07 少女神降臨
「原子炉で生成した熱中性子をターゲットとする核種に照射する際に、特許申請中の波長可変のレーザーを合わせて当該核種に照射して、半減期の変化による放射線量の増減を測定するものであります。
放射性元素の半減期の可変化は、放射能汚染処理に役立つものと考えております」
「でもですねえ、防衛省も参加しているということは、軍事研究ですね。これは軍事費隠しですよ。
予算の勝手な流用、そうではないのかといっている」
軍事研究?、こちらこそ、なにいってるんだと返したい。仮にそのとおりでも何が悪い、言いがかりもいいところだ。相手はそれが仕事だろうが、こちらも仕事だ。
失言を引き出そうとする挑発を相手にする気は全くなかったのだが、国会に参考人として呼び出される直前に国家安全保障局次長から直接口頭でうけた指示は、挑発に乗れ、挑発でかえせだった。
「福島でも問題のセシウム137の半減期は30年ですが、仮に崩壊速度を遅くするだけでも放射線量を大幅に減らせますし、逆に一過性に放射線量は増大しますが、短時間で安定なバリウムに崩壊させることも可能ですよ。これのどこが軍事研究なんですか。たまる一方の核汚染物質の処理、原子炉の廃炉等にも、応用できますよ。
予算は確かにレーザー中継システムについています。しかし開発した特殊レーザー装置の試験を安全性が確立されている研究用原子炉施設でしてはならないと言う法令はありません」
「・・・でもですねえ、そのような重要なレーザー装置なら、国外にも広く門戸開放して、無償供与で周辺諸国にも軍事研究ではないことを証明する。平和を愛する日本人ならなぜそれが必要と考えないのですか、有木参考人、答えて下さい」
さすがにあからさまなこの発言には、某大手新聞は同調しても、世論はどんびきした。落ち込んでいたこの政党の支持率はさらに半減し10%を大きく割った。某大手新聞の方も購買数もさらに減少したが、なぜか同社の羽振りは変わらなかった。
逆に上がったのは株価。レーザー関連と低迷していた原子力関連の国内企業の株価がいっせいに急騰して高止まりを続け、市場全体の株価もおおきく押し上げられ、法人税収換算で1000億円ほどもの経済効果となり、失業率も0.05%改善した。
放射能汚染対策を表看板として原子炉利用の基礎研究の続行の百億円ほどの臨時予算処置に、財務省からして反対の声は上がるはずはなかった。
その百億円のうちの実に八割をあてて、本命とも言える医療用PET(陽電子放射断層撮影)で汎用されている小型サイクロトロンを転用して生成される短半減期放射性核種の利用。半減期短縮すなわち過去方向に時間移動した核種を観測することによる情報伝達、TLのコアが機密を保てる某所で密かに構築された。
有木はそのTL管理室の実質的な管理者として、初代副室長代理となった。国家公務員総合職試験に縁がないがために副もその代理で、もちろんお約束の年度ごと契約というせこい更新雇用であった。
因果律が支配を求める未来からの文字情報は不確定のノイズにまみれていたが、情報のヘッダーの変位をスパコンで解析することで、7日先では平均10%でも3日先では平均40%、1日先で平均80%の精度の予報がえられた。
そこで海外市場の短期相場を相手に年金を運用する圧縮シミュレーションを実施したところ、期間1ヶ月で500億ドルもの荒利益を稼ぎ出した。
たかが秘密の小室の一つの副室長の代理であろうと、1ヶ月で一般会計のおよそ5%を稼ぎ出せうるという結果のインパクトは有木の想像を越えていた。秘匿のはずなのに、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)から引き抜きの声がかかり、NSA(国家安全保障局)が阻止の介入をするまでになった。
しかし調査と追試の結果、情報の意図的な漏洩はなくても、TL情報が、より先の未来からのもので、より精度が高いほど、思わぬ影響が予想を越える範囲に及ぶ一種のバタフライ効果が起きやすい傾向があることが判明した。この制御法が不明のリスクの存在からTL情報は原則秘匿されることになった。
例外を求める動きは、事案岩戸の直接関係者内でも活発だった。
その一つは領海侵犯を繰り返す中国をはじめとする軍事情報で、検討の結果、精度50%超の重大情報はNSA(国家安全保障局)に開示の扱いとすることに決められた。
もう一つはGPIFを管轄する厚生労働省と、国債をあずかる財務省の大局的連合勢力で、国家戦略備蓄の推進という理由に、財政規律の一時的緩和を求める圧力が高かった。
転移が確定なのに先の情報が全くわからぬ以上、いかに高騰しようと至急の備蓄の限度額なし積み増しは必要であり、その財源の確保は火急の課題だった。赤字国債の積み増しでなせる額ではなかった。
それがわからぬ有木ではなかったが、実際にTL情報で市場を相手にすれば、シミュレーションどころではない跳ね返りが懸念された。
「 因果律の擾乱の後始末は面倒なのです。リアルにしてくれるななのです 」
夜な夜なそうつぶやかれては、TL室開設の実績に繋がった夢の記憶の言葉だけに、無視はできなかったのだが、首相自ら電話してきて頼まれては、断り切れなかった。
断れば自分に代わる後任者が現れて、ある意味核兵器をも凌駕するTL情報の乱発という混乱極まる事態に突き進むだろう。TL情報の性質上それはあきらかに思えた。
「有木参考人、答えて下さい。TL情報室とはなんです。この資料によるとあなたが副室長代理となっていますね。先の防衛省との軍事研究の件といい、良識ある国民は納得していませんよ。これは例のレーザーとどう言う関係があるのですか」
1ヶ月後、案の定の事態に見舞われていた。ありえないほど僅かな偶然が連続してその対応に追われてもなお、情報が漏洩していた。国会の決算行政監視委員会にまたもや呼び出されてあることないことまじえて挑発された。
「税金が不正に運用されている、その額もここにある資料だけでなんと10兆円を越えている、とんでもない金額です。その運用のかなめがTL情報室であるのは資料より明らかです。防衛省との軍事研究は隠れ蓑で軍事費の増大が目的、違いますか、違うなら、平和を愛する国民に納得がいく説明をする義務がある」
今回の参考人招聘では、事案岩戸のさわりまでは明らかにしてよい旨の許可を得ていたが、先方の糾弾はそれを越えるものだった。
だからいやだったのに、TL情報室を放り出す無責任はとりたくなかったけど、もう限界、トカゲの尻尾でもいいやの、気分だった。助けが入らないところを見ると、そういうことなのだろう。
「どうしたのです。有木参考人、だまっていてはわかりませんよ。そうであることを認める、そうなのですね」
有木は窮して思い出していた。
「未来へ転移するにも備えの蓄え、備蓄がいる。その財源に先立つものがいる、首相の要請で財源がらみのTL情報を出さなければならなくなった」
「 備蓄はなんとなくわかるのです。けれど財源とは何なのです? 」
夢の相手に貨幣の存在からして理解してもらうのにまる一晩かかった。
TL情報による資産運用についてまで理解してもらうのにさらに一晩かかった。
「 仕方がないのです、そこまで言うならやってみるのです。助けがほしいなら、『あなにやし、え娘子を』と褒めるのです 」
そう、トカゲの尻尾になる前に、駄目元でためして見ることが一つ残されていた。
夢からうまれた実績の結果が今であれば、ここで夢の相手に助けを求めてみて何の不都合があろう。
「有木参考人、だまっていないで、白状したらどうですか」
「あなにやし」
「えっ、なんですか、あな・にゃし?にゃささ? なんですかそれは」
「ヘブライ語のなまったものなら、私は結婚するという意味です。どうやら、それを試す時がきたらしい」
「ごまかさないで、きちんと質問に答えなさい」
「まともでない質問に答える必要は感じません」
「なんですと、良識ある国民の代表である私になんという言い草。良識ある国民は許しませんよ」
「あなたこそ、本当に良識ある国民の代表ならだまっていることです」
「なんですと、失礼な、この」
有木はその声をさえぎって言い切った。
「あなにやし、え娘子を」
そしてTV中継のライブカメラの前でそれはおこった。
画像でみる限り、よくできたCGと差違はなかった。
清らかな光がうまれ、十の年にもつかぬ煌めく黒目のとても美しい少女の形をとった。それだけのことだった。
だがその場に居合わせたおおぜいにとっては、それ以上だった。
部屋の空気から淀みがきえた。たちまち爽やかな朝の気がきて満ちて、たちまち驚愕の静寂のうちにあたりを支配した。
そして有木にとってさらにそれ以上だった。
少女の形が現れたのは有木の胸元だった。
次の瞬間、姿に相応しい嫋やかさで首に細い腕を回されて、ぎゅっと抱きつかれていた。
心臓がばくばく打った。
「 『あなにやし、えをとこを』なのです 」
衆目を集める中、有木の耳もとから、鈴をころがすような声が遠くまで通った。
「 吾が背の君に仇をなそうというのは誰なのです 」
「・・・そ、そのなんだねそのおかしな服の子供は。この場でマジック、・・・そうだマジックをみせられても、良識ある国民は納得しませんよ」
「 おまえ、うるさいのです、だまるのです。黄泉比良坂に行って頭から冷え冷えになるがいいのです 」
「ちょっと待って、待って、それ多分まずいことだから、そこまでしなくていいから」
「 ん、いいのですか。では口を閉ざして坂を見るだけで許すのです 」
質問していた野党委員は鼻で呼吸はできても、口が開かなければ声は言葉にならなかった。うーうーあーあーと赤くなったり蒼くなったり、にわかに涙を流したりパニックの状態にある様子はあきらかで、国会衛視に取り押さえられるようにつきそわれて医務室送られた。
「さて、有木参考人、その子供さんはなんでしょう、どこから現れたというか、同伴の話しはきいていないし、許可した覚えもありませんが」
「申し訳ありません、委員長」
「 ん、童ではないのです、声かけに答える正しい順序で、『あなにやし、えをとこを』と、同意したのです 」
「有木参考人、どういう意味でしょう」
「その、まあ、いわゆる、結婚に同意したという意味かと」
「まあ、でも相手は子供ですよ、おふざけでも児童婚はよくありません。ねえ、お嬢ちゃん、何歳なの。結婚は大人にならないとできないのよ」
「 そんなことを言ってたら、吾は稚いままで、幾つになっても婚婚できないのです、撤回は吾に誓ってないのです。
吾と婚婚したからには、鏡也も現人の時読みの尊名で神位に奉られるのです。それで財源の問題とやらはTL情報とやらをつかわずとも解決なのです 」
「すみません、委員長、休憩を提案させていただいてもよろしいでしょうか」
「仕方がありませんね、休憩の提案が出ましたが、ほかの野党委員の方もそれでよろしいでしょうか。ご異論はございませんか。ないようですね。それでは、質問中断の委員の回復待ちの休憩といたします」
「有木参考人、あなたのことはいろいろ噂でうかがっていますが、委員長の私にことわりなく委員会の場でマジックを披露されては説明をいただく必要があります。
野党委員のあれは、いい気味、もとえ少し可哀相でしたけどお嬢ちゃんのおいたなのかしら。お嬢ちゃんからもお話しをうかがいたいわね。
有木のおじさんにしがみついていては、おやつが食べられませよ、向こうの部屋で柏餅はどう、頂き物だけど美味しいわよう」
決算行政監視委員会は即席の与野党協議でそのまま翌日まで休会となった。質問を主導した当の野党委員の口は開くことができるようになったが、その本人が質問の再開を拒み議事堂から逃げ出し、秘書の連絡にも応じない状況となっていては野党側も致し方なかった。
目を疑う事態を放送事故扱いにもできず、放送系列各社が横並びで番組の途中にテロップで報ずることになるまで、数十分をようした。ネットではすでにその頃、
「あれ見た? 稚日女ちゃんだよね」
「うん、どうみ見てもリアル稚日女ちゃん、眼福眼福」
「だれそれ」とお約束の問いがつづいた。
「おれのヨメ」
「いやおれのヨメ」
「拙者のヨメゴでござるよ、じゅるる」
「黙れ、ロリコンども、おれの妹をけがすな」
おかしなのも混ざっていたが、お宅どもの様式美は健在だった。
ニュース板からアニメ板に情報が拡散して、そこから板という板が次から次へと炎上して当該サーバーのパンクの連鎖がはじまっていた。ネットの関連トラフィックの急増は国内に止まらなかった。
「大統領閣下、非常事態です。日本国の国会で、中継カメラの前に日本国の女神が姿を現しました。
ディープラー二ングの分析は正しかった。なんと神の姿はかのアニメに登場の少女のキャラクターにそっくりです」
「・・・娘が孫とその少女のコスプレで、めちゃへんダンスとかいうものにゲスト出演したと聞いている、はたして偶然、それともこれも神がかりか?」
「党主席閣下、在列島大使館からの至急報です、列島国の国会に神が出現したようです。因特网の関連情報即時削除の指示は出しました」
「宜しい。軍事委員。迷信のために東征作戦準備を遅滞させることは許されない、南京軍区は72時間後、東海艦隊との連携で、全力実行を開始する。列島の偵察衛星のおおあなはそこを逃せばしばらくないと聞いている」
「美国から列島に提供される衛星等の情報については対応は策定のとおりとします」
「美国は列島なきあと、直接対峙する相手。その手の内を見極める絶好の機会となる。司令員は、大同炉路(61398)部隊のサイバー攻勢防御のレベルを上げて美国の戦時のでかたを恐れず探れ」
一方口シアはどうであったかというと、米国に何でも反対、対立を中国につけ込まれて半島の不始末の責任を押し付けられてしまっていた。
そしてある晴れた日の朝、ピョートル大帝湾のロシア領海内をウラジオストクに入港を急ぐ韓国船籍のフェリーに大きな火柱が立った。逆ギレした半島独裁国家が高高度軌道をとる中距離弾道弾による威嚇を強行、その着弾点が陸側にずれてついに艦船を直撃する偶然を引き当てたのである。
フェリーはゆきあしが止まって左に大きく傾き、車両のガソリン等にも引火しての大炎上、2時間ほどで横転沈没した。多数のロシア人含む乗客の避難誘導は数年前の事例のごとく阿鼻叫喚のむごい大混乱で、ロシア国民の半島南北国家双方へのヘイトもまた大炎上した。
結果、20㎞に満たないが陸続きの国境線は一発触発の開戦直前で、ロシアと半島2国家は日本とことを構えるどころではない状況に陥っていた。
「 これがリアルの柏手の餅。喜んでお供えされちゃうのです。ごちになっちゃいましょう 」
「それでは失礼して、柏餅のご相伴にあずかります。委員長は事案岩戸についてはご存知でしょうか」
「稲見乃の名前でお願いします。今日の委員会を契機に特定機密解除されるとうかがっていますよ」
「それでは稲見乃さん、教育TVのアニメ「天照らず」についてはいかがでしょう」
「私は見ておりませんが、MH監督の抜き打ち新作で大変評判になっていまも再放送されているとか、それがなにか・・・ということは当然事案岩戸絡みのなのですね。岩戸が閉じるとか、なにかそれに類似の事態が」
「実は3年前よりすでに瞬間的にそれを繰り返していると言ったら、信じられますか」
「・・・懐疑的になりたいところですが、その言いようでは話しをうかがう方がよさそうですね」
(潔く略)
「・・・それで巨匠の新作アニメも国民啓発のための状況づくりの一環らしいです」
「それではこのお嬢ちゃんは」
「 吾の尊名は稚日女。こんな幼いなりでも、鏡也と正しき順序で婚婚の言の葉合わせをしたので、心配いらないの、有木稚日女に水蛙子は産まれないのです 」
「これはとんだご無礼をいたしました。古事記とか日本書記的、神様存在であられましたか」
「 少し違うよ、でも同じかも。古書の遠ざけられた時代牢から晴れて解禁の自由の存在になったの。堅苦しいおかしなしゃべりはもうたくさん。うふふ、心機一転、現世風でいきましょう。それでいいでしょ、鏡也。
ところで、お友達の阿摩美久ちゃんから稲見乃委員長さんに伝言を頼まれているけどいいかな。委員長さんが司のひとりの邦、選挙区とかいうのはそちらのほうでしょ。
機械の海竜使いの防人の司に伝えてほしいそうなの。
土の民の末裔が海を越える軍の陣立てを整えたって。無神論者の穢れが西から島々に取り憑こうとしているって 」
それを聞いて有木は稲見野議員のもとを辞して急ぎ某所に設置のTL情報室に戻った。
結婚宣言はどうであれ、保護者は有木しかおらず、稚日女は当然のように同行した。もしそれを阻もうとすれば天罰が下ったであろう。
NSA(国家安全保障局)は様子見を決め込んだようだったが、その日の内に宮内庁を通して儀装馬車による皇居送迎の日時の打診がきた。
海面下10mでえびの送信所からの極超長波(ULF)の定時連絡を受信、それでXバンド衛星通信時刻が指定されたが、あいにくと同時刻は東進中の低気圧の影響が残りまだ海上は大時化だった。Xバンドは気象の影響を受けにくいとはいえ、さすがに高波でアンテナのみ海面上を維持するのは困難なため、確実を期して浮上しての防衛通信衛星きらめき2号からの通信受信となった。
黒い特殊タイルにおおわれた滑らかな船体が荒れる波頭の合間に姿を見せたのは指定時刻直前だった。そして波をかぶる艦橋上の見張り員は洋上ターミナルで高速通信終了を確認するやいなや早くも潜行を始めた艦内に戻り、AIP(非大気依存推進機関)搭載の艦体は再び沖縄トラフの深淵に姿を消した。
指令所のC2T(指揮管制支援ターミナル)に表示された暗号化通信の内容は、中国東海艦隊の出撃と尖閣諸島海域到達時刻、武力侵攻可能性90%以上であること、添付ファイルで至急SLI(基幹信号伝送装置)改3-1のバージョンアップを図ることの3点だった。
作業中は脆弱となるため、作戦中では異例のバージョンの更新は中国艦の可潜深度より深い海面下500mで実行された。待つこと長く感じる数分間の後、SLIは再起動した。
C2Tの液晶画面に状況と司令部からの指示が異様に具体的に表示されていた。
魚釣島西方の領海内での待機位置と深度の指定。当該時刻での中国潜水艦039A型6隻の領海内潜入位置と深度。中国海警330×番の爆発音を時刻○○○○前後に聴取後直ちに、指定のデータで89式長魚雷3基を発射のこと、結果の確認は禁止。魚釣島近海でM7クラスの海底地震が高い信頼度で予知されていること、速やかに離脱し沖縄トラフで待機すること。そして自衛隊法第95条により武器使用が認められる部隊行動基準にあることなど。
「副長、どう思う」
「艦長、それよりTDS(戦術状況表示装置)とMFICC(潜水艦情報表示装置)の表示をみて下さい」
尖閣諸島の領海及び接続水域のこれまでとは段違いに詳細な海底地形図と、魚雷発射時の具体的な戦術状況が表示されていた。
作戦中のSLIの運用ソフトの更新からして異例中の異例であったが、その成果は衝撃的だった。
これがあれば雑音特性が劣る中国潜水艦など射った魚雷の数だけ狩ってみせる、そう豪語できるにたるほど精密なマップと、表示される中国艦の詳細な位置情報だった。
「海底地震の予知と言うところがよくわからんが、89式3基射出後の速やかな離脱のための自衛の戦闘は禁じられてはいないな」
艦長は乗員65名欠くことなく生還するため領海内の敵艦を射つ覚悟を決めた。
1982年採択の国連海洋法条約では領海12海里(約22キロ)の外側12海里までを管轄権がある接続水域としている。僚船2隻とともにそこに進入している中国公船海警330×番に船底からではなく今時なぜか船側に派手に見える水柱がたった。
無線の交信が飛び交う。
「魚雷の攻撃を受けた、被雷で左舷より浸水、止められない、魚釣島に接舷、避難、上陸する」
「了解、援護する」
被災艦は確かに傾いてはいたが、そのわりには異常に速い船速で魚釣島の日本国領海内に侵入をする3隻。
対する海上保安庁の巡視船4隻は爆発を見るやいなや、船首を東方に転じて海域を離脱していった。
「見ろ、奴らが逃げていくぞ」
「臆病者め、策略は大成功だ」
その時、別の水柱、被災船の舷側に立ったものよりも倍は高い水柱の列がどーんという轟音とともに中国公船3隻の行く手海上に次々と立ち上がった。
意味する所はあきらか、自作自演がばれていなければ不可能な警告の爆発だった。
日本国のそうりゅう型AIP(非大気依存推進機関)潜水艦1隻に数で対抗するかのように東海艦隊に先行して魚釣島の領海内に進入していた中国のAIP潜水艦039A型は6隻だった。
所在不明のままのそうりゅう型より射たれた3基の89式長魚雷は探知されたが、いずれも自艦に向かってくるものではなかったため、意図をはかりかねていた。警告で射たれたとわかったのは魚雷が自爆したあとで、その時には爆発による擾乱で6隻とも艦首と両舷のソナーアレイが一時的に十分機能できず混乱していた。
その隙をついてそうりゅう型は20kt時の全速で離脱した。それを本来なら探知攻撃可能な位置の4隻が逆探ソナーで自艦を標的とする魚雷の接近を探知した時にはすでに遅かった。所在を特定されて正確に射たれていた55kt時の追尾魚雷に距離を詰められてしまっては回避できるはずはなく、囮魚雷を射つも及ばず次々と一方的に撃破され、合わせて232名の人生の終わりを載せて沈んで行った。現場の海域は大陸棚だったが水深は039A型潜水艦の可潜深度400mを越えていて、損傷した中華品質の船殻は耐えられず、着底するまでに空があまりに遠くなった暗闇の冷たく深い海の重さに負けて圧壊していった。
どのような状況にあろうとも国を独裁する党の上の方から下りた命令とあれば引くことは許されなかった。
警告を無視してなおも日本国の領海内を魚釣島にむかう中国公船3隻の強いられた蛮勇は、意図とは別の形でかなえられることになる。
「 阿摩美久ちゃん、鏡也のTL情報のとおりだよ、どうする、暗礁に乗り上げてでも島に上がりたいみたいだよ 」
「 それほど土の無神論者が魚釣島に取り憑きたいなら、思い知るがいいわ。鏡也さんの時読みのとおり、計らいましょう。美ら海が民の身を切らせるからには骨を断ってみせるんだから 」
第7話附話 [ 巡視船船長の覚悟 ]
そうりゅう型AIP潜水艦が沖縄トラフの深い海中から大時化の波間に浮上して防衛通信衛星きらめき2号からのXバンド秘匿通信を受信した、その日の午後のことになる。
梅雨の走りの雲底は高度100メートルほどと低かったがその中から美しい機体がひとつ、ジェットのエンジン音を先触れに姿を現した。
白地に青のペイントをほどこされ、垂直尾翼に羅針盤の八方位をデザインしたシンボルマークを記した全長全幅とも20メートルほどの3発機、海上保安庁第十一管区那覇航空基地所属のファルコン900、ちゅらわし※号だった。
ちゅらわし※号は時化が残る魚釣島の領海内を航行する石垣海上保安部所属の4隻のPL型巡視船の上空をゆっくりと通過、通信筒を落とすとすぐに高度をあげて雲中に姿を消し、420キロ東の沖縄本島の基地に戻って行った。海上保安庁のデジタル通信では傍受解読される可能性があり、それを避けるために有視界飛行が困難な荒天をついての特別な連絡のためのフライトだった。
低気圧の中心が東に遠ざかり船体の動揺も収まってきてはいたが、白い波頭が見え隠れする鉛色にうねる海から回収した通信筒の中身に目を通す船長の顔は見る間にこわばり、最後の一項で蒼白となった。
それらは要約すると次のようなものであった。
通信傍受の危険性を排除すること。
以下の同文内容4通を各船1通所持し、僚船と指示情報を共有すること。
自衛隊法76条第一項(防衛出動)の事態が予想されること。
中国海警局公船の欺瞞工作の具体的な内容。
それをもって直ちに魚釣島領海及び接続水域より南方海上に離れること。
自衛隊法第80条第1条により、海上保安庁は防衛大臣の指揮下にはいること。
魚釣島近海でマグニチュード7クラスの海底地震が高い信頼度で予知され、一両日に発生する見込みであること。津波への対応は通常のデジタル通信で後ほど連絡すること。
自己中の大国が理をねじ曲げ仕掛けてくる紛争が、いつかエスカレートして侵略の一線を越える、その予感の緊張下でこれまで任務をこなしてきた。だが、相手国が戦争を欲して謀略をしかけてくるとなれば警備の範囲を越えていた。自衛隊に任せるしかなかった。
そして最後に津波の二文字が目にはいるや否や辛い経験の記憶が蘇った。
当時、第2管区宮城海上保安部所属の巡視船で首席航海士だった。
三陸沖を巡視中に遭遇した迫り来る巨大な波の長城、警報音、それを乗り越える際の悪夢のような揺れ。中波で管区無線局に、そして衛星回線で管区本部に至急報が送られた。第二波に警戒しながら本部から指示待ちの巡視を続けるほかにどうしようもなかった。船長、航海長ともども操舵室で陸に向かって進んで行く水平線の彼方から反対の水平線の彼方まで続く長大凶悪を極める第一波を見送るしかなかった。
尖閣諸島の防衛は自衛隊に期待しよう、それより予知されたのであれば東日本の悲劇は許されない。防衛大臣の指揮下に入ろうが、しきしま型のような軍艦構造の船体ではなかろうが、低速時の操舵性や停船時の安定性に優れた船体の巡視船が本領発揮できる遭難救助や離島への救難をはじめとする諸任務があるはずだ。
船長は覚悟を決め僚船3隻の船長と協議するためのボートの手配を命じた。
欺瞞工作船は明朝到達するとあっては天候が回復するまで待ってはいられなかった。
その夜、南海地震に即応するための特別臨時訓練が沖縄から九州、四国、紀伊半島にかけて、くしくも明朝6時より一斉におこなわれる、そのてんやわんやな混乱を知らせる衛星放送のニュースが船内の食堂に流れていた。
幹部職員でも、業務管理官、航海長、機関長、通信長、主計長の以外の乗員には通信筒の情報、真相はいっさい伏せられていたが、緊張は全乗員に伝わっていた。
食堂でニュースをみいる非番の乗員達はいつになく言葉少なかった。
稲見乃の あから柏は 時はあれど 君を吾が思う 時は実なし (万葉集)
激おこぷんぷん丸の阿摩美久さまは琉球の美しい女神様です。




