10 幼帰り
眠りから覚める、その途上で意識を手綱をとらずただよわせる、まどろむということがあるらしい。でも、まどろむ、いや、まどろみというものはより覚醒に近い域だと思う。それとは別に眠りの最中の夢の世界でふと夢と気づけば、それは紛れもなく確かに夢の領域でのことで明晰夢とされるものだろう。
それらはいずれも目が覚めて現実に帰還を果たす前のこと、たとえいっさいの夢の記憶をもたないでいきなり目が覚めたとしてもああよく寝たとそう思うものであろう。
ぼくの中断からの覚醒にはそのような自然の生理の目覚めの過程は欠片もなかった。
意識の主座はいったいどこにあるのだろう、いまこの状況に無関係とは言わないが、この場になって思わないでもよい思考とともに、意識の過程とその追跡が再開した。
ぼくの感六はいきなり現実と衝突していた。すべての感覚が中断者であった前とは異なると状況の変化を伝えていた。
嗅覚、それがとらえる粒子は、冷えた湿りのもろもろ、ほかは、ああこれはほしの匂い、ほしの粒子、吐息と体の匂いの粒子が味覚でもないのにどうして甘く薫るのだろう。
聴覚で聴く耳元近くの吐息、これはほしの命を繋ぐ音、これも味覚ですらないのになぜ甘くここち良く聞こえる。
その味覚はといえば、洗い清めたばかりのくちの中の残るもののないすがすがしさ、香木の刷子で磨いて濯いだ覚えはないのだが。
素の肌の感覚は、頭から膝下までこれは長上着の中に埋もれるそれ、でもすべすべと肌に直に触れていてどこかおかしかった。
それであれっと思えば上も下も肌着がなくなっていたせいだった。そして両のすねから下はぶかぶかの履き物のなかだった。熱くも寒くもなく爽やかで、たっぷりと寸法を余した魔法のきぐるみにくるまれているような感じだった。
視覚では、ぼくの鼻のすぐ先に、透き通る水晶のきらめきに似て長い睫がきれいに並びそろった対の宝玉が、色淡く精緻で少し下弦のまなざしに、焦点の定まらぬそれに、ほんのりと色は桃に蠱惑の染まりを孕んでいた。
こんなに近く顔をよせたことは久しくなかった。しみひとつとてない純白の肌、かすか透明な和毛。小ぶりで見目の良い鼻稜に、そっとふれたくなる可憐な唇。ぼくは見なれたはずの幼なじみにすっかり魅せられていた。
そして尾覚、あろうことかいつまの戯れか、長上着の重なりのなかでぼくの尾とほしの尾がまさかの絡み合いの情交にあった。大人ならの官能の陶酔はこんなものではないのだろうけれど、その温かい快さには抗しがたいものがあった。それでもいつまでもそうしていられる状況とは思えず、それでぼくがそうっと尾をほどこうとすると、ほしが「んんっ」と小さな声をもらして、目を瞬かせた。
どうやら覚醒を促したようで、ぼくとは違い、まどろみに身を任せていたようだった。
ほしのまなこの焦点がぼくの目にあって、
「もう少しこのままでいさせて」と囁くのを聴いた。
ぼくに異存があろうはずがなかった。
そうしていつまでもほしに見とれて横になっていたかったぼくだが、ほしも中断者にされる前の状況が脳裏に追いついてきたようだった。
「・・・ねえ、ここはどこなの、よる」
「よるじゃなくて、今はひるかもしれないよ、ほし」
「んもう、でもそんなことを言うよるなら大丈夫、かわりはないようね」
「それは、ほしもだよね」
「そうだといいのだけど、違うかも・・・あのね」
そういうとほしはぼくの手をとって直の胸元に導いた。
「ほら」
「えっ、なにが」
「私のなくなってるでしょ」
「ほしも下着がないこと?」
「違う、いえ違わないけど、違うでしょ、それでなくて私の・・・ふくらみ」
「ええそうなの?、今までさわらせてもらったことないけど、すべすべして温かいよ」
「もうすこしで大人のふくらみになれて、そうなったらよるに優しくしてもらおうと思ってたのに」
「ほしにはいつも優しくしている、おおつもりなんだけど」
「よるはわたしのふくらみかけがなくなっちゃってもきらいになったりしちゃだめだよ」
「う、うん、好きだよ」
「えっ、なあに、よく聞こえないわ」
「ほしが大好きだよ」
「んふふふ、正直でよろしい」
「じゃあ、ほしはどうなの」
「さあどうかしら、こんなふうに裸長上着の色無し幼女大好きな変態さんだし、どうしようかなあ」
「ぼくは変態なの?」
「そう、よるは変態、大変態。こんなおかしな大変態さんを好きになってくれるとっても奇特な女の子は絶対いないよ」
「ええっ、ほしもそうなの」
「んふふふ、私だけは別、私だけは別で、やさしい変態さんのしっぽにつかまちゃった可哀相な特別に特別な女の子なの」
「よかった、ぼくのしっぽにつかまってくれててありがとう」
「ねえ、話しははじめにもどすけど、ここいったいどこなのかな、寝てないで起きた方がいいみたい」
「うん、でもその前にぼくも気がついたことがあるんだ」
「なあに、よる」
「えーとね、ぼくたち、小さくなっちゃってると思う、ほしの胸も・・・」
「そこ言わないの」
「ええ、そうなの、なら言わないけど、ぼくも年下の子にもどってる気がする」
「よるもそう思うんだ、じゃあ、もしかしてあれ、文字みたいなものもみえてたりする?」
「うん、見えてる見えてる、ぼくにも視界じゃない視界の外の変なところに記号みたいなのが見えてる」
ほしのいうよう何かの文字だろうか、”開始釦”とあった。
「私のといっしょ、いっしょのだよね」
「あれ何だろう」
「何だろうと、きっと、やし様がなにかしたんだわ」
「うん、やし様の魔法のせいだね、でもやし様いないようだし、いっしょに起きてみようか」
心残りでも尾交をほどき、身を起こして立つと、足もとは肌理の荒い白い何かの砂地のようだった。渇いていたが、静謐な水面の際に近く、そのほうに目を凝らしても果てがわからなかった。
見たことないほど高いところにある天井に、あれは魔光に違いない強弱の群がりが無数にあって、黄が多いが群がりをなすごとに色の違う乱舞が水鏡に映り、どこまでが天井にいたる壁でどこからが鏡の湖面なのかその境の見極めがつかなかった。
大月明かりの星夜よりもほの明るく、それに慣れた目で見回すと、果てのしれぬ広い洞のうちの湖のほとりが今いるここだった。
やし様にはしてやられてしまったけれど、さしあたりの危険の予兆、うなじは逆立たず、ぼく達のほかに人も動く物の気配もなかった。ぼく達の手荷物とやし様の幌の車の魔法庫に積まれてあった幾つもの箱が記憶にあるそのままの配置で周囲に置かれていた。
「すごい光景だけど誰も何もいないようだね」
「静か、私達だけみたい」
「ここが星夜巣なのかな、荷物とかも置いてあるし」
「さあ、どうかしら、でも置き去りにされた気分だわ」
「なにか、あったのかなあ」
「さあ、よるにわからなければ、私にわかるはずが、ああっ」
「どうしたの、ほし、大丈夫」
「よるも、少し動いてみて、そしたらわかるから」
ぼくは黒の長上着をひきずって半歩動いてみた。踏み出した足の履き物の寸法が足に合わせて縮んだ。もう半歩歩くと反対の足の履き物の寸法もちょうど良くなった。ぶかぶかの長上着も、体の動きにあわせて寸法が変わり、ちょうどよい丈と代わって、寸法あわせの魔法は止まっていないとわかった。
白の長頭巾を後ろにおろしたほしのほっそりとした背丈はぼくより少し低くなっていた。その人ならぬ妖精種もかくやの姿は記憶の歳7か6の頃の時分のようだった。
記憶の昨日の暑さはいったいどこに行ったというのだろう、吐息に負けず劣らず白いほしにならい、黒の長頭巾を脱ぐと、直接顔肌に触れるようになった寒気は、真冬の夜の外よりもさらに冷たくてぴりぴりと痛いくらいだった。
試しに水の際で澄んだ水面に手指を浸すと、並みの氷結魔法よりもさらに切られるように凍えた。もしかしてと、指についた極寒の水をなめるとずいぶんと塩味が濃くて苦みもあって、それだけで喉がいがらくなった。
「うえっ、これって」
「よる、大丈夫、水、毒だったの?」
「ううん、塩の濃い水のようだけど、試すのはちょっとだけにしたほうがいいよ」
「わあ、なに、これすごく辛い、こんなに濃い塩味、私はじめて」
「ぼくもだよ、多分、足もとにあるのも、ちょっとまって、うん、確かにこれ塩のようだよ」
「ええっ、この白っぽい地面が全部お塩なの、ひとさじが大人の目方ほどの陸麦と同等が相場だから、すごいお宝だわ」
「お宝だけど、喉が渇いても湖の水はとても飲めないよ」
「水なら、よるがとくいじゃない。私、よるの虹の魔法の水、飲むのいいよ、よるのなら平気だよ」
「虹、見てたんだ」
「すごく素敵だった」
「ええとここでは虹は無理だけど、水だしてみようか、と言っても受ける盃もないし」
「ねえ、これでどう」
ほしはそう言いながら、白い長上着の袖から細い両の手を出して盃の形に重ねてみせた。小さくて華奢な白い手の盃がひとつ。ぼくはそれに下から同じように手を重ねて包んだ。緊張させるつもりはなかったのだけど、ほしのちょっぴりふるえる手が温かかった。
「ごめん、手を盃にすると飲む水出しやすいんだ」
それは本当だったが、別の本当はほしにふれたかったから。ぼくの手は初めてなでたほしの胸のどきどきを覚えていた。ふくらみはなくても、やわらかであたたかく、たしかにとても女の子の肌だった。
「ううん、よるの手、あったかい、よるの水もあったかいね、これ飲んでみていいの」
「うん」
頭を垂れるほしの透き通る銀糸のみぐしがぼくの顔を撫でた。ぼくはちょっぴり甘酸っぱい匂いを感じた。
「美味しい」
「どういたしまして」
ほしがぼくの魔法の水をいやがらず美味しいといってくれたので、飲み水を心配しなくて良いとわかった。でも食べるものの方は、幌の車の魔法庫でいっしょに運ばれてきた箱は魔法で封じられてどれひとつとっても今は開けて中身を確かめることはかなわず、かといって手荷物にもくちにするものは入れていなかったので、そうなるとにわかに空腹がつのるのを感じた。
「食べるものさがさないとね」
「うん、いっしょに探そうね」
「やし様の幌の車のわだちをたどってみるのも考えたけど、わだちがないね」
「そういえば、乗る前に動いてるところ見てなかったわ」
「引馬なかったし、多分、あの車自体が魔法的実在なんだよ」
「よる、ときどき、難しい言葉を使おうとする」
「凍えなくて済むように魔法的実在の長頭巾をかぶり魔法的実在の長袖に手を納めようよ」
「ふーんだ」
わだちのかわりに水の際に沿って塩の湖畔を往復して見ると、岩壁と岩壁のはざま、歩数1000ほどのゆるい円の弧だった。壁の方一に沿い水の際から離れると、さらに大きな円の弧をたどるような感じで少し昇って少し下っておよそ歩数1500で反対側の水の際に達した。途中の岩の壁にはどこにも出入りできそうな扉どころかくぐれる割れ目のようなものも見つかず、閉じ込められたようだとわかった。
それでも歩いただけの収穫はあった。色とりどりの光の正体は魔光苔の群生と判明した。なかにはぼく達の手にとどく高さのものもけっこうあった。ぼくの知らなかったほしのはなしによると、明るい魔光を放つものほど、実が期待出来るらしかった。
「あのね、孵化の巣奥の日の光の入らないきのこ部屋のお務めでは魔光苔も育てててね、私ね、魔力をあててまわる係のひとりだったの。手のひらで魔力の波動をぎゅぎゅっと押しこんで育てるとね。黄の魔光苔には紫の、紫の魔光苔には黄の、赤の魔光苔には青の、青の魔光苔には赤の、緑の魔光苔には桃の小粒。粒は小さくてもいろんな魔法の漿果が実るの」
「そんなややこしい色の組み合わせの実は食給ででたことないけど、食べられるものなの?」
「駄目って言われたけど隠れて食べちゃった子がいてね、そのあと夜越す二つ、色灰の顔をして体がもとに戻るまで寝込んでた。その時、子供の食べものじゃないって、大人が薬か果実酒にして飲むものだって、そう聞かされたわ」
「うわあ、大人が飲む魔法薬になるんだ・・・どんな魔法薬かな、でも苦そう」
「でも、これしか見つからないなら駄目元で少し試してみるほかないかも。でも光がこんなにずいぶんと強くなるまで変わる魔光苔の実ははじめてだし、どうすればいいのかな、うーん」
あとで考えて見ればほしのはなしをよく考えず、聞き流していた。空き腹と、光が乱舞する驚異の光景にも魅惑されて、明るさが強弱するのはそんなものだと決めつけてその不思議の方にまで注意がいかないのが、その頃のぼくだった。
それでも熟した苔の実をさがしてとるのは、こつがいるけっこう面白い遊びだった。
「それまだ熟れてないから」
「じゃあ、こっちは」
「それもまあだだよだよ、熟れてるのはその横左の実だわ」
「なかなか難しいね」
「ふふん、見一の素人さんにはそうでしょうねえ」
ぼくがうまく選べなくても、ほしは楽しげだった。
壁沿いに廻るうち、ぼくも長上着の袖袋に色とりどりの小粒を握り分一つくらいは取り込んで、目覚めた所に戻った。箱のおおきなのにならんで腰かけての休み一つだった。長上着の上からでも、寄せてくるほしのからだの柔らかさが心地よかった。
ほしは長袖から白い華奢な手を出して、すりあわせた。
「ねえ、お水ほしいな」
小粒のひとつを手のひらでつぶしたのを、ぼくの魔法の水で薬水にして試すつもりらしく、つくりの小さな手の杯を横からぼくにつき出してきた。ぼくはそれに応じてほしの白い手をくるむと、手の杯のなかをぐるぐると丸く流れるお湯を出した。
「わあ、こんなこともできるんだ。よる、すごいねえ」
そんな感心をしてみせる隙が狙いだった。
ほしより前に飲んでしまおうとぼくは素早くほしの手の杯にくちつけした。そしてなかみをいっきに飲みほした。
「えっ、よる、全部のんじゃった、駄目だよ、試しだから、私、くち一つだけ、試そうと思ったのに」
「ほしに試させたら、また具合が悪くなるかも。夜越す二つ寝込んだ女の子って、ほとしの文字二つ仮名の食いしんぼさんだよね」
「あぅ、ばれてたんだ・・・それは違わないけど、全部飲んじゃ駄目だよ、それに違うの、よる。つぶしたの熟した小粒じゃないの」
「違わないのに違うの?」
「うん、黒いの、黒の小粒なの。熟れすぎるとどの色の実も黒くなって、その色のはくちにしてなかったから、もしかして大丈夫かなって確かめようと思ったのに。ねえ、よる、大丈夫、ねえ、よる、大丈夫、ねえ、よる、大丈夫、ねえ、よる大丈夫、ねえ、よる・・・・・・
ああ、ほし、ごめん。ぼくは全く大丈夫じゃなくなっていた。
ほしの言い回しが止まらなく、聞こえ続けた。そして光、ほしは光の粒子に包まれて、それはあまたの光の粒子の調和だった。それはほしの胸の小さな鼓動の周期にあわせて波をうち、その波は広がって広がって、その先はこの洞の天井から壁から覆い尽くさんばかりの光の群生の乱舞につながっていた。
どうしてそれにいままで気づかずにいれたのだろう。神秘は目の前に隠されずあったのに。脈打つ魔光なのに、あれは乱舞にみえて乱舞じゃなくて、めまぐるしく移ろい続ける魔光の陣なのに。整合を待ちつづける陣なのに。それはまたぼくの胸の鼓動の周期にも繋がっていた。ぼくの鼓動とほしの鼓動、周期が同期して、それでそこから時が計れて時間を失ったとわかった。そのひどい長さがわかった。
年3と月3と日3、歳10だったぼく達には生きてきた時間の分3の1。気づかずぼく達の今は歳13になっていた。それほど長く、尾をからめていたら、鼓動の同期も、目覚めの同期も、当然だろう。
でも体の成長は成熟は逆行していた。
飲まず食わずで放って置かれた昏睡を生きのびさせたのは、魔法の品の長上着以外には考えられなかった。
ぼく達の体を資源に命を回していた。いくらそれを遅くしても消耗は避けられない、そして失って減り行く残りの総量の体の資源の最適化を、体の歳の記憶から再構築し続けることで行ったのか。その結果、ぼく達は歳ごとに次第に幼くなって行った。大人の歳にあと少しの13のはずなのに、今のからだのなりではその扱いは望むべくもない。
でもどうしてなのだろう。
やし様の言葉の最後の記憶、偽装者。やし様は偽装者だったのだろうか。それでぼく達をこんなひどい、歳偽装の目にあわせたのだろうか。
そして目覚めたのは偶然?
ぼくは知らないことがあるのでわからないと言うことを知った。
その謎を解く鍵はあの”開始釦”とあるところ。
ぼくとほしの鼓動に魔法で繋がれた、それはさらに何かに繋がったの引き金だった。
多分、それがやし様がぼく達にしたところ、多分、それがやし様がぼく達にしたところ、多分、それがやし様がぼく達にしたところ、多分、それが・・・・・・
ねえ、よる、大丈夫?」
気がつくと幻想の夢は終わっていた。
「・・・うん、なんとか、だいじょうぶ、うんだいじょうぶだよ、ほし」
ぼくはほしの心配にそう応えるのがやっとだった。
*** [ 夜の娘 ノクテ・エト・フィリエ ] ***
「・・・うん、なんとか、だいじょうぶ、うんだいじょうぶだよ、ほし」
よかった。
もちろん、そうでなくてはね。
道からはずれてしまっては、すぐには、なすすべが思い浮かばないもの。
暗い魔法の果実に誘うためにひと芝居。それを無為で惨めな結果に終わらす気はなかったし、今し方、瞬一の幻想を共有できて、これであらかたの前ごとは整ったと思うの。
よるといっしょに次に進めると思うの。
ほど遠いがよい神様の御祝福はともかくとして、やしを仮名と自称の導き手様の、なくてもよかった御加護。それをうけての副反応、深い長眠りは、本当に想定の外。こういうの、ありがた迷惑というのかしら。
真の値をわけありで偽装したのが裏目に出てて、情けをかけられてしまうなんて、自業自得なのかな。
いただいた増幅で、遅れを帳消し以上のものにできるかどうかはこれから次第、分十二に活用できるかそれ次第だわ。
尾の情交の親密にあっても、ささやかなふくらみが元にもどった胸に触られようと、よるのを求めるうずきはあるかなしかほんの欠片ほどだった。
撫でられる心地よさと雛子の心で大人の真似事しているどきどきくらいは楽しんでも許されるよね。きっと、年4か5は色香の衝動に悩まされず淡い思いを慈しめる日々を過ごせることでしょう。
強がりでなくて正直なところは、春の到来の長らくの先のばし、おあずけはがっかり気分かなり。
でもよい方に考えるの。
御加護の増幅で出遅れを挽回して、よるの温かい卵を孕むのは出遅れを挽回してからにするの。優位を確実な物にするまで待ち遠しくても我慢を重ねれば得られる喜びもさぞやと思うし、そのつもりなの。
普通でない星夜巣のここと違って、数複の年頃の番達が収容の標準星夜巣で何年もたった今頃どんな有様になっているか言わんやをやだわ。
数多の女と牝雛が数多の男と牡雛の相手をして年に4か5もの有精の卵を孵して孵化の巣でなくて仔雛の世話にも追われるなんて、種の生き残りのための非常時の策とは言ってもなんて混乱。
巣がそんな状況では、よるは封された類い希なる力、極めの明晰を目覚めさせることもなく、引きこもってしまうでしょう。それは望まないし、私が見させられた幻想の未来はそんなものではないわ。
私は色染めを求めて色の実をついばんでも戯れ歌の小鳥のようには色は変われなかった。
日の真光に呪われる肌は、孵化して以来の白のまま、変わることはなかった。幼稚で無謀な試みは夜二つ越すまで色灰になっただけの塗灰の苦しみで終わった。
肌はそうでも、見かけはそうでも、いいえ、内密は全く違っていた。
それは比類ない痛みだった。
頭の中まで緻密な脳髄まで色灰に深く染まってかき回されてた。
遮音の隔離房に入れられて、身動きならずどころか体が痙攣してそれが止まらず重積して、えびぞる体を荒縄の拘束で無理矢理抑え込まれても足らず、舌を噛まぬよう外せぬ錆び付いた青銅の棒まで咥えさせられて生死の境を苦しんだ幻想の夜二つ越だった。
未来に遠い方から投じられた神智の波動は、私という得物を見つけて焦点をあわせ、心の臓の鼓動の停止も許さず、幼女雛だった私を白くあるがままに一切の容赦なく切り刻んで意識をその主座ごと造りかえたの。
ついに悲鳴も嗚咽も果て尽きた私に気がついた時、思考に構造をいうのなら、今のようになっていた。いじめの日々に、よるだけが何となく好いてくれていて助けてくれるとわかっている幼ない心はそのままに、そして白くあるがままゆえ、よるの番一の相手が立ち位置で、そこがかけがえもなく心地良く、白い私の指定席に思えてそれはもう幸福で爽快な気分だった。
それからはあの孵化の巣で魔力だけは突き抜けて番特の番候補であるように、私は夜ごとに、夜だけでもよるに寄り添い、よるにも誰にも気づかれもせず、密かに魔法の回路を立ち上げていた。お互いの魔力が相手の魔力を増強し続ける魔法の回路を立ち上げていた。邪魔な日の光の波の干渉と、自己への干渉を考えなくてよいので、効率にはそれなりのものがあったわ。
そしてここが特別であると知っている星夜巣を引き当てている今があるの。偽装していささか風変わりでも 候補の番として選ばれ、たどり着いて尾を絡めて幻想の夢のはじめの関門をくぐりぬけた。よるも私も生きて、離した意識も取り返しているの。
外では、星夜巣の外では、天に曝され星を仰ぐ地の表では、至近の星の合の滅びの極光は月幾つも生きとしいけるすべて無情に照らし続けた。
星夜巣や特別な王侯貴族の巣、特別な城砦や先見した魔法の塔以外は望みはない。多分、堅固な星夜巣の守りであってさえみなが確実ではないわ。
私の肌を厭んだもの達もわけもわからずさぞや苦しんで最後を迎えたことでしょう。
それを悼むふりは装えても、その気持ちが真に湧いてこない。あまりにも多くの良い人もすべて滅びすぎた。
それを幻想の未来視ですでにおこったことと知っているのに、私はよるに知らないままのふりをしてきて、幼気に歳をまきもどされた見かけでさらに裏切っているの。
気がついた時には、心底は肌の白と対極の、無彩の色に染まっていた。
弁解して責められるかしら、大絶滅の喪に服するまがあるかしら。
でも生き残りは命をかけて縄張りを争い、死者の負債に追い立てられるの。
人の世界が再生を始める、群雄が割拠して切磋する怖い時代が始まるのよ。
そしてやがて瘴気に充ちた大地は戦乱を載せて動くところまで、私は知っている。
私は生き残りたい。とても怖ろしいことがおきてまたおきるわ。
よるの世界に、憑きものの煌めくだけのほしの一つにでもなれたのなら、それでもどんなにかいいのに。
よるにいつ打ち明けよう、いえ今打ち明けよう、無邪気をまとい、偽装の連れにしてしまったと今すぐ打ち明けよう、それで無邪気な頃に戻れるわけがなくても、本当によるにだけは無邪気でありたい、偽装者を終わりにしたいよ。
そうと知ったら、よるは私をとがめてくれるかな。
でも許してくれる。よるならきっとそうに違いないの。
そして私の隠し事の謀りごとを許して負ってくれて、私を慈しむための世界の居場所をつくろうと、明晰の極めの階梯を昇ることになる未来なの。
よるは私のためになら、余人になにをするにも呵責がない。
きっと怖ろしいことがまたおきるわ。
そしてそれを止めるより、いさめるより、私は生き残りを確実にしたいの。
よるとほしの卵生から連なる子孫達に確かな未来を残したいの、なによりも・・・私のかけがえのないたった人ひとりのよるのために
「よかった、だいじょうぶなのね、よる。ごめんなさい。
あのね、熟れすぎた実にも魔法の薬効はあるの、知ってたの。
でもよるの水、特別なよるの水で薄めたのなら、魔法の幻想を見てもひどいことにならないかなって思って・・・。
あのね、よる、わたしね、これから言い訳するよ、たくさん、たくさん、言い訳するよ、本当にたくさんだよ、言い訳しなくちゃならないことがあるの、たくさん、たくさん、ごめんねすることがあるの。ごめんね、わたしのお膝、まくらにしていいよ、そしてお願いだから尾交して、本当のことを言う勇気をどうかわけてほしいの」
私はよると並んで腰かけていた箱から立ち上がり白の長上着の裾の前をめくりあげ、凍える塩の浜に女の子座りした。そうして膝の上の白い素肌に、黒の長上着のよるの手をとり誘った。
咎が私の主人だった。
黒の小粒:ビジュアルと風味のイメージはジュニパーベリー(西洋ネズの乾燥果実)