば、伝説の武器を具現化してやるぜ」
神奈は呆気にとられた。
世界一の美人。そんな人物、世の中に実在しうるのだろうか。
「というわけだ。伝説の武器。ロストパラダイスの件でその伝承は途絶えておるが、魔王に勝ちうる武器かもしれん。それで、勇者殿に相談しようと思っておったのだ」
「はあー、なるほど……。こんなでかい鏡を持って旅ができるかな」
「馬の旅では難しいな。割れるのがオチだ」
ライトが冷静に判断する。
「この国の女性では試したんですか?」
王は溜息を吐いた。
「選り好みの激しい鏡でのう……」
「なるほど」
上手く行かなかったというわけか。
「そもそも我が国はバンゲイドに古の時代美人を根こそぎ連れ去られた国。美形が少ないと揶揄されておる」
「俗説ですよ」
ライトが、苦笑交じりに言う。
「しかし実際のところ、鏡に映える女性は存在しなかった。バンゲイドに行ってもらえれば事情も変わるかもしれんが……」
「逆戻りになってしまいますな」
ライトが、淡々と言う。
「勇者殿。わしは伝説の武器というのが何か気になって仕方がないのだ。この鏡、なんとか役立ててもらえんかの」
「はあ……」
伝説の武器。不安定な覇者の剣を思えば、確かに喉から手が出るほど欲しい一品だ。
しかし、世界一の美人なんて、どうやって探せば良いのだろう。
「リンネじゃ駄目ですかね」
神奈は提案する。
リンネは、かぶっていたフードを下ろした。
「おお、確かにこれは見目麗しい……どうじゃ、鏡よ」
鏡が、角度を変えてリンネを捉えた。
「乳臭い」
リンネが頬をふくらませる。
「あんまりな言い分です!」
「勇者殿ではどうだろう」
「あー、私はいいです。辛口批評が目に見えてきたので」
「それでも物は試しだ。選ばれし者を鏡に映してみるとしよう」
鏡が、神奈の方に向く。ありもしない目と目があった気がした。
鏡は、しばし考え込んでいた。
「五年前を見たかった」
「割っていい?」
神奈は、思わず拳に力が篭った。
「どうどう」
ライトが宥める。
「失礼な鏡だ」
グリムが、怒りを露わにする。
「こんなのと旅するのは嫌ですよ」
リンネも不服顔だ。
「そもそも顔なんて価値が無いからね。人間中身だからね。それがわからない鏡なんて割っちゃっていいわよね」
「だから、やめろと言っている」
ライトは、考え込むような表情になると、しばらくの沈黙の後に口を開いた。
「鏡。お前の好みは二十代前半か?」
「美しさによる」
「褐色肌と日に焼けていない肌、どちらがいい?」
「美しさによる」
「全部のパーツが平均的ならば美人と言えるだろうか?」
「全部のパーツ、配置が美しければ美人であろうな」
「ふむ……」
ライトは、しばし考え込んだ。
「どこまでつけあがるんでしょうかねえこの鏡」
「本当割っちゃいたいわよねこの鏡。手が滑ったりしないかしら」
「カナさんが手を滑ったら衛兵まで切っちゃいますね」
「リンネが手が滑ったら王様ごとよ」
「いけませんね」
「いけないわね」
「大丈夫です、発作みたいなものなので。王も衛兵の方々も気になさらないでください」
ライトがいけしゃあしゃあと言ってのけた。
そして、言葉を続けた。
「私に一つ案があります」
その場にいる全員の視線がライトに集中する。
「案? 女泣かせのライトに女の知り合いがいるとは思えないけれど」
「……ツテはある。それも、とびっきり特上の美人だ」
「ほー」
「へー」
「お嬢さん方、殺気を放つのはやめてくれないかな」
「殺気なんて」
「またまたご冗談を」
「あははは」
「うふふふ」
「やめろっつってんだろ。僻むなよ、鏡に選ばれなかったからって」
ぐうの音も出ないとはこのことだ。
神奈とリンネは黙り込んだ。
それにしても、世界一の美人。どんな人なのだろう。神奈は、気になった。
そんな風に生まれていれば、もっと人生快適だったろうな、とも思った。
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マシロは、放浪していた。
北へ向かって、ただ歩いていた。
北壁の魔王を倒す。確か自分は、そんな目的で集められた人間の集合体だったはずだ。
それが、マシロの背を押した。
マシロはいつの間にか、山道を歩いていた。食事も、しばらくしていない。
ただ、背を押されるように歩き続ける。
腹が鳴っていたが、無視して歩き続けた。
そして、マシロの意識は闇へと落ちていった。
記憶が蘇る。それは、様々な親に背負われていた記憶。マシロの元になった人間達の記憶。
揺られて、目が覚めた。
誰かに、背負われていた。
「気がついたかい。随分巨大な聖核を持っている。そんなものを魔物に食われたら困る。お前は死に場所も選べないと思うべきだ」
世の中全てをせせら笑うような女の声音。
どうやら、彼女に背負われているらしい。
「だんまりかい。訳ありなのは察するが、あんたの名は?」
「……マシロ……白の……勇者」
「勇者ときたか」
女は男のように豪快に笑った。
「まあ、うちに来るといい。食事ぐらいは用意してやるよ。弟子入り志願なら魔術で追い返すところだが、あんたはそうもいかなそうだ」
世の中全てをせせら笑うかのように、女性はそう言った。
マシロの胸に、戸惑いが生まれた。
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夜になった。
神奈はベッドで横になっている。
結局、ライトのツテというのは一日ではどうにもならないものだったらしい。
ノックの音が、部屋に響いた。
見ると、リンネが枕を持ってやって来ていた。
神奈は、上半身を起こす。
「リンネ。どうしたの?」
「カナさんと一緒じゃないと、心配で。グリムさんと相談して、私が行くのが妥当だろうと」
「なるほどね」
前回の一件は、勇者を守るために活動しているリンネ達にとっても痛恨事なのだ。
やっとのことで、神奈はそのことに思い至った。
「隣に寝て、いいですか?」
「いいよ。リンネなら大歓迎」
リンネは顔を輝かせて飛んできた。
新しい体重に、ベッドが小さく弾む。
「バンゲイドでは、カナさんに助けられました」
「皆がいたから皆で帰れた。それだけのことよ」
「これじゃいけないのに。私がカナさんを助けなきゃいけないのに」
「十分、助けになってるわ。グリムは、リンネがいなければ助からなかった」
「それでも、私は、カナさんの役に立ちたい」
そう言って、リンネは、潤んだ瞳を神奈に向ける。
神奈は無言で、リンネの肩を抱いた。
頬に柔らかい感触があった。
遅れて、キスをされたのだと理解した。
「私のためについた傷……私はそれを、愛しいと思います」
「リンネ……?」
リンネは神奈の腕に自分の腕を絡めて、すっかりと抱きついてしまった。
(元々、懐かれてはいたけれど……どうしよう、変な懐かれ方をしている気がする)
いっそリンネを突き飛ばしたいような衝動に神奈はかられた。
しかし、こんな少女を傷つけるそんな行動がどうしてできようか。
そう、思春期というのは不思議なものなのだ。
自分が男だったら楽しかっただろうな。そんなことを思った神奈だった。
(どうして私は、昔から男ではなく女にモテるんだろう……)
神奈にとっては、永遠の謎だった。
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「起きたかい、勇者君」
マシロは目を覚ました。
小屋中に料理の匂いが漂っている。
狭い小屋だ。ベッドは一つしかなく、マシロは床で眠っていた。
「どうやら君は自我らしいものが非常に薄いようだ。それを取り戻すところから始めよう」
新しい命令を貰った。
マシロは嬉しくなって、表情も変えずに頷く。
命令に従うのは好きだった。何も、考えなくて良いからだ。
「で、食事だ。せいぜい私の楽しい話し相手になってくれるまでには成長してくれたまえよ」
そう言って、女は世の中全てをせせら笑うような笑い方をする。
「返事は?」
「はい」
「質問は?」
「……」
「ないならありませんと答えるんだ。これは、前途多難だな」
そう言って、女性は苦笑した。
どうしてだろう。母を思い起こす女性だった。
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翌日、ライトを除いた神奈達一行は玉座の間へとやって来ていた。
玉座には王、その隣の衛兵の手には鏡。ライトがいないことを除けば昨日とまったく同じ構図。
「なんだ、変わりのない顔ぶれだな。世界一の美人を連れてこいと言っている。伝説の武器がいらんのか?」
「鏡よ」
神奈は、話しかけていた。
「このままでは、世界は魔王に支配される。それでは、貴方が望む美人も滅ぼされてしまうでしょう。ここは一旦、我々に協力するというのは」
「行き遅れは黙っとれ」
鏡の縁に、氷の矢が四本突き立てられた。
「ごめんなさい、手が滑っちゃいました」
リンネが、微笑んで言う。
「何してんの巫女殿? 鏡割れちゃうでしょ?」
グリムがひっくり返った声で叫ぶ。
「いやー、割れちゃえばいいんですよあんな鏡。私のカナさんを馬鹿にしたんだからそれぐらいはあってしかるべきです」
(いつからあんたのカナさんになったのか知りたい。切実に)
「おっかない娘だ。胸は平たい癖に憎悪の感情は人一倍あるらしい」
「リンネ、落ち着いて」
「巫女殿、冷静に」
「手滑っちゃいそうだなー」
「世界の平和と天秤にかけて!」
「私のカナさんを馬鹿にした罪は世界の平和よりも重いんですよ」
「カナさんそんな繊細なタイプじゃないから! 大丈夫だから!」
「気持ちはわかるが落ち着け巫女殿。伝説の武器がなければ私もあの鏡叩き割っているところだが、辛抱している」
「私、巫女としてちやほやされて育ってきたから、我慢って苦手なんですよー」
「そんなの嘘よ。雪見たいけど話だけ聞いて我慢するって健気な子だったじゃないリンネ!」
「あれはぶっちゃけ面倒くさかったのもあるんですよね。しきたりに背くのって労力いるじゃないですかー」
「そんな現代っ子な側面知りたくなかったよ!」
「落ち着いてください」
涼やかな声が周囲に響き渡った。
新たな登場人物に、一同、目を丸くする。
赤を基調とした服装の、濡鴉のような黒髪をした、真っ白な肌の美人がいた。
顔は小さく、腕や足は細く、しかし最低限の肉付きは残っている。
下乳と腹を露わにした服で、くびれがしっかりと見えている。
(自分に自信がなけりゃできない格好だなあ……)
神奈は、しみじみと思う。
「ライトさんに言われてやって来ました。美人を名乗るのは烏滸がましいかもしれませんが、私ではいかがでしょうか」
「どれ、見てやる。俺の前にやってこい」
鏡が偉そうに命令する。
そして、しばしの沈黙の後、喋り始めた。
「整った顔……細身だけれどもしっかりと肉も付いている体のライン……完璧だ……」
鏡が、眩い光を放った。
そして、気がつくと、鏡だったものは人の姿へと変わり果てていた。
「お美しいお嬢さん、お名前を聞かせていただけるかな」
「その前に、伝説の武器を」
「そうだな。ほれ、持っていけ」
そう言って、男は剣を鞘ごと神奈に放り投げた。
「……魔剣の類ですね。触れないほうが懸命でしょう」
グリムが、無念そうに言う。
「なんだい。そんなオチかい」
女性が、舌打ち混じりに言う。
「それなら、こんな仮装やる必要はなかったな」
剣が閃いた。
そして、男を一刀両断にしていた。男の姿は消え、粉々になった鏡がその場に残った。
「ああ、くそ。魔力と一日の無駄使いだ」
そう言って、女性は剣を鞘に収めてその場を去っていく。
呆気にとられた神奈達が、その場に残された。
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神奈は、松明を掲げて水辺を眺めていた。水面に映るのは、自分の顔だ。
頬の傷は、継続的にリンネに治療を受けているのだが、消える気配はない。膨らんだ状態で治癒したのかもしれない。
「相変わらず傷を気にしてるのか」
「五月蝿いわねー、繊細な女の悩みはあんたみたいな男にはわかんないのよ」
「そうか」
ライトは、気にした様子もなく神奈の横に並んだ。
「あの女にライバル意識でも抱いたか?」
「……本当、よくつれてきたわね、あんな美人。とでも言うと思った?」
「と言うと?」
「あんたでしょ、あれ」
ライトは面白がっているように微笑んでいる。
「男ってああいうのが好きなのねー。どんだけ痩せさせる気なのかしらね」
「男の好みは男のほうがわかるということだ」
ライトはそう言って笑った。
「女装もできるとは聞いてたけど、女装ってレベルじゃなかったわよ」
「魔力で骨格から変えてるからな。変化だよ」
「はー。美容術教えてもらえないかしらね。アンチエイジング技術あるんじゃない。この世界にも」
「今は戦いに不必要なことに専念することは許されない。全ての戦いが終わったら当家に伝わる秘術を教えてやろう」
「本当?」
「嘘を言ってどうなる。どうせ一子相伝で俺の代で途絶える技術だ」
「ふーん。なら、ありがたく」
神奈は、微笑んだ。
「あんたさ、基本的に嫌な奴だけどたまにいい奴だよね」
「美容の秘訣を教えると言った途端にこれか。やってられんな」
「だって、わざわざ鏡割ってくれたんだもん」
「魔性の類だった。危険と判断した」
「私もリンネもグリムも我慢した。けど、あんたは王の判断も待たずに鏡を割ってくれた。それが、私は嬉しかった」
「たまたま条件が整っただけだ」
ライトは、背を向ける。
「馴れ合う気はないぞ」
「私も、あんたとはごめんだわ」
ライトは去っていく。
(第一印象がどん底な分、たまに良いことすると好印象を持っちゃうのよねえ)
つくづく、得な性格だと思う。
あれだけ、自分を表に出していたら、神奈も前の世界では幸せを掴めたのだろうか。
神奈は、水面に映った顔を見る。
きっと、これからも立ち止まって過去を振り返る時間がある。
それと、付き合いつつも進もうと思う。
前へ。




