57 僕はまだ知らない
世の中できるやつがいればできないやつもいる。率を言えば10人にひとりは確実にできないやつという。そして百にひとつどころか、万にひとつもない、できない、はじかれもの、はぶかれものが僕だった。
そこが天国と知らず、いようとしなければ天国にいられるはずもなく、堕天し落ちこぼれ、救う手立ても手のつけようもない最底辺の僕で固まっていた。僕は大人になれなかった。15歳の冷たい春は、残酷のままに、熱の欠けた夏につながり、実りも枯れた歪な秋の終わりに早々にいたり、やがて、いやすぐにすべてが凍りつく冬に吞まれてしまうだろう・・・
なんてな、僕以外からはそう見えるうらしい。でも勘違いも甚だしい、何にもわかっていない。
僕には天国も堕天後も変わりはない、幼小より変わらず氷河にいるがごとき僕の冬の人生。ただただ心も子供でいられる時節を過ぎると、僕の障害から逃れ隠れるすべはなかった。春は待てど、いっこうにこない。春は僕を素通りして行くばかりだった。僕の大人への道は15歳で途切れていた。行き止まりだった。
辛い、常に在るのは辛いことだらけ、まわりは僕を理解してこない=敵ばかり。わけわからない社会の暗黙のルールが攻撃してくる中で孤立を強いられていた。
うまくいって当たり前のことができなかった。歯を食いしばっても拙くすらできなかった。何をやろうが逆風どころか追い風でもことごとく破綻しては、そのまま波風がたたないひきこもりに逼塞し続けるしかないじゃないか。
それがわかるならば、今の僕の有様に少しは共感とかいうものが湧いてくるのではないだろうか。
障害の微細な脳、他のやつとおなじ規格品の合格脳。僕のような精神でも支障なく余裕で走らせてくれる、空気が読める、素晴らしい脳。何しろ、ほらこのとおり、自分の大暗黒史のこれぞ客観視というものすらできるようなのだ。
そして素晴らしくなれない僕。長すぎた引きこもりの慣性が僕の明るい未来軌道に立ちはだかる・・・などということは全くない、もはやない。僕の心は正しく機能し、なおかつ不思議な力をゲットして、最底辺から最天辺に、大逆逆逆転だ。
今や僕の防御は十分以上だ。僕の攻撃力も十分以上だ。ニワカを庇護するにも、カイジョの足りぬところを補完するにも、振るえる力は必要どころか十分をはるかに超過している。僕ひとりを満たすにも到底不足していたものが、僕から溢れ、ニワカとカイジョを越えて広く及んでいる、過剰だ。
そう過剰、酔わずにいられないほどの過剰。これまで全く縁のなかった愉悦、これが愉悦というものか、を覚えるほど、僕はこれが高揚というものかを初体験している。生まれて初めて多幸感というものを堪能できている。転生のミッションの役得、全能感という名の錯覚・・・
・・・あれっ? おかしい、何で僕が思い出せている。前世の記憶の封が何で漏れをましている。ど、どう言うことだ。愕然として????・・・
「どうした」
目の前の醜悪な現実からの一言が疑問ぐるぐるの陥穽にはまった僕を僕に返させた。
「どうした、小娘、それに使徒とやらも」
これは心理攻撃か、人類の高度脅威種とやらからの。
賢女ちゃんもおかしいのか。二人しておかしいのを敵に問われるのもおかしい。おかしいが重なると言うことは、前提がおかしいのではないか。高度脅威種、即、敵ではないのか。
なら、攻撃でなければこれはなんだ。
なら、僕と賢女ちゃんの問われている異常とはなんだ。
僕は半歩前に立つ賢女ちゃんの横顔を斜め後ろから見おろす。表情は見えない。それでも、固まっている感じはわかる。なんか僕も今さっきまでそんな状態ではなかったのではないかという感じ。
わけがわからない。
勇を鼓して問うか。相手は見たとおり人ではない。そこが大事。
なら、僕でもできる、はずだ。
「・・・侯爵閣下、これは貴方のせい・・・ではないのか」
「くっ、ふはは、我は犯罪的性向とかいうものをもつもの、対象に寄生してなんぼものもんだが、我の価値を評価し不当に滅そうとしない対象を害するなどと、使徒とやらは正気か。我は工作体に仕留められる気はないぞ」
えっ、この状態でも、工作体の機械知性(AI)の攻撃から保護されているとでも言うのだろうか。
ますます状況がわからなくなる。
「ふむ、使徒とやらは未熟だの、小娘よりなお蒼い。今はひとまず引くほうがよかろうと思うぞ。我はコルプスを差配したが、そもそもコルプス侯爵ではないぞ、代爵ではあるがの、聞いていないのか、盗爵をそそのかすかのように揶揄されたがの、それでも我が我の獲物の側になる気もないぞ」
そう言えばこの化け物は主席なんたらとかいう話しだったような。まずい、僕の記憶はあやふやだ。ますます、まずい、そして、ますますますます状況がわからない。こいつはいったい何をいおうとしているのか。
読めない、空気も読めない。何を言われているのかピンとこない。
僕は僕を克服、克服できたのではなかったのか。しょせん、若葉マークのにわかリア充、すぐに足がでる、この為体。
天然リア充に頼ろうにも賢女ちゃんはなにも言わない、なんで急に黙り込んでいるのだろう、そんな状態から戻ってきてくれない。
「使徒とやら、我の獲物らにも目をかけておいてくれるか」
何を言い出したのだろう。毒を食らわば皿までだ、問い返してみる。
「・・・獲物って」
「我の領民どものことだ。使徒は我が獲物らの絶滅からの救いが使命であろう?
それとも素で知らぬふりして、コルプスの民はみ☓ろすつもりであったか、我にこれはしたり、と言わせる気か」
これはわかる、僕は攻められている。未知の背景から倫理的に攻められている、それも人類の高度脅威種から手玉に取られている。
進退極まった。
「・・・考えておく」
言質とられぬようにもなにもそう答えるのがやっとで、僕はフリーズしたままの賢女ちゃんを置いて立ち去る、いや撤退する、いや逃げようとする、がカイジョがその邪魔をする。
『待ちなさいよ。その子、急に黙り込んじゃったけど、わざわざここに連れ込まれた用事はすんだの』
用事、なんだろう、僕の用事ではないな。僕は巻き込まれただけだ、賢女ちゃんがする調教に。
『聞いておくけどこの化け物なに。会話していたようだけど何か話したの』
『・・・攻めてきているコルプスの高官で捕虜なのだけど、僕にコルプスの領民も救わせたいらしい』
『そうきたか・・・化け野獣の見かけによらず、殊勝っていうところがなかなかぐぐっとくる設定ね』
それはちょっとどころでなく違うと思うけど。
『いいわ。そんな捕虜の使い手は・・・こういう場合、停戦の伝手じゃない。ねえ、お兄ちゃん、その子もそのつもりじゃないのかしら』
えっ、そうなのって、あっ、そうだった、停戦の仲介を僕らがするとかなんとか、勝手なことを言ってた。
『その子にきいてみなさいよ、ほら、ほら』
僕は偽妹モードのカイジョにいじられ、いや。うながされてしぶしぶ賢女ちゃんに手を伸ばし・・・
瞬間首をすくめられた。賢女ちゃんはぱちぱちまばたきしながら僕を振り返る。初めて見せる弱々しい微笑みに、思わずどきっとする。。
「あれっ、応答(ping)も通らない、どうしよ、どうしよ、私の3年分ちゃんが帰ってこないの」と、呟きも弱々しい。
またまた、3年分ちゃんて、なんだろう、私のって言ってるから、もしかしてあれか。3年分小さくなった体からはみ出した意識の部分を幽体化したとかいってたようだけどそれだろうか。その切り離したところとの接続が切れたとでもいうのか。
そういえば、華奢な体に不相応な色香が抜けて、いつのまにか清楚ましまし少女っぽくなってる。悪いけど僕的には好ましい変化だ。ずけずけ言動に容赦ない子供は苦手でも、この子は体は子供でも頭脳は大人以上の賢さだし、問題ない、問題ないよね。僕に桃色ちょっかいをかけてこなくなるなら、大歓迎だ。
人外の閣下に停戦交渉役の打診どころではなくなったのは確か。さっさと円環蛇の気色悪い胃瘻から、こんどこそ、逃げる、じゃなくて転進しよう。
僕はニワカの車椅子を押してさっさとここから出る。カイジョはお節介。
『おいてかないでよ』と心ここにあらずな賢女ちゃんの尻尾を引いててくてく僕に続く。
胃瘻から出ると半目の副官がヒショを従えて待ち構えていた。
とても交渉がうまくいったとは見えない賢女ちゃん。見るからにしおれちゃって庇護欲というものだろうものをそそられる。
けど機雷だよね、この子。復活したら、思春期3年分が復活したら、喰われかれない。遠くから鑑賞して愛でている分には無害だから、これを機に僕からぜひ遠ざかって欲しい。
いくら匂いたつ究極の美少女でも、超を重ねる超セレブ。本来なら、縁の極小欠片もない超を重ねる高値の花だ。うん、一生にいちど、どこかで偶然すれ違い、臆することを覚えることすら、おこがましい。僕には僕の身の程と言うものがある。
その身の程にふさわしく、ニワカとカイジョと3人して引きおこもっていたい。引きこもろうとこれならリア充でおこもりだ、ぜったい間違いなく、自信もって、彼女兼友達二人持ちはリア充。異論を唱えるやつは間違い無しにやっかみ屋だ。何を言われようと馬耳東風してやる、悪いか。
離れたところで賢女ちゃんがぼそぼそと半目副官の問いに受け答えしている。半目副官とそばで立ち聞くヒショがこちらをちらちら見る。こっち見るんじゃねえと、言いたいところだが、残念でした、リア充の僕はその視線を平気でいなせるのだ。
賢女ちゃんの報告が終わり、半目副官が賢女ちゃんとヒショを引き連れ僕の前に立つ。何だろう、責める目で見られている気がするし、さすがに鬱陶しいかも。
なら、がつんといっぱつ先制しよう。
「な、なにかごようでございますでしょうか、副官殿」
子細は知らないが、副官は仮の身、帝室の血統を引く紛うことなき貴人と言うことは判明しているので、下手にでることを忘れてはならない、気配りはリア充の必要技能なのだ。
じろりと睨まれた。えええー、何で。
「使徒殿は、胃瘻で賢女と同伴されておられましたな」
「そうですがそれが何か」
「賢女に聴取したところ、その最中、この賢女に大変事が生じたようで。不躾ですが、この子の卵父としては、使徒殿に確かめずにはおられません。使徒殿、その責任をとる気はあられるのかと」
ええ、何を突然、おっしゃいますの、お父様、藪から棒に。
それに追い打ちをかけて賢女ちゃんが一歩前にでて床に膝をつき手をそろえ僕に深々とお辞儀する。
『ふつつか者ですがよろしくお願いします』
えっ、何でそのお辞儀で、何でその文言で日本語なんですか、日本語いつの間にしゃべれるようになったのですか。
「使徒殿、これが証拠、賢女をティムなさいましたな。雛子のうちから定番になされた責任は極めて重大。その責任は必ず取っていただく。秘書官、現任務を解く、戦線にまわれ、報告の任務に戻れ」
半目副官はそう言い放つと、ヒショを従えて足早に部屋から出て行った。対コルプスに、劫火対策に奔走しているのはわかっているが、急に幼気ましましの賢女ちゃんを僕に押し付け逃げってどうよ・・・ぜひとも僕の身の程も忖度して欲しかった。
それはともかくとして、
賢女ちゃんは僕にティムされた? いつのまに何で。
賢女ちゃんは仲間に加わった、いつのまに何で。
考えれば考えるほど、ひぇーだ。ど驚愕の、ど非常事態。そこに僕の体からの非常信号が重なる。
痛い、痛い、カイジョに背中の肉つままれる僕。
『お兄ちゃん、なんでこの子、日本語、話しているのよ、しかーも、三つ指つかれて何を言われてるのかしら』
そう言われても僕にも何が何だか、わからない、誰か説明、プリーズ。
『使徒さま、そういう顔しないで下さい。卵父が責任を取らせるとは、私を使徒さまのもとに置く。帝統と皇統の系譜が劫火を生き延びる手数を増やすと言うことですから』
『そうか、眼福母・・・じゃなくてカシコメの卵母さんは皇統の系譜なんだよね』
『はー、ため口、いいです、新鮮です。そのまま、ため口でお願いします、旦那さま』
『ちょっと、お兄ちゃん、なに納得しているのよ。なんで急に言葉が通じるようになって、しかも、押しかけ女房気どり、信じられなーい』
『と言われましても、私のと、使徒さまのとはカップリングずみですよ』
『お兄ちゃん、いつのまに、こんな小さい子に手出ししたの』
痛い、痛い、痛い、痛い、カイジョに背中の肉、さらに、ぎゅうぎゅうつままれる僕。
『知らない、ほんとに知らない、そんな覚えないから』
『お姉さま、使徒さまを責めないでください。もとはといえば、私のせいですから』
『ほら、ごらん。やっぱり、やっちゃったんだ、カシコメちゃん、かわいそう、悪いのはむりやりティムして、むりやりやっちゃったお兄ちゃんだからね。責任取りなさいよ』
『してないから、無実だから、なのに責任とかでカシコメ押し付けられただけだから』
『ちがーう、私の立場、責任・・・。そんな小さい子に手を出さなくても・・・』
ええと、何を言われているのだろう。
『お姉さま、ちょっとよろしいでしょうか』と言うと、賢女ちゃんはカイジョに尻尾を絡め、二人して僕から離れて、小声でなにやらもしょもしょ、談合っぽいものをはじめた。
『そうか、3年分ちゃんと連絡ついたんだ』
『はい、向こうの方から呼(ping)びかけがあり、送られてきた日本語スキルを実装しました。だめでしたでしょうか』
『カシコメちゃん、だめはないよ。私達だけでお喋りできるようになったのだから。お兄ちゃん、文句はないよね』
3年して体がもとに戻って、3年分ちゃんとやらも、はみ出さずおさまるようになるまで、賢女ちゃんとのリアルは禁止だそうだ、それまでお兄ちゃんの御世話は私がするからって、なんの御世話だろう。なにがリアル禁止でなんの御世話だか、恐るべし、ガールズトーク・・・
そしてそれまで3年分ちゃんの居場所が僕の脳だって、しかもだよ、過去の記憶の僕とくっついちゃってよろしくやり放題なんて、リア充の僕がさしおかれるとは全く不覚不本意。
記憶の僕との間にへたに障壁を立てたのが裏目にでてしまった。ちっ。
」ごめーん、お先してごめーん、でもほら、この世界の言語スキル実装できたから、ニワカのそばにいなくても言葉わかるよ「
『えっ、恨んでいないですよ。私。ほっとしてるの、こうなってわかったの、エルFの始祖だなんて、ほんとうはなりたくなかった。帝都で図書館通いしていたのがほんとうの自分だって。だから、旦那さまのおそばでおこもりさせて下さい』
カイジョは妹分ができたと納得の谷底越えして喜んでいるようだし、でも女子同士で尻尾つなぐ仲なんてなんだろう、百・・・げふんげふん、とにかく危険な場所に言葉の問題で眠れる天使の通訳機ニワカを同伴しなくてもすむのも大きいのだ。
リア充たるもの、裏目だと、こだわってばかりはいられない。三方一両損どころか、誰も損してない、むしろウィンウィンと姦しい。
こうして僕ははからずも帝統と皇統、両の系譜を合わせ持つ女子と定番と称される関係になった。そのことが持つ意味を僕はまだ知らない。
いや、すぐ知ることになる。
三つ指はむしろ無作法で、手指の腹をべたっとつけての方が礼儀にかなうらしいです。




