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遠神の帝国Ⅰ  作者: ペコ
54/60

54 フラッシュバック

「だってえ、実力行使しようにも使徒さまの尻尾、萎えてるじゃないですか、秘書官がみ噛みしたそうだし、そこ治してめるのは私がもう度一、卵産めるようになってからの尾楽しみにとっておきます・・・こういう場合の尾あいこを考えると、尾次おつぎは足の裏が尾約束でしょ・・・、

・・・中域が明るいか暗いか、それ暗闇の魔法と重なる部分がありますから、

・・・、認識の問題、屋上から見おろす限り、屋上と同じです」


 賢女ちゃんがいろいろ、聞き捨てしがたいおしゃべりをしながら、僕の目のあたりに得意だという治癒魔法をかけてくる。


 僕障害事件のおおもとは悪乗りした賢女ちゃんにある(加害者甲)。

 けれど僕に目潰しをくれた実行者はカイジョだ(加害者乙)。


『私と言うものがありながら、他の子に挑発モーションかけられてエロい目つきしたのが悪い、だからつい手がでた』

 へえ、そうですか、でも目潰しは絶対やり過ぎだ。


 なりきり女医モードの賢女ちゃんいわく、「(目の)玉は破裂しなかったけど中下側の薄い骨が折れてた、ものが二重に見えてたかも」


 ははあ、おっしゃる通りです、あおり加害者甲先生。

 煽られ加害者乙、暴力カイジョよ、どんだけずきずき痛く僕を叩いてくれたっちゅうの。


『ごめん、私よりその子を見てると思うと、かっとなって、だめっと思う前にたたいてしまってた。妹でいれば一番に守ってもらえると思ったのに、私間違ってたのかな』


 へえ、そうですか。気がついたら見も知らぬ外国どころかあり得ない異世界、それも人種ひとしゅかどうかもあやしい体に封じられ、すぐそばにいる同郷人にすがりつきたくなりましたか。


 記憶をなくした僕に、なりきり妹モードで守ってもらう。若い女子ならではの詐欺戦略。非常事態にそうしてしまったのはわからないでもないけれど、その相手が僕、不器用な僕に仮想兄を期待されても無理。随分その気にさせられたけど、今さらだけど、無理、間違いとわかった。その選択は目潰しで大間違いと証明された。


 これはあれだ、なぜか僕ごときに嫉妬しっと?が瞬間沸騰、逆上したカイジョの鉾先ほこさきを受け流しそこねた僕哀れ。


 これがかの有名な三角関係リアル修羅場しゅらばか。


 もうやだ。こんな目に遭わされるとは僕、リア充していく自信ミッシン愚。


 でも何を考えているのだろう、僕に細いかいなをまわしながら、

『でも妹じゃなくても、許してほしいの、もういちどお兄ちゃんと呼んだらだめぇ』

 上目遣うわめづかいでまだ言う声の甘さはずるい。加えて多少そこはかとなくてもそこは女子の胸、威力がないはずがない。


 僕は抵抗できない、そうか我が身と心のへたれ度を見透みすかしているのか、さすがもとからリア充だ。


『・・・だめじゃないけど、暴力はもう勘弁だから』

 僕はそう言うのがせいいっぱい。


『ごめんね、お兄ちゃん、ありがと』


 ああ、ああ、女子と小人は養い難しとは、きっとカイジョとまだ徳の足りない、いろいろ足りない、まだないないづくしの僕のことを言うのだろう。


 両手に初々しい花、みなが認めるに違いないこれぞリア充の究極のあかし、ここに実現せり。出会う男どもからすこぶるやっかみの目でにらまれて当然。けれど、なんたること、僕の晴れがましいさんは行方をくらませやがった。


 ニワカ乗せる車椅子から押す手を離せないことをいいように、左右の腕に加害者甲乙がそれぞれ半ばぶら下がるようにすがりついてきて腕が苦しい。


 ここで重いとでもほのめかそうものなら、強者の甲乙連合軍相手に2対1。

僕に正直者のミジンコほどの勝ち目もない。もくして耐えて、辛いのましまし。


 ヒショさん、廻廊から離れたけど、会食場はまだ、まだあとなん部屋さき?

 まだあとどれくらい見せ物で歩くのでしょうか。


 賢女ちゃんは女子会と言ったが、それは誘いのフェイクで実体は女会だろう、老若女女ばかりの部屋、部屋、部屋。あまく考えていた、幾ら領主館が広いからと言って、これにこれほどの勢力圏の実体があるとは、ここはまるで、何というかまるで、ん?


 カイジョがアウェイ感丸出しの声でぼそっと言うのが聞こえる。

『リアル後宮ハーレム大奥ビハインドモーストエネミー


 それだ。


 周囲から遠慮のない好奇の視線でじろじろ刺してくる、敵意と感じるいやな気分が前世の魂方向から浸み出してくる。ここは僕の天敵の巣窟そうくつと断じたいが、カイジョにとってもそうらしい。


 行きたくない会食場に早く着きたいと思った気分が、またにわかに着きたくない気分に逆流する。逃げたい、しかしすでに深く、僕らはまんまと奥の奥まで連れ込まれてしまっていた。


『お兄ちゃん、どうする、逃げる?』


 しかしカイジョよ、きみのお腹で裏切りものがぐぅーと鳴いている、僕も空き腹の反乱軍を抑えきれない。


『ここまでくれば食べるだけ食べて、撤退くいにげしよう』


 それくらいは僕の不思議な力や、カイジョに即席で涵養かんようした拒否力の私的流用は許されると思う、いや許してほしい、それくらい。





 変えれないこと、僕のコミュ障害は治せない。それは僕の脳に刻みこまれた障害の結果だから、治せはしない。生きた年数の半分は病院に通い、入院暮らしも繰り返した。そうして老いていく親の仕送りと障害年金をかてに、理解できない、してくれない世の中から距離を置き、ひっそりと生息していた。


 変えれないこと、僕のこだわりは治せない。それは僕の脳の刻みこまれた障害の結果だから、そこが治せないから、治せるものではない。こだわりをまとい、そして日にいちど出かけた、どこへ、それはコンビニとコンビニと主にコンビニだ。


 そんな出歩く引きこもり、それが僕だ。外に出ることができると言っても仕事にけるわけではない。障害雇用枠でさえ、コミュ障害とこだわりとなによりもおおもとの治せない障害で、僕は耐えられないいやな気分にはまり、夜を眠れず挫折を繰り返した。


 甘ったれているわけではけっしてない。


 どう努力しようと、挫折した、幾度も努力したが、挫折した。幾度も幾度も挫折を繰り返し、それでも辛い今日を生息していた。


 孤高をきどるキリ、ピンからキリまでのキリ、それが僕だ。それでもいつか、人生の大逆転をしてみせる、世間せけんから認められたい、その夢がある、その夢の大望だけはすてられない、その大望へのこだわりを懸命でまとい、くじけて落ち込むことを繰り返しながら、辛い毎日を生息していた。


 果たせない承認欲求に駆り立てられる、あせるばかりで、消耗し続ける僕。


 疫病は追い詰められて限界にはりつけの僕にも容赦はしなかった。若ければ大丈夫、重症化しにくい、そんなマスコミ報道を真に受けて高をくくった僕はあったというまに手遅れになった。


 ある夜、どうしようもない息苦しさに目覚めた時には、すでに起き上がることもかなわず、カメラでのぞかれているかと思うとスマホも拒否な僕はどこにも助けを呼ぶこともかなわなかった。


 それでも☓ぬかもしれないと思う意識にしがみついて、体が苦しくてもしがみついて、苦しさも感じられなくなっても意識にしがみついて、なにも感じられない闇の中でも意識にしがみついて、しがみつくことしかなくなるまでしがみついて、しがみついて、僕であることにしがみついて、しがみついて、しがみつき通して、しがみつき通した・・・僕は僕でありつづけることにこだわった、こだわり通した、世界が暗く闇に沈んで☓んでもこだわり通したのだと思う。なのに。


 ここまでは僕が僕でない僕に出会うまでの要約ブリーフ

 ☓で消滅して当然が当然でなかったまでのこと。

 記憶を投げ捨てられないまま、僕は知らない世界の知らない体に放り込まれた。


 それは奇跡なのだろうか、知らぬが仏のセカンドライフは。いや罰か、たぶん・・・





 これは誰だ、僕をかたるのは誰だ、こんなの僕じゃない。僕じゃないのが僕になって、かってなことをしている。そんなことをされては僕はもっと壊れてしまうかもしれない。


 両腕がやたら重い。知らない女子二人に密にぶら下がるように縛られている。そして押す車椅子には眠るうら若い知らない女の姿。


 それだけじゃない、別の知らない女が先を導く知らない暗い部屋、部屋、部屋で、じろじろとにらんでくる知らない女、女、女、女たち。


 何という非常事態。何という詰んだ状況。許してくれ。助けてくれ。勘弁してくれ。


 その女地獄の中をぐいぐい進んで行く僕、僕が僕でない僕がいる。


 僕でない僕の記憶がこぼれるようにぽろぽろとさみだれて追いついてくる、先に転生していた、ここ数日の出来事、僕におこるはずのない彼女たちとの出会いに、夢にこそふさわしい摩訶まか不思議の数々に迫り来る二度目の☓。


 この体からえている尻尾、魔法、不思議な力、空行く竜、輪郭のうちが黒ベタの地の獣、妙にハイテクな炎槍に飛空船。不思議空間の狭間に中庭の廻廊、ありえないものばかり。


 それらよりなにより、差し迫る怖いもの、すぐそこ迫り来る天空の劫火。


 この惑星にこの世界に非常に近いところでもつれあっていた恒星3つがついに衝突して大爆発、超新星化。その破滅的な衝撃面というものがあと8日少しのところまで光速で突進してきているってどう言うこと。


 せっかく転生したと言うのに、☓んでしまうのか、これでは奇跡でも意味がない。おまけに感覚の方はあるのに、全く自分の意にならない自分の体。その体を自在に使って貴重な残りの日々を費やしてリア充を満喫している僕でない僕。


 薄くても100%女子胸以外のなにものでない柔らかさを押し付けてくるカイジョと名付けた女子が僕に問う。逃げるかどうか、僕に問う。もちろん問われるまでもなく逃げると答えたかったが、その意はリア充気どりの僕にとどかない。僕を無視している。


 僕はお前のお兄ちゃんなんかじゃない、気持ちの良い体で抱きついていてもだまされるものか。僕に姉はいるが妹はいない。


 もうひとりの女子、賢女ちゃんも、より年下だが妖精シー見紛みまがうばかりのたおやかな容姿で抱きついているからには、僕をたぶらかしにかかっているに違いない。


 僕は、僕が最も苦手な女子らに相手できている僕でない僕を見ているしかない。悪夢のような前世だったのに悪夢のような現実へ転生してしまった僕を、僕でない僕のなす所業を。


 そうか夢か、これはリア充になる夢落ちか。いや、違うだろ、これは最悪がすぐそこに迫る現実感ない現実落ちだ。逃げる場所はどこにもない。


 昨日の僕地獄から今日の僕地獄へようこそ、僕。





 味覚も口の中の感覚も共有していると言うのに、咀嚼そしゃくすら僕のからだの支配を奪われている。僕じゃない僕でも空き腹は満たさねばならない。それもありでこの会食の機会か。


 僕のま正面に陣取る年齢不詳の女は、僕からの情報によるとここの長、ダイランボというらしい。名前からして大変な乱暴者だろう、つのを隠してなにやら社交辞令らしきものをしゃべっているようだが、僕にはわからない異世界の言葉だ。その言葉を聞いた僕じゃない僕の解釈はわかるだが、又聞きと同じ、信用がならないが、隠そうともしない巧言令色で威圧的な態度はあなどられている気がする。こちらも使徒だかなんだか、わけのわからないもののふりをしているから、強く出られない。僕じゃない僕の自業自得じごうじとく


 僕は人の視線が苦手だ。けがしてくる視線が苦手だ。同じテーブルにつく女達は仕方なくあきらめがつかないでもないが、今も壁に沿ってひかえる女達の視線がいやでいやでならない。我慢するのも辛い、さいなまれる。


 僕は隠棲いんせい者たちが彼女らの前にたって僕への穢れをさえぎってくれればと願う。


 隠棲者たち、僕じゃない僕が介助者たちという人々のことだ。


 物言わずただすみ、人知らず人の意思に応じて、人の行為の介助をする影のような人々。彼らは僕を見ることもせず、僕を放っておいてくれる。彼らの方を見もしなければだが、僕を放っておいてくれる。


 この世界には魔法がある。意思の及ぶところが四肢尻尾までにとどまらないと言うことは、自他の境界を危うくする。魔法の暗黒面。自他の境界を損ない自我が拡散して果てたらしい。


 それは僕にとって全く人ごとではない。ずいぶん前から僕の境界はあやふやだ。視線の穢れから自分を守ることも難しい。自分のコンプレックスを他人が見るように見えて、他人が言うように聞いてしまう。それが僕を惑わし苦しませ続ける。


 だけど自我をなくした彼らにはそんなおびやかしはない、僕は空虚な彼らとならいくらでも密に僕は平気で共にいれる気がする。


 彼らへの共感、その共感がなせるものだろう、思いもよらない現象を引き起こす。


 隠棲者たちに僕の願いが通じて、女たちの視線を断つ位置に立つ。僕の姿を見失って広がる動揺と混乱。ダイランボの態度から侮りが失せ、表情のない目が笑っていない、怖い。


 僕じゃない僕も、隠棲者たちのその動きは予想のしていなかったようで驚いている。


 多勢の女達による無勢の側の僕のつるし上げ、それとも圧迫面接が目論もくろまれていたのだろうか、その段取りがあったにしても台無しにしてしまった感がある。


「食べるもの食べちゃったし、客室の方に戻ろうよ。なにかわからないけど、今、その丁度タイミングのような気がするよ」


 僕じゃない僕が女会のターゲットだとしても、巻き込まれては僕はたまらない。カイジョの言、いい誘い。


「うん、顔通しはできたし、なんなのかわからんけど敵失にじょうじようか」


 僕じゃない僕がそう返事を返すと、異世界語で何か暇乞いとまごいのようなことを言って立ち上がり、一礼する。退出を強行する。


 ダイランボにも予想外の成り行きのようだったが、予想外の思慮深げの力技で返し、無理矢理それを止めるようなことはしなかった。


 あっけにとられている賢女ちゃんとヒショは置いていく。お愛想の笑顔が解けた素の顔を拝めたが、それでも彼女たちもすこぶる魅力的だ、くわばらくわばら。





 このままでは僕はかたり手、僕は僕と僕をかたる僕の語り手。それで終わってしまうだろう。


 哀れな隠棲者たちを手足のように使えても、僕が僕の意をもって僕の体を動かすことの代わりにはならない。


 もう一度言おう、このままでは僕は語り手のまま、すぐに残る日々が果ててしまうだろう。


 それは絶対いやだ。せっかくのセカンドライフ。僕だって、僕だって、リア充したい、先に目覚めた僕じゃない僕がうらやましい。正直心底うらやましい。


 ならどうすればいい。


 僕が僕じゃない僕を僕と認めれば、僕の体を支配する僕じゃない僕に僕の意はとどくだろうか。


 それをさまたげているのはなんだ・・・わかっている。


 僕と僕じゃない僕の間にある、自他の境界だ。それをなくせば僕の意も僕の体にとどくだろう。


 すぐ手の届くところにまさかのリア充の夢がある。でもこんな僕でもやりきれない障害者の僕でも、過ぎた自分にして、リア充に成り上がれるはずだ。


 けれど怖い、自他の境界がなければ、こんな僕でも僕が消えてしまうのが怖い。


 この体のこの脳は損なわれていない。僕が僕のままこの体をとればこの体の脳の神経細胞のネットワークは障害のそれに再構成されていくだろう。


 あっ、ああ、そうか、そういうことか。僕は転生前の記憶、障害の人生の記憶の担体にして、フラッシュバックのようなものだ。僕が僕じゃない僕と一つになっても僕のなかみが消えてなくなるわけじゃない。


 僕は記憶に戻るだけだ。そうすればこの体の脳は障害を記憶として処理できるだろう。僕は僕の苦しみを記憶として、すぎた過去にしまい込めるだろう。


 僕が消えてなくなるわけじゃない。転生前の記憶を有する僕になるだけだ。


 怯懦きょうだでへたれな僕はそれでも怖い。リア充へのあこがれをつのらせても怖いものは怖い。  どうする、どうすればいい、どうすればいい・・・





 そんな、そんなでいっぱいいっぱいの僕は思いもしなかった。

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