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遠神の帝国Ⅰ  作者: ペコ
47/60

47 カイジョの中の人

 わけわかんないしと思えていたのはつかぬ間ま、車内に断ちたい気が渦巻いてくる。にわかにどこか陰って、まだ朝のうちの爽やかに吹き抜けるはずの半開きの窓からの風が重く息の閉塞するものに変ずる。いや、それは僕がそう感じているだけかもしれない。


 けれど霧の彼方のままの僕の記憶から、鬱々ととどいてくる暗い陰に墜ちた心情には馴染なじみがありすぎる。


 まただ、また、またこういうことになる、終わってない、逃れられてないと、僕の心を縛り付けに来る。


 ああ、これは、ほんとうに辛いフラッシュバック。


 崩壊して行く世界は閉ざされて、救われようもなく、捕らわれて、僕は沈んで行く、希望の気配けはいはその手掛かりの欠片かけらもすらも何もなく、苦しい、苦しい、苦しいだけの世界、崩壊していく僕、退行していく僕、いっそ☓んでしまえば、どんなに楽になれるか。でも、それすらできない、何もできない、無力な僕。味方みかたはいない、何処を見回そうと敵意に満ちあふれている。


 今の僕には、僕を客観視することできる、不思議な力のある僕にはそれがわかる。だからと言って僕は僕を救うことも、その意思までも封じられてしまえばす術すべもない。


 くすみ、光をうしなっていく世界、くらい世界、まぼろし弔鐘ちょうしょうがなっている、そのに耳をふさがれて・・・


 どこに押し込めてられていたのだろうか、闇があふれ出してくる。僕は限りなく黒いそれにおぼれる。なんて弱い僕、僕は弱いまま、融けていく。黒く融けていく。閉ざされていく視界。


 光が、もっと光が、光が無くなる。か細くなる。


 ニワカがカイジョが・・・二人の姿が遠くなる。薄れていく。小さくっていく。


 いや、いやだ。そんなのいやだ。


 僕ひとりなら、このまま手をこまね)き沈んで、絶望に着底するにまかせるままがどんなに楽だろう。どうせすぐにこの世界は終わるのだから。


 でも、ダメだ。僕がいなくてニワカがカイジョがどうして助かる目があるというのか。

 ニワカにカイジョにまた会いたい、会いたい

 会いたいんだよ!!!


 悪いか、お前の方が悪いだろ、お前らの方が悪いだろう、我が(ままだろうが、何だろうが、僕を勝手に連れ出したお前らの方が悪い。


 今の僕には、僕を客観視することできる、不思議な力のある僕にはそれがわかる。だからと言って僕は僕を救うことも、その意思までも封じられてしまえばす術すべもない。けれど、僕は、例え僕を救えなくても、救いたい人はできたんだ。


 世界が持ち堪こたえる、光を取りもどしはじめる、少しずつ、少しずつ、僕の世界が光を取りもどして行く・・・


 それでいいんだ、それで。


 人ひとはひとひとりでは、ひとひとりも助けられない。だから人間なんだ。

人と、ほか人との間で、ひとりの人間なんだ。そんな簡単なことすら、すぐに忘れてしまう僕。


 さげすまれて当然、当然だ・・・


 んっ?





 えっ、どうして、倒れているの、魔法者女士官。下半身を濡らして、いや、うわー、これは濡れるだけではすまない粗相そそうをしてません?


 副官が領主を背にかばうかのようにして手のひらを僕に向けている。その目はかたきを見る目というより、絶望にあらがうかのようだ、恐怖が透けて見える。


 あっ、副官、こんな狭い揺れやすいところで高エネルギーの開放口を開いたらあぶないでしょ。おまけに僕に向けた焦点レンズまで、いったいなにを怖がっているのかな。


 僕はそれを施錠ロックする。無力な僕にそんなものを向けてくるなんて、どう言うこと。僕はこれまで抵抗したことがあったというの・・・目覚めてからもそんなこと一度もした覚えはないのだけれど。


 僕は害意のないことを示すため、両手を上にあげて口角をあげて微笑ほほえむ。


 それでもたりない。副官は平静を取りもどすどころか、よけいにひどくにらんで身構えてくる。なぜ、なぜジャパニーズ万能スマイルが通じないんだ。


 じゃあ、どうすれば、そうだ、なぜか、いつの間にか気失しすぎてあんまりな女士官を回復させてあげれば、冷静を取りもどして和してくれるかな・・・


 ええと、綺麗な状態に戻れ、おまけをつけて GoTo GoTo 最良へ定着。


 立ちこめる悪臭がすっと消える。もそもそ身動き始める女士官。


 それに一瞬目を釣られた副官が、いつもの半目を信じられないほど大きく開いて、そこから目を離せなくなっていた。


 足下あしもとでは女士官が混乱困惑した焦点の合わぬ眼差しで僕を見上げている。変わらず、顔を赤く上気させて、今はとても綺麗な彼女、見違えるような尾人いやキリッとした美人さんだ、それこそ別人レベル。


 副官の口から、言葉になってない、混乱困惑の極みっぽいとわかる声が漏れる。


 なに、これでもわかってくれないの。


 こっちこそ、どうしたらいいのか、わかんないし。

 

 もうよけいにわかんないし。


 もういい、言葉が通じないから、もういいから、もうたくさんだから、


 ニワカに会いたい、カイジョに会いたい。早く、会いたい・・・





 僕の左右の手につながる手を感じる。ふいに感じるぬくいつながり、でも右の手のつながりはすぐに離れた、力なく離れた。右をみる、そこに倒れている。うつ伏せの姿。


 やってしまった・・・警鐘がどこかで鳴っている。僕の内側の奥の奥でけたたましく鳴っている。


 これは誰・・・まさか本物?


 左の手のつながりが離れる、僕の左から右にまわる、これは誰?これもまさか本物?


 見上げる頭上、梢こずえに火の粉を散らしながら延々と通過して行った炎の蛇腹じゃばら。あの長大な熱の輻射は本物だったのだろうか。それを確かめずにいたツケが、今の戸惑いになる。


 彼女たちは本物か。


 僕のそばにおちた彼女、その彼女により添うように、僕のそばにおちるもうひとりの彼女。


 いっこうにしおれる気配のないスミレ色の小花を髪に飾る倒れ臥すこの姿は本物だ。違うと認めない余地はゼロだ、今や領主の大仰おおぎょうな呟きが聞き取れる、続く口上も聞き取れる。


「こ、これは、顕現か、このものの姿に記憶がある、なんてことだ、これではまるで復活もか、なんてことだ、復活そのものか。おお、あり得ない、奇跡か、奇跡の顕現がここにある」


 領主が固まったままの副官の肩を横に押して僕の前にでてくる。そしてなぜか、片膝をつきこうべれる。肌の色が透けて見えるごま塩のかしらのいただきの震えを僕にさらして、ひざまずく。副官が我に返ったようにそれにならう。女士官も二人の後ろまではってそれにならう。


使徒しとよ、くらき神の使徒よ、天降る惨滅の☓光より、我らを離し守り賜う、いと遠き世界よりわたる、昏き神の使徒よ」


 なんてこった、僕、この僕がなんだか知らない神の使徒扱い、なんかたぶんそんな感じで神頼み、使徒扱いされてる、その方がお互い都合つごうがよいかもしれないけど、勘違いされすぎてません?


 そんな感想を抱くのも僕だが、おおかたの僕は、それどころではない、本当にそれどころではない。


 この世界のことわりは優しくない。ニワカに優しくない。


 いや違う、しいたげたのは僕だ。僕が、僕の理が、ニワカに、ニワカにこうなることをいた。


スミレ色の小花を髪に飾り

かわいらしげなニワカ


 ここに倒れているのはキミだ。そしてそばに寄り添うはカイジョだ。そして、ニワカは、ニワカの様子は、深刻な状態はひとめでわかった。


 衆目の一致するところは彼女だけはありえなくなっていた。そしてそれは僕でもなかった。女士官でもなかった。みなが目を見張っている、カイジョに目を見張っている。


 人との間のつながりを取りもどせたのか、カイジョ、なぜ?


 だが現れたニワカにそれを感じることはなくなっていた。僕でさえそれがわかった。カイジョとそれと僕以外、だれもすニワカに目を向けるものはいない。なぜだ、なぜこうなっている。


 だがそれでも虐げたのは僕だ、僕の理が、この世界の理に強いて、ニワカとカイジョに明暗に振り分けた結果がこれに違いない。それ以外は考えられない。


 湧いてくる怒り、怒り、怒りで、思考がぐるぐるまわる。なぜこの僕なんだ、僕がして、うまくいくことはない、すぐにまずいことばかりになる。そんな僕に関わったばかりに。大切に思う人ひとりを救えなくて、真逆に追いやって・・・


「・・・領主よ、復活せし者のそばを見るのだ」


 副官が、普段どおりでない副官が 副官の立場を忘れた口調でものいいする。


 カイジョが寄り添うものの姿が見えるのだろうか、目を凝こらして見ようとしている。


「見える、何かが見えるぞこれは何だ、人のかげのようだが尾にはなにも感じぬものが」


「たぶん、それは、失われしものではないかと」


 言葉は冷静さを取りもどしてもなお上ずる声で副官がこたえる。


「誰だ、それは・・・そうか、失われしものだったな」


「いえ、まだ完全には失われてはいないようです」


「そのようなことがありうるのか、いやあるとはな」


「奇跡です、領主さま、それもこの方、使徒さまの奇跡です」女士官が目を輝かせて僕を褒め称えにかかる。





 やめてくれ、何が奇跡か、奇跡なものか。このなにが奇跡なものか。怒りがさらに湧いてくる。でも、それはまずい、それではまずい。僕の不思議な力が勝手に働いて、ニワカは思わぬ陥穽かんせいにおとされた、ただの意識消失でなくて、たぶん自我を失った状態。ここで僕まで怒りで我を失っては、不思議な力がさらにいらないことをしかねない、いや、するだろう。


 抑えろ怒り、抑えろ、抑えろ。ニワカを救うために。まだ完全には失われてはいない、そう副官は言った。なら、助ける余地はカイジョよりあるはずだ、そのカイジョは現にみなに復活者として認知されているではないか。


 その向こうにある思いがなんであれ、おそれに染まる眼差まなざしの圧に蹂躙じゅうりんされる僕。鬱陶うっとうしい、煩わしい。ニワカを助けるのに邪魔じゃま。こうなってしまっているニワカを助けるには、それに惑わされて下手へたなことをして、下手の上塗りになってしまうのが怖い。


 僕は怖い、ニワカを失うのが怖い、何をしなければいけない、何をしてはいけない。


 不用意な不思議の力まかせは怖い、ニワカが残りごと吹き飛ばされかねない。


 ニワカを守ろう、まずニワカを守ろう。まだ見える限り、そこに止まるとしたら、僕とカイジョに限らずみなにもニワカを見守らせねば・・・


 僕はニワカを横抱きにかかえる、力ない体は案外軽くて、案外重い。


 みなの見開いたままの目の先がニワカと僕から動かない。よし、声をだそう、勇を鼓こして。僕のためではない、ニワカのために、ニワカのためなら自分に引きこもらずにできる。


「見、見失われてはならない・・・」


 ニワカとは話しが通じた、ニワカがこうなっていても、聞き取りはできている、こちらの話すこともどうかどうかどうか。


 みなの様子に自分の言葉に応ずるものがある、


 不幸中の幸いとはいいたくないが、ニワカはこうなってしまっていても、彼女同行限定の天啓超訳の自動実行は機能している。


 領主に目配めくばせ、上から目線で目配せ、相手が跪いているのでそうなってしまう。


「・・・使徒殿お話しになれたのか・・・、それは使徒殿が抱えておられる・・・存在のことでしょうか」


 よかった、通じている、そして下手したてにでてきてくれた、ならあとは、あとは言いくるめる、何としてでも言いくるめる。


「領主殿、こちらにより、触れてみるがよい、存分にさあ、確かめてみるがよい」


 領主を促して、ニワカに触れさせてみる。その方が存在することにより確信が深まるだろう。


 領主の震える手がニワカの体の上をさ迷う、顔色は蒼白あおじろく、汗が浮かんでいる。もしかしてそうとう怖いのか、思うことすら禁忌強制なら、そう言うこともあるだろう。


「使徒殿、これは女人にょにんですか」


 むっ、ヤリ充め、胸でわかったか、僕より先に股間のところもさっとなでやがって。


「・・・このもの、彼女は、我と汝らを言葉で取り持つために必要な、いや大切なしろ


「はい?」


「よいか領主殿の記憶から今は消されていても、彼女の所属は貴殿の配下である、完全に失われてはならない、見守る、よいな、みなをして見守らせるがよい」


「では、使徒殿はそれがかなう限り、我らを苦境より救いなさると」


 身もふたもない、打算隠さぬ直球。けれど10日後を考えればそれは全く正しいおこないだ。


「彼女が見失われぬ限り、尽力じんりょくする、昏き神の使徒として、汝らの求めるところが我に通じる限り尽力する、ゆえに常に見守りを絶つことことなかれ」


 威厳もへったくれもいらない、それを約束で契約としよう、思わぬ助けの出現で、彼らはそれで十分のはずだ。


 残すところ、10日余り、わずか10日余り。僕は尽力する。彼らの言う昏くらき神が何か知らないが、その使徒として振るまいきる、ニワカを救うために、彼らにも見守らせる。


 僕のためじゃない、ニワカのために、どんなに苦しく、追い詰められようと、うまくいかなかろうと、僕のためではない、僕が楽な方ではない、絶対に手を抜かない。ニワカのために尽くそう、ニワカを取りもどして、ニワカに認められたい、世界を救ったとめられ、感謝されたい。





 尻を後ろから引かれる、いや引かれてるの僕の役立たずのお飾り尻尾だ、それにいつの間にかほっそりしなやかな尻尾が抱きついて僕に“振り返ってよ、ねえねえねえ”とばかり巻きついている。


 いつまでも一本調子で怒り続けられるものではない、怒りが引きかけたときになって、僕はことさらとんでもない状況に進展していたことに気づかされた。困惑が上書きされる。


 「シッポニオヒメサマダッコッテ、マジウケルンデスケド、ココドコ?、アナタダレ?、イシキナイコダレ?」


 復活したカイジョが僕に話しかけてきた。はじめてカイジョの声をきく、なにを言われたのか、すぐにはぴんとこなかった。


『尻尾にお姫様だっこって、まじ受けるんですけど、ここどこ?、貴方だれ?、意識ない子だれ?』


 これは、これは、尻尾人語でなく、日本語!


 カイジョは僕のことを何と呼んだか。


 たしか”私の秘密の復活者”


 なら、不可視の民から復活したカイジョが、僕と似た存在に変わっていても全くおかしくはない。


 僕はカイジョについても有責、カイジョのなかみについても有責。


 上書きされたのは困惑でなく、僕のとんでもなく重ね掛けの罪。


 あと10日余りで滅亡する世界に、呼び込んでしまった、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どう・・・


『どうしたのかな、私の言葉が通じてたりして』


 小首をかしげるカイジョに、どう説明したものか、どう釈明したものか、まずは落ち着かせよう、落ち着かせよう、まずは僕から。





 このまま言葉がわからないふりして逃げ切るってのはダメだよな。考えただけで痛すぎる、隠しきるの小心者の僕には絶対無理。


 ニワカは天使、特別枠だけど、カイジョはカイジョ。


 思ってもみなかった同胞の出現が、苦手な若い子の憑依ひょういだなんて、ハードルが高すぎやしませんか。


 現地語もわからないようだし、僕の暴走のブレーキ役なら、僕を過大評価されすぎだし、カイジョの中の人、可哀相すぎやしませんかね。


 僕と違い物怖ものおじない様子。尻尾に早々馴染んでいるのも、僕より適応力がある証拠かもしれないけど・・・


 などと思わず脳内で謎の仮想相手に愚痴ぐちってしまう。


『ええと、あとで話すから、お願いです、今しばらく待ってくれませんか、それと尻尾で遊ぶのも今はちょっと。ほどいてくれた方が良いかと、それって、身体的親密の肉体言語というか、交わる尾というか・・・』


『へっ、そ、そうなんだ』


 朝っぱらからの絡ませに、三者三様の生温なまあたたかい眼差まなざし。その理由に気がついて真っ赤になるカイジョ。可愛いかも。


 よし、決めた。ニワカは眠れる天使の特別枠、カイジョは僕と同じ使徒枠ということで、なんとかして、それでダメならまたなんとかして、それでもダメでもまたまたなんとかして、なんとかしよう。

 

 カイジョの中の人、ごめん、本当にごめん。でもおかげで少し気が晴れた。頑張がんばれる気に晴れた。

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