06 岩戸計画
第一回 動乱
「菩卑能は、天津と活津ととも天乃安河の河原に出向き、戦さの陣を張れ。
吾はこれなる黄泉國の醜女を退けし十塚日剣で吾が鬢を切り、腐肉切り、腐骨を切り断とうぞ。
たちまち天照らす日輪は穢れ、たちまち吾が意に従うであろう。
日矛を放ち、天ノ高原を討ち焼こう。
久須毘は、熾した岩の奇火の勢を弛めず攻めたてよ。
忍穂耳よわからずともよい。
勝速日、すなわち日輪を制せば吾勝は速い。そちが吾が手なれば、いかなる勝であろうと勝てば正勝。
そちら荒内ノ五邦の尊名に天乃と冠を戻して、高原の八十の邦主らに長じさせようぞ。
偽りの善の咎の八十の献品は望むがまま。
毘売に比売らに這い夜も思いのまま。
ただ、大日女に稚日女は別ぞ、吾妻なるゆえ」
暖かい日差しがにわかに陰って涼やかな風を冷たく感じた。正午を過ぎたばかりだというのに草ノ丘が果てなく波打つ荒野原の景色が黄昏の相を呈した。
天変を感じて見上げると青い空が明るさを失っていた。日のまばゆい光球の輪郭が見る間に黒ずんで暗くなっていった。
「大変なのです、天ノ器に穢れなのです」
光球に巻き付く黒の輪郭の一端が途切れた。光球から赤い光の瘤が生まれ、それが赤の光柱となって延びて行く、流れる雲の上を一直線に、見上げる天頂を横切りぐいぐいと延びて、後ろのきたばかりの方向に延びて行く。
振り返ると空が赤映して、丘の連なりが黒く影絵のように見えた。彼方で赤の光柱が接地していた。巨大な噴煙が赤の光柱の横ぶれに沿い猛烈に立ち昇るのが見えた。ほんの数呼吸の間のことだったが、尋常ではない事態が起こったと知れた。
来た道を急ぎ引き返した。4時刻かけたところをついてこれる少数騎だけで一時刻ですませた。その間も煙の立ちのぼりはいっこうにおさまるどころか、勢いを増して禍々しく覆い拡がり雷を放ち、行く手の空を征した。
内輪峰の区界ノ峠まで戻った。
眼下でここで燃えるはずがない大地が燃えていた。
天ノ高原の八十の色なす豊潤の大地が裂かれていた。そこにあるはずがない岩火ノ帯が灼熱を放って赤く燃えていた。
「稚日女さま、お社の宮のあたりは無謬のようですよ」
「遠目に見えるとおりだといいのです。作鏡の石凝姥連の。でも逆さ合わせで返す日像ノ鏡の黒を甍に天之吹男に屋根を葺かせてあたりを守れるだけでは足りないのです。見たでしょう、あれは日矛ノ鏡とは桁が違うのです。
もう、やりやりすぎのお兄ちゃんなのです」
垰から下るも急げぬつづれ織りの急坂に気ばかりが急ぎはやった。
第二回 天照らすの社の宮
「人を責め自分を許す、それとも自分を責め人を許す。
そんな二択の思考なら前択に傾くのはあたり前。
人を責めるがごとく自分を責めよ、自分を許すがごとく人を許せ。
和をもって貴しとする道が八意の徳であり、説法使を何度も何度も荒ノ邦主送ったよね。今日とて再び稚日女をまた遣わしたよね。
十拳ノ長剣を砕いて見せたのに、偽りごとだったようね。
それで荒ノ五邦をあてごうたのにね、間違いだったわ。
天乃安河でかわした宇気比は甲斐のないものだったの。
ふふふ、欺しの言葉逃れの果て、あの太っちょはあんまりな仕打ちをしでかしてくれた。
ふふふ、裏切るものを許すわけにはいかないよね。これまで許してきたことも許すわけにはいかないよね」
「大日女さま。荒事はやむをえずと、邦主らは前よりそう申しておりました」
「思兼。高原の損害対策の方はまかせるわ。
手を出してはならぬものすらわからぬ妄動の輩より天ノ器を守らねばならない。
穢れ祓い、穢れが再度及ばぬように算段して祓わねばならない。。
異和戸船を出すわ。
ここにいたってはやむをえないもの。
その間、八湍ノ河原にも出向いて出兵の軍議をしきってくれるかな。
土偶ノ兵を起こさせてもいいわ。邦主らにも与力させなさい。
捕らえても、殺めて黄泉、根の邦は黄泉津に追い返してはだめよ。
あれでも多紀理毘売、市寸島比売、多岐都比売の命名の片の親だもの。
今は顔も見たくもないけれど、そうね、気色悪い噴髪をその型のまま刈って検分させてくれればそれでいいわ。
応報越えの贖罪の苦役を賦して下ノ現世に眷属ともども追い返しましょう」
日像と日矛の合わせ鏡の異和を解いて、鏡面二つを地に向けて並べ直す。重きの寄り波は日像ノ鏡が返す逆位相の波で儚くなり、日矛ノ鏡の光圧がそれに優った。
浮かび上がる戸船に乗り、大羽衣を広げ風をまとい天を昇った。
惨状は眼下に一望できた。。
天ノ高原は焼かれ溶かされ裂かれていた。
地割れめの岩火ノ帯が彼方より延びきたり、社の宮の日像の矛の甍にはじかれて八岐となっていた。八に割れた赤の火の顎門でなお八十の豊穣を呑み込みこまん、進まんとしていた。
八十の邦の兵が天乃安河の無尽の河水をその八岐の行く手に導いていた。炎の熱と蒸気とが入り混じって、天に立ち上り雷を放つ黒い龍雲が生まれていた。その龍雲が黒さを増していた。
やがて重い雨脚が墜ち加勢し勝負がつくだろう。
そのためにも天の器まで急ぎ昇り穢れを祓い、天照らす日矛の第二撃を防がねば。でも第二撃はなぜまだこないのだろう。
第三回 姉弟
「よお、ひさかたぶり」
「私にあわす顔がまだ首に着いていたの、知らなかったわ」
「怖いこというのう姉者、天乃安河原の逢瀬で、八百万の精霊より命名の子をもうけた仲じゃないか。多紀理、市寸島、多岐都は元気かのう」
「ご心配なく、みな香しく命姫に育ててるから。あんたの方の、天之忍穂耳、天之菩卑能、天津日子根、活津日子根、熊野久須毘の方こそ心配だわ」
「荒ノ五邦はひどくまずしいからのう、こちらからは尊名に報いてやれなくてのう」
「上の現世とて外域の邦興しが難事なのはわかって引き受けたはずだよね」
「八十の豊穣の邦が荒を見捨ておき、荒を助けずとはおもわなんだよ。八意の徳はいまや偽善に貶められた。それに荒の言霊の威は姉者も知っているだろうに」
「だからと言って、天ノ器を勝手にしていいわけじゃないわ。ましてや天照らすの日矛を高原の内域に振り下ろすとは言語道断だわ」
「だから、赤弱の一撃に止めおいた。一矢報いた。そうでもしなければ五邦は黄泉津の兵に堕ちるまで戦うだろう。ほれ、これ」
「なにこの剣。十拳の長剣のおりのようにあんたなんかにあげる御統の珠はないわ」
「十塚日剣。黄泉比良坂で親父どのが追い手を断ち切って銘を与えた業物」
「まああきれた、此度はそんなものを持ち出してたの」
「姉者が天眞名井より天乃清水を手汲み、十塚日剣にかけ邪気を祓い賜え、清め賜え。而して天照らすをひとたび永く眠らせ熾せ賜えば、穢れも祓われたもうよ」
「ふん、そうさせてもらうわ。それであんたの落とし前はどうつけるというの」
「遂降を受けよう。五邦とともに上の現世から下の現世に下ろう。根の邦まで下り戻るつもりはない。豐葦原中國に大國を建て、主の責を負おう」
「そんなこと、許すと思うの」
「外つ國々が下の現世に下って久しい。このままでは上の現世は足もと日の本から危うかろう、姉者も八十の邦主が降りようとせぬのは承知のはず。吾の大國の基、大社は高原に昇る前に普請してきた。八十の邦主郎党を出雲に載せてそこに降ろせ」
「正ノ気でいっているの」
「何度繰り返そうと豊穣を腐敗の手前にとどめおく永遠なぞない」
「相変わらず、口達者だけは変わらないわね。でもそれをして何が私の徳になるというの」
「和睦を請いたい、五邦の民人を助けたい。吾に純真なかりせば、天乃安河でかわした宇気比に精霊が応じはしなかった」
「話しが見えないんだけど」
「今のままではどうにもならん。区界の内輪峰はいつの逢魔ガ時にうまれた。姉者が親父殿から受けた高原は随分と低く窪んで天の頂きから遠くなってしまった。八十の邦主らがいたづらに豊穣を求めいたづらに安寧を享受しいたづらに子少なく歳古がための、痩せ細るばかりの外域、荒地だろう」
「・・・・・」
「吾が下の現世、日の本に、中國に広く社を興し八十の邦主らを受けて祀ろう。八十が日る子とあわせ八百万に、栄えるように。
姉者は天ノ高原を養生し賜え、我らが親父殿、伊弉諾より賜りし高みに反し賜え」
「いうは易いわ、そこまでいうなら策があるんでしょうね。でもふとっちょなメタボ腹と可笑しな奮髪をどうにかしないと、口達者なだけでは面食いの稚日女の気は引けないわよ」
「大丈夫、その口達者で妹はお兄ちゃん子に手懐けたもうたよ」
第四回 終焉を企むもの
社の宮の内裏は賢所に奉安される八咫鏡。思兼は、その鏡を掲げ持ち、映し出される大日女の姿をしっかりと覗き見していた。
異和戸船は天の端に立つ天眞名井の社に降り、剣が禊祓を賜わりました。
大日女さまが手束ら天乃清水を汲み祓い清め賜うたのは、十束剣。
それも天照らす陽の気を病めるほどの穢れをまとえるほどの銘品となれば、伊賦夜坂で泉津醜女を退け、現世に引き帰りえぬ黄泉比良坂とした、畏くも伊弉諾ノ十塚日剣に他なりませんね。。
ならば、望むべき見立て筋のうちの一つです。和睦の手合わせはなりました。
荒は須佐。下の現世、豐葦原中國で海水を司る須佐の主さまでもあらせられる。
眷属の黒龍が出雲して雨脚をもて久須毘を討てば、八岐の火産霊の奇火は天乃安河の河水をもて鎮め賜えること間違いなし。
ようやく此度、万策尽きる前にこの段階まできました。
私もさすがに少々、頭が凝りました。
こんどこそあとわずかです。
八湍ノ河原に出向き、最後の仕上げに、軍議の後始末に参りますか。
天照らす日輪は祓い清められ、再誕のため、光の波を閉じて行った。
それは見ること能わずの紫外の彼方からおこり、紫が閉じ、藍が閉じ、青が閉じ、緑が閉じ、黄が閉じ、橙が閉じ、最後に赤の色が閉じて、赤外の彼方に移っていくと、天ノ高原から希望と温もりが去り、根の国は黄泉津と等しく、冷たく暗闇の中にあった。
月夜見は惑える高原を清く照らせ賜えず、ひときわ濃く暗黒が群れ魑魅魍魎が湧きだした。
兵を荒ノ五邦の陣に向ける余裕はなかった。
八十の郎党みな八湍ノ河原に逃れきて、軍議は天照らさずの事態への対応をかしましくする場に変わった。
石土毘古が成り餘れるところ(凸)、石巣比売の成りあはぬところ(凹)を、刺し塞ぎて、土偶の防人が兵を成さむとするも、成るより前、みな禍に憑かれ、みな足立つことなく、みな河流れの水蛭子と成った。
思兼は天再び照らすほか策なしと申し、
「此度の照らさずは八尺瓊勾玉も八咫鏡も宮の内裏の賢所に奉安されていればこそ、八十は郎党を率い、下の常世にひとたび急ぎ、長鳴鳥を集めて帰り鳴かせ、天宇受賣の笑ひエロぐ明け前の五番夜神楽の奉納のはじめを告げさせ賜え」
そのように言葉巧みにみなに言いきかせ出雲にのせ、下の現世、日の本に送り出した。
「やれやれです。大祓は済みました。あとの御養生は、大日女さまに、稚日女さま、お柱ふたつの政。
余計者は、荒ノ五邦と石凝姥の連を連れ、遂降を賜りましょう。
古事記に奉られ日本書記に奉られ、封されしゆえの、再演の縛。言霊語りの呪を絶つ願いがかないました。
大年が来訪して、天ノ高原の黄泉津からの返りを告げる新年まで、大國は日の本の社で安んじ奉られましょう」
「大統領閣下、貴重なお時間をいただき有り難うございました。以上が日本国の教育専門TVチャンネルで放送された問題のアニメ「天照らず」全4話の要約であります」
「これが未成年向けの教育放送番組? それにしては、ずいぶんとなにやらややこしく不品行なようだ」
「古代より伝わる神話を題材にすればアレンジしてもおうおうにしてそうなります。日本国は先進国の中で、神話で国造りを語れる時代から国体を維持している唯一の特異な国家です。そこが問題なのです。
ユタのブラフデール・データセンターのスパコンAIディープラーニングの判断では、この放送と今回の事態との関連は確定的ではなく確定です」
「通信障害と事案「岩戸」を日本国の首相がホットラインで通知してきた際に要約を受けたが、差違ができたのか」
「はい、非常に面倒なことですが、日本国の神話の神々が現実に干渉している、その真偽はなお不明ですが、その明文化しがたい事実の提示と思われます」
「転移にしろ消滅にしろ、あの通知以後、我が国の在日本国の施設との間にも解析不能の通信の障害が出ている。そういう存在が現にある可能性をゼロにはできないか」
「それを公式に明文化せず間接的な告知とした理由としては、宗教的なものの混乱や反発をさけたい、無用の対立をもとめない、妥協の用意の表明などで複数考えられますが、いずれであれ、神が実在して味方すれば最強のカードを手にしているも同然です。
日本国が我が国以上に平和を標榜し条約等を遵守する国家であり、本当に幸運でした」
「そこまで最強か?」
「AI解析では、自在に出没するとしか思えない正体不明のプログラムやヘッダーの存在する痕跡がオンライン、オフラインをとわず、事態の進行と有意に一致して増加中です」
「オフラインも?・・・まさかフットボール(核の鞄)も・・・」
「はい。日本国絡みの在米資産の凍結はまさに悪手でそれを表明なされずまさに真に賢明でした。日本国政府は本国外に日本国府を設立し、全ての国外資産・技術資産をそこに全委任する形で運用する気のようです。我が国との同盟関係も引き継ぐ打診がきています」
「それで経済的な大混乱は凍結よりはましになるか」
「資産規模が大きすぎて、凍結や接収を実施すればその影響は我が国を含め世界経済に破局的ですが、日本国府が引き継げば収支的トリックで欠損はなしと強弁することも不可能ではありません。
あとは投機筋を如何に押さえこむかです。
それと製造機械設備の技術や特許関連等の混乱も最小ですませられるように、同盟国として協力し、応分の利益を享受する、そういう戦略を他国に先駆け実施することを勧告いたします」
「よろしい、日本国の戦略物資の調達とやらに、応分の利益に上乗せして、特需のバブルがはじける前に稼げるだけ稼がせてもらおう。日本国府とやらの誘致も、亡命政府同等とすることで検討を急がせよう」
「結論として、かの列島線の消滅の情報が事実であれば、製造分野や社会基盤の設備などの維持更新が困難になります。年ごとに困難を増します。これまでとは違い、隠せないレベルで経済のマイナス成長が続くことになるでしょう」
「それは美国も同様ではないのか」
「蓄積を欠く我が国がより深刻です」
「それでも美国とてただではすむまい。新参者の美国といまいましい同盟関係でければすぐにも人民解放軍を進駐させて消滅前に残らず接収させるのだが・・・」
「その美国ですが、列島との同盟関係を維持するようです、美国内の列島資産も我が国と違い、接収する気がないようです」
「なぜだ、なぜ消滅するもののを味方をする。美国が知って我が国が知らぬ裏があるというのか」
「それについては、消滅ではなくて転移であり”神隠し”であると、列島政府は見なしているようです」
「党より上の権威を認めるわけにはいかん。我が人民共和国は神に宣誓する美国や列島とは違う」
「勿論です主席閣下」
「魚釣群島を占拠することが中央軍事委員会で決定済みである。美国は列島政府がともに消えると主張する島嶼にあえて軍を送ろうとはするまい。それで様子を見る。神などという迷信が我が敵ではないことが明らかになるだろう」
その頃、事案「岩戸」の体制となったことで正式に予算がついたレーザー中継システムの官民合同開発チームは、前年度に防衛装備庁がおこなった短波長化する前変調に情報を多く載せ中断分を補償する試みを発展させてある実験を実施していた。
NICT(情報通信研究機構)から出向してきた有木技官が、光速不変の原理を梃子に時間の速度、クロックを制御できる可能性をさぐる簡便な手法を提案したことによる。
以前なら荒唐無稽と見向きもされないだろうが、非常時に非常に簡便な手法であったために採用となった。
KYSK市の某企業所有研究用原子炉をにおける短半減期放射性同位元素実験がそれで、高出力変調レーザー照射で半減期の増減に成功した。素粒子レベルだが実質的な時間制御が史上初めて観測された。おしむらくは極秘実験でなくてもNBL賞の審査にノミネートされる時間は残されていなかった。
それでも過去に半減期間長短操作で情報を送れば、精度は因果律との兼ね合い次第だが予報となるはずとして、すぐさま秘匿の送受信プロジェクト・タイムライン(TL)が立ち上げられた。
有木技官本人の方にも口外できないままの秘密があった。事案「岩戸」になってより、夢の記憶は目が覚めても霧散しなくなっていた。
「 成り餘れるところが朝な凸なのは知っているのです。 畏くも至高の美少女神に婚婚同然の夜這いを賜っているという既成事実を認めるのです。
『あなにやし、え娘子を』と口で褒めて、さっさと降臨に同意しやがれなのです。 そうすれば『あなにやし、えをとこを』と褒めて遣わせるのです。
古の鏡作の連の彼そっくりの末末を見つけたのです。 今度こそ、天乃御柱をまわって巡り会うのです 」
夢が逢瀬の二次元小娘のはずなのに、ただ洩れの言葉はしを手がかりに、もしやと実験したらうまくいった。神さまとか降臨とかいってるけど、まさか本物ものではないよな。
月讀の光は清く 照らせれど 惑へるこころ 思ひあへなくに(万葉集)




