52 フェイク
黒ベタ獣の襲撃、介助者たちが融けた隧道、そして今朝は搭乗の飛空船が中破。次から次の危ういめの連続。トラウマを抱え込んで引きこもるのが当たり前だろう。なのに、いけしゃあしゃあと、息をしている僕。
カイジョ成分をチャージできて僕の心は晴れている。僕の心は明日までとどいている気がする、ぎりぎりなんとかだけど。
どこか心の奥底では、現実のことと認めていない、それで鈍いのかもしれない、潰されていないのかもしれない。でも醒めない夢なら、そこそこは受け入れるしかない。
いや違う、もしもこれが嘘事の冒険活劇なら、もしもニワカとカイジョが嘘事なら、僕はもう生きたくない。だから醒めないなら夢だろうが何だろうがそれで本望だ。
僕は演技、使徒をフェイク、フェイク使徒、成りきり再スタートする。
カイジョの膝上の楽園から身を起こす。お名残惜しい。
よくしゃべる領主さまだ。鼓舞だろうか、声をあげて自身にもいいきかせているのかもしれない。人をひきいることなんてとんと縁のない僕の憶測なんてどうせ的外れだろうけど、会話ですぐつまる僕との相性はまあまあなのではないだろうか。
「使徒殿、気分はいかがかな」
「閣下ご心配ありがとうございます。なれないここの気にあてられました。なんともすごいところですね、見た目にすっかり欺されました」
僕は答えながら、張りのある声とは裏腹に少々消耗した領主のいっこうの姿を見て見ぬふりをする。だって、お偉いさまがそれで通したいようだから、それでいい。でも対コルプスの防衛戦争の大事な指揮を副官らにまかせ、いったい何をしていたのだろう。
「ほう、見た目と違うと言われるか、違いがわかるのであれば、この先の周半が見通せますかな」
「はあ、見えてますが、特別な変わりはないようですが,何か」
何を言っているのだろうか、相変わらず目印にできるものの無い廻廊のような光景が続いているが。
「それはまことに重畳、ではお付き合い願おう。この先へ戻るのにお付き合い願うがよろしいか、急ぐがよろしいか」
領主の供は魔法者士官ばかり5名、奇妙な環状路の先と流砂の広がりに向けて、あの炎を投射できる槍を構えている。この先、何らかの、また危ういめがあるのか。
領主とならんでニワカの車椅子をおす僕、領主の後ろにヒショ、僕の後ろにカイジョがつきしたがい、それの並びで魔法士官達に護られるように進む。
一転して寡黙として足早に進む領主。口ベたな僕としては助かるが、何を急いでいるのだろう。一周くらいのところでカイジョが僕より先にそれに気がついた。
『ねえ、お兄ちゃん、砂地の方見て、なんか砂が路の方に流れてない』
流砂といってもそこに踏み込むまでは流れはしない。そこに踏み込んでのみ込まれて初めて気がつくような、見た目ではわからない液状化している罠のような代物。砂は体よりは重いので身軽にして横になればその上に浮かぶらしいが。
高さに違いがないのに砂地と石の路の境界はくっきりしている。風がないしなんとなくそういうものだと思っていたのだが、そうではなかったということだ。
道幅を内側から狭める砂に、領主が渋い顔をして、「気がつかれたか。使徒殿にご同行を願えたおかげで、この程度でおさまっておるようだが」と言う。
そう言われて先の方を見ると、確かに道幅が内側から浸食されて細くなっているように見える。
「確かに砂が流れてきているようですが、細かい流砂、乾いた砂ですし、吹き飛ばせばそれですみそうですね」
「よし、有り難い、使徒殿の言葉をきいたな、砂の除去にかかれ」
魔法士官が操る槍先から炎、いや、短いが赤い半透明の炎のジェットがゴウゴウと音をたて噴き出す。それを越境の流砂部分にむけて吹いていく。舞い立つものがあると思ったが、砂埃はわずかで道端が現れていく。
初めのうちは順調だった。けれど進むにつれ、砂の路浸蝕の幅が広くなってくるとやはり問題が露呈した。簡単な作業だが10m進むにも随分と時間がかかるようになる。そして時間がかかれば、ジェットの持続が尽きてくる。
交替で作業を進める魔法士官達だが、その消耗は隠しきれない。魔法のハイテクらしい槍だが、一交替の時間が短くなり,それが30秒を切るようになると、指揮官が中止を申し出た。
「閣下、これ以上は幻竜への対応ができなくなります」
領主は先の方を睨んでいる。そこでは半周のいかないところで、路は砂に埋もれて中断している。そこから先、やばさに充ちている。
気のせいか、いや気のせいでなく、そこから先、砂がボコッ、ボコッと波立っているところがある。風がないが、なにか鼻奥をつくものがある、オゾンかこれ。
『あれ、なに、なにかいるの』とカイジョ。
『この先、砂の中に竜のような何か危険なものが潜んでいるらしい』
と僕。
「やむをえない、ここまで戻せただけでも上等とし、明朝出直すこととする」と領主。
僕はその決断をカイジョに伝える。
『戻ることになった』
そう言ってほっとしている僕がいる。
『えー、お兄ちゃんが力を貸せば、この先も全然、余裕だよね』
カイジョは僕と違い、こわい目にあったのは今朝観戦したフライトだけ。それならまだいけいけの強気になれるものなのか。賢女もそうだったが、若い女子ってけっこう好戦的なのかもしれない。
『うん、カイジョだってその気になれば、同じだよ。でもまた危ういめにあうかもしれない。情報が足りないうちは拙速はさけた方がいい』
そうは答えても、リスクを考えない行動に飛びついて、ニワカが眠り、カイジョの中の人を巻き込んでしまった愚かな前科者が僕だ。予期できない過失を積み重ねてしまうのがこわくて怯んでしまう。でも一晩でもおけばより見えてくるものがあるのではないか。残り日数が少ないのに焦ってはならない。そう言う時こそ、行動にうつる前に手順を考えておくことがいるのではないか。
あれっ、僕らしくないけど、過辛い去のフラッシュバックと辛い今というジャガーノートに追い立てられるしかない僕だったのに、それができる気がする。これって、リア充ならきっとできて当たり前のことだろう、そうなら僕の障害はなんと業が深いのだろう。
戻るのは呆れるほどと言うより異常、驚くしかないほどあっけない。領主との受け答えに四苦八苦しているうちにすぐ門が姿を現す。半周もどると、なぜかそこはすでに門が見えなくなったあの丁度半周の位置。回る方向、この場合、石碑を軸にスピンする方向が意味を持つらしい。変化は非対称的で、わずか300mとすこしほど歩いただけで門のところに戻る現実がここの特異性ゆえであると納得するしかない。
「いかに時間と労力をついやそうと延ばせる距離はわずかにすぎん。逆の向きまわりに戻ればさらにわずかにすぎんのだ。とはいえ、使徒殿の見守りがあればこそ、失われかけし路をとめることがかない、礼を申し上げる。遠神恵賜、守り給ふ、助け給ふ」領主はそう言うと僕らに薄い頭を下げる。
勘違いか勘違いでないにしても僕のこと盛りすぎと思うのだけど、実際、見守り以上のことができるとも思うのだけど、ここまで持ち上げられると実は使徒にあらずと告る敷居はすでに高い、高すぎる。鈍い僕でも領主の思惑を感じる。
僕らは誰かの手のひらの上で踊らされてて役を演じている、その感じが半端ない、それくらい出鱈目によくもまあイベントが次から次へと濃密に立て続けだ。それに領主もかんできている。
門に入る前にこのまま進むとどうなるのか、ヒショにきいてみる。「普通に周一するだけですが」とヒショ。環状路一周300mと少し、疑うわけではないが確かめるには5分もあれば十分。そう時間がかかるわけではない。
領主が、明日からも情勢次第、見守りを願うかもしれぬゆえ、疑問がなきよう確かめるがよい、付き合おうと言い出し、もう一周回るはめになる。天使の眠る車椅子を押していなければぜひとも固辞したいところだ。
石碑を右手にみて回れば同じ時空間に同調でも、石碑を左手に見て回ればそこから螺線を回るごとく別の次元へ時空がずれて行く、そして事象の地平線から離陸してしまえば、天空の劫火といえど隔絶されて届きようがない。
僕の安直な理解が正しいかどうかわからないが、領主は中域の特異性を避難に流用できると環状路の先延ばしにとりかかっている。そこに、僕ら、領主らが遠神の使徒とする僕らが関われば、領都の民心を慰撫する効果も附加されると言う。そういう御利益は神殿の役目だと思うのだが、唯一の遠神殿は帝都にしかないらしい。役に立たない神様だ。この世界でも神様も民や僕らのために存在するのではないのだから仕方がないことなのだ。
領主に本心ではどう思われているにせよ、使徒として利用できる僕らの存在、残る日々はわずか、9日をきっている。半目の副官も僕にもわかる懐疑的な態度を見せつけてきてもそれ以上のことはしてこない。よろしい、どうやらなんとか及第点で目論見どうり取り入ることができているようだ。あとは積極的な介入のタイミングだな、と余裕ぶって考えて見る。
門から領主館を貫く一階の連絡路に戻ると、昼間だからかより暗く感じる。申し訳程度の灯り、常夜灯よりはましな程度の黄色い灯りで、闇に目がくらんでしまう。
扉のところ、通路の角、部屋なら机の上、そんなスポットを照らすというにも貧弱な、蝋燭よりはましな程度の灯りがところどころに配置されている。スイッチの類いは無い。そんな昼夜を問わずつきっぱなしの、不具合の波乱に捕まるまで消えることはないという。
明るい灯りになれきった僕らにはみすぼらしい灯りだが、ここではそれが普通で、野営中のON・OFFできるまばゆい白い灯りは特別なものだとわかった。
僕らは言うなればそんな非常灯か。それで良い、その方が良い。特別であれば、特別な扱いを期待しても許されるだろう。
暗い領主館内。光が届ききらないところが大半で、そういうところに介助者たちがひっそりと立っていたりする。その姿はけっこうホラーだったりする。
暗がりに沈む人影に×戸惑う〇びびる僕にカイジョが問うてくる。
『お兄ちゃんどうしたの』
『暗いなあ、ひょっとしてカイジョには見えてないのか』
『何が?』
『いや、なんでもない』
『何か見えてるの、ちょっとこわいこと言わないでよ』
『冗談だ、脅かして悪かった、冗談だよ』
『もう、お兄ちゃんたら』
妹っぽくすがりついてくるカイジョ相手にそうごまかすだけで、今はなんとかできたらと思うだけしかしてやれない。カイジョのように新たな犠牲者を宿らせては謝ってすむものではない。難義な罪を重ねる気はない。でも何で僕だけ見えるのだろう。
夕刻近くになりあとに置いてきたもの達が領主館に着いた。その様子を領主館の外壁にだけある窓のひとつからうかがう。
獣車の列から降りてくる面々のなかには、ニワカとカイジョの姿はない。コピーはなかったことが確認できてほっとする。
ニワカもカイジョもダブルで相手しては僕が持たない、ごめん、いろいろと。でもそのぶん、意識をうしなったままのニワカへの罪悪感がいやます。ごめん、ごめんなさい。
見おろしバーコード頭の主計にはあとでカイジョたちが生き延びられるよう手配していてくれていることの感謝を伝えよう。ニワカのことは話しても混乱させるだけかもしれないけど、ニワカの存在が意識から末梢されている確認にはなるだろう。
領主館を南に回り、窓から今朝方、観戦した方面をうかがう。暮れていく街並みの向こうの、赤や黄に染まる丘の稜線いっぱいから黒いような褐色のような煙が幾重にも立ちのぼり東風に流されているのが見える。実際に燃えているのはその丘のさらに向こうの泥炭地。その炎上の煙は上空で厚みを増し雲をなして夕日に赤く染まっている。
戦の野火が、南の空を赤く焦がしている。人のすむ街音の賑わいのざわめきは聞こえていても、あの火炎地獄の大地が焼ける音は聞こえてこない。それでも時折、橙色の炎の線がうねうねとのぼる様が煙の中にちらりとのぞく。
「あれは火蛇なの」
後ろからそう声をかけてきたのはヒショではなくて賢女ちゃんだった。
いつのまに現れたのだろう。僕はこの子が苦手だ。なにか面倒な方向に話しが行きそうな気がする。
「風の属性の渦蛇が火の属性をおびて空にこがれるの」
「火災旋風か」
僕は振り返らず賢女ちゃんの話の中断を試みる。でも無駄だった。
「カサイセンプーですか、尻尾語ではないですね。
あれから記憶の片隅を思い出してみました。使徒さまのこと。気配が薄れたそのお体が使徒さまを宿らせ戻ってきたときのこと。
エリクシルフォール・スペリオルレイン、霊薬の慈雨、私がそれを降らした時のこと、使徒さまの記憶にありますか。
全力、それでも救えなかった人がひとり、またひとり、またひとり、何人も。治癒に向かい損ねて、息絶えていく。私、耐えられなくなって、気がついたら有限界を越えていました。究極の、私の命がリソースの、雨。それをやってしまっていました。
ようやく命が止まるのをとめることができる、でもひとりだけだめな人がいました。私の慈雨を受けても、すっと気配が薄れて、息絶えるのとは違う、どういうわけかすっと姿が薄れて、これでは私の恵みがとどかない、すり抜けて行く、ああこの人も助けられなかった、万策つきたと思いました。思ったのですが、思い違いてあるものですね。力尽きて意識が落ちてしまう寸前、ふと見やればそうではなかったのです」
ああやっぱり、僕の復活は賢女ちゃんのせいだけではないようだ。
「ねえ、使徒さま。復活者、使徒さまが最初の復活者、神の奇跡の体現者だと思います。ですが心はこの世ならぬところからの訪問者」
「どうしてそう思うのです?」
僕がそう問うと、賢女ちゃんは袋の上から僕の尻尾をつかんだ。その大胆な所業を、カイジョがなんかすごい形相で睨んでいるのが横目にもわかる。
「言葉とか常識もあるけれど、何より使徒さまは尻尾が萎えていることを全く気にしておられない、というか尻尾のこと、わかってらっしゃらない。初めから目の見えない方に見え方はわからないでしょう。それと同じことです」
「なら僕は障害者では。それでも僕が欲しいのかな」
「尻尾感なくしても平気だなんて伝説の隠れ里の無尾人ですか、ありえないですよ、それより何よりも甦りの奇跡の体現者、そんな貴重な種を私、見逃せません」
「・・・確か、”私の子孫眷属たち”でしたか。どう言う意味ですか、今さらですが」
「じつは私、言っちゃいますと始祖なんです。エルFなる遺伝系統の始祖、たくさんの殿方のお相手をしてたくさん取り込んでたくさんの温かい卵を産みたい、その衝動が抑えられない。こんな成りまで年をもどしてしまいましたので、その寸前に逆戻りなのですが」
なんだって、エルFといえば有名処でもメイジャー中のメイジャーではなかろうか。その始祖がこの子?。極上の尻尾人血統、お姫様中の御姫様が。
「だから今すぐでなくてもよいのです。私、使徒さまに協力します、なんでも申しつけてください。何でも私からテイクしてあとでギブして下さい、お願いします」
でもこの子の実年齢は15歳寸前みたいだっけ。女子といえども婚姻は16歳から、そうでなくても淫行条例やなんやかであかん話し。
「悪いけど、子供の相手はしない主義」
言ってしまってからしまったと思った。
「なら、子供じゃなくなったら、いいんですね。わあい、良かった、嬉しいです」
振り返れば、開かんばかりの酔芙蓉の蕾よう、小さな顔の小さな白い頬を紅染めて見上げてくる風情なのに、チロッと小さく唇を舐めてみせる。
僕は今度は決定的な言質をとられていた。撤回は受け付けませんって感じ。僕はこの子が苦手だ、やっぱり苦手だ。
「それまでどんどん、私からテイクしてくださいまし、使徒さま」
賢女ちゃんは上機嫌。僕はカイジョの方を向くのがこわい。




