30 古骨の魔女、参戦
ひどい状況の時に届くひどくひどい知らせにひどく打ちのめされる。本当はその最悪の可能性に気がついていたのに、それに目をつぶっていたつけ、その酬いに襲われた。
私の魔火がそれを迎え撃ち、平伏する若い伝令の頭に伸びて焼こうとする。
だめ、だめ、逆上に負けてはならない、落ち着きなさい。だれが好き好んで玉砕の報を持ち帰るというの。泣いて報告する無力な若者を害してどうするというの。
「・・・わかったわ、辛い任務をさせたわね・・・行って壁の内側から、皆と力をあわせなさい」
兵士には、私よりいくぶん若く見える古風な旅装の魔女姿の美女が同行していた。
その女が私の動揺する有様をみて柳眉をひそめている。その目に目を合わせれば、その目だけ見れば、私より年若のはずがない。古龍もかくやあろう叡智と力がすけて見える気がする怖い目をしている。尾人化した魔の類いでないとしたら、この女の正体はそう、ばばあだわ。
「それで貴女は誰、ほら、見ての通り、取り込んでいそがしいの、何処の魔女の古骨か知らないけれど、私、共和の領守タrアに何の御用かしら」
「それは仕込みのある壁にガラス細工を、町を纏う秘匿要塞の外壁の表面をガラス仕様に、焼こうとしているのかい」
「仕込みのある壁?・・・よくわかったわね、わかったら邪魔にならぬよう、下がりなさい」
「ふふ、その思い切りの良さは嫌いじゃない。ゾルの貪食から内を守る物理結界とするためにも、外周を捨て焼いて迎え撃つ。攻勢防御、いい戦術だ、初めまして共和の魔女領主どの、あたしは狭間の魔女と知られていれば嬉しいのだけど」
「じぶんを伝説の魔女とでもいいたいの、それで私に何のよう、私は今とっても気分が悪いの、最低最悪の機嫌なの。玉砕を、遅滞戦闘に向かった領軍の全滅の報を貴女もきいたでしょう、悲しくて悲しくて悔しくて悔しい。限界なの。私の魔火が貴女の大切な骨を焼かないうちに退いてくれない」
「あたしは界の魔女としても知られていても嬉しいのだけど、どう、あたしの助太刀を買わないかい」
この女は人の話をきかない女だ。自己中心的でやり手で・・・kミエにもどこか似て、いや違う、ああ貴方を喪ったトMワには、どんな魔女の手、手助けがいくらあっても足りないでしょう。
「代価は、そうね前払いとして、あの坊やの隷属を融かして、くれないあたしに」
「隷属? 坊や?」
「ほら、伝令の坊やのことよ、とても初でとても素敵な脚をしてるわ、あたしに贈れよ、ねえ」
「隷属は、なんのこと、いったい、なんのことかしら」
「これはしたり、精神の界の仕切りの弊害ね、ほらこれでわかるかい」
隷属、隷属、・・・これもそうだわ、本当は気づいていてもそれを認めないできた怯懦のつけ、酬いが・・・。なんてことなの、思い出すのはだめ、今さら思い出すのはだめ、ついに思い出してももうだめなのに、もう手遅れなのに、kミエは私の私の・・・実の姉様だった。
悔恨、そして悔恨の系譜はrウに繋がっていた、rウは前も私の自腹の卵ならぬ無尾の娘だった。
『そして歳17、気がついたときには身ごもっていたの
精が誰のものともわからぬ稚児は、育てることをかなわなかった
いつの間にかいなくなった
奴婢がどこかに連れ去った』
悪夢の別のかけらが告げた。夢魔の狂笑がきこえた。
いえ、それは違う、笑っているのは、違う、その声は私、私の、大きく裂けた口が遊んでいた。
『息すれば濃密に生臭い淫らな臭い、臭い、臭いにまみれて、
裸のまるた、無尾のまるた、
牡牝とわず、老若とわず、
縺れて乱雑、横たわる、
まるたというまるた。
淫業、淫業、全てを淫業に堕として、隷属を強いて、
その大罪の都の主は誰。
誰。誰でもない、それは誰でもない、
記憶の、記憶の、記憶の、
自分以外の誰でもない』
「ちっ、このあたしをさしおいて先に壊れようとするなんて、なかなかの闇を抱えているようね。でもだめよ、戻ってきなさい」
悟り、目の中の梁の仕切り、が再び。でも、悟る、この魔女は何をした。
これは古骨が仕込む悪意の、その攻めの幻想なのだろうか。
そうであって、それにすがれたなら、どんなにか楽だろう。
私の矜恃がそれを許さない。
私を慕っていると決め込んでいた共和の民が私のあわれな犠牲者たち。
もしもこの世が転生した世界なら、隷属の軛が外れなかったものは、私ごと引きずり込まれたに違いない。
そしてkミエが私の淫業を代行し浄化していたのなら、rウは、秘密の軛の強制をあの子のねじ伏せる魅力で代行し浄化していたのだわ。
封を解かれた悪行の記憶が自刃せよと圧倒してくる。
いや、それだけはいや、幼いrウをひとり残して逝けるものか。
焼く手を休めるわけにはいかない。休めば正気が切り刻まれる。
そのせめぎ合いの混乱、葛藤、混乱。助けてとすがりつけるものは目の前の劫火しかない。
焼いて、焼いて、焼いて、その劫火で焼いて、私の大罪を焼いて、記憶を焼いて、焼く。
それでもだめで、でも焼く。焼く。焼く、焼き続ける。焼く。焼く、焼き続ける、焼いて焼き続けて、それでもだめで、劫火は劫火のまま、浄火に変わるはずがなかった・・・
いつの間にか仰向けで、暗い天井、いや面一、ごうごうと咆哮をたて黒煙竜が立つ巻き上がり、火の塵、灰の塵の舞う、空を見上げていた。
気がついたようだ。世話の焼ける女だ。自分の待避の経路も考えず、全周ガラスに焼ききりおった。いったいどうやって内側に逃げ込むつもりだったのだ。
いやあれか、そのまま、火煙竜Sをひきつれ、魔火火だるまでゾルに特攻して果てるつもりだったのか。
玉砕した誰かに殉死するような玉でもなかろうが、無能な善良で、領民に今世の未来はないとでも思い込んだのか。
いや違うな、開いた目が違う、悟った罪人の闇を見つめる目だ。己の罪業が絶望に染める目だ。
「あんたに問われる前に言っておくが、あたしがここ、領主館とやらの前の広場の平椅子まで運んだんだ。あたしがこの世の狭間を行ける気前のよい魔女で良かったわね。
回りはあんたの眷属だろう、みな膝をついてあんたの高配を待ち受けしてる。
おい、ぼけっとして転がってるんじゃねえ。それともあれかい、あんたは萎び萎えるほど精出し尽きた男のあ」
「ぶ、無礼な、だいいち私は女」
ほう、挑発に応じてみせる元気は健在か。
「無様であることに違いない、あたしは好きだがね。だから物理結界にガラス附加を成し遂げたことは、このあたしが褒めてあげる、界をきわめし魔女のあたしがね」
「・・・今、どうなっている」
「あんたがみているとおり、この町の内域は、似非要塞のうちは、無事。ゾルの群体が本格的に外壁に取り憑くまで、まだ時間1か2ありそうでね。あんたに恭順の火煙竜Sが、熱いおもてなしで絶賛交戦中なのさ」
「kミエは、私の領の手は、」
「伝令の坊やの言うとおりだと思う、未練かい」
「・・・未練よ、喪って初めてわかる悲しみがこんなにも辛い」
「かけがえのない相手を喪えば、年余それが深まるもの。もう会えないふれられないと思い出を貴く思うほど、それが供養というもの、生き残るということはそう言うことさ。魔女がゾルに吞まれたのだろう、なら死んだとは限らないがね」
あー、やだやだ、若い女を相手に話しをすれば、抹香臭く、説いてしまう。
「お為ごかしだわ、たとえ脳を生かされても体を喰われてしまえば何になるの。体あっての個性、体を失えばkミエは姉は、私とrウのkミエは消えていってしまう」
「そうかもな、でもその女も心残りが深ければ、そうでもないかもな。あんたも大魔女たりたきゃ簡単にあきらめるんじゃないよ。ところでrウという仮名は」
「ここにはいないけれど、私の実の牝雛よ」
「姉に、実のなにだって?、言い違えで無ければ、実に、興味深い物言いだね、まるで伝え聞く尾のない土鉱の風習のような。そうか、土鉱と交わり朱に染まったか」
「ふん、そうかもね、でも、そうでもないかもね・・・ところで私をここに運んでくれたことには感謝するわ、古骨の魔女殿」
「新骨の魔女がいうねえ。いっとくがただ働きはしない主義なんだ、お代は勿論いただくよ」
私は感謝してばかりだ。悔しいがそういう相手には自分の力量が及んでいないと言うことだろう。
「竜煙も、火の塵、灰の塵も、トMワの防塞の内域に降り込まないのは、魔女殿のおかげかしら」
「防塞ねえ、ま、帝国に秘匿するには要塞までは無理、この程度の物理結界が限界か、まあ、領主としてはよくやったほうじゃない。だから、ちょいと、あたしからの御褒美にデモ」
「有り難いことだわ」
「どう、ここトMワの結界をあたしにお任せしない」
「代価を要求するということは、助かる目算が立つのでしょうね」
「そして、あんたには立たない、不能ってやつね」
「挑発はもういいわ、代価が理不尽でなければ、結界をお任せして、トMワの礎石の守りに任じます。領軍は衛士隊くらいしか残っていないけど、それでいいのね」
「あたしは、終の棲家が欲しいだけなんだ」
「ちょっと、終って縁起でも無い」
「まあ、聞きな、棲家って言葉で賭けたからには全力で当たらせてもらうつもり。
どうやら、ここトMワがあたしに用意された隠棲の町らしい。その徴候があった。
ならもうにどと別れの若返りの転勤に送り出されなくてすむ・・・離別は、離別はもうたくさん・・・今のあんたならわかるだろう。
なに、たいして迷惑はかけないから、若い男に情けを懸けて廻るのを許してくれれば・・・それくらいは問題にしないでくれれば、それでいいから・・・ええと問題にしないよね?」
「・・・・・・」
「なんだ、あたしがなにかおかしなことを言ったか、それとも、若い男ばかりではだめか?、若い男だけじゃなくても年がいってても女でもそれはそれでよろしいのだが」
なんでなんとkミエと似た性向なの、私が拒否できるはずがないじゃないの。
「案内するわ、ついていらして、rウの顔見せをするわ、礎石も領主館の中にあります。隷下の領民、眷属のことはご心配なく、私の意にそって籠城を受け入れてくれるでしょう」
「な、なにこれ、これは、さすがにあたしでも引くわ-」
心拍で時を合わせて、目覚めぬ大尉の心魂に潜行をはかるとは聞いていたが、その実体がこれですとは、私もさすがに仰天の想定外。あとでじっくりよおく言いきかせなくてわ。
「幼気そのもの、細っこいはだか美幼女が若いはだか男の眠る胸に色素も薄い白い生肌あわせ、泣き寝いりの接待。なんと、ここ共和領ではこれが基本なのか、そうかそうか」
「ちがーう!、そんなわけがあるか!」
「じゃ、これはなんだ、じつにけしからん」
「そ、その、rウはこんな幼魔女のなりでも大尉とは前世でちぎり、前世で夫婦の生活あり、ええと、それはお牡雌が定番で番う関係で・・・」
「大尉はいい男だこと、おうお、このあたしの目の前で尾まで絡めおって、rウとやらがうらやまいやらしすぎる」
「はっ、だめ、だめ、大尉だけはだめ、特別なの、特別な前世からの縁があるの、その、そのう、私にとっても」
「前世、前世って、あんた達は眷属ごとみな転生者なのか」
「・・・」
「あたしに隠し事しないんだ、ふうん。
じゃ、他の男ならいいよね、でもちょっとくらいはあたしにも転生大尉というのを味見させておくれよ、ねえ」
「そ、それは大尉次第だけど・・・でもおとされても知らないんだから」
「ほほう、卵宮孔がもう許してお願いと恋い狂うほど猛烈絶倫なのか」
ええっ、そんなこと、ひとことも言ってないし。でも、そうなの?そういうのありなの?
「いかした大尉だけが特別なのか、それともあんたの眷属の転生男はみなそうなのか、これは是非とも、お相手を願わねば。そのためにもあたしの大切な終の盛り場を裏切らないよう頑張るわ、うんうん」
古骨の相手をしていると、調子がくるう。決意のほどを表明してくれるのは嬉しいのだけれど、kミエ以上に過激だわ、今世の私がまるで初に思えてきてしまう。
「も、もういいでしょう、rウと大尉のことはあわせたからもういいでしょう、礎石をおいてある部屋はこちらよ」
ぶっつけ本番、それでいて失敗は許されない。上等だわ、いらない退路は、すでに啖呵で切って捨てた。
礎石とはいうが、正確にはトMワの建立の際に据えられた、町の存在基準点となる魔法石がこれ。
透過する光と、遮断する闇と、すべての反射の色が、混じる色、灰の魔法色が地色の円柱。猛々しく起立するその上端は半分の長球だ。
高さがm2ほど、径は抱きついて頬ずりし両腕を回せば手がとどくだろう。浮いてもいないし、どこぞの魔法塔のようにこれ見よがしな回転もしていない。町並みと同じ素材の石床から直にはえて見えて、、、なんというか、これは。
私を案内したのが魔女の領主だけによくわかっていると思っていた。
魔法結界も、適切な位置に置かれた礎石を基準点として竣工すれば、展開に無理がない。
私くらい、度し難い達人になれば、力業でも余裕。だが、素で麗しい尾人の私にはもっと相応しいやり方がある。
艶やかに、嫋やかに、薄命の佳人の姿が優雅に腰輿にありて、而してその実体は獲物を逃がさないための仮の姿っていうのが、私の目指す理想の肉食流儀だ。
これなら、男も女も誰も、私の愛をもらい損ねることはない。
その道は険しいことはわかっている。誘い込んで無理矢理、手籠めにして快楽に溺れさせた険呑な記憶は遠く時効のない底に封印した。ぶすりと背中を刺されるあの感触は数度で十分だ。
昨今はそんなことはない、最後までその気にならせて、さしだしてきた身を戴く、そしてお互いご馳走様な幸せ気分に充足にして終える。
これなら、男も女もお相手の誰も、私も、愛で不幸になることはない。
そんな思考のループに急制動にかける、素敵なものが目の前に鎮座していた。
「基礎は土鉱によるものなの、整地されたそこに私たちが入植し、帝国の貸し付け金で土鉱にあつらえさせた資材でトMワを建てたの」
「この礎石を中心としたのね」
「そう、これは土鉱の手によるものよ」
「素晴らしい、素晴らしい逸物だわ」
本当に惚れ惚れするよう魔力投射器だった。対ゾル程度の結界なら楽してスマートに高い座標精度でどぱっと投射できる。
「どう、民草が雛子宝の願いを掛ける、街の発展には向いた逸品でしょう」
えっ、なにを言ってるんだ、この魔法石には淫の魔力回路は微塵もないぞ。
「実際、ご神体として、領民には権威があるの」
ご神体?、ご神体とはいったい何だ、何を言っているのだろう。遠き神は心の内にありて敬うもの、偶物が神の体?、そんなものにやどらぬは、語る必要も無いこの世の常識なのに。
私は、共和の民が転生者の集団ということの意味を、その時まで軽く考えていた。遠き神が降り給ふことが無ければ、どの神が降りるというのか、それは異世界の神、異世界の神しかない。
この世界に異世界の神の依り代となるもの。
そんな脅威を土鉱が作り、転生者にまかせたというのか。
土鉱、無尾なる民、辺境のいち異種。共通言語を話し、交配は可能と聞く。これは是非とも土鉱とも交わらねばならない。
「私こと共和の領主は古骨の魔女を礎石の守りに任じます。これで領民は貴女をそう認識するわ」
楽園に思えた終の棲家にはとんでもないものが潜んでいた。
遠き神の密な代理人にはもう転勤はなかろう、そして転生者のほうから、礎石の専従に任じられた。遠き神が導きの結果がこの状況なら、私は関連づけられた。
遠神 恵賜
私の運命は神の尺度を刻み込まれていた。魔女領主に言われるまでもない、古い骨にまた盛られる新品の肉、それが私だ。
白く六花が舞い、ダリアはさったが、桃花のコスモスはまだがんばっている。
種子を採取して継代して行けば、耐寒種にクラスチェンジするんじゃないかしらん。




