14 差分の距離
灰の魔法の塔は広い天蓋広場の中央にただ一つ立つ塔があった。その細く高く伸びる尖塔の最上部を占有するのは地表(湖面)からの高m200越える展望室。そこでは塔の所領への侵入をはかる脅威の監視業務が日夜を通じて行われていた。
夏も終わりに近いというのにことさらに日射しが強いよく晴れた日だった。おお開きにした見張り窓を南から北へ、涼をとるにはとても足りないあるかなしかの風がゆるく吹き抜けていた。
助手に昇格したばかりの新人の娘は今日も胸元の釦をきわどいところまではずし、深い谷間の汗のしずくを手にした小布で拭いていた。ただでさえうすい上衣が汗でそこはかとなくすけて、張り付いたたわわがそのわがままな存在を主張していた。
”これはたまらん、こちらの方がのぼせてしまう、これはわざとか、わざとだな”
確診犯とわかっていても自分とて指導する立ち場にある硬派評判の小師足るからには、小娘のからだを張った見え透いた当てつけに、してやられるわけにはいかなかった。
涼気のまといを付与することは容易でも、まといたければ早くその法を学んで自らのものにすれば良いわけで、決してけしからん振る舞いを強いているのでも、けっしてねらった役得でもなかった。
それでも熱気で倒れられても困るので、部屋の中央の台座の上に水平設置の両腕をのばした差し渡しほどもある巨大な魔晶盤には結露しない程度に冷気をまとわせた。
”これで脳内桃色に違いない助手も監視に集中できるだろう。見目の良い助手がいくぶん上体をかがめるたびにその胸元の谷間がよりあらわな角度になるのは、うむ、これも福次的結果的な役得にすぎない、が、そうではあるが、これは非常にたまらんな”
そんな煩悩は助手の娘の声で中断させられた。
「下師、反応紋だと思います。それらしきものがでてます」
時刻は正午まで時間0.5前だった。西街道は区界峠に魔力反応が出現した。
「助手は出現反応を鑑定せよ、反応紋鑑別表と照合せよ」
「はい、反応紋鑑別表を参照します・・・・・・あれっ、下師、自分にはどれに該当するかわかりません」
助手の返答は当然だった。反応鑑別表を熟知しているので反応紋を認めた初めから該当がないことはわかっていた。助手の訓練をかねて、複数名で確認する該当なしの断定のための指示だった。
困惑があろうとも、正体が不明の魔力反応を脅威判定もせずにそのままに置いておける職務ではなかった。ゆっくりと峠を下りて近づいているらしいそれまで、キロ10はあった。遠すぎる困難はわかっていたが、規定は遠見像の撮影の実行を要求していて、魔晶器の準備に取り掛かった。
薄すぎる上衣もあれだが助手の娘の下衣の着こなしのほうも負けず劣らずの当てつけぶりだった。
確かにその方が多少なりとも暑くはないのだろうけれど、裾が膝上に高さどんだけのしろものが、魔晶器の設置作業の際によろめいてさらにめくり上がって尾元までのぞいてもうとんでもないことになっていた。
しかし両手を高価な器から離せない作業中にそうなっただけにどうしようもなかった。
さすがにこの状況は本人も想定より遠かったようで顔を赤らめて半泣きになった。
過激な見せ着はこれでこりてくれればよいがと思っていたら、いつのまにやら目がすわって、
「うう、わたし、みられちゃいました、もう尾だいじなところまでみられちゃってますよね」
可愛い顔して正直なんだか怖いと思った。いつのまにか長上着のしたの自分の尾が娘の火照った尾に絡みつかれて、気持ちのいい状態にされてしまっていた。
「ひゃーっ、ひゃこいです、下師の尾、ひゃっこくて気持ちよくてずるーい、自分だけ暑くなくしてるなんて」
「そ、そんなに涼気をまといたければ、あとでその法を使えるようになるまでよく教えるから」
思わずそう応えてしまったのがまずかった、と、その時はそう思った。
「あとで、約束ですよ、下師、今夜は私と等価交換で個人教授・・・私の尾相手、尾となになるの尾約束しましたからね」
”ええっ、私にじゃなくて私とってなんだ?、それに等価交換に、尾相手って、尾となになる尾約束って”
開き直った小娘に言質をとられまくられていた。
そんなすったもんだがあったが、どうにか助手の娘を落ち着かせて名残惜しくひとまず尾の絡みをほどかせ、小師の矜恃で職務に専念した。
重い高解像増感度魔晶器を向きの微調整を可能とするこれまた重い架台に載せる、そして嵩張る長筒をはめ込んでから、正確に方位を確認して設置が完了。その筒内の長細い結界で光を曲げ、遠見の法を実行した。
この距離では照準の精度自体に無理があり、難しいのではないかは期待はしていなかったが、規定の秒一の間接十連写の終了の最後で、それだけひとつ唐突に対象物の姿が結像していた。
間接撮影記録の小さな魔晶画には、暑気の霞や気まぐれな風の擾乱で鮮明とは言えなくても白と黒の対の長上着とわかるもの。小さな雛子背丈の侵入者ふたりが並び立ってこちらを向いている様子が記録されていた。
顔は長頭巾に隠れていたが黒の長上着のひとかげが白の長上着とつないでない方の手をそのひらをこちらに見せるようにあげていた。
検知している魔力は微弱、ほんらいならこの距離では決して出来はしない、なのにその魔力反応はなぜか魔晶盤に検知できていて、しかも先方はこちらの遠見を何らかの法で知って合図を返していた。
魔晶器の照準が相手から遠隔で操作された、その疑念が払えなかった。
それはなんとも異様なことで、敵意のなさそうな仕草を確認したからですませられるような相手ではないのは新米の脳内桃色助手にもわかっているようだった。その問いかけるような顔にうなずいて、対応にあたる当番の中師のところに魔晶画を持たせて送り出した。
時間1もかけて、助手がまいもどってきた。同行してきたのは、中師ではなくてどえらいことにまさに塔の長、その御本人だった。そして自ら魔晶盤で近づいてくる魔力反応を確認した塔の長から、魔晶画は破棄、魔晶盤の記録も消去して、日誌に記載せず他言もせぬよう、口頭で命じられた。
思わぬことで、助手の娘と秘密を共有する身となっていた。助手の娘はまだわかっていないようだったが、塔の長の閥に取り込まれたとわかった。
やがて長く暑い午後もようやく夕刻にちかくなった。見おろす天蓋広場はいつになく人で混んでいた。自分は賭けごとに興味が無かったが、朝の交替前に飛び立った冒険厨の小師の凧が降りてきて、その偉業を迎える騒乱だった。
「あれ、下師、あそこにいる塔の長さまのすぐそばにいる手をつないだ雛子たち、ほら、見てください、白と黒の対のちいさな長上着って、私達、あの子たちを遠見したんですよね」
よく見える窓辺のほうへ今やそうするのが自然で当然であるとばかり尾をとられて引っ張られた。
とても偶然ではなく、白と黒の対の長頭巾が上向きになって、こちらの目線に気づいたのがわかった。助手の娘が手をふると、白の長上着のほうが黒の長上着と繋いでない真白いちっちゃな手をひらひらと振り返してきた。
塔の長のそばにひかえているし、それで相手も味方の立ち位置にあるとわかった。
その夜は、助手の娘と個人教授しあっていた、そしてふたりだけの親密のとき真名で交わしあう親しい仲となった。
階位があがっても絶えることのない尾交の仲はそういう風にはじまった。そして想像を絶する突然の天災に苦難の大乱の時代が始まり、幾たび時飛ばしに変容を受けようと、互いを愛しく気遣う気持ちはふたりを結ぶかけがえのない宝ものだった・・・・・・・・・?!
「下師!」
自分を呼ぶ若い助手の声でいっきょに目を覚まさせられた。
白昼に眠り込んでしまい、細部まで生々しい現実風味な夢を見てしまっていた。
夏の残暑もさほどではなくなり、開け放った窓から、そこはかとなく次の季節を感じる風が心地良かった。それにしても居眠りしてしまうとは、不覚すぎるぞ自分。
部屋中央に水平に設置された魔晶盤を上体をかがめてのぞき込んでいる助手の娘は、もちろん胸の釦を必要を越えて外したりはしない。
あんな夢をみてしまうなんて、確かに助手の胸の豊満は夏の薄い上衣では隠しようのないものがあったが、暑い盛りでも夢のようなはしたないまねをすることはなかった。
そんな娘なのにあられもない閨の姿を白昼の夢にみてしまった自分。自覚は欠いても、もしかすると自分の奥底にそれを願う煩悩があるのか。
そんな自省は続く助手の娘の声で中断させられた。
「下師、反応紋だと思います。それらしきものがでてます」
時刻は正午まで時間0.5前だった。西街道は区界峠の向こう側から魔力反応が出現した。
「助手は出現した反応紋を鑑定せよ、直ちに反応紋鑑別表と照合せよ」
「はい、反応紋鑑別表を参照します・・・・・・あれっ、下師、自分にはどれに該当するかわかりません」
助手の返答は当然だった。反応鑑別表を熟知しているので反応紋を見た初めから該当がないことはわかっていた。助手の訓練をかねて、複数名で確認する該当なしの断定のための指示だった。
それにしても奇妙な魔力反応だった。通常、この距離でとらえられるには、微弱がすぎた。
しかし微弱であろうとも、正体が不明の魔力反応を脅威判定もせずにそのままに置いておける職務ではなかった。
ゆっくりと峠を下りて近づいているらしいそれまで、キロ10はあった。その距離と微弱のせいで困難はわかっていたが、規定の手順は遠見像の撮影の実行を要求していて、魔晶器の準備に取り掛かった。
その向きの窓のそばに架台を載せたがっしりとした三脚を設置した立てた。
そこに助手の娘が必至な顔で無理して重い高解像感光魔晶器をぷるぷるとふるえる両の細腕で胸に抱き抱えて架台に固定しようとしたので、即刻止めさせ、娘から受け取って自分でとりつけた。
重量物を前に抱えればからだの均衡をとろうと尾が自然と後ろにぴんとのびるのが理。
それで体勢を崩しかければまさかの夢のとおりの展開もありえた。
それよりは、重い特殊仕様の魔晶器を受け取る際。娘の胸の豊満で柔らかい実体に触れてしまったが、上衣の上からだし、その方がましとの判断だった。なにか中途半端に残念な気がしないではなかったが、指導するものの矜恃は自分にもあったようだ。
「すみません、下師」
礼をいう助手の娘の視線がちらりと、上長着から後ろに伸びてしまった自分の尾に行くのを感じたが、なにも尾元までのぞいたわけではないし、これくらいは社会的礼節の許容範囲だった。
重い高解像増感魔晶器を向きの微調整を可能とする架台にしっかりと固定後、保護蓋をとって嵩張る長筒をはめ込んだ。そして最後に照準をあわせるのに魔晶盤で最新の現在の位置を確認。それを目標に筒内を結界として、前の極細長い光道部を透過中に増光した光を後ろで均一に拡散するように曲げ、弱い光を魔晶器側で増感する遠見の法を実行した。
この距離では照準の精度自体に困難があり、難しいのではないかは期待はしていなかった。しかし、なにか強い予感はあった。そして、白昼の夢の記憶のとおり、規定の秒一の間接十連写の終了の最後で、それだけひとつ唐突に対象物の姿が結像していた。
間接撮影記録の小さな魔晶画には、暑気の霞や気まぐれな風の擾乱、陽炎で鮮明とは言えなくても白と黒の対の長上着とわかるもの。小さな雛子背丈の侵入者ふたりが並び立ってこちらを向いている様子が記録されていた。
顔は長頭巾に隠れていたが黒の長上着のひとかげが白の長上着とつないでない方の手をそのひらをこちらに見せるようにあげていた。
”どきん”
心の臓がどきんと動悸をうった気がした。
衝撃的だった。
白昼の夢で見た記憶との差違のわからない、既視の画像だった。
検知している魔力は微弱、ほんらいならこの距離では決して検知には到れない、なのにその魔力はなぜか魔晶盤に未知の紋として検知できていて、しかも先方はこちらの遠見を何らかの法で知って、それを姿を返していた。ならばこの魔晶盤を制御して魔力紋を記したのも先方だろうか。
そうであれば精度ひとつをとっても半端ではない不明の方法によって、先に遠見されて魔晶盤に反応紋を励起し、魔晶器の長筒の向きの微細にも干渉して照準を合わせた、ということも考えられないだろうか。
とんでもないことだが、それだけではこれほどまで心底から驚くほどのことではなかった。
真に優れた魔法なら、神の奇跡と区別がつかないだろう、そんな話しはわりと有名だ。
そしてそれ以上にとんでもないのは自分の方かもしれなかった。
まさかと思うがまさかこれは予見の夢見。正夢。その疑いは十分にあった。見たのはとんでもない規模の天変の大乱。ほんとうなら、それこそとんでもないことだった。
よりによって、自分がなんで自分が、ただの下師が、こんな呪われた技に通じてしまったのだろう。天より遍く地に降りかかる避けようもない大災害・・・・いやまて、この画像は既視感があるだけで、それは錯覚で本当に同じ画像とは限らない。
落ち着こう、自分、落ち着け。まずは職務履行で落ち着け。
たぶん、先方は極めて高位の魔法師。来訪の先触れとして、とんでもないこれを仕組んだ。そんな予定は聞いていないから非公式のおそらく秘を要とする件だろう。特別な計らいをもとめていないのなら、このようなことはしないに違いない。なら、この急ぎの報告はどこにあげるべきか。
本日の当番上司の中師たちでは、全く足りなかった。自分の知る大方の上師でも、先方の力量の方がかけ離れて上とわかった。となると先方が求める通知先は、塔の長、それしか考えられなかった。
「下師、大丈夫ですか、ずいぶんと尾具合も悪そうですよ」
ふるえを抑えられない手に持つ魔晶画を、気遣ってくる助手の娘に押し付けた。
「こ、これを、この、この魔晶画を総当番の上師ではなくて、塔の長に直接届けなさい」
「ええ、塔の長さまですか、私、ただの助手です、無理ですよ無理」
「隠している場合じゃない。きみが属してる閥の長でもあることは知っている、そ、それをこちらも明かしてきみに言っている。こういう火急の用の伝手がないはずはない。至急で、『この魔晶画を撮らされた相手はキロ10を越えて監視の魔晶盤を乗っ取った』正確にそう伝えてほしい」
「・・・、『この魔晶画を撮らされた相手はキロ10を越えて監視の魔晶盤も乗っ取った、およそ時間4で塔に達する』、伝言はこうですね。下師」
「そう、そのほうがいい」
助手の娘を職務で送り出したら、少し気分が落ち着いて手に尾の震えもおさまり、白昼の夢と実際の違いに意識を向ける余裕がでてきた。
夢では、もっと蒸すような暑い日で、助手も汗のしずくがみえるほど、胸元を開いていた。そして自分は夢とは違って、助手が痴態をさらすはめになるのを防ぐことができた。
気象は同じ晴でも予見と少し違う、そして、自分の意志で変えたところもある。
自分が正夢のかたちで予見の技に通じたとしても予見の内容は絶対的なものではない。
そうに違いなかった。
だけど、どこまでがそうなのだろう。
それでもあの天変と大乱は、未曾有の災厄は、予見しようがしまいが、とれる手立てなど全くありそうに思えなかった。いったい、どうすればよい。そもそも、最初に誰に、それはいつ知らせるべきか、予見というものは、はなからして両刃すぎる。信じてもらう行いも、信じてもらった反響も、すべてが自分に跳ね返ってくるだろう。
あれこれ思いつめているうちに、時間1に満たないうちに、助手の娘がまいもどってきた。夢と同じく塔の長、その本人が同行していた。
そして夢同じくと自ら魔晶盤で近づいてくる魔力紋を確認した塔の長は、魔晶画は破棄、魔晶盤の記録も消去して、日誌に記載せず他言もせぬよう、口頭で命じると、先方を迎える手筈とやらで尖塔から降りていった。
助手の娘と秘密を共有する身となっていた。
娘が前から塔の長の閥であることが違っていたが、無派閥だった自分もいまや、なし崩し的に取り込まれたからには、夢と差異がないとも言えた。
長く感じられた残暑の午後もようやく夕刻にちかくなった。傾いた日射しのもと、見おろす天蓋広場はいつになく人に溢れてごった返していた。自分は賭けごとに興味が無かったが、朝の交替前に飛び立った冒険厨の小師の凧が湖上、東の空から降りてきて、その偉業を迎える騒乱だった。
「あれ、下師、あそこにいる塔の長さまのすぐそばにいる手をつないだ雛子たち、ほら、見てください、白と黒の対のちいさな長上着って、私達、あの子たちを遠見したんですよね」
よく見える窓辺のほうへ今や同じ閥の仲間であろうし、そうするのが自然で当然であるとばかり、手を引っ張られて連れていかれた。
夢と同じくとても偶然ではなく、白と黒の対の長頭巾が上向きになって、こちらの目線に気づいたのがわかった。
助手の娘が自分と繋いでいない方の手をふると、白の長上着のほうが黒の長上着と繋いでない真白いちっちゃな手をひらひらと振り返してきた。
塔の長のそばにひかえているし、それでおたがいに味方の立ち位置にあるとわかった。
そこまでも夢のとおりでは、他にもうどう考えようもなかった。夢で予見したことはおおかたの事実と認めざるをえなかった。
ならば、予見の筋書きに近似して助手の娘は自分になびくのだろうか。閨で真名を呼び合う仲にまでになるのだろうか。まあ、それが今すぐの今宵ということはないだろう。でも、それでふたりが生きのびることを予見に保証されるということなら、そうなるよう誠意を尽くすのが彼女の命に対する義務だろう。
そう思ううちに、知らず繋いだままの手に力が入ってしまったようだった。
「痛いです」
「あっ、すまん」
むうとばかり睨んでくる涙目の顔がやけに可愛く思えた。
「もうなんですか、下師は私の目涙みて、うれしいんですか」
「いや、もう同じ閥の仲となったからには、職位ではない名告りで呼んでもいいかなって思って」
「・・・ええと、私、もしかして口説かれてます?」
「いやいやいや、なんでそうなる、まだそこまでは」
「いやいやで・・・そこまではって・・・・・」
「いやいやいや、そんなことはないし・・・」
「・・・でも・・・」
その間はなんだろう、口下手な自分には真顔でしてくるなんかちぐはぐなきり返しがまたきそうで高難易度すぎて、ここはひとまず転進だと思った。
「えーとそうだ、交替のあと、食事をいっしょにどうかな、きみと同じ閥になったことだし、閥のこと、聞いておきたいこともあるし」
「・・・いいですけど、んーなら、晶洞の食事処、魔光苔の内装がとても素敵だそうです、尾高いけどいつか行きたいなと思ってました、有り難うございます。もちろん、尾ごちそうしていただけるのですよね」
その晩餐はいささか高くついたが、通り名で呼び合う仲にはなれた。盛り場に出入りする類いの性急は自分たちの間にはなくても、まずはいい雰囲気のふたりになれていた。
そして、そしてしかし、真名の仲までの距離は予見の正夢と現実との差分の距離、そうに違いなかった。
それはそれと割りきり、相手と夢の差分の距離を詰めてしまう、割りきることが世界の破滅を認める側に通じるものでも、その覚悟はなくても、流されてしまう状況の中にいるものと置いておかれた自分がいた。