表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

7


「詩憐くん、篠里くん、お早う」


一個席を空けて、詩憐ちゃんの隣に座り、挨拶をしてきたのは女性には紳士的な対応をすると有名な、大学四年生の雪路小太郎ゆきろこたろう先輩だ。この大学に通っている女子からは、硬派で真面目、女性には紳士的だと人気がなかなかあるけれど、彼の色恋沙汰の噂は回ってこない。


その理由を私は知っている。

小太郎先輩はどうやら、詩憐ちゃんのことが好きなようで、誰に告白されようと丁重に断り続けているみたいで、誰も詩憐ちゃんに嫉妬から危害を加える人は今は出ていない。

詩憐ちゃんを好きになってからは、思わせぶりな態度を他の女子にせず、一途にこの人だけが好きなんだと態度で示しているため、小太郎先輩のことを好きだった女子も最近はこの恋が実ることを願っていると噂で聞いた。


この人にだったら、詩憐ちゃんを任せても大丈夫だとそう思っている。

でも、詩憐ちゃんが小太郎先輩を好きにならない限り、私は表立って応援することは出来ない。だから、私には彼が詩憐ちゃんの近くに座ることを黙認することしか出来ないのだ。


……詩憐ちゃん、あの時とは違って皆大人になっているんだよ? 今、この大学にいる人達があの時のようなことを起こすかどうかなんて、知る前から疑っていたら疲れちゃうよ……。


目を瞑ろうとしないで、小太郎先輩と向き合ってほしい。彼は、あいつとは違うんだよ? 自分が好きになったせいで苦しまないように、自分を好きになってくれた人が納得するまで向き合っている姿を何度も見たことがある。

人間は、あなたが出会ってきたような人ばかりじゃないんだよ?


見て見ぬ振りをしないで。もう、過去じゃなくて、今のことを考えてもバチは当たらないよ。だって、詩憐ちゃんは何も悪いことしてないんだもの……って言えたらどんなに楽なんだろうと思う。

はい、そーですねとすんなり納得出来るほど彼女の心の傷は浅くない。

苦しむ姿を見てるから、いつしか私は恋愛について詩憐ちゃんに何かを言うことが出来なくなってしまった。



……嫌われる勇気がないの。



そう考えながら、ひたすらにその感情を胸の内に押さえ込むように隠して、



「おはようございます、小太郎先輩」



そう返事を返せば、詩憐ちゃんは一気にご飯を胃に流し入れるように早食いをして、挨拶に対して返事もせず、食堂を去って行った。

その詩憐ちゃんの背中を、見えなくなるまで小太郎先輩は見つめた後、私の方へと視線を移して、悲しそうに笑った。

さすがに堪えたんだろうと思う、いくら優しく紳士な小太郎先輩でも自分だけではないとわかっていても、あそこまで避けられては理由を知っていても傷つかない訳がない。今まで良く諦めなかったと感心しているくらいだから。


だから、さすがに私も見ていられなくなった。小太郎先輩の悲しい顔を何度も見てきたし、今までもその顔を見て、何度も言おうとして結局言えなかった言葉を文章を打つ手を今回ばかりは止めることが出来なかった。

もう、我慢が出来なかった。





『さっき、詩憐ちゃんがしたことは、小太郎先輩を傷つけた。

その痛みがどんなに痛いものか、時間を掛けても言えないこと、詩憐ちゃんは痛いほど知っているよね?

確かに、詩憐ちゃんは傷ついて、誰かを信じることは難しいことかもしれない。疑ってしまうかもしれないよ。

でもね、詩憐ちゃんが今まで出会って来たのはこの世で生きている人間の一握りくらいだと思う。その一握りの人間だけで、この世はこんな人間ばかりだと決めつけるのは早いと思う。

信じられないなら、疑っていい。小太郎先輩ならきっと、そんな詩憐ちゃんを見捨てたりなんかしないと思うし、きっとその疑いに対する本当の答えをしっかり答えてくれると思う。

心の傷は、自分自身はこうだと思いたいって思っても、悪い方向に考えてしまうことはわかってる。それをおかしいだなんて私も経験したし、小太郎先輩も経験してる。

せめて小太郎先輩だけで良いから異性と挨拶を交わすことから始めよう? 毎日じゃなくて良いから、する努力から始めよう?』




その言葉を打ち込んで、詩憐ちゃんに思い切ってメールを送った。




詩憐ちゃんだって音楽バカだよって言える勇気はまだ出ないし、今回のメールだって耐えてきたものの数年の積み重ねが我慢出来なくなって、勢いで送ることにしただけ。臆病者なことには変わりはないけれど、一生懸命な人をこれ以上応援出来ないのは、とても苦しくて。


だけど、詩憐ちゃんが抱く恋愛に対して恐怖を抱くのは理解出来ない訳でもないから、私からはこれ以上、この二人の問題に踏み込むことは出来ないけれど、恋人関係にはなれなくても小太郎先輩がせめて、詩憐ちゃんと友人になれたら良いと思うから、私はあなたが望まない言葉を一つだけ言うことにしたの。


あなたの望まない一つ目は、小太郎先輩との関係の変化についてだって知ってるよ?

それでも、詩憐ちゃんにはもう前に進んで欲しい、私も過去ばかりを見るのをやめて前に進めるように頑張るから。



だから、



「小太郎先輩、いつまでもヘタレてたらダメじゃないですか。

あなただって、たくさん傷ついてきたでしょう? それを何度だって、挫折しても、心が壊れそうになっても負けなかった強い人だって私、知ってます。だから私はあなたの恋を応援してるんです、長期戦になるのは詩憐ちゃんに恋し始めた時からわかっていたことでしょう? これくらいで砕け散ってたら、詩憐ちゃんと仲良くなれませんよ?

小太郎先輩、詩憐ちゃんを支えてあげてください。また、前を向ける日まで気長に待っていてあげてください。

詩憐ちゃんが本気で好きなら、簡単に諦めたりしないでください」



先輩も頑張って。そう願いを込めて、私はそう言ったんだ。













評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ